↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
予想されたことではあった。
泰麒を救い、戴を救うために助力してくださった範国。
かの国へ泰王驍宗が礼を述べに赴くとなれば、直接面識のある李斎が同行するのは当然だった。
工匠の国として名高い国の王宮にて、趣味良く着飾る国主の呉藍滌と無事再会した李斎は、相変わらず武人風の服装だった。
驍宗からの謝辞を一通り聞き終えた氾王はにこやかに笑んだ。
「泰王よりの感謝の言葉、たしかに承った。我が範は大したことはしておらぬ。じゃが……少し私の願いを聞いて貰えるかえ?」
驍宗は答えた。
「何なりと」
「李斎をお借りしたい。私どもの好きに着飾らせてもらうと我らも楽しい」
この国の、この為人の王の許を訪れたからには、予想されたことではあった。
だから、驍宗も李斎もその申し出をすんなり承諾した。李斎は氾王と氾麟に連れられて、奥の部屋へ姿を消し、後に残った驍宗は、範の冢宰と懇談しながら李斎が戻るのをしばし待つ。
小一時間たったころだろうか。
呉藍滌自身を先触れとして女性が現れた。実に美しい女だった。凛とした佇まいに抑えた色目の衣をまとっているが、その衣装の素材が柔らかいためふわりとした印象も与え、金糸銀糸で品よく華やかに添えられた刺繍が気高い貴人らしさを醸し出していた。
驍宗は、自分に歩み寄ってくる美姫の顔を見た。良く通った鼻筋。その両翼に描かれた眉は、ほどよい長さで優美な弧を描いている。口元に施された紅は、幼い淡さも無駄な艶もなく、落ち着いた色目の赤。そして顔立ちの麗しさを引き立たせる陶器のような白く滑らかな肌。
驍宗は、普段の李斎と異なる部分を眼光鋭く一瞥し、そしてその女に視線を合わせた。瞳の色は確かに李斎のもので、そして深々と困惑した色をたたえていた。驍宗は彼女に笑んで見せ、傍に立つ氾王に言葉を掛けた。
「実は……我が白圭宮でも、李斎の友人や女官が集まって李斎を着飾らせることがあるのです。しかし、さすがは工芸で鳴り響く範の王宮だけはある。洗練の度合いがまるで違います。このような李斎の姿を見たことはありません。実に美しく仕上げて下さった。眼福です」
氾王は片手に持っていた扇を広げて口元を覆い、穏やかに言った。
「まあ、たまには良かろ、このような姿も」
ずっと主とともにいた氾麟も、李斎の隣に立ち、背の高い相手を見上げて言った。
「とーっても綺麗よ、李斎。鏡を見たでしょ? ふふ、驚いて困ってしまっているのね。でも、李斎はちゃあんと着飾ればこれだけ綺麗になれるのよ」
李斎は見上げてくる氾麟に、そして傍らに立つ氾王に向かってほほ笑んだ。
「何やら気恥ずかしゅうございますが……ありがとう存じます」
その場にいた者たちが、李斎に見惚れ終わって、口々に賞賛の言葉を発し始めた。無骨な戴王朝から来た者たちだけでなく、範の官人たちもまた興奮気味だった。装飾の美で名高い王朝の面々にとっても、李斎のこの姿は滅多と見られぬ美しさなのだった。
宴も終わり、用意された臥室に引き取った李斎は「ふううっ」と深く大きく息を吐いた。化粧も落とし夜着一枚となって臥牀の隅に背を曲げて座る。その姿に、疲れた様子は隠せない。
そこへ苦笑交じりの男の声が掛かった。
「どうした? そのため息は?」
夜着を羽織っただけの男は、李斎と同じ臥牀に腰を掛けた。彼女は隣に座った驍宗に向かい、辛うじて笑みを作った。
「色々と……。まずは、主上と臥室がご一緒なのは何ゆえかと……」
「正頼あたりが打ち合わせで手はずを整えたのだろう。そして氾王も気を利かせて下さった」
「お気遣いと言えば、衣装と化粧も……」
「ああ、李斎に良く似合っていた。とても美しかった」
良いものを見た、と続ける驍宗に、李斎は眉根を寄せて問うた。
「本当に主上はそうお思いでしたか?」
「なぜ?」
「本当に一瞬のことでしたが、私をご覧になって主上は硬い表情を浮かべていらした……」
驍宗はくつくつと笑んだ。
「李斎はやはり武人だな。相手のどんなに素早い動きも見逃さない。武人ではない氾王がお気づきでなければ良いが……」
「主上はすぐに氾王ににこやかに話しかけられましたから、お気づきにはならかったでしょう。ただ、ほんの一瞥とはいえ、見知らぬ者を見るかのような視線を向けられたのが、李斎は少し寂しゅうございました」
「李斎が寂しがることはあるまい。私は見知らぬ女につい素っ気ない顔を見せただけのことだから……」
驍宗は静かに笑んでおり、李斎も肩の力を抜いてふっと息を漏らした。
「確かに……自分で鏡を見ても自分ではないかのようで……」
驍宗は無言のまま李斎を促す。
「私の肌は、顔といえども傷跡があちこちにあります。あのように白くきめ細やかに塗られてみるまで、気にとめていませんでしたが……。それに、もちろん私の唇はあのような美しい色はしておりません。眉もこうして化粧を落としてみると随分と野暮ったい……」
驍宗は軽い笑い声を立てて首を振った。そして、李斎の顔へ指を伸ばした。長く節高な指で、李斎の頬、額、顎などを細かく触れていく。
「どの傷も、李斎が武人として人生を紡いできた証。私が愛しているのは、勇ましく、そして民を守る心優しい李斎という女だ。あのような人形ではない」
李斎は軽く驚いた声を出した。
「人形、ですか?」
「ああ。とてもよくできた人形だ。非常に秀麗な出来栄えの。高価な衣装を品よく選ばれて着せられている等身大の人形……」
彼は彼女の唇を指先でなぞった。
「私の李斎はここにいる生身の女だ。化粧も衣装もなく、ありのままの李斎。私はこちらの李斎の方が愛おしい」
「ありがとう存じます……」
「あまり礼を言われることでもない……」
驍宗は少し困った顔をした。
「李斎を見て私の顔がこわばったというなら、それは氾王に対抗心があったからかもしれぬ。私の李斎に余計な色を付けられた、と。範には恩義があるというのに、私は心の狭い男なのかもしれないな」
李斎は笑い含みの声で返した。
「それは、李斎のために妬いて下さったのですか?」
驍宗も軽く笑った。
「そうだな。これくらいの独占欲は許されるのかもしれない」
李斎はふふっと息を漏らし、驍宗も目を細めてそれを聞いた。
しかし、驍宗はその顔を少し曇らせた。ついっと視線を李斎から外し、自身の心を探るような表情を浮かべる。
「李斎に伝えるのが難しいのだが……」
「何でございましょう?」
彼は慎重に言葉を探しながら話をする。
「李斎の腕を失わせたのは私の責だ。それが分かっていない私ではない。そのような私がこのようなことを言うのは、不謹慎かもしれない……」
彼女は特に右腕の件を彼の責とも思っていなかったが、黙って話の続きを待った。
「隻腕であること、それが李斎という女なのだという気もする」
「……」
「両の腕の揃った女は数多いる。一方、数の上では少なくとも、何らかの事故や事件で四肢を失った女もいるだろう。ただ、李斎という女はここにいるただ一人だ。武人として国政を担う王師将軍の地位にのぼり、国の困難には右腕が腐り落ちることも厭わず虚海を渡った女は他にいない。他の誰とも違う、それが李斎だ」
驍宗は先ほど顔に伸ばした指を、今度は夜着の胸元に伸ばした。衣の合わさった部分に指の背を掛け、手のひらを横に滑らし、夜着をはだけさせる。衣の袖は肩から落ち、女の上半身が剝き出しとなる。
女は少し恥ずかしそうに俯いた。男は、顔を彼女の右肩に近づける。その右肩から先に腕はなく、縫いとどめた傷痕だけがあった。男は、その傷跡に口づけた。女の軽い吐息が、彼女の胸元にある男の髪を揺らした。
獣が舌で物の形を確かめるように、男は口で女の傷口をなぞり、愛撫する──優しいその動きと、それにそぐわぬ常より激しめの息遣い、そしてはっきりとした熱が女の五感に届く。女は、今度は深く、わななくような吐息を零した。男の銀の髪に絡みつくほど、湿度の高い息だった。
男は顔を女の右肩から離し、彼女に身を寄せると座ったまま彼女を抱き寄せた。額から頬、首筋に口づけながら、掠れていても深い響きのこもった声で言う。
「李斎は本当に美しい女だ……」
「あ……」
何をされたわけでもないのに、その言葉を囁かれただけで女の首は軽くのけぞった。
「李斎に傷がないのは首筋だけか。ここに傷があれば命も危うかった。他は……」
男はそう言いながら自分の右手で彼女の左手を覆い、指を絡める。今度は左肩から二の腕の刀傷に一つ一つ口づけていく。
「一つ一つ生きて来た刻み目がついた身体だ。強くあろうと戦い続け……だからこそ敵わぬ壁にぶつかり己の弱さも噛み締めることになる……」
ほうっと息を吐いた女が先を引き取る。
「私が右腕を失ったのは私自身の不調法です。己の右腕を守るだけの器量がなかったのです……」
男はその言葉に頸を上げ、女の顔を真正面から見つめて、悲しそうな表情を浮かべた……。
「済まなかった……」
「ですから……」
李斎の言いたいことは同じだった。自分の不調法なのだ、と。
「いや……。李斎を知る者は、隻腕の姿に美しさを見出すだろう。李斎はその姿を誇っていい。だが、麾下を腕が胴につくかどうかの瀬戸際に立たせた私は……やはり苦しく思う」
済まなかった……と彼は再び口にした。
李斎はしばらく黙り、それから口にした。
「苦しくとも……ご覧くださるのですね」
「……?」
驍宗は怪訝そうな顔をした。
「いえ、苦しいのなら見ないで済ます道もあるのではないかと思って……。ご自身の過ちだと思うものを遠ざけずにむしろ近くに置き続けるのも、胆力ではないかと思います……」
さて……と彼は少し首を傾げた。
「私に少しは度量の大きさがあるのか、それとも李斎がそれだけ男を惹きつける魅力があるせいなのか……」
「李斎に女としての魅力があるとはあまり……」
「私は苦しくとも李斎を見続けていたい……、そのように目を吸い寄せられている気がする。私は李斎の隻腕の姿を美しいと心から思うし、そう称えていたい。腕を失ったそもそもの原因が、己の主君としての器不足によるもので、私に李斎を美しいと称える資格はなくとも……」
驍宗は李斎の頬を撫でた。
「李斎は李斎だから美しいのだが、私の立場からそれを口にするのはどこか捻じれてしまう。不謹慎だと怒らないでいてくれるのなら有り難い」
李斎は彼の掌の中で小さく首を振った。驍宗に一方的に謝られているばかりなのはどこかおかしい気がしていた。
「臣にも臣の務めがあります。それを果たせなかった責とて、臣にあるのです……。にもかかわらず、お褒めいただくのも複雑なものです」
互いに互いを見ようとすると、喜びと悲しみが絡み合った感情がこみ上げる。ただ、それらを強いて切り分けようとするのも無益なことのように李斎は思った。
「どちらの責がどうと言葉で説明しようとするより……」
驍宗は続きを待ったが、李斎が言いあぐねているようなので促すように声をかけた。
「言葉で説明するより?」
李斎は言葉を探すのを放棄し、笑みを浮かべた。その笑みは、蓬山で天啓がないと告げられながら、泰麒に「また来てもいいですか?」と問われたとき、彼女が浮かべて見せたものに似ていた。
「傍にいらしてください。不調法な李斎でも、こうして愛でて下さることが嬉しいと存じますから……」
驍宗も軽く目を見開いた後、口元を緩めた。
「心苦しいが、愛でていたい」
そして、視線を李斎の瞳から顔へ、髪から乳房、腰に向けた。そして、視線で愛でるだけでなく、彼は再び李斎の体のあちこちに唇を寄せて、その傷の残る肌を味わい始めた。
それから──それ以上の言葉は、確かにこの二人には要らないのだった。
戴の武人同士が一つの臥室で過ごしている頃。正寝の一室、一服の絵のように美しく設えられた部屋の長椅子に、麗人がしどけなく身を横たえていた。
「泰王は相変わらず無骨な男じゃ」
氾王は傍らの床に座る氾麟の頭を撫でつつ、苦笑した。
「我らが着飾らせた李斎の姿は、驍宗の趣味ではなかったようだよ」
氾麟はくすくす笑った。
「ほーんとにわずかな間だけど、ちょっと嫌そうなお顔をされてましたものね」
「雁の山猿も風雅を解せぬが、戴の御仁も無骨ぶりを通すらしい……。趣味が一致する相手が十二国になかなか見つからず寂しいことじゃ」
氾麟は慈しむような笑みで主を見上げた。
「主上はこの世に一人しかいませんわ。私の主上は一人きり。とってもご趣味が良くて、何もなかったこの国を、ご自身の美意識で以って工匠の国として立ちゆくまで導いて下さったただ一人の御方」
「嬌娘は嬉しいことを言ってくれるね」
「私にとって主上にかけがえのない素晴らしさがあるように、泰王にとっての李斎にも他の誰とも似て欲しくない素晴らしさがあるのでしょう。李斎にとっての泰王にも。それぞれの国にとっての王にも。範にとって主上が良き王であるように、地を掘って玉を産出する戴国にとっては無骨な王が良き王なのでしょう」
「そうじゃな。為人は一人一人違うもの。それで良かろう。紅や白に翠……とりどりの色の宝玉があるからこそ、さまざまな飾りが作れるのだからね」
飾りと言えば……と氾王は言った。
「泰王は、明日は出立まで冬官の工房を見たいとのことじゃが、ご覧になりたいのは物差しや秤の錘なのだそうだよ。冢宰とそう話がまとまったのだとか。ほんに無骨なご趣味よの」
「まあ……。でも、その間に李斎を私たちが衣裳部屋に連れて行ってもいいのよね? まだまだ李斎に試してみたい襦裙や飾りがたくさんあるのだもの」
「驍宗と李斎がああでも、戴の他の者が見たがるかも知れないからね。こちらが見立てた衣装や装飾品は持ち帰ってもらいたいものじゃ」
そのような経緯のあった翌朝。
李斎は、氾王と氾麟から、次から次へと色とりどりの衣類や宝飾品で飾られ続けている。
天官たちが後宮の奥から次々に色んな箱を持って来ては蓋を開ける。女官たちがその箱から襦裙に、披巾、扇に簪釵、さまざまな装身具をそれぞれに取り出す。それらを氾王と氾麟が指示を出して組み合わせ、李斎に試着させては、ああでもないこうでもないと検分する。
これは、と思った組み合わせとなれば、それらを一揃い戴へ持ち帰るように李斎に勧める。
「この襦裙は何としても戴へ着てお帰り。戴の女官がどう褒めるか聞きたいからね」
「じゃあ、髪飾りはこれよ。見た目がきれいなだけじゃなくて、すっごく凝った作りなのよ。戴の冬官たちがなんていうか聞きたいわ」
李斎は首を何度も横に振る。
「いえいえ、さように高価なものはいただけません。既に、戴への土産として数箱もの頂き物を渡されておりますのに……。あの箱の中身もやはり女性の飾り物なのでしょう?」
「李斎が気に入らなければ友人や、仕えてくれる女官に贈っておやり。戴の王朝にだっておしゃれを楽しむ者が皆無とは限らないであろ」
「確かに私の友人は女性らしく身を整える性質ですが……」
氾麟がにんまり笑う。
「あら、李斎もそのお友達を見習いなさいな。ちゃんと飾れば李斎はとーっても綺麗なのよ? そうよ、そのお友達と一緒にどう飾れば泰王の目を楽しませられるか、色目とかを相談してみて? それを範に知らせてくれれば、そのご趣味に合わせてまた選びなおして差し上げるわ」
あの……。李斎は説明しようとした。驍宗は「何も飾らぬ、ありのままの李斎の姿を好むのだ」と。彼女が言いたかったのは「取り繕わぬ」という意味だった。ただ、李斎の口から出たのはこうだった。
「主上は、何も纏わぬ李斎が最も良いと……」
纏わぬ……?
箱を手に行き交う天官たちの動きが止まる。細々とした品々を広げていた女官たちもまた。若い娘は頬を染め、それなりの年齢の者は首を竦める。氾王は常より高い声で「ほほーう」と呟き、氾麟は心底面白そうな笑みを李斎に向ける。
驍宗と李斎がこの王宮の同じ臥室で一夜を過ごす前なら、彼らにもまだ違った受け止め方もあったかもしれない。
李斎は、自分の一言が周りの空気を一変させたことに気づき、直前の自分の言葉を反芻してみた。
「……!」
彼女の顔は朱一色に染まる。それを見た氾王はころころと笑った。
「なるほどね。李斎は李斎自身が美しいゆえ飾りは要らぬ……と。驍宗は無骨だが趣味は悪くない。ただね……李斎、そなたは口に出す言葉については剝き出しにせず、もう少し飾った方が良かろうよ。周りが困ってしまうからね」
顔から火が出る思いで李斎はこくこくと頷いた。頷くことしかできなかった。その場を取り繕う言葉など、彼女に持ち合わせようのないものだった──。
くどくて申し訳ございませんw
2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393