白い墟からのびる道   作:鷲生

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白銀後の、驍宗と正頼、英章、李斎です。驍李…の手前でしょうか。書き終えてから、「書簡」の陽子と楽俊との遣り取りを思い出しました。

なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393


白圭宮は、ウソをつく。

最初に気が付いたのは、英章だった。

 

驍宗の部屋から連れ立って廊下に出ようとした三人の男の中で、先に扉を開けて一歩踏み出したのは彼だった。

彼は武人だから普段から人の気配に敏感だし、後に続くのが次期冢宰候補と、王なのだから、どこかしら常よりも警戒心が強かったのかもしれない。

 

だが。

部屋から一歩進み出るやいなや、李斎が廊下に座り込んで居眠りしているのを発見しようとは思わなかった。

 

英章が驚いて立ち止まったために、英章の肩を借りていた正頼も体勢を崩しかけ、それを後ろから驍宗が支えてやった。

 

李斎は、部屋の中に先客がいるので、外で待っていたのだと思うが…。

三人とも、言うべき言葉も見つからず、しばし呆然と足元の女将軍の珍しい様子を見つめてしまう。

 

英章と正頼の後ろから、驍宗がすっと抜けて、壁にもたれかかって項垂れている李斎に近づいた。他の二人も動こうと思ったが、手足が未だ自由にならない正頼と、その杖代わりの英章はすぐには身動き取れない。

 

驍宗はまず、李斎の傍らにしゃがみ込んで彼女の顔色を確認しようとした。ひょっとしたら、どこか身体の不調があってかもしれないと思ってのことだった。身体に異変があるのでなければ――。彼女も武人なのだから、人が近づいた気配で自然に目を覚ますだろう。

 

はたして、人の気配に李斎は薄目を空けた。彼女の目に入ったのは灰色に近い、生き物の毛だった。

しかし、それが自分の顔を覗き込んだ驍宗の髪だと気づく前に、李斎は夢の続きに戻ってしまう。

――飛燕。

愛騎の名前を呼んで、女将軍はその首筋に抱き付いた。

 

驍宗は自分が飛燕と間違われているとすぐに分かった。そして、彼女がその愛すべき騎獣に両腕で抱き付いているつもりであることも、右の肩の動きで分かった。

現実の彼女は隻腕であり、両の腕があるつもりの体勢では、飛燕にしがみつくことはできない。けれども、今の彼女はその現実の中にはいない。

 

そのまま、ずさりと身を落としかけた李斎を、驍宗は素早く抱き取った。まずは、普通に肘を寄せて。しかし、それから急いて肘を開いて、手のひらは閉じた。

 

英章が、李斎の目が覚めないよう声を潜めて言った。

「それでいいでしょう。天馬の翼はそんな感じだったかと」

驍宗も小声で返した。

「そうだな。私は天馬を乗騎にしたことはないが、確か飛燕の翼はこのような感じだったと思う」。

正頼も続ける。

「それに飛燕は天馬にしては小柄な方でしたしね。人の腕でもごまかせるでしょう」

 

三人の男に守られられた夢の中で、女将軍は飛燕に頬をこすりつける。

 

驍宗は、その頬のぬくもりと湿り気に驚いた。戦闘やそのための鍛錬以外に人の肌に触れることなど、何年なかっただろうか。しかも、暗闇の七年は生き物の感触すら覚えなかった。

 

自分に触れる、この、女性の柔らかい肌、熱い吐息、しっとりとしたその感触――。

その上、この女は驍宗の首筋で軽くイヤイヤをするような仕草で涙をこぼし始めた。

 

「飛燕、辛い、辛いんだ…」

驍宗は彼女に気づかれぬようにしながら、彼女の方に向かって目線をめぐらす。彼女が眉を寄せて嘆く表情も、涙交じりの震える声音も、その言葉に込められた暗い感情も、彼には初めてつきつけられるものだった。

「飛燕…。傷が痛い…。歩くのもお前に騎乗しているのも疲れた…。苦しくて苦しくてたまらない…」

痛い、苦しい、辛い…。

彼女は夢の中で、絶望と紙一重の旅路をあてもなくさまよっていた。さらに、彼女の夢の中の旅は、脈絡なく場面が変わる。

「花影…。そんな顔をしないでくれ…、分かっている、私は浅ましい…」

驍宗の傍では英章と正頼が立ち尽くしたまま互いの顔を見合わせる。

李斎の悲嘆はとまらない。

「ここも駄目か…。私と縁があったばかりに惨い目に遭わせてしまった…。申し訳ない…」

 

英章が誰にともなく独り言ちた。

「何があったかと李斎に聞いたが、どう感じていたかは聞かなったな、そういえば」

正頼が返した。

「尋ねたところで、お前なんかに言うもんか。いや、お前だけでなく、武人同士ならそんなものだろう。だから、李斎も愚痴をこぼすのは飛燕にだけ…」

 

彼らが言葉を交わしている間も、李斎の煩悶は続く。そして、何度も同じことをかきくどくのだ。辛い、苦しい、悲しい、疲れた、愚かだ、哀れだ…と。

そして、夢の中で彼女の感情がどんどん激しさを増し、とうとう憤りのままにひときわ大きな声を出す。

「なぜだ? なぜなんだ?」

 

これには思わず驍宗も、肘をぎゅっと閉じて手のひらを広げた。人間の腕をもって、彼女の体を自分の胸にかき抱いた。そうせずにいられず、そして口にせずにいられない。

「済まない…」

掠れて聞きづらくとも、その声には真情がほとばしっていた。

彼に長く仕えた正頼や英章も、主がこうも感情を込めて何かを口にする場面を見たことがなかった。当の李斎本人も、意識があれば主君のこの謝罪に恐縮しきってしまっただろう。

 

驍宗は彼女が眠っていて良かったと思った。夢の中でもなければ、自分にさらけだすこともなかった、彼女の苦衷。

腕の中で泣く女は体温のある生きた体だった。驍宗は七年、物言わぬ暗く冷たい岩に囲まれていた。そばにある小川の流れから汲む水の水滴は、身を凍らせるほど冷たかった。

しかし、人の涙は熱いのだ。彼の空位の間、熱い涙がいくら零されたことだろう。同じく熱いはずの血がいくら流されたことだろう。

――済まない。

いくら言っても言い足りないのだと分かっていても、彼はその言葉を繰り返した。

 

「ん…」

李斎が、自分を支える腕が天馬の翼とは感触が異なることに気づき始めたようだった。驍宗は再び肘を広げて、天馬の真似事を務めはじめる。

 

英章が驍宗に囁いた。

「いつまでも、こうしているわけにもいかないでしょう」

「かといって、我々三人で起こすわけにもいくまい」

正頼も心得ていた。

「このまま目を覚ましてしまうと、李斎はたいそう恥ずかしがってしまいますからね」

驍宗はため息交じりに言葉を落とした。

「女で武人であれば、同輩に侮られまいと男以上に感情を抑える。李斎もずっとそうだったのだろう」

英章が「そんなに肩ひじ張ることないのに…」と呟いたが、驍宗は首を振った。

「いや、それが李斎の矜持なのだろう」

いずれは、感情を出す出さないに男女のこだわりのない雰囲気を作ってやりたいが…と彼は思う。しかしそれは先の話で、そうではない現実を生きる彼女は、自分を律することで己を保っているのだ。

 

李斎の瞼が軽く動いた。眠りは覚めようとしているらしい。

 

英章がじれったそうにした。

「さあさあ主上、ここは私の出番でしょう」

驍宗は、李斎をそっと壁にもたれかけさせた。そして、正頼に肩を貸す役割を英章と代わる。

正頼は王に「申し訳ありませんな」と言いかけたが、皆まで言わせず、英章は男二人をせかした。

「さ。二人とも李斎が目を覚ます前に、早く部屋に戻って下さいよ」

李斎がいつまでも居眠りをしたままでは、いずれ他の誰かに見つかってしまう。また、李斎が、それを見られたと思う相手は最小限にしなくてはならない。それもできるだけ気安い仲の者がいい。一方、正頼には杖代わりの誰かが必要。となると、結局、この組み合わせとなるのだった。

 

驍宗は正頼に肩を貸しつつ、部屋の中へ戻った。正頼を椅子に腰かけさせてやり、彼もまだ温かさが残っていた自席に再び座った。

正頼が宙に向かって、しっとりと感情を含ませて零してみせた。

「李斎はさぞ辛かったでしょうなあ…」

あえて、言葉に出した。それは、黙り込んだ驍宗のためだった。

 

李斎がが「なぜ?」と問うた際、驍宗が「済まない」と答えたように、責は驍宗にあった。

それを驍宗自身も自覚しているだけに、一人で黙り込んでいては、今度は驍宗も辛くなる。驍宗本人はそれを自身への罰だと思ってそうするだろうと正頼は思うが、彼は心の中でつぶやく。「そんなものは一人で背負い込むもんじゃありませんよ」と。

ただし、彼はそんなことを口に出す正直者ではない。

 

「今まで、辛いことや悲しいことがあれば飛燕に聞いていてもらったのでしょうなあ。飛燕に抱きかかえられながら涙をこぼしてきたのでしょう」

「…私は飛燕まで奪ってしまったな…」

「全く。主上が生きて還ってきてくださったから、まだ良かったものの」

驍宗は少し怪訝な顔をした。

「これで主上まで身罷りでもしたら、たまったもんじゃありませんでしたからね。さあ、これから李斎に一杯幸せになってもらいましょうね。もちろん主上だってそのおつもりでしょう?」

過ぎたことはみんな夢です。現実をどう作るのかが大事ですからね。正頼は歌うように話を締めくくった。真情と異なる言葉はしっとりと、真の言葉は軽やかに。それが正頼の彼らしい語り口だった。

 

そうだな、と返して驍宗は思い出す。泰麒と同じく、自分は戴を救うために帰還したのだ。これまで自分がふがいなくも招いてしまった不幸に対し、これから埋め合わせをしていかなければならない。

 

正頼は再び沈黙にこもる主公を見て、ため息をついた。この方は生真面目過ぎて困る。

「主上、私はこのまま座っておりますし、今のうちに英章と代わっては?」

「なぜ? 李斎も主君の私より英章に寝顔を見られたと思う方が、まだ恥ずかしい気持ちは少ないだろう」

「おや? 主上自ら李斎を幸せにはしたくないので?」

驍宗は苦笑した。

「英章の方が向いているだろう。癖はあるが、面白みも可愛げもある。私より上手く李斎の心を引き立てるだろう」

「…ウソつき」

正頼が何を指して嘘つきというのか分からず、驍宗は問い返そうとした。

 

その時、扉の外から声がした。

英章がやや芝居がかった声で言っている。

「おいおい李斎、こんなところでどうした?」

「ん…? あ、英章。おや? 私は居眠りをしていたのか?」

「そう。この英章一人が通りかかってみたら、劉将軍を見つけたのさ」

英章はやけに「一人」という言葉を強調した。

 

部屋の中から外の会話を聞いていた正頼が扉を見つめ、ポツリと呟いた。

「ウソつきめ」

 

李斎は英章を疑うこともなく、素直に応じる。

「英章一人で良かった。主上や正頼も一緒だったらと思うと、恥ずかしくていたたまれない」

「ああ、主上と正頼は部屋の中だ。この二人が会っているなら文官の仕事だと思って、武人の李斎は外で待っていたんだな。そのうち、居眠りをしてしまったわけか」

「そう…そうだ。英章はなぜここに?」

「正頼は杖なしでは歩けないからね。奴の杖代わりに私も一緒にいたのさ。ただ、アイツの用事で外に忘れ物を取りに行くことになってね。そこで、私一人で外に出て、李斎をみつけた」

 

正頼は渋面で言う。

「まったくウソの達者な奴だ」

 

「英章一人で出かけるところで良かった。…あの…英章、私は寝言を言っていなかったか?」

李斎の声には何かを警戒する色があった。英章は軽やかに笑いを含ませ返事をする。

「おお、言っていた言っていた」

「…どのような?」

「英章は美男子だ、武勇も優れ、イイ男だ…と繰り返していたぞ」

扉の外では李斎が、扉の内では正頼が、二人そろって同じことを口にした。

「「このウソつき」」

 

李斎が、一つ息を吐いて、再度尋ねる。

「で。真面目な話、私は何を言っていた?」

意外にも英章は事実を告げた。

「ああ、飛燕の名を呼んでいた」

「…そうなんだ、飛燕の夢を見ていた。私は何を口にしていたのだろう?」

飛燕の生前と同じく、辛さや苦しさといった感情をぶちまけていたのではないだろうか。そう李斎は案じた。

英章は小首を傾げて見せた。

「さあ? もごもご口は動いていたけどね。内容までは分からない」

 

部屋の中の正頼は言う。

「正直なんだか、ウソつきなんだか…」

驍宗が、英章らしいと軽く笑った。

「相手をだますのには、一部真実を織り込んだ方が効果的だ」

「ああ、やっぱりアイツは筋金入りのウソつきだ」

 

英章は明るい声で付け加える。

「でも、李斎は私が起こそうとしたときは楽しそうだった。台輔と主上の無事を喜んでいたようだったぞ」

李斎の、明るそうな声音も聞こえた。

「ああ、そうだ。私は、お二人がご無事でいる場面を思い出していた」

 

「このウソつき」

部屋の中の正頼は、今度は李斎に向かって言ったようだった。

 

「そうだ、李斎。今度、酒でも飲まないか。主上のような堅苦しい顔にはご遠慮いただいて、麾下どうしで楽しく盛り上がろう」

「そうだな」

「主上に言えない愚痴や軽口も言い放題だ。考えただけで楽しそうだろう?」

「そうだな。英章の笑える軽口を聞くのは楽しいかもな」

「李斎も、いろいろ吐き出したらどうだ。楽になれるぞ」

 

正頼は驍宗に顔を向けた。

「英章の奴、ぬけがけしようとしていますぞ」

驍宗は何のこだわりもなく笑った。

「良い機会だろう。私のいないところで盛大に悪口でもなんでも言えばいい。それで気が晴れるというのなら…」

「英章の奴、飛燕の代わりに李斎の心に忍び込むやもしれません。みすみす指をくわえてるんですか?」

驍宗は、特に思うところもなく、当然だと思って言った。

「飛燕の代わりが見つかるのなら、それが李斎のためだろう」

正頼は口を尖らせた。

「ウソつき」

 

なぜ?

驍宗は嘘でもなんでもなく言ったつもりだった。それが正頼に伝わらないのは何故だろう。

正頼への疑問を口にする前に、彼は自問した。

そうして、確かに、英章が飛燕の代わりになるのは何かが違うと思った。

それ以前に、自分は、このまま李斎に飛燕の代わりが見つかるとも思っていないことに気が付く。

なるほど。自分は二重に嘘を言っているのか。

飛燕の代わりなどいないと思っており、ましてや英章にそれが務まるとは納得していないのだから。

 

驍宗が考え込んでるところへ、英章が騒々しく扉を開けて部屋に入ってきた。

「さあ、主上と、その冢宰モドキとのお話はお済みでしょう。李斎が主上に伺いたいことがあるそうですよ」

「冢宰モドキ、とはあんまりな」

いつもの男二人の遣り取りを軽くよけて通って、李斎は王に用向きを伝える。

「恐れ入ります、主上。兵站のことで少しお尋ねしたいことがございます」

 

驍宗は李斎の顔を観察し、観察したことが不自然にならないような問いを投げた。

「李斎、疲れてはいないか?」

「え? いえ。…そうですね、確かに先ほど居眠りをしてしまって。英章にたたき起こされたところです」

効果的に嘘をつくには、真実を混ぜ込んでおくこと――。

「でも、良い夢を見ていました。主上と台輔がお戻りになった光景です。楽しい夢でございました。おかげで李斎も元気を取り戻しました」

李斎以外の三人の男たちは心の中で揃って叫ぶ。

「この大ウソつき!」

 

それでも、誰も何事もなかったように会話を続けた。

李斎が悲嘆に暮れていた場面などなかったかのように。

 

驍宗は思う。ここにいるのは大人ばかりなのだ、と。

 

李斎も、英章も、正頼も、そして自分も大人なのだから。

大人は、本当の気持ちをあけっぴろげにすることはない。

 

だから、大人は誰もが嘘つきなのだった。

その嘘は、自らの矜持を高め、己を奮い立たせるためのものであり、そして、相手に余計な気遣いをさせないための優しさゆえのものだ。

 

己を保つ必要もなく、相手への気遣いも要らずに、ありのままの感情をぶつける相手が見つかる方が稀有なこと。

そして、幸福なことに李斎には飛燕がついていたのだった。

李斎にとって、愛し愛され、抱えきれない重荷を分け持つ相手がいたのだ。

驍宗は改めて自分が奪ってしまったものを、悲しく思う。

 

本気か冗談か、李斎の前で色男ぶりたい英章には悪いが、その代わりなどたやすく見つかりはしない。

 

それでも。

もし取り戻してやれるなら――。

李斎が再び、幼子のように涙をこぼす相手を見つけてやれたなら――。

 

いや、自分がその役割を代わりに果たせるのなら…。

こう思い至って、驍宗は自分自身の思考に軽く驚いた。そして、自分の中に湧き上がってくる気持ちにも。

 

腕の中の温もり。

無防備に抱き付くあの腕の感触。

頬をこすりつけて、熱のある水滴を零す生身の人間。

 

あの暗く冷たい岩の中での孤独な七年の間、自分から遠ざけられていたもの。

熱いほどの血潮、あたたかい肌、熱のある涙も交えた感情のやりとり。

あの七年の間、自分の声すら塗りこめてしまう静寂に自分は何かを得たのかもしれないが、何かを聞かずに過ごしてしまった。

想像の中ではなく、実際に聞かせて欲しい。人間らしい弱音を。

 

そして、それらを分け持つことで相手を幸せにしたいのだと、心の底から願っている。

李斎のためであることが、自分自身の喜びとなるような時間が持てたなら…。

その気持ちは、彼が思いがけないほど甘く陶然としたものだった。

 

なるほど、自分は嘘つきだ。

英章に花を持たせるようなことを言い、自分の中の想いは外に出さない。

 

そう、今の彼は、自分の想いを正面切って李斎に告げようと思わない。

自分はまだ、ただ復位しただけで、彼女や民のために何も成してやれていない至らぬ王に過ぎない。

 

また、男女の機微を冗談めかして仄めかすのも、自分には向いてはいないだろう。英章のように虚実の境目を軽やかに踊るには、自分は無骨すぎると分かっている。

 

驍宗は卓の書類の束から、各州別の兵站を集計した一枚の紙を取り出した。

「李斎の話は、この件か?」

「ええ。そのような資料がありましたか。それなら話が早い」

「確かに私も気にかかっていた案件だ。ここで李斎と話を詰めておきたい」

王と女将軍は仕事の話に取り掛かる。

「ウソつき」という正頼の声が聞こえた気がした。いや、英章かもしれない。

 

彼は嘘をついている。

その嘘は、自分の矜持のためであり、自分はまだ至らぬ王なのだと自分を奮い立たせるためであり、そして、そのようなことを仮に打ち明けられたとして当惑するであろう李斎への思いやりでもあった。

 

王と、それを囲む三人の重臣。

誰もが巧みに嘘を付き合い、お互いを思いやり、お互いのために騙しあっている。

 

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