↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
その新しい風習を驍宗に聞かせることになったのは李斎だった。
李斎は、下界を旅して見聞してきたことを驍宗に伝える。その話題の一つが、里木に子を願う時の帯の刺繍についてのことだった。
驍宗は記憶を探ってこう言った。
「確か、夫婦が図案を考えて、二人で刺繍するのではなかったか?」
李斎は、そこに新しい習わしが加わったのだと伝えた。
「帯そのものは子を願う夫婦が刺繍することに変わりございません。ただ、縁取りの刺繍を色々な人に頼むことが下界では流行っているのです」
「なぜ?」
素直に問われて、李斎は少し「しまった」と思った。
その新しい風習は、阿選の乱の影響で生み出されたものだったからだ。彼女はできるだけ驍宗を傷つけないよう言葉を選ぶ。
「夫婦で子を願い無事生まれてきても、二親揃って育てられるとは限りません。片方が死んでしまうこともございます。そうした時でも、子どもと残された親に新たな伴侶が見つかるか、そうでなくても他人の助けが得られるか、そのような縁が結ばれるように、里木への帯に他人の針を入れておくのだそうです」
驍宗は李斎の説明に特にこだわりなげに感想を述べた。
「園糸が項梁と出会ったように、あるいは朽桟が義理の子を引き受けていたように、か。なるほど。あの乱では多くの民に負担をかけた。そのように民の間で助け合う縁ができることは喜ばしい」
むしろ、彼は、彼に申し訳なさそうな表情で語る李斎に気を配った。
「戴は、多くの者の働きが積み重なって息を吹き返すことができた。私は自分が助けられて今あることを感謝している。私への気遣いは無用だ」
驍宗はここまで述べてから、苦笑いをして見せた。
「以前の私が、結果を出さねばと気負っていたし、天意も何もかも自分の力でつかみ取って見せると勢い込んでいたからな。今になって、自分は天や人に生かされているのだと、殊勝なことを言う私には違和感があるのかもしれないな」
そういうわけでは……と李斎も苦笑いで応えた。ただ、それでも、次の一言いうのは気が引けた。しかし言わなければ、席を立つことも出来ない。
「民は私にも刺繍を刺して欲しい、と願うのですが……。私では応えてやれません。頼まれた分は預かって帰って参りましたが、刺繍についてはこれから花影に頼みに行く予定なのです。そろそろ御前を退出して花影の邸へ行こうかと思うのですが……」
李斎には右腕がなく、刺繍は到底残された左手だけではできない。
驍宗は、済まないと詫びた。そして、自分が李斎の助けになりたいと申し出た。
「いえ、刺繍を主上にお願いするなど……」
「なぜ?」
驍宗は本当に不思議そうに答えた。
「李斎の右腕を失わせてしまったのは私に責がある。李斎が頼みごとを引き受けられないのだから、私が代わって引き受けよう」
「ですが、刺繍でございますよ?」
「だから、なぜ?」
言葉に詰まる李斎に、驍宗は重ねて言った。
「今、帯を持っているのなら、私に渡しなさい。ああ、それから色糸と針の用意をしてくれ」
「主上? 本当にご自身が刺繍をなさるおつもりなんですか?」
「なぜ? 何をそんなに驚くことがあるのだ?」
下官たちに裁縫道具を用意させながら、驍宗は説明を加えた。
「軍に入れば裁縫は一通りできるようになるだろう? 子どものように親がやってくれるわけにもいかないのだから」
「確かに、繕い物くらいはどの兵卒も自分で出来るようになりますが……」
「自分の持ち物に簡単でも刺繍はしなかったか? 他人の持ち物と区別をつけるために」
「それも、確かに致しましたが……」
驍宗は、李斎に笑んだ。
「李斎は好まなかったのか?」
「ええ……。必要に迫られれば簡単な図案を施しはしましたが……」
「李斎は、刺繍が女性の好むものとされるゆえ、あえて女性らしい作業は遠ざけていたのではないか」
李斎はため息をついた。軍の中、女性でいることには、そのようなねじれがある。「女性らしい」とされる行動は遠ざけ、「女性らしからぬ」行動に傾きがちだ。では、男性は……と李斎が思ったところに驍宗が口にした。
「そういえば、私も、刺繍を好むところをことさらに人に見せたことはないな」
その意外さに、李斎の声は少し大きくなった。
「刺繍がお好きなんですか?」
「新兵の頃は楽しんでいた。すぐに随従がつくようになって、あまり自分ではしなくなったが。作業としては楽しいと思う。ほら、だから、その帯を私に渡しなさい」
針を布に刺して、その針を引く。そして布に一目できると、また一刺しして、糸を引く。
ちくちくちくちく……。
驍宗の手元からは着実に、どの目もそろった完璧な模様が、布を彩りながら出来上がっていく。
「お上手ですね……」
李斎の感嘆の声に、驍宗は少し悪戯っぽい目をして笑んで見せた。
実際、その刺繍は、縫い目にいささかのゆがみも狂いも全くない。完璧に整っている。そのため、もともと若夫婦が刺していた分がやけに素人臭く見える。いや、心さえこもっていれば素人臭くて全く問題はないのだが。
李斎は、驍宗の規則正しく動く手元に目をやる。相変わらず驍宗の指には爪に異常が残っているが、今、李斎の印象に残るのは節高で細く長い指だった。
驍宗は全体にかつてより細くなった。武人ではなくなったのだから、と特に鍛錬らしい鍛錬はしていないせいだろう。
剣技については時折禁軍兵士を相手に練習はするが、気晴らし程度だと本人は言う。景王が「すとれす解消」とおっしゃるので、その真似事だ、と。
たまに「せっかく延王に次いで常世で二番目の遣い手と呼ばれていたのだから」という理由を口にすることもあるが、かつてほど剣客としての自分にこだわりがあるわけでもなさそうだった。
もっとも英章が言うように「それでいて誰の追随も許さない」のが、驍宗らしいといえばらしい話だと李斎も思うけれども。
顔立ちも、かつてと少し違う。頬がこけていたのは元に戻ったが、顎の線はほっそりとしたものに落ち着いた。目にもかつてのぎらつくような視線はなく、穏やかに澄んだ目を人に向けるようになった。そして、以前より若くなったように見える。これは李斎が改めて驍宗の経歴を知って、昇仙した年齢が思っていたより年下だと聞き知ったことによりそう見えるのかもしれない。
ちくちくちくちく……。
これがあの驍宗だと思わなければ、やや細身の青年が細やかな手作業をしているとしか思えない光景だ。いや、実際そうなのだ。
だが、この几帳面な青年はやはり尋常ではないことをしてのけた男だった。
「主上……」
李斎の問いかけにも、驍宗は縫い目から目を離さず「ん?」とだけ返事をした。
「主上が七年間いらした函養山の洞窟ですが……」
「うむ……」
「ご自分で岩を削って足掛かりをつくっていらっしゃった、その痕跡を見たい気がいたします」
驍宗は手を止めて李斎を見た。話の半分は既に分かっていそうな表情だった。
「李斎は実物を拝見しておりませんが、その岩の刻み目、さぞ整っていたことでしょう。間隔もきっちりと等しく、その刻み具合もそろっていたのではないかと……」
驍宗は「当然のことだ」と、こともなげに言った。
「洞窟の中は基本暗闇だ。目で見て確認しながら上り下りできるのではないから、足先の感触だけが頼りだ。その状態で足を踏み外して落下することなく自由に移動できるようにするには、足掛かりは等間隔で整えておかなければなるまい」
驍宗はくつくつと笑んで、再び針を運び始めた。
「なんだ。私が刺繍の目を揃えているのを見て連想したのか」
はい、と李斎は答えたが、その顔は真面目なものだった。
李斎は続けた。
「主上はかつて『結果があるから人が付いてくるのだ』と仰っていました」
驍宗は、手を止めることなく、首だけを振る。
「結果も残せずに行方知れずとなった私を、皆が信じ、助けてくれた。中には命すらなげうってくれた者もいる。もう自分の出す結果が人を動かすなどと傲慢なことは言うつもりはない」
そして修行者の梳道と同じことを言った。
「私が生きてあって天を信じているのではなく、天が私を生かしている。今の私はそう思う」
しかし、李斎の言いたいことは別にあった。
「生かしているのが、天にせよ誰にせよ……」
「ああ、李斎はあまり天を有難がってはいなかったのだったな」
「ええ、個人的には。そして、今、主上を見ていて思ったのは、やはり主上の行いが結果を招き寄せたのではないかと思うのです」
「行いが、私に結果を?」
「七年間、光もなく、誰とも会わず、孤独でいらした。それでも、主上は、気も狂うこともなく、規則正しく刻み目を付け続けるような人物でいらっしゃる。だからこそ、主上は生き抜くことが可能でいらした。そのようなお人柄でなければ、戴の命運は潰えていました……」
李斎だけでなく、皆がそう言う。
「いかに周りがお助け申し上げようにも、王その人が生き抜いて下されねばどうしようもなかったことです」
ですから、もし天があるとするなら──。
「天はやはり人を見ていた。結果ではなく、それを産み出す為人を測っていたのかと思えます」
驍宗は、手を止めて、やはりくつくつと喉を鳴らした。
「武将としての驍勇や、先王の重臣としての結果より、刺繍に向いているような几帳面さが王の条件だったということか?」
驍宗は少し思案気な顔をした。
「──そうだったのかもしれぬ。ただ……」
彼が縫い針を動かすのを止めていたのはほんのひとときで、すぐに目を落として刺繍を再開した。
「天が何を見ていたにせよ、天に生かされてある今は、自分のできることを為すだけだ。子を願う親に幸があるなら、真心こめて刺繍を添えよう」
ああ、と李斎は唸った。さきほどから、驍宗が行っていたのは手すさびでもなんでもない。彼は、自分の民、これから子を願う民のために、真剣に刺繍の目を揃えていたのだ。なにしろ、この帯は新しい命を願うものなのだから。
ちくちくちくちく……。
目の前の青年は生真面目に手を動かし続ける。健やかな赤子の誕生を願いながら。それはとても微笑ましい光景に見えた。
微笑ましい?
そういえば、英章と臥信が驍宗に再会した場面を聞いた時、自然に微笑ましいという感情が湧いた。
しかし、昔はそうでなかった。李斎は少し記憶をさかのぼった。知り合った頃、英章や臥信など、昔からの驍宗麾下には気おくれのようなものを感じていたと思う。
地方の女将軍でありながら彼らに交じって王師将軍として抜擢された当初、驍宗の麾下たち、中でも才気と威風を兼ね備え、早くから国の中央で高みを見ていた選良といえる面々には、侮られまいという気負いがあった。
その気負いは、ずっと軍の中で「女らしい」振る舞いを避けていたこととつながっているように感じる。
その当時、相対する者に強い緊張を強いる最たるものが驍宗だった。李斎に限らず彼の覇気の前に、全く臆せずに済んでいた者などいなかっただろう。
今の驍宗に、かつてのように人を竦ませるような覇気は無い。しかし、それは失ったのでも奪われたのでもない。彼本人が何かを悟って捨て去ったのだ。もう彼にはそんなものは必要ではないのだ、と。
そして、要らなくなったものを体からもそぎ落としたこの男は、元の顔立ちの端正さが際立ち、節高の長い指が目につくようになった。怜悧な風貌は剃刀のように頭が切れる能吏を思わせるし、実際優れた為政者だ。ただし、今、その彼が大真面目に取り組んでいるのは子の誕生を願う刺繍だった。
彼は、自身の過去の名望などいささかのこだわりなく、為さねばならないことを為している。ただ生まれてくること、ただ生きること。その尊さの前に、謙虚に誠実であろうとしている。
李斎は自分も変わらねばと思った。驍宗への敬愛は変わらない。ただ、何かにねじ伏せられるように畏怖する気持ちは、もう手放してもいいような気もする。
自分の側の要らぬ気構えなど解こう。そう彼女は思う。好ましいと思ったこともそうでないことも、素直に相手に伝えよう。それが、新しく生きなおしている驍宗への礼節だと思うから。
李斎は目を細めて、驍宗に声をかけた。
「──たいへん、お可愛らしい」
驍宗の手が止まった。縫い目が曲がらぬよう手元の針はそのままで、怪訝そうな顔で李斎を見つめた。
「主上のような方が、刺繍に大真面目に取り組んでいらっしゃるご様子が、微笑ましいと思うのです。実に、可愛らしくていらっしゃる」
李斎の顔には純粋な微笑みが浮かんでおり、驍宗はそこに他意も何もないことを確かめた。どうも自分は掛け値なしに「可愛い」と表現されているらしい。
「それは──」と、彼は、彼にしては珍しく言葉に詰まった。
「──光栄なことだ」
自分で思いついた表現に、彼は一拍の間を置いて自分で頷いた。
「そうか……。私も人から『可愛い』と言われるようになったか。たいそうな出世だ」
李斎は、腰を浮かせて驍宗に身を乗り出した。
「私も一刺しくらいは縫い目を添えたいと思います。恐れ入りますが、布を支えてくださいますか」
驍宗は糸の突いた針を李斎に渡し、彼女が片手でも縫い目を入れやすいように布地を両手でピンと張ってやった。
「一国を救った英雄たる女将軍の針も入るのか。女でも男でも、さぞ強くたくましい子が産まれることだろう」
そう嬉しそうに笑んだ男の顔は、どこにでもいそうな若い父親のようだった。
微笑ましく可愛らしい。戴の民は、真実、その親となるべき存在を得たのだと李斎は思った。
くどくて申し訳ございませんw
2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393