白い墟からのびる道   作:鷲生

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このお話は、シリーズ前作の「驍宗、李斎の臥室を訪れる。」で書いた場面が「萌えシチュである」という大変厚かましい前提となっております。「は?」と思われた方、どうか生温かい目で見逃してやって下さいませ。前作の翌朝のできごとです。当作の驍宗さまは「動じない・妙に前向き」なキャラとなっております。

↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393


白圭宮は、詮索する。

 朝議が始まる直前、あとは泰王が玉座に着席するのを待つばかりの頃、下官が冢宰の正頼に耳打ちをした。

 宰相として席についていた泰麒は、正頼がそれを自分にも教えてくれるものだと思っていた。

 しかし、正頼は、少し困った顔で泰麒を見はしたが、泰麒には何も告げなかった。そして、下官に何やら言い置くと、冢宰の権を以って朝議を散会させてしまった。

 

「正頼──」

 泰麒は一段高い場所に設えられた自席から、冢宰に呼びかけた。

「私は宰相です。なぜ私に断りなく朝議を取りやめたのですか?」

 禁軍将軍の英章も朝議のための卓に残っていた。

「私たちも知りたいね。冢宰にしてはやりすぎだ」

 阿選の乱以前からの朝の重臣たちも残っていた。霜元に臥信、それに秋官長の花影だ。

 

 正頼はまず泰麒に顔を向けた。

「ええと、でございますね」

「驍宗様がこの時刻になっても朝議の場にいらっしゃらない。正頼は先ほど下官から何かを聞いていました。私は事情を知りたいと思います」

「『私は』ですか……」

 台輔は、私的な場面では「僕」を、公的な場面では「私」を一人称に用いる。「私」ときたからには、これは宰相から冢宰への公の下問ということになる。それに、一人称に「私」を使った以上に、その口調にはなにやら凄味があると正頼は感じる。だが、しかし……。正頼は笑顔で答えた。

「驍宗様はちゃあんと遅刻をなさると伝えてこられましたよ。今日はさほど重要な案件もございませんし。普段あれほど真面目な驍宗様です。ちょっと今日はお休みしてもいいのではないかと『じいや』は思います。台輔もそう思われませんか?」

「正頼、論点がずれています。そもそも、驍宗様はなぜ遅刻をなさるのですか? ご体調がお悪くていらっしゃるのですか? それとも、何か不穏な事態で身動きがとれないとか……。冢宰が隠さねばならないような事態ならなおのこと、私はいち早く知りたいと思います」

 

 そこに、場違いに長閑な声がした。

「あー、なるほどね」

 声の主は英章だった。泰麒が視線を向けたのに合わせ、英章がにこやかに説明する。

「台輔はご心配いりません。こやつは台輔を子ども扱いして、『じいや』ぶりたいだけですからね」

 正頼は眉をひそめた。

「こら。私は、台輔を『子ども扱い』はしていない」

 臥信がとりなすように言った。

「というより、主上を『大人扱い』してるんですよね」

 泰麒はみなを見渡した。自分以外の大人たちはどうも何かを察しているらしい。それでいて誰も騒がないなら、危急の事情ではないのだろうと泰麒も理解した。それなら……。

「正頼、僕にも教えてくれませんか?」

「おやまあ、久しぶりにお上手な『おねだり』がでましたね。そりゃ、『じいや』も聞いてあげたい気持ちでいっぱいですけどね。あまり驍宗様を詮索しないで差し上げてくださいまし」

 泰麒は笑んだ。子どもの笑みではなく、見た目よりもさらに大人に近い笑みだった。

「朝は仕事に遅刻された……。それも人が詮索するのがはばかられる理由で……。そういえば、李斎は今鴻基にいましたよね」

 英章がクスリと笑った。

「どうやら台輔にはもう『じいや』は要らないようだぞ」

「台輔」

「正頼、麒麟は王に仕えます。即位の前から奥さんがいる王もいますし、後宮を構える王もいます。必要あらばその在り方を諫言するのも麒麟の務めです。だから、この話題から麒麟を遠ざけるべきではありません」

「それじゃあですね、台輔?」

 正頼は片眉を上げて見せた。

「驍宗様のご事情を詮索して、諫言すべきだと思われますか?」

「じいや」の反撃に、泰麒も苦笑した。

「いいえ。別にそれは大丈夫なんですけど。血涙も出ませんし、わざわざ諫言するような事態ではないと思います。でも……」

 泰麒は悪戯めいた目で他の大人を見渡した。

「だけど、皆はどうですか? 詮索したそうな顔にも見えます」

 

 英章が呵呵大笑した。

「台輔はもう大人でいらっしゃる。そうだね、私は『何があったか』はもう見当がついたから、『どうやって』を知りたいね」

 臥信が話に乗る。

「二人とも真面目な性格ですからねえ。それにしても……あの二人、うまくやれたのだろうか……」

 そこに女性の声がした。細いけれども、それとなく不快さをにじませた声の主は花影だった。

「あのう、李斎の名誉に関わることは詮索しないでくださいまし」

 霜元が紳士らしく答えた。

「女性、しかも李斎の親友がいる場面だ。我々も慎みを持つべきだろう。花影、不快にしたなら済まない。武人同士だとどうも羽目を外しがちでいけない」

 英章が面白そうに話を引き取った。

「だいたい李斎よりも主上の方を詮索すべきだと思うね。どう考えても主上の方が分が悪い」

 花影が首を傾げた。

「分が悪い?」

「李斎は忠義に厚く心優しい。そして驍宗様は王であられる。だが、男としてはね、花影。忠義や優しさで自分を選んでほしくはないものだよ」

「……それは分かります。でも、分が悪い……とは」

「ああ、分かりますよ」と臥信が答えた「この状況は難易度が高すぎます」。

 霜元も息を吐く。

「王としては傑物だが男としては無骨すぎる男と、誠心誠意主君に忠義を尽くすが真面目一方な武官の女の組み合わせではな……」

 再び臥信が口にした。

「驍宗様、普通の状況で女性を口説くのだってあまり上手くは……」

 霜元の先ほどよりも更に深い嘆息が聞こえた。

「そもそも口説くというご経験があったかどうか……」

 

 そこに若い声がした。

「驍宗様は……ご経験がないのですか?」

 自分たちの話の輪にその声が混じったことに、みながぎょっとした顔をした。この国の宰相はいつのまにやら、高い場所の専用の椅子ではなく、皆と同じ卓についていた。

 その席には確か英章が座っていたはずだったが、彼は自席を泰麒に譲りその背後で中腰になっていた。席を譲った後も英章も詮索に加わる気満々で、それを正頼が苦々しげに眺めやる。

「台輔、そんな奴の席に座るもんじゃありません。それから、『じいや』としては、そろそろ仁重殿にお帰りになるべきかと……」

「正頼、『私』は宰相として主上が臣下にどう思われているか知りたいですし、『僕』は驍宗様と李斎のことが心配なんです。……分かってくれますよね? 僕の『おねだり』を。驍宗様って女性とお付き合いしたことはないのですか?」

 真正面から尋ねられた正頼は、ため息をついた。

「ないことはございません……と驍宗様の名誉のために申し上げておきましょう」

 女性の声がした

「それは……?」

「いや、花影が心配することじゃあないのですよ」

 霜元が代わって説明する。

「主上にも言い寄る女性が何人かいたというだけのことだ。主上の方から誰かを……という記憶はないな」

 英章が笑った。

「あるもんか。主上は見た目がいいし、仕事もできて出世も早かったからね。そりゃモテはしたのさ、向こうから言い寄られる程度には」

「長続きはしなかったのですか?」

 麒麟のまっすぐな問いに英章は言葉に詰まる。

「ええっとですな……」

 それを正頼は「ざまあみろ」と言わんばかりにねめつけて、代わって台輔に説いた。

「驍宗様だってお優しいですからね。それなりに何とかやってみようとはされてたんですよ」

「……それなりに?」

「ええ。主上なりに。ただ、女性に自分を大事にしているかと詰め寄られて『計都のように遇している』などと答えておしまいになりますのでねえ……」

 霜元も大きなため息をついた。

「ああ、それで『騎獣扱いするとは愛想が尽きた』とプリプリ怒っていた女がいたな……」

 英章が面白そうに付け加えた。

「それも一人ではないんだからね。同じ目に遭った女性同士で集まって『乍将軍はねー』と噂話に花を咲かせていたもんだ」

「ああ、そうでしたよねえ」

 驍宗の古くからの麾下は同じ光景を思い出すのか、皆で苦笑を交わしあう。

 

「騎獣と同じと言われるのは、女性にとってイヤなものなのですか?」

 問いかけた麒麟の声はあまりにも澄んでいた。ええっと、と言葉に詰まる男性陣に代わって花影が答える。

「そうでございますね。騎獣と一緒にされては女性としては面白くないかもしれません」

 でも……と泰麒は首を傾げた。

「李斎は武人です。自分の騎獣の飛燕にも愛情を注いでいました。そのような李斎には不快ではないのではないでしょうか」

 武将たちが目を合わせる。

「確かにそれは……アリ、だな」

「李斎なら、『騶虞と同じとは光栄なことです』とか真顔で言いそうだ」

「そうか……。可愛がるといえば騎獣の世話しか思い浮かばない主上を無骨者だと思っていたんですが……。李斎にはそれはそれでいいのかも……」

 花影は困った顔を正頼に向けた。正頼は首を振って応えた。

「文官にはちょっとわかりづらいものですけれどね。武将同士ならありえる話ではございますな」

 

「しかし……だね」と英章が口元をゆがませた。「相手は女性だよ。ずっと毛並みを梳いていれば済む騎獣じゃあない」

「そうですよねえ、何か甘い言葉の一つや二つは囁いて見せないとねえ……」

 臥信が思案気に宙を見上げ、霜元は首を振った。

「あの主上が甘い言葉? 全く想像がつかない」

 そこに「いや、待ってくださいよ」という正頼の声がした。正頼は額に手を当てていた。主公の女っ気のなさは笑い話ではあるのだが、誰も全く気にしていないわけではない。他があまりに傑出しているだけに、その能力の偏りを臣下も多少は心配してもいるのだ。

 正頼は、彼にしては珍しく真面目な顔になっていた。そして額に当てていた手の、指だけを立てて見せた。

「あのくそ真面目な驍宗様には、たった一つとは言え強力な殺し文句を繰り出すことが可能ですぞ」

「……?」

「そのまま言えばいいんですよ、『自分は女性に甘い言葉をささやくのが得手ではない』と」

 

 まあ、と花影の声がした。女性の声が珍しい以上に、その声の弾みようが耳目を集めた。花影はよく手入れされた指を胸の前で組みあわせている。

「自分という女性と二人きりの場面でそのような言葉を口にされては……。自分にだけはそうおっしゃるのかと思うと、それは心に響きますわ。不器用さが可愛らしいと思えますもの。あら、いやだ。少し興奮してしまいました」

 泰麒は頬を染めて狼狽する花影に向かって微笑んだ。

「『萌える』シチュエーションなんだろうな、と僕も思いますよ」

 正頼には聞きなれない言い回しと語句だった。

「何が芽吹くんです? しちゅ……何ですって?」

「ええっと。女性にとっては心がときめく場面だろうな、と」

「ええ、台輔、私も胸がどきどきしてしまいましたわ」

 他の男三人は互いに顔を見合わせ、しばらく考えた後に頷きあう。

「なるほどね……。それもそうか……」

「そう考えると、すごい武器ですねえ」

「ああ、寒玉なみだ……」

 

 浮いた話一つない主君が、どうやって朝議をすっぽかすほど寝坊するに至ったか。詮索は尽きない。話の輪はどんどん小さくなり、お互いに額を突き合わせている状態だ。

 そして、彼らの注意は、その外に向けられることが乏しくなっていた。だから、そこに降りかかってきた声に、全員軽く飛び上がる羽目になる。

 

「それで納得がいったのか、と訊こう」

 朝堂の扉に肩をもたれさせてたたずむ白銀の髪の男がいた。腕を組み、さも呆れたという表情を顔に浮かべていた。

 

「「「「「主、主上……」」」」」

「王の重臣が頭を寄せ合って、主君の詮索を楽しんでいたようだ。謀反の相談ではなかったことを良しとしよう」

 他の者が首を竦めて言葉を失う中、六官の長、冢宰はさすがに一味違う。

「それで? 我々が詮索した内容であっておりましたかな?」

「乍王朝の頭脳が結集しての詮索だ。あまりに的外れなら、それはそれで問題だろう」

「では……」

 臥信の声が上ずっていた。しかし、当たっていますか? と続ける前に驍宗は滑らかに言う。

「私が王の権を以って女性を得ようとする男ではないというのは正しい。騎獣の世話を好み、女性に甘い言葉をささやくのが得手ではない、というのも正しい」

「じゃあ、口説き文句も……」

「花影が、李斎の名誉に関わることは言うべきではない、と言った。私も賛同する。私が李斎に向けてどうであったか。それを知る権は李斎だけのものだ、と言おう」

 花影が嬉しそうに笑んだ。親友のために喜ばしかったし、男の態度として望ましいと思えた。男女の間を吹聴して回る男は見苦しい、というのが中年女の分別というものだ。

「私についての詮索は構わない。聞いているこちらも興味深かった。無骨で生真面目だという評価はさほど変わらなさそうだが、皆に詮索されるに足る程度には、私にも可愛げも面白みもあるようだ」

 泰麒が声をかけた。

「驍宗様、僕、思うんですけど……皆、驍宗様が好きなんです」

 驍宗はくつくつと笑う。

「麒麟と一緒に肩を寄せ合ってのことだから、臣下が麒麟並みの思慕を寄せてくれている、というべきか? いや、麒麟が人の悪い臣下に染まってしまったというべきかと思われる。蒿里は台輔の席から離れて、英章の席を借りるようになったか。……大きくなったな」

 ともあれ、と驍宗は軽く息を吐いた。

「麒麟が血涙を流すような事態ではないようで、その点については安心した」

 全員が心の中で叫ぶ。

「「「「「ひょっとしてそこからずっと聞いていたんですか?」」」」」

 

 正頼がぼそっと呟いた。

「そういえば七年の洞窟暮らしで耳がよくなられたんですよね……」

 私も地下牢暮らしでしたから分かりますとも……と正頼は続けた。驍宗は労わる表情を正頼に向けてから、息を吐いて苦笑した。

「私は七年の虜囚生活で和やかになったと言われる……。このように詮索する楽しみを臣下に与えることができたと考えると、それも悪くないのかもしれない」

 

 驍宗は朝議の席を抜け、玉座に歩み寄った。そして振り向きざまに怪訝そうな顔をした。

「どうした? 私が朝議に来たのだから今日の案件を処理しよう。正頼には再び諸官を集めてもらいたい。一度散会させてしまったのは私が遅刻をしたせいだから、それは詫びよう」

「い、今からですか?」

 心から不思議そうに王は答えた。

「当然だろう」

 

「「「「「「「この堅物!」」」」」」

 

 自分以外の皆の表情を見れば、驍宗にも彼らの心の声の合唱が聞こえてくる。

 その中には蒿里の声も混じっていたように思えるが、気のせいだと思えない。

 

 彼は再び思う。

 ……本当に大きくなったな。

 

 思い返せば十歳の頃の蒿里は、大人の中で所在なさそうにしていることが多かった。心細げにたたずむ稚い子供の姿。あれを早く安心させたいと思っていたのも、ことを急いだ遠因だったのかもしれない。

 

 しかし、今の蒿里は子どもではない。冷徹で企みをめぐらすその姿を「麒麟らしくない」と嘆く声もある。

 けれども驍宗の評価は異なる。個性豊かな乍王朝の宰相なのだ。彼らに混じって渡り合うくらいでちょうどいい。戴の命運がかかるような過酷な状況ではなく、主君の行状の詮索ついでに少しばかり耳年増になるくらいどうということもない。

 

 ──さて。

 この時の驍宗の頭に、麒麟と家臣たちを尻目に妓楼通いに勤しむ某国王の顔が浮かんだ。

 大王朝の主には教えていただくことが増えそうだ。彼はしごく真面目に考えた。

 

 




くどくて申し訳ございませんw

2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。

「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
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