白い墟からのびる道   作:鷲生

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驍宗様と李斎が呀嶺を旅する話です。驍李前提ですが驍李度は低めです、スミマセン。雨については某名作の名場面のオマージュ?です。過去作で李斎が独白した内容を、今回驍宗に対して口にしています(「驍宗、李斎に鸞を送る。」)。

↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393


驍宗、雨に降られる。

 李斎が舎館に部屋を取ろうとしての会話の中、舎館の主に問われた。

「へえ、お客さん。この呀嶺にお越しで明日一日滞在されるんでしょう? それなのに南嶺郷の方を見物に行くんですかい?」

 その壮年の男は怪訝そうだった。

「この呀嶺も阿選の乱後に復興して綺麗な街並みだしさ。北の方が景色がいいよ。今は春で夏ほどじゃあないが朝には霧が流れることもあるし、夕方には山肌が茜色に輝く。高名な道観寺院もあって見所も多い。たいていの旅の人は呀嶺を拠点に北を観光するもんだよ」

 

 なあ? と、舎館の主は、李斎の背後にいる風巾を目深にかぶった男に声をかけた。

「ご亭主はどう思ってるんだい。ここ呀嶺は主上の御生地だ。北の山岳地帯の峻厳で美しい光景は、無骨で凛とした主上の佇まいに似ていると評判だよ」

 風巾の男の口元が微妙に横に伸びる。当の本人なのだから苦笑するしかないのだ。

「それにしても、ご亭主、なんで風巾を取らないんだ?」

 ええっと、と口をはさみかけた李斎より早くに、驍宗自身が答えた。

「目の周りに傷がある。人に見られたくないのだ。非礼に当たるなら許して欲しい」

 

 舎館の親爺は鷹揚にうなずいた。

「まあ、あの乱ではいろんな傷を負った人間がいるからな。それに、あんたたち夫婦は武人出身だろうしなあ」

 李斎が問う。

「なぜそう思うんだ?」

「どちらも姿勢がいいからねえ。それに、あんた、女でその口調じゃあ武人上がりとしか思えんよ。そっちのご亭主は少し和やかそうだけどね……。そういや、そのご亭主の爪のはがれた指先は気の毒だ……鴻基にいて拷問でもされたかね。まさか、それで主上を恨んで主上の生誕地見物をしたくない、と思ってるとか?」

 驍宗が、旅の前に白圭宮で李斎に説明したのと同じことを言った。

「時間があれば北嶺郷にも行こうと思っている。別に避けているわけではないから。ただ、南嶺郷に行くのが目的だ」

「へええ。別に神農ってわけじゃないんだろう? 神農なら『鄷都の塚』に行きたがるだろうけど」

 

 李斎が驚いた声を出した。

「鄷都の塚?」

「おう。主上をお救い申し上げた功績者の中に、南嶺出身の神農の鄷都という男がいてね。神農や道観関係者がその死を悼んで、鄷都の家があった辺りに塚を立てたんだよ。その塚を目当てに南嶺郷を訪れる神農は多いね」

 驍宗が歩み寄った。

「詳しい場所を教えて欲しい。鄷都は鴻基の街の神農以外の間でもその働きが知られている。武人でもないのに命がけで戴を救った鄷都ゆかりの地を、私たちも訪問したいのだ」

「へええ、鄷都もそこまで名が知られるようになったかね。いえ、私ゃ、神農じゃあないけど、地元から有名人が出るのは嬉しいもんだ。主上と同じ出身てのも誇らしいけど、鄷都はより身近な英雄だからね」

 親爺はあたりの地理を記した紙を渡してくれた。

「うん、塚の場所はここだよ。しっかり参ってきておくれ」

 

 鄷都のための塚は、石で丹念に作り上げられたものだった。李斎は鄷都の語った話を思い出す。驍宗が立身出世を遂げた後、郷里に、金品ではなく道路を敷くための石工を送った。その名残で今でも呀嶺は石工の多い街という側面もある。

「鄷都……」

 塚の前で驍宗が小さな声で囁いた。まるで相手がそこにいるかのように。李斎は一歩さがった場所に控えた。彼の鄷都への思い入れは出立前に聞いている。

 

 驍宗は、李斎と共に下界を旅して民の様子を知ろうとするが、今回は鄷都の生まれ故郷に行きたいと言ったのだった。北嶺にある自身の生家跡はついでで構わない、鄷都を偲ぶ旅に出たい、と。

「武将なら麾下を失うことは苦しい。ただ、武人であれば本人にも命を預ける覚悟がある。鄷都は武人でもなんでもなかった。彼には故郷があった。あるべき場所から遠く離れた戦場になど、いるはずではなかった──あんな荒れ果てた世界の片隅になど」

 驍宗は瞑目し、絞り出すように語った。

「鄷都を失うまで、自分は本当の意味での王ではまだなかったのかもしれない。非戦闘員の命の灯が、自分の膝の上で消えた時こそ、真に民の人生を負う重みを理解したのだと思う」

 

 春を迎えたある日、驍宗は李斎とともに鴻基から出立した。そして、こうして南嶺郷に着き、ゆかりの石塚を見つけて祈りを捧げる。

 鄷都の塚の前にたたずむ驍宗の緋色の瞳は、その斜め後ろに立つ李斎から見える様子だけでも、深く沈んだ色をたたえていた。

 思いが昂じたのか、ふっと、驍宗の怜悧な顔立ちがくしゃりとゆがんだ。

「……!」

 李斎が驚く間もなく、驍宗は来ていた外套の風巾をすっと目深にかぶった。

 ふう、と一つ息を吐き彼は空を見上げる。

「雨が降ってきたな」

「……雨?」

 早春の柔らかい光が遅い午後の空を満たしている。ところどころに靄が濃くなったような薄雲はあっても、雨雲など見当たらない。

「雨なんて降って……」

 不審そうな李斎に驍宗は再度言った。

「いや、雨だ」

 李斎は驍宗の顔を見た。

 風巾から覗く彼の頬から顎の線、頬骨の辺りに水滴が見えた。その水滴は膨らみを増し、とどまりきれずに顎に向かってつうっと流れ、ポタリと地に落ちた。李斎から見えない反対側の頬からも、顎を伝って水滴が落ちる。

 ポタリポタリと水の粒が、春の弱々しい光をその一粒一粒に集めて輝きながら空中を滴り、鄷都の石塚に砕け散って濡らしていく。その美しく哀しい光景が、李斎の胸に突き刺すほど痛ましかった。

 

 しばしの時が経ち、吹く風に夕刻の兆しを覚えて李斎は声をかけた。

「戻りましょう。ここは……冷えます」

 風巾をかぶったまま驍宗は鄷都の塚に一礼し、街道に向かって歩き始めた。もう北嶺郷に寄る時間は無い。日が暮れる前に舎館に戻り、翌朝には鴻基へ発つ。

 石で舗装された道を歩きながら、李斎が話しかけた。

「主上が郷里に石工を送った話を、私は鄷都から聞きました」

「そうか……」

「主上が呀嶺に本当に必要なものをお送りになった、その真意が伝わるまで主上を悪し様に罵る者も多かったとか」

 李斎は少し間を空けた。

 

「……主上はお優しくていらっしゃる」

「あまりそのように言われたことはないな。石工の話で私が褒められるとするなら『道を知っている』などとは言われるかもしれないが」

「『道を知る』に他者への誠実さが含まれましょう」

「確かに私は他者に誠実でありたいと思っているが……」

「主上は、相手から悪し様に言われても、他人に本当に必要なものをお与えになる。自身の名望より相手を真に思う優しさがおありです」

 他人の罵詈雑言など顧みない人物ゆえに、誰に褒め称えられずとも洞窟の中で暦を守り王としての務めを果たすこともできたのでしょう、と李斎は語った。

「轍囲の故事もそうですが、主上は、優しさよりも、正しさや誠実さがの方が印象に強くていらっしゃる。普通『優しい』という言葉はもっと柔らかな人柄、麒麟の慈悲に近い態度を指すことが多い。そのため、主上の為人では、相手は優しさを感じ取るより前に畏怖の念を抱いてしまう……」

 李斎はため息をついた

「内に優しさをお持ちなのに……損なご気性でいらっしゃる……」

 驍宗の声に苦笑がにじんだ。

「別に損だとは思っていないが……」

 しかし、彼は「いや……」と続けた。

「私自身はどう思われてもいいが……。問題は私がどう思うかではなく、周囲が私を苛烈で恐ろしいと思っていたことが災いを招いた一因だろうな」

「主上は、今は人から見ても随分と和やかになられました。阿選の乱後に白圭宮に仕え始めた新参の官に古株の官が主上の覇気の凄まじさを語っても、なかなか理解されないのだとか」

「要らぬものを捨て去ることができているなら、私も地中に七年いた甲斐があった」

 

 李斎はうなずいた。

「今なら、主上が心優しい男性でいらっしゃるから李斎が心惹かれたのだと説明して納得してくれる者も多いでしょう」

 驍宗は意外に思ったようだった。

「李斎が私の傍にいるのは、本当に私を優しい男だと思っているからなのか?」

 李斎は笑む。

「ええ。お優しい……。不器用で伝わりにくいところもおありですが、李斎はそう思います」

 この男の心が優しくなければ、どうして鄷都の塚で涙を流すことがあるだろう? けれど、本人が涙を雨だと言っているから、李斎もそれは口にはしなかった。

「鄷都から石工の話を聞いて良かった。主上の人柄の奥にある優しさを知ることができ、こうして夫婦者の真似事もできる……。李斎は幸せで、それは鄷都のおかげですね」

 驍宗は歩きながら右手を差し出した。李斎がそれを左手で握る。

 

 手をつなぎながら李斎は語る、鄷都の人柄を。そうして語ることが供養になると思えてのことだった。

「なまじ台輔と面識がある項梁などと違って、台輔にも物怖じするところが少ない人物でした。自分は徹頭徹尾庶民だから、と言っていたようです」

 驍宗はここで風巾を脱いだ。話題の主となった相手への礼節だと思ったのかもしれない。

「私は残念ながら鄷都と直接相対した時間が少ないが……。蒿里から聞いた話が印象的だ」

「どのような?」

「道のりが遠くとも『前に進めば進んだ分は近づくんだ』と鄷都は言ったとか」

「ああ、私も去思から聞きました。彼の暢気さは周囲を明るくさせたものです」

「良い人柄だ……。今も生きてくれたなら、折々に会ってみたかったものを……」

 私もそうです、と李斎は小声で返したが後は何も言わなかった。言う必要もなかった。生きていて欲しかった……しかし、口にしてもどうしようもないことだった。逝ってしまった者を悼むのに、その言葉はもはや遅すぎる。

 

 石塚で偲ぶよりない鄷都を思いながら、李斎は話した。

「あの鄷都の石塚も冬は雪に覆われていたことでしょう。春になって温かい雨が降った……よい供物となりましょう」

 もちろん春の雨とは驍宗の涙を指していた。水晶の球が砕け散る、そのような美しい瞬間が捧げられたのだと彼女は思い返していた。

 その李斎の言葉に対し、彼は少し考えてから言った。

「確かに戴の冬に雨は降らない。降るのは雪だけだ。雨は春の訪れを告げるもの……。李斎が温かい為人ゆえ雨も降るようになったのだろう」

 李斎が傍にいるから、自分も温厚な気質になれそうだと彼は言った。それでも、自分が涙を流したのだとは言わないままだった。

 

 何歩か無言で歩いてから、彼は軽く首を振った。

「私も大人げないな……。とんだ意地っ張りだ」

 李斎は軽く笑んだ。

「鄷都はそれで良しとする人物でしょう。飄々とした彼が棒のように固まったのを見たのは、生還された主上と相まみえたあの場面だけです。真正面から弔意を捧げられては、鄷都の方が恐縮してしまいましょう。尊き王にも人間味があると分かった方が、楽しそうに振る舞いそうです」

「そうか……。雨粒以外の供養も出来ぬ王だが、鄷都が笑ってからかってくれるなら嬉しいものだ」

「主上の麾下もそれぞれに個性的で、主上をからかうこともありますが……。鄷都はずっと商人でしたから、武人の気安さとはまた違った為人でしたね」

「神農は丹薬を卸して回るのだったな」

「ええ、台輔と廻った道でも、困窮した里に薬を無料で置いてきたこともありました」

「無料で? それでは商いにならないだろうに?」

 

 李斎は背後から笑い含みの声を聴いた。

 

 ──商売をしない日があってもいいでしょう。私にだって休みは必要ですからね。

 

 足を止めた李斎に驍宗も立ち止まる。

「どうした?」

「後ろに鄷都の気配が……。笈筺を背に我々の後をついてきているような気がして……」

 驍宗は緋色の目を細めて李斎の背後を見た。そして、人の背丈ほどの空間に視線を合わせて話しかける。

「鴻基までついてくるか? 故郷に戻った後なら鴻基見物も面白かろう。白圭宮でもぜひ歓待したい」

 そして口元を緩めたまま前を向いて歩み始めた。

 李斎は、驍宗の笑っているようにも泣いているようにも見える顔を一瞬だけ見つめたが、何も言わずに前を向いた。

 

 彼らは旅の目的を終えた。あとは鴻基へ一歩一歩足を進める。

 二人とも、その後ろに本当に旅を楽しんでいるかのような軽やかな足取りの気配を感じ、その気配が消えないように心から念じながらの歩みだった。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

「雨が降ってきたな」「雨なんて……」の場面について。

 某錬金術漫画の名場面です。

 某大佐のセリフですね……。終盤まで物語の伏線となる重要な場面です。

「成人男女主従CP」という共通点で、驍李好きとロイアイ好きは重なるのではないでしょうか(どちらも扱っていたサイト様を拝見したことあります)。

 

 今回のお話で取り上げてみて、鄷都が思った以上に味わい深いキャラだと気づきました。

 そして、驍宗様の心境も。

 二次創作のために原作を読み返す中で、より深く原作を味わうことができるのではないかと思いました。

 

 4月25日追記

 アニメ十二国記で驍宗様の声を担当されていた藤原啓治さんの訃報に、心からご冥福をお祈りいたします。

 私はハガレンのアニメは見ていなかったので、藤原さんがアニメハガレンのヒューズを演じてらっしゃったとこれを機に知りました。

 この二次創作を書いたのはこの悲報を知る前でした。「驍宗様がヒューズの墓前に参る」かのようなお話に、図らずもなった形です。

 いろんなエンタメ作品でファンを楽しませてくださりありがとうございますと申し上げたいです。

 

 




くどくて申し訳ございませんw

2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。

「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
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