↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
臥牀で眠っていた李斎は人の気配に目を覚ました。目線だけで臥室の戸口を見やった。そこには人影があった。
──お越しになられたか。
驍宗が悪夢にうなされたときには、李斎の許を訪れることにすると二人で取り決めていた。李斎も邸の下官に言い含めている、「夜中に訪ね人があるかもしれない」と。怪訝そうにする下官には「その方は飛燕が姿を変えて訪れるのだ、その証拠に御髪が白い」とも言い置いておいた。
李斎の臥室の戸口に立つ人影。窓からの月明かりがその銀髪をぼうっと暗闇に映し出している。驍宗は壁に背を預け、窓から外を眺めているようだった。
──じっと立っていてお寒くないだろうか。
李斎は起き上がって、臥牀を降りた。
男が李斎の動きに合わせて、こちらに身を向けた。
李斎は目についた上着を手に取り、歩み寄った。
「お寒うございましょう。これを羽織って下さい……」
李斎は上着を彼の肩に掛けようとして、彼が垂らしていた銀髪に触れた。それは冷たく、彼女が思った以上に長い間彼がそこにたたずんでいたことを示していた。
「体が冷えていらっしゃる。お越しになったらお声をかけて下さればよかったのに……」
驍宗は李斎を見て笑み、自分の右肩に掛けられた上着を手に取った。そのまま自分が羽織るのかと思いきや、彼はその上着を広げなおすと李斎の背後に回して、李斎に着せてしまった。
驚く李斎に構わず、前の方も合わせる。そして笑い含みに言った。
「これは李斎に着てもらおう。……李斎の夜着姿は存外に艶っぽい。目のやり場に困る」
すっかり上着を着せられた李斎は、彼が寒く無いように部屋に入るように促した。
「上着をお召しにならないなら、どうぞ部屋に。中を温めておりますから」
いや……と彼は掠れた声で首を振った。李斎は尋ねる。
「悪夢をご覧になったのでは?」
「確かに見た。また赭甲に斬りかかられた時のことで、嫌な汗をかいた」
だから李斎に助太刀してもらおうと訪れたのだが、と彼は一息に語った。
「李斎が健やかに眠っているのを見て、だいぶ心安らいだ」
悪夢は暗闇を走る閃光から始まる。縦横無尽に、消えたり現れたりするこの凶々しい光が刃の切っ先であることを、夢の中の驍宗は知っている。そして、その太刀筋を必死で見極めようとするのだが、それが叶わない。勝てない、という絶望に叩き落されると同時に夢は終わる。
悪夢が辛いのは、目が覚めてからだった。あの時、赭甲におびき出されていなければ……。己独りで乗り切れるという慢心のせいで、自分が、そして戴が失ったものはあまりにも大きい。
後悔は常にある。ただ、昼間なら、戴を少しでも良い国とするため政務で贖えと、己を奮い立たせる糧と出来る。しかし、夜、独りでいる牀榻ではそのようにはいかない。
暗い感情は扱いが難しい、と彼は思っている。独りで抱えこんで闇に落ち込んではならない。それに、自分は周りに対して言葉が足りない性分なのだと、彼は阿選の乱で反省していた。
だから、李斎に打ち明け、悪夢を見た夜は彼女の邸を訪れることを許してもらった。彼女の「夢の中で助太刀いたしましょう」という勇ましい言葉が微笑ましくも嬉しかった。
李斎の邸の者は、驍宗をすんなり通してくれた。それが心配で彼は下官に尋ねた、「委細を問わず通してくれるのは有り難いが、主公は何と言っている?」と。下官は答えた。「主公からは、飛燕の化身が現れると伺っております」と。
誰に妨げられることもなく李斎の臥室まで来たが、女性の自室の中に入るのはためらわれた。李斎が安らかに寝息を立てて眠っているのを見ればなおさらだった。
自分が苦労をさせた戴の民。李斎もそうだ。利き腕も飛燕も失わせてしまった。そんな彼女がようやく安寧を得ている。傷の痛みにも敵襲にも煩わされずに寝入っているのに、自分が自分の悩みのために彼女の眠りを妨げていいのだろうか。
それに、彼女が穏やかに眠っている姿を見ただけでも、悪夢のしこりは半ば溶けていた。今はもう戴は平和なのだと実感することができるのだから。
──だから、そこで立ち去ればよかったのだが。
そこで満足して、李斎を起こすことなく帰ればよいのだとも思った。けれども、彼は去りがたかった。自分が何をしたいのか、よく分からない。帰りたくない、ただ、臥室の中に足を踏み入れる気にもならない。戸口の境目で足は動かない。彼はため息をついて、背を扉に預け、窓の外を見ていた。
月は円く、冬枯れた園林の梢の影を、窓越しに彼の姿に投げかけていた。影を作るほどに明るい月の光は、彼の心の中にあるものもその陰と共に照らし出すように感じた。彼は声に出さずに独り言ちた。──そうか、自分にも人並みの欲望はあるのだな、と。
彼女に触れてみたい、そう自分が願っていることを彼はこの時自覚した。
自分は常人とは異なるとよく人から言われたものだった。確かに、彼は異性を求める気持ちが薄く、自分が変わっているのだろうと思う。けれど、自分は今、眠る彼女に触れたいと思う気持ちに足を縫い留められている。
そして、李斎は目を覚ました。彼の知る彼女はいつも皮甲姿か官服だ。それが今、夜着一枚で歩み寄ってくる。彼はこれまで感じたことのない胸の高鳴りを覚えた。彼女が差し出す上着を、彼女に着せて隠したかったのは、彼女の肢体か、それとも自分の欲望か。
衣を着けてみると普段の彼女に戻った気がした。忠義に厚く心優しい女性、それが李斎だ。もし、自分が望めば、彼女は自身を与えてくれるだろう。だが、そのような理由で自分は彼女を手に入れたいと思わない。
不思議なものだと、彼は思う。彼女を荒々しく抱き取りたいとも思うのに、大切に大切に遠ざけておきたいとも思う。
そして、少しでも後者の気持ちがある今は、彼女に触れるべき時機ではないと彼は考えた。
彼は、きちんと分別に満ちた主君の顔を作って見せた。
「李斎の顔を見たら落ち着いた。私は自室に戻ろう。起こしてしまって済まなかった」
そして、静かに踵を返して何歩か足を運んだ。
なぜ振り返ったのか彼は自分でも分からない。ただ、振り返ってみると、彼女はそこに立っていた。窓の月明かりは彼女も照らす。彼女の顔が今まで見たことのない表情に見えるのは、園林の梢の影が彼女の顔にさしているためだろうか。
なぜ彼女に近寄ったのか彼は自分でも分からない。
「そのように見つめられてしまうと、立ち去りがたくなる」
彼は自分がどのような顔をしているのかもわからなくなっていた。
李斎は今まで見たことのない男の表情に、どうしていいのか分からず、ただ見つめ返すことしかできなかった。その視線が、彼の何かを突き動かしていることに気づかぬままに。
驍宗は目をつむった。何かに斬り伏せられてしまったような気もした。そして、表情も声も、そして話す内容も取り繕わずに李斎に告げる。
「李斎を見ていると、触れてみたくなる」
彼女は眼を見開いた。しかし、彼はそれに構わず続ける。次に話す内容は決まっていた。
「だが、私は女性に触れたことがない」
彼女は怪訝そうな顔をした。
「触れ合ったことがない、という訳ではない。ただ、私は自分の記憶にある限り、相手から触れられたことはあっても、私の方から相手に触れることがなかった」
彼は、自分が面白みも可愛げもない男だと評されていることを知っていた。それでも彼に触れたがる女たちはいた。ただ、なぜ自分に触れようとするのか分からないのと同じように、なぜ彼女たちが触れなくなったのかも彼が知ることはなかった。
彼は苦笑しながら言った。
「触れてみたいが、どう触れていいものか。それが分からない」
彼女はゆるゆると首を振った。分からなくてもいいのだ、と言ってくれているような気がした。
「触れても構わないか?」
彼女は淡く笑んで頷いた。
爪が歪な、節高で細い、男の指が彼女の顔に伸びた。彼女の顔にかかっていた赤茶の髪を指先に引っ掛け、後ろに流す。そのまま、額の横の髪を梳いてみた。
「大事なものに触れようと思うと……」
彼は少し困った顔をした。
「どうしても、計都や羅睺を世話するような手つきになってしまう……」
彼女の反応は彼の予想外だった。軽く噴き出し、そしてにこやかに言う。
「騶虞のように扱われるとは、光栄なことです」
彼は驚いた。かつて似たようなことを口にするたびに、女たちは騎獣と同じにするなと怒り出すのが普通だった。
「済まぬことだ。決して李斎を計都や羅睺と同列に扱っているわけではないのだが……」
彼女はくすくす笑った。
「そのようにおっしゃられては……。私の方こそ、主上のお越しを飛燕の化身と下官に申し伝えておりますのに。……無礼にあたりましょうか?」
彼も笑った。武将を務めた者どうし、乗騎との絆について通じるものがあったことが嬉しかった。だから、自ずと笑い声がでた。
「いや、飛燕の代わりならこちらも光栄なことだ」
笑いながら、彼は思わず李斎の首筋に抱き付いていた。あまりにそうするのが自然だったから。計都や羅睺にだって、このように抱き付いてやることがある。
ただ、今の相手は騎獣ではない。だから、抱き付いてからどうして良いのか分からない。
彼は抱きしめた彼女のうなじに呟く。
「乗騎と思うと、つい抱き付いてしまった。……さて……」
李斎は頭の後ろで彼の掠れ声を聞く。
「男なら、このような時なにか甘いことを言うべきなのだろうが……。私は甘い言葉を囁くのが得手ではない」
抱きしめた彼女の肩は一度上がり、そこから大きな吐息と共に下がった。けれど、彼は彼女の表情は見えない。彼女が何とも言えない複雑な顔をした後、眉尻を下げてため息を吐いたのを、幸か不幸か彼は目にしなかった。
「主上は……李斎が舞い上がるようなことを言ってくださる」
実際、彼女はくすぐったそうに身を震わせた。
「主上は今、これ以上ないほど甘い言葉を李斎に囁いて下さったのですよ」
腕の中の李斎の体は柔らかい。本心からそう言っているのだろう、彼には腑に落ちないが。
「そうなのか?」
「そうですとも。このような言葉は、巧拙ではないと存じます」
本当に巧拙ではない、と李斎は思う。これまでの人生経験からして、李斎にとっては口が上手い男ほど胡散臭く感じるのに。真情のこもった言葉は、自分が言葉巧みだと思っている者ほど口にするのは難しいものだと思う。彼は確かに得手ではないだろう。だが、そこが──。
「主上は、たいへんお可愛らしくていらっしゃる」
彼は脱力して見せた。その身体が、彼よりやや小柄の彼女にのしかかる。
「そうか──それは随分と褒められたものだ」
李斎は、彼の身体に左手を回した。以前より細身になっても、その体つきは男のものだった。
「表面的な言葉ではなく、どのような為人の誰に言われているのか、そして触れられているのかが心に響くのです」
彼女は、男が力を抜いて預けてきたその身体の重みに目を閉じた。何かに自分を明け渡すような、諦念ともいうような表情で口にした。
「心に響き……そして、身体にも……。触れていらしてお気づきになりませんか?」
身体は熱く、吐息は甘い。体の内奥に疼くものがある。抱き合っていれば彼にだってわかるだろう。
それは彼の方もそうだった。隠しようなく、身体は熱を持ち、何かが内から猛りだそうとしている。
掠れ声がした。
「大事にしたいと思うのだが……。巧くはできそうにない……」
女は首を振った。
男は抱きしめた女の首筋に軽く噛みついた。優美な騶虞が獲物を捕らえるように。女は存在しない右腕をも使って抱きしめようとした。肩からひるがえされた衣の袖が天馬の翼のようだった。
月の光に浮かぶ影は一つ。それは静かに滑るように、臥室の暗闇の中へと吸い込まれていった。
くどくて申し訳ございませんw
2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
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