白い墟からのびる道   作:鷲生

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私の妄想する驍宗様はとにかく真面目なんです…。この話は、次の「驍宗、西洋の騎士を気取る」の前半として書き始めたのですが、長くなったので一つのお話として投稿します。李斎と腕を組む組まないにも堅物ぶりを発揮する驍宗様を許せる方向けです。


↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393


驍宗、李斎と腕を組む。

 里木へ通じる坂道に、異彩を放つ男が立っていた。

 収穫がほぼ終わる晩秋の田畑を、坂の途中で立ち止まって眺めている。背が高すぎるわけでもなく、もちろん低くもない。着飾っているわけでも何でもない。それなのに、ただ立っているだけで人目を引く男だった。

 

 里木に帯を結んで帰る途中の若夫婦が、迷った末に男に声をかけた。

 その男の、とうてい農民とは思えない端厳とした佇まいに気おくれはするが、なにしろ彼は夫婦が里木に向かって坂を上っていた時からそこにいる。

 

「あのう」

 男がごく自然な動作で振り返った。

「奥さんなら、この坂道を上った里木の辺りにいましたよ。うろうろとあなたを探していたようですが……」

 男は不思議そうな顔をし、掠れた声で問いかけた。

「妻?」

「ええ、赤茶色の髪の、背の高い……。奥さんとはぐれてしまったんじゃないんですか」

 男は笑んだ。怜悧な顔立ちが驚くほどもの柔らかく崩れ、夫婦揃って思わず見入ってしまった。

「確かに、妻だ。知らせてくれて礼を言う」

「いえ……」

 そのまま夫婦と会釈を交わして、男は坂道を登り始めた。若い夫婦はごく自然に腕を組んで、肩を寄せ合いながら坂道を下っていった。

 

 若夫婦の声が風に乗って男の耳に届く。

「おい、瞳が赤だったよ。珍しいな」

「あらまあ……王様も緋色の瞳って聞くわよ。もしかして……」

「でも、髪の色は黒っぽいぞ。王様は銀髪赤目なんだろう?」

「あれ、染めてるんじゃないかしら。うちの母も白髪を嫌がって染めているもの」

「王様がまさかこんなところにいないだろう。第一夫婦者だったよ」

「ああ、美男美女でお似合いだよねえ」

「お前だって、可愛いさ」

「やだわ、あんたったら……」

 その後の会話も男の耳に届いてきたが、彼はそれを微笑ましく思いつつ、それ以上聞くのは止めにした。まさかこの距離で睦言を聞かれているとは夫婦の方は思うまい。盗み聞きのような真似はよそう、と彼は考えた。

 男は七年も洞窟に閉じ込められた名残で、やたら耳がよくなったのだが、そんなことを彼らが知る由もない。そして、彼らが男の妻と思った女が、男を尊崇する臣下として付き従っているにすぎないことも知らない。

 

 彼──驍宗が、夫婦連れから気を逸らすと、一陣の風が吹いた。冬に近い季節の風の冷たさに思わず肩を竦める。そして、このように寒さを感じることが、随分と久しぶりであることを思った。

 

 人生の長い間、彼は皮甲や朝服を身に着けてきた。武人としての肉体もあった。何より、人が覇気と呼ぶものをまとってきた。そのため、寒さを辛いと感じることもなかった。

 

 線が細くなった体に、民と変わらぬ衣服をつけ、それから武人や王としての気負いを手放して野を歩く。風に吹かれて寒さを感じる。寂しいものだ、と彼は独り言ちてみたが、心で納得するものがあった。こうして寒く寂しいからこそ、あの夫婦連れをはじめ、民は寄り添い温めあうのだろうと。

 

 このように普通の民と同じように生きていれば、今までも違った時間があっただろうか、と彼は自問する。高みから何かを与えようと性急に振る舞っていなければ、失われずにすんだものもあったのかもしれない。

 せめて、これからは民と同じように過ごし、民の実情に寄り添う王でありたいと彼は願った。

 

 彼は坂の上を見上げた。戴を生きる者として、その寒さと寂しさは分かった。しかし、自分にはあの夫婦連れのような、寒さを分け持つ相手がいない。さて、はた目には「妻」と見えた彼女はどうしているのやら。自分を見失ったことで、心配が過ぎねばよいのだが。

 

 彼が目をやった先から、女が駆け下りてきた。

「主上!」

「李斎、呼び方には気を付けた方がいい」

「今は誰もおりません」

 李斎は驍宗の傍に来るや、息を切らせながら頭を下げた。

「申し訳ございません。護衛の私が主上とはぐれてしまうなどと……」

「いや。私が李斎に声もかけずに立ち止まり、そしてしばらく田畑を見入ってしまった。だから、気づかず坂を上っていったのだろう。これ以上行き違いにならないよう同じ所に留まっていたが、私も坂を上っておけばよかったな」

「いいえ、主上の御身から気を逸らすべきではありませんでした……」

 驍宗は首を振った。

「私が下界を見たいと言い出し、周りの皆に心配をかけて済まなく思う。ただ、身を守るために私は寒玉まで持たされている。寒玉があれば、今でも賓満憑きを切り捨てる技量はあるつもりだが……」

「ですが……」

「その上、『王と分かって目立たぬように』と髪も染めさせられている」

 そうだ、と驍宗は笑いを声に含ませた。

「先ほど、李斎と夫婦連れだと間違われた」

「は?」

「里木帰りらしい若夫婦に声をかけられた。奥様はあちらですよ、と」

「畏れ多い……」

 

 そこへ、また別の夫婦が一本道を歩いて来るのが見えた。男の肘に女が腕を通し、仲睦まじい様が遠くからでも感じられた。なんとなく彼らとも会釈を交わして、彼らが里木へ向かうのを見送った。

「今日は子を願うのに吉日だったな。先ほどから夫婦連れが多い」

「……そうですね」

 驍宗は少し考えてから、傍にいる李斎に肘を突き出した。

「私たちも腕でも組もうか」

「……!」

 

 李斎は驚き、返事が一拍遅れた。慌てて早口で自分に言い聞かせるように言う。

「さ、さようですね。子を願う日で夫婦連れが多いのに、主上と私とがいかにも主従という様子で歩いていては目立ってしまいますから。失礼ながら、私が腕を組ませていただいて、夫婦連れを装った方が宜しいかと……」

 驍宗はため息をつき、肘を下げた。少し困った顔で、立ったままの李斎に説明した。

「私は別に何かを命じたつもりはない。ただ、李斎と腕を組みたいと思っただけだ」

 

 そう言い置いて、歩を進めかける。しかし、李斎の足は動かない。

 驍宗も半歩進んだだけで、その場に縫い付けられたかのように立ち尽くす李斎を振り返った。

「何も責めてはいない。本当に私は単純に李斎と腕が組みたかっただけだし、李斎が望まないなら無理強いすることではない」

 そう、全くない。驍宗は思う。本人にその気がないのなら、寂しくはあるがどうしようもないことだ

 驍宗は、坂の途中から見渡せる田畑を目で指し示した。

「今年も収穫が豊かだったようだ。年々気候も安定し、国が豊かになりつつある。そして、子が増え、子が育って恋人や夫婦となる者も増えてきた」

 だから、と驍宗は続けた。

「こういった民と同じような喜怒哀楽を味わうために、私も想い人の一人くらい持っても良いのではないかと思った。この村を行き交う男女が腕を組んでいるから、それで私も李斎と腕を組みたいと思って口にしたのだが、李斎にその気がないのなら仕方あるまい」

 

 李斎は軽くのけぞった。

「それは……」

 通じてくれただろうか。驍宗は李斎の返答を待った。しかし、李斎の返答はこうだった。

「なにも李斎でなくとも……」

 

 李斎にとって、驍宗の言は唐突に聞こえた。また、李斎の方は、驍宗の無骨ながらも他者に誠実であろうとする為人に触れ、彼に心惹かれている自覚がある。その分、自分の想いを見透かされたようで狼狽する気持ちも起きた。

 驍宗が下界で田畑の実りを見、戴の復興を確かめた上で、民と同じくささやかな幸せも許されるのではないかと考えるのは、彼らしいと李斎も思う。民のための良き王となろうとするのに、民と同じ暮らしに沿うことも、異能過ぎる彼には望ましいことだとも思う。ただ、ならば──相手の女性もまた、普通の民に近い女性が相応しいのではないだろうか。

 

「主上は今まで女性とご縁が薄くていらっしゃった。戴には他にも良い女性はたくさんおります。主上ならどんな女性でもお選びになれましょう」

 驍宗は、意外なことを聞いた、という顔をした。

「どんな女性でも? それに何の意味があるのだ? 民たちはそれぞれ、その相手が好ましいと思っているのだろう?」

 彼は、先ほどの声をかけられた夫婦連れのことを話した。

「私に声をかけた亭主は、連れの女房に可愛いと囁いていた。あの男に、仮に私が李斎の方が美しいのだと主張してみたところで意味はあるまい。あの男が腕を組みたいのは、どこかにいる美女ではなく傍にいるあの女なのだから」

 微笑ましいことだ、と彼は目を細めてみせた。

「相手が誰でもいいというのは、例えば、税の厳しい状況ではそうかもしれぬ。婚姻を手段として税の軽い土地へ移ることもよくある話だ。ただ、私は戴をそのような国にしたつもりはない。今の戴では、どの男女も互いに想いあっているものと思うが……」

 

「李斎はたまたま主上のお傍におりますからお目に留まりやすいのだと思います。なれど、李斎は普通の民とはだいぶ異なる生き方をして参りました。主上が民と同じくとお望みなら、女性も……」

 李斎の言葉を、驍宗は苦く笑いながら遮った。

「私の方も、王という普通の民とは全く異なる立場にいる。李斎は傍にいない女性から選べと言いたげだが、傍にいる相手に心惹かれるのは自然なことではないのか?」

 驍宗は少し言葉を探した。

「李斎は天を有難がっておらぬゆえ、天の配剤という説明は納得しないだろうが……。傍近くあるのは、そこに意味があると思う」

 彼は、鴻基の方向に目をやった。

「蒿里は、私を王に選んだことを後悔したことはないと言ってくれる。私も李斎を王師将軍に抜擢したことを後悔したことはない。李斎は、王の傍にあって、国と民を背負う任を分け持ってくれる器量の持ち主だ。私は王としての立場を離れることはできないし、するつもりもない。民のためにありたいと願う王の私が、傍にいる李斎を望むことは当然で……それ以外を考えることもない」

 

 驍宗は、鴻基に向けていた視線を、眼前に立つ李斎の右肩に向けた。

「李斎を王師としたことは、戴のために良かったと確信している。そして、李斎は、私が予想した以上の働きをしてくれた。私は李斎を誇りに思っている。ただ、その一方で、私が不甲斐ないばかりに、大変な苦労をさせた」

 李斎は首を強く振った。

「そのようなことは……。そのようにお考えにならないでください」

 

 驍宗は少しためらってから、切り出した。

「阿選討伐の直前、眠っていた李斎に飛燕と間違われて抱き付かれたことがある。李斎は相手が飛燕だと思い込んで、涙を流して苦しみや悲しみをこぼしていた」

 李斎は目を見張った。

「それは……ご無礼を……」

「いや……。李斎は相手が飛燕でなければ、他人にそのような姿を決して見せないだろう。李斎が表に出さないものを勝手にのぞき見をしたようで、私の方が李斎には礼を失したように思う。許して欲しい」

 生真面目に謝られて、李斎は首を振る。

「いえ……。主上も驚かれたかと……。そのまま不問にして頂き、李斎も恥ずかしい思いをしなくてすみました」

 驍宗は、これには軽く目礼を返した。

 

 驍宗は改めて真摯な目を李斎に向けた。

「李斎が自分の悲嘆にくれる様を人に見せない、大人の強い女性だとは前から思っていた。一方で、李斎が傷ついていないわけではないと、頭ではわかっていたつもりだった。ただ、頭で分かることと、触れて感じることとは違ったと思う。李斎の涙は温かかった。それは李斎の体温をしていた。私の腕の中で涙を流す李斎の姿は堪えた。今も、胸に突き刺さっている」

 驍宗は少し目を遠くに逸らした。

「私が冷たく寒い岩の中にいる一方、外では熱い血が流された。人の温もりを宿した涙が流された。私の知りえぬことだったが、李斎を見て、触れて実感することができた。私は李斎の為人を知っている。国と民のために果敢に行動する人間の流す涙だから、私の心に響いた。他の誰でもない李斎だから私は教えられたのだと思う」

「私が教えたなどと畏れ多い……」

「李斎は、私が王師に任命したばかりに多くのものを失ってしまった。奪った私にこのように言われるのは噴飯ものかもしれない。飛燕の代わりになどなれないと分かっている。しかし、私は李斎の涙を拭ってやる者でありたいと思う。そして、李斎の悲しみや苦しみを分け持つことが、私の何かを埋めるように感じる。李斎に対しては贖罪の気持ちがあり、民に対して一人一人の温もりをおざなりしてしまった不明を詫びたい。李斎と温もりを分かち合うことで、私は自分に足りなかったものを得られるように思う」

「……」

 

 李斎が無言なので、驍宗は自分が迂遠なことを話している気がした。

「私の都合ばかり言い募ってしまったようだ。李斎と私的に話す場面が増えて、その中で李斎を見つめていると、李斎の美質がより感じ取れるのだとも言っておきたい。声も、仕草も、話す内容も、心の動きも好ましい。あの若夫婦が女房を可愛いと口にして褒め、そして愛おしむ気持ちがよく分かる……」

 ここで、驍宗は口を軽く開いたまま、話を止めた。そして、くつくつと喉を鳴らして笑い始めた。

「主上……?」

「いや、あの夫婦者で思い出した。あの二人が腕を組むまでにどのような経緯があったのだろうかと……。少なくとも今の私のように、道端で長弁舌を振るうことはなかったのではないかと思う」

 

 そう言われて、李斎もここが農村の外れの坂道であることを思いだした。実りが終わり、冬を待つばかりの村を見下ろすと、風の寒さが身に沁み、思わず身震いが起きた。

 驍宗は少し慌てた風で促した。

「随分と長い間立ち止まらせてしまった。体も冷えただろう。さあ、歩こうか」

 それでも、李斎はもの言いたげで動かない。

「私の話はあまり深刻に考えてくれなくていい。寒風に吹かれ、村を行き交う夫婦者を目にして、私も腕を組んでみたいと軽く考えてみただけだ。ただ、だからといって誰でも良いとも思っていない。李斎が他の女性をなどというから、むきになってしまったようだ」

 済まなかった、と言いながら驍宗は一歩踏み出した。

 

「あの……」

 李斎の胸には飛燕の姿があった。あの冷えた毛並みはもう、李斎にはどうしてやることもできない。けれど、目の前で生きているこの男は、人の温もりを求めている。

 李斎も、この男の誠実さに心惹かれている。民を思う良き王でありたいことと、王の立場を理解する身近な自分の温もりを求めることとがつながっているのだと、それも真正面から説明を施そうとしてくれた。

 おそらく、女性と腕を組むのにここまで大真面目に心情を披露する男などいないだろう。そして、自分も、彼と同じく相手を想うのだが……。それなのに、彼のように語る言葉が出てこない。

 李斎は自分をもどかしく感じながら、ただ、相手を引き留めた。そうしなければ、と思った。自分のために、そして、彼を寒風に吹かれて歩かせたくはないために。

「あの、腕を……」

 

 李斎は軽く咳払いをした。

「腕はもう、お貸しいただけませんか?」

 驍宗は怪訝そうな顔をした。李斎は、脳裏に浮かぶ飛燕の姿を思いながら言った。

「主上も、体が冷えてお寒くいらっしゃるのではありませんか?」

 驍宗は一つ瞬きをし、口元を綻ばせた。

「案じてくれるか、有難い」

「李斎の涙を拭ってくださるのなら、李斎は主上が寒いときに温める者でありたいと……。そう願うのです」

 驍宗は、李斎の目を覗き込んだ。

「臣下としてなら気遣いはいらない。寒いくらい歩けば温まる。それでも足りなければ服を着こめば済む話だ」

 いいえ、と李斎は首を振った。

「そうではなく……。私も体温を持つ人間だから、です。人を温めるとき、自分も温もりを得られます。私が温まりたいと思うのです」

 おそらく、と李斎は続けた。

「私が夢の中で飛燕に抱き付いたのは、飛燕に温められたかったのでしょう」

 驍宗は緋色の瞳で、何かを確かめるように李斎の目を見つめた。それから、彼は小さく口の中で、飛燕の代わりになれればよいが……と呟いて、肘を曲げて差し出した。

「では……」

 李斎は笑んで、左手の手首を、差し出された驍宗の肘に回した。驍宗も笑んで、そっと彼女の手首を一度はがし、彼女の体を引き寄せて肘と肘とを交わらせた。

 

 李斎の左腕と、驍宗の右腕が絡みあう。身体と身体が寄り添い温かみを与えあう。やがて李斎は自分の全身が熱を持ち始めているように感じた。ただ、それが相手の体温を得たからなのか、自分の心の臓が早鐘を打つように脈打つせいなのか、李斎には分からなった。

 

 

 

******

 

くどくて申し訳ございませんw

 

2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。

驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。

しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。

後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw

是非お読みいただければ幸いです。

 

「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393

 

 

 

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