↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
驍宗の目覚めはいつもと異なっていた。
普段は自然と目を覚ますのだが、この日は乱暴と言えるほど慌ただしく揺り動かされた。
目を開けてみると、牀榻は自室のものと異なっており、慣れないが好ましい人の気配がした。その人間は、赤茶の髪の女で、驍宗と目が合うや否や早口で言い募る。
「主上、申し訳ございません。李斎がお起こしするのが遅くなりました。お急ぎください、朝議に遅れてしまいます」
そう言い終わるや否や、彼女は臥牀の周りから次々と衣類を拾い集める。驍宗が昨夜脱ぎ捨てたものだ。
「早く衣装を整えなくては……」
そうして集めてきた衣類を、今度は、半身を起こした驍宗の傍に並べていく。
せわしなく動くその彼女の左手に、彼は自分の手を上から重ねて、動きを止めさせた。
「あまり、急ぐことはない」
「ですが、朝議が……」
彼は少し考えてから、落ち着いた口調で言った。
「今日でなくてはならない案件はない。今日の内に済ませておきたい案件はいくつかあるが、しばらくここで茶の一杯でも飲んでからでも間に合うだろう」
「主上は今日の朝議の案件を全て把握されていらっしゃるのですか?」
李斎はやや疑うような口調で問うたが、驍宗は当然だと頷いた。
「当日だけでなく、三、四日先まで頭に入れているつもりだが?」
ああ、それで主上はいつも朝議で淀みなく発言をされるのか。李斎は相手の執務能力の高さに改めて感嘆と納得をし、ならば自分が必要以上に焦ることもないと理解した。
驍宗は少し首をかしげていた。彼の胸中にあるのは、何か切ない気持ちだった。
彼は、李斎の左手に重ねた手に重心を掛け、そのまま上半身を彼女のそれに近づける。
李斎の瞳が彼の細い顎の線を映したと同時に、彼は彼女の頬に唇を寄せた。朝、剃られる前の髭がちくちくと彼女の肌を刺し、彼女はくすぐったさに目を細め、そのまま笑みを浮かべた。
「李斎がやっと笑んだ」
そういう男も、安心したように笑んだ。
「おそらく──男女で朝を迎える、というのは、このように笑みを交わすものではないのか?」
その生真面目すぎるほど生真面目な問いかけに、彼女はもう一度大きく笑んで頷いた。
男が思い出すのは、これまで共寝をした女たちの不満げな顔だった。彼は女から求められても自分から求めた経験がなかった。彼が普段通り朝の支度にとりかかろうとすると、女たちは寝台の中から非難がましい視線を向けてきたものだ。それでも、彼は何が彼女たちを苛立たせるのかわからないまま、その日の朝を、そこに至る夜のことなどさっぱり切り捨てて迎えていた。
今の彼は、彼女たちの不満が分かる。求めた相手と朝を迎えるなら、手や唇、頬を寄せあう仕草が必要だったのだ。そして、それから互いに微笑みあうひとときも。
立場を違えることで、見えてくるものがある。そう彼は思った。そして、自分は、自分が思う以上に、女たちをはじめ色んな誰かを傷つけてきたのかもしれない。その連想は、決して相手の怒りを理解しえなかったあの男にまで及んだ。
驍宗は首を振って禍々しい連想を振り捨て、李斎に言った。
「朝議に遅れると連絡を入れる必要はあるだろう。それには、李斎の下官を借りるのが最も早い。しかし、李斎の邸の者を使者とすると、私が李斎の邸で夜を過ごしたことが分かってしまうな」
李斎は少し考えたものの、さっぱりとこだわりなく答えた。
「いずれは人にも知られましょう。妙に隠すほうが不自然かと思われます」
いずれ──という、彼女の言葉を、彼は口の中で呟く。そして怪訝そうにする李斎に尋ねた。
「李斎に後悔はないか?」
「後悔? 何に、でございますか?」
「私と男女の仲になっても子は望めない。また、私が瑕疵のない王であれば華々しく后に立てられようが、私には后を迎える資格はないと思う」
李斎は驚いた顔をした後、大きく首を振った。
「武人になってから今まで自分が子を持つことを考えたこともございませんし、后など……」
彼女はここで声を上げて笑い出した。
「后など、あまりに慮外のことで、どう否定したものやら言葉も思いつきません」
驍宗は息を吐くよりない。
「李斎にとっては笑い飛ばすほどのことだ、ということは分かった」
下官を使者として送り出した後、女官が卓に茶器を並べる。それを口に運びながら、男は思案気な顔をしていた。それから、ふと目線を女に向けて、しごく真面目な顔で告げた。
「幸せな夜だった、と言おう」
「……」
李斎は面食らう。
「済まないな。他にも気の利いた言い回しがあるのかもしれないが……。私には分からない」
李斎は心から幸せそうに微笑む。素朴すぎるほどに素直な言葉が、夜だからこそ燃え盛った炎を、朝の心地よい陽だまりへと変化させるように感じた。
「私にとりましても幸せな夜でございました」
そうか……と返して、彼はまた黙った。
彼の顔は静かな表情を浮かべていた。それでも彼女には察するものがあった。幸せだ、と口に出すと同時に、彼は不幸も思い起こしているのだろうと。
事実、彼は胸がつまる思いだった。民が一人命を失う。その傍には、夫婦や恋人など相手を失い悲嘆に暮れる者がいたはずだ。幸せな夜を重ねて慈しみあってきた者たちが引き裂かれる、その痛み。頭ではわかっていたはずだった。だが、自分が同じ立場にならねば、その慟哭を真に理解することはなかったのではないかと思う。もっと昔から分かっていたら……戴にも自分にも別の時間があったのだろうか。
李斎は手のひらの茶から温もりが抜けていくのに、時間の経過を感じた。
「主上、そろそろかと……」
驍宗は物思いから脱して、彼女を見て答えた。
「いや、今しばらく大丈夫だろう」
「あまり時間が遅いと皆も心配致しましょう」
「体調が悪いわけでも、不穏な事態がおきたわけでもないと伝えてある。それを聞いて安心した面々が面白おかしく詮索して過ごすだろう」
恥ずかしそうにうつむきかけた李斎に、彼は笑い含みに声をかけた。
「大丈夫だ。あれこれ詮索しても、彼らは下卑た真似はすまい。品性については信頼している」
「そうでございますね……。品性も……主上への敬愛も」
そう、麾下は主上を尊敬している。少々悪ふざけをしても、自身や主上の品位を汚すようなことを口にのぼらせることはないだろう
李斎はふと気づいた。
「主上にとっても、他の皆にとっても初めてではないでしょうか……その……朝に仕事に遅れるというようなことは……」
「そうだな」
彼はくつくつと笑った。
「延王はしょっちゅう朝議をすっぽかしておいでだそうだ。乍王朝も延に倣う第一歩を踏み出したかな」
「主上、笑えない軽口など聞きたくありません」
いや、と驍宗は言った。存外見習うべきかもしれない、と。
「私が堅苦しいばかりの主君でなければ……。私が生真面目ゆえ、臣下も生真面目となりがちだったのかもしれない。忠義を尽くしてくれたことを有り難いと思うが……。李斎の隻腕、正頼の目と耳、それに蒿里の不調……多くの者が傷ついた」
彼は李斎の右袖を手に取った。
「例えば、李斎が腕を失う前に気概を捨て、逃げて潜むことを選んでいたら……」
李斎は驚いて大きく首を振る。
「それは……。そのような人間は李斎ではありません。私だけではなく、皆も含め、我々が今あるのは望んで選んだ結果です」
しばらく彼は床に視線を落として押し黙り、そのまま目を上げることなく口を開いた。
「私を見捨てておいてくれた方が良かったなどとは言わない。言えるわけがない。私こそが、麒麟に唯一玉座に据えられた王であり、私以外に戴を救うことはできないと決まっていたのだから。ただ、苦労を掛けたことを本当に申し訳なく思う」
彼女もやや間を開けて答えた。彼女にも驍宗が黙っている間に巡らせた思いがある。
「夕麗を思い出しました。私も、従ってくれる者からの忠義が重いと感じたことがございます。麾下からの信頼、期待が重いものだと、李斎も及ばずながら痛感します」
驍宗が李斎を見て表情を緩めた。その変化を見て、李斎はこれまで相手に緊張を強いていたことに気づく。自分の忠節の純粋さを説くことは、かえって重い責務を押し付けてしまうのだろう。誰かの主公であることは重いものだ。
驍宗は、李斎には思いがけない名前を出した。
「阿選も辛かったのだろうな。彼は、私よりも人望があるように見えた。人当たりが良い人間だったから、普通の意味でなら実際に人望は私よりあっただろう。期待され、その重みにつぶされたのかもしれない」
李斎は苦々しげに言い捨てた。
「それがあの男の弱さでしょう。弱い人間であり、卑劣な男です」
「彼は確かに弱かった。しかし、私が強くいられたのも、私の資質だけではないと思う。私には天意や大義があった。天意があるのなら人からの期待にいつか報いることができるという確信を抱くことができた。それから、私の麾下は強かった。私が不甲斐なくとも私の帰還まで耐え忍び行動してくれた」
結局──と彼は続けた。
「私が天に生かされてある、ということにつながる。私一人が強かったのではなく、天意があり、蒿里や麾下が望んでくれたから私も強くいられた。私が阿選に勝ったというより、私を支えてくれるものが阿選を打ち負かしたのだ。そして、反対に言えば、私が支えられてあるために、周囲に犠牲を強いてしまったのではないかと思う」
「……我々が主上のために戦いたい、支えたいと願うのは、誰に強いられたとも思いません」
驍宗は息を吐いた。
「私が皆の願いや民の祈りに応えることができて良かった。天意があるうちはそのような王であり続けたいと思う。だが、天意が去るようなとき、もう私のために誰も傷つかないで欲しい。特に蒿里にそうあって欲しい。蒿里の不調が癒えて欲しいのも、蒿里には麒麟としての本性を取り戻して欲しいからだ」
「それは……」
「麒麟は王を選ぶのだ。選んだ王に殉じるためにあるのではない。私が王として至らぬと分かれば、戴のために新しい王を選ぶべきだ。蒿里にいつかは私を捨てることができるようにもなって欲しい。私は麒麟を失道させるくらいなら禅譲を選ぶつもりでいるが、未来のことは分からない。蒿里との間柄がどうなっているかもわからぬが、私という王にあまり引きずられて欲しくない。蒿里は並ではない強かさを得た。それを戴や自分のために用いて欲しい」
李斎もそれが正しいのだと分かる。けれど……。
「台輔は主上を慕っていらっしゃいます。ようやく共にあることができるようになりましたのに……」
李斎は怖れを感じた。以前、驍宗が台輔を稚い子どもではなく民意の具現として見ていたことを知ったときと似たような感覚だ。正しいのだ、主上の方が。だけど──。
李斎は軽く咳払いをしてから切り出す。
「今朝、私は主上の衣装を集めて早く朝議に出るようにと催促いたしました」
驍宗は、思いがけない方向に話がそれたことに、素直に意外そうな顔をした。
「主上は、幸せな夜を迎えた後は、微笑みあう時間も必要でないかとおっしゃいました」
彼は、それで? という顔をする。
「我々麾下もそうです。やっと主上が玉座にお戻りになり、安堵しているばかりです。特に台輔にとって、ようやく訪れた心休まるひとときです。どうか台輔とこの時間を楽しみになさってください」
驍宗は軽く目を開いた。
「なるほど……。李斎には私の言葉は情に薄いように聞こえたようだ。性急だった、と言うべきだな。私が言いたいのは将来の話だ」
私は一足飛びに話をしてしまうらしい、と彼は笑んだ。
「李斎の心情と、私の言いたいことはそれほど遠くない。そう、戴は平和になった。もちろん私はその平和が長くあるよう最大限に努力する。ただ、こうして平和であるうちに、変わっていって欲しいのだ。私の周囲が私という人間を恐れ敬うのではなく……延王と延台輔との間にあるような気安い関係が生まれればいい。朝議に遅刻するような、少々間の抜けた振る舞いをきっかけに、蒿里も他の大人も、私に呆れたり意見したり、時には顰め面を見せたりしてくれればと思う」
「──つまりは、乳離れして欲しいということでしょうか」
驍宗は大きく笑んだ。
「そういうことだ。もう蒿里は大人の中にあって独りでたたずむ子供ではない。大人たちとも十分渡り合っていける。私の麾下はそれぞれ個性やアクがあるが、彼らと交じってより強かな大人になって欲しい」
今度は李斎が深々と息を吐いた。
「やはり、主上は器が違うのだと感じ入ります。私はいつまでも子離れできない親のままです。心配で、不安でたまらない。それが私の不安の投影にすぎなくても、なかなか思い切ることができません……」
驍宗は労わるような眼を向ける。
「蒿里の周りに愛情深い李斎のような大人もいていいのだと思う。個性や接し方はそれぞれだ。蒿里も傅相だった正頼一人ではなく、それぞれに立場の異なる大人からそれぞれの想いをくみ取って欲しい」
私自身もそうだ、と彼は言う。
「立場が変わることで見えてくるものが違ってくる」
彼は、李斎に真面目な視線をまっすぐ向けた。
「李斎という女がいて、私も男の気持ちがわかるようになった」
「今まではいかがでしたのでしょう……?」
「分かることが乏しかった。変わるということは学ぶことだな……。だから、皆も立場を変えて視野を広げてくれればと思う。私を崇めるより、困った主公だと呆れる場面があっていい」
李斎は吹き出した。
「確かに……。今まで誰も主上に呆れたり困ったりすることはなかったでしょう……」
「だから私は言われてしまうのだ、『面白みも可愛げもない』と」
李斎は「ええ、そうですね」とうっかり口にする寸前で言葉を飲み込んだ。驍宗は笑う。
「事実そうだったのだから、そう言っても構わない。だが、今朝からは違うな。女性の邸で夜を過ごして寝坊したという実績ができた」
「実績、でございますか?」
「そう。これから私も人から茶化されるようになるわけだ。李斎を巻き込む形になるが。后の位はやれないのに、済まぬことだ」
「いえ。后など……。李斎もからかわれてみるのが楽しい気がします。くすぐったいですけれども」
軍に入りたての若い頃は、よく下種な噂を立てられたものだった。けれども、今、自分を取り巻く面々を見れば、大丈夫な気がする。驍宗が言ったように、李斎も彼らを信頼している。
「主上との仲なら、噂を立てられても面白いだろうと思います」
驍宗は笑み、茶を卓に置いた。そして立ち上がる。
「では、これから朝堂に向かおう。そろそろ皆が集まって、私の遅刻の詮索を始める頃だろうから。どんな噂か聞きたいものだ」
「……立ち聞きをされるのですか?」
「私の詮索がどうなるのか、を詮索しに行くのだ」
今夜、李斎に聞かせてやろう。彼は悪戯めいた顔で彼女に言い置いた。
──そして、彼は、宰相をはじめとする麾下たちの実に有能な詮索ぶりを目の当たりとすることになる。
くどくて申し訳ございませんw
2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
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