白い墟からのびる道   作:鷲生

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このお話は「李斎、沙包の少女に会いに行く。」novel/12170194を前提にしております。読まなくても大丈夫…かどうかはちょっと微妙です。できれば前作もお読みいただいた方が、このお話もすんなり読みやすいと思います。力不足ですみません。驍李タグはつけていますが、直接の場面は出てきません。期待されている方にはスミマセン。

↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393


驍宗、沙包の父親を見舞う。

 泰王驍宗は執務中にその知らせを受け取った。

 

 執務机で書類を決裁していた驍宗に、州城から知らせが来たと下官が告げる。

「州候が何か?」と問うた王に、下官は異なる返事をした。

「いえ、李斎様からと聞いております」

 

 李斎には下界の様子を見て回ってもらっている。確か、今回の旅は文州の轍囲近辺のはずだった。その方面に向かった折には、必ず函養山に沙包を流してくれた父娘の許も訪ねることになっている。

 

 驍宗は文を受け取り、急いで広げた。

 李斎の旅はその地方の州には知らせていない。知らせれば大事になるし、民の普段の実情を知りたいという驍宗と李斎の意図と反する。それなのに、李斎は州城経由で知らせを寄越してきた。

 李斎は利き手を失い、文字を書くのは未だ慣れない。また、飛燕を失った今、騎獣を操るにも不便がある。したがって、旅の途中に変事があれば、州城に足を運んで州の役人に文をしたためてもらうのが一番早いことになる。

 いったい何事だろうか、と驍宗は文に目を走らせる。そして、読み終えるとすぐに席を立った。

 

 瑞州候としての執務にあたっていた泰麒が気付くと、彼の主が部屋に入ってくるところだった。

「驍宗様、そのいでたちは……下界に向かわれるのですか?」

 この頃、驍宗も時折下界を見に行く。ただし、王とは分からぬよう髪を黒く染めていく。

 泰麒の問いに、驍宗は髪を指先でつまんで見せた。

「まだ染まり切っていないが……急ぐゆえ、出立する」

「何があったのですか?」

「沙包の少女の父親が病だそうだ」

「それは……」

 泰麒もその沙包が驍宗の脱出に果たした役割を知っている。自分の主の命の恩人だ。仙ではないので寿命は致し方ないとはいえ、できれば長生きして欲しい。

「病は重いのですか?」

「今度の吉日に娘が婚礼を上げて里木に子を願うそうなのだが……それまで十日余り持つかどうかということだそうだ。李斎が急いで知らせてきた。娘もせめて婚礼を見届けて欲しいと願っているという」

「それは……そうでしょうね。僕にできることならなんでもご協力します」

「台輔の厚意を得られて有難い。それでは私は見舞いに向かう。留守の間、白圭宮をよろしく頼む」

 ええ、と泰麒は応えた。

「僕も白圭宮から祈っています」

 

 轍囲にほど近い村。一人の老人が家の中で臥せっていた。看病してくれる娘は隣村まで老人のための薬を取りに行っていた。自分自身の婚礼の準備もあるのに済まない、と父は心の中で謝る。

 娘の婚礼、そのための衣装、その華やかさを思いながら、自分自身は到底生きて目にすることはあるまいと思う。こうして意識が遠のくのは、ただの眠りなのか、それとも魂魄がこの身を離れようとするからなのか……。

 

 白く濁りかけた老人の意識を覚ますように、聞きなれぬ声が聞こえた。

「失礼を仕る」

 家の玄関の外から聞こえる声は、若い男のようだった。娘の許嫁だろうか、いや彼はこのような声でも言葉遣いでもないはずだ。

「家の主はおいでか?」

 答えを待つための時間を空けてから、客人は続けた。

「ご病気の身ゆえ返事が難しいと解する。非礼かもしれぬが、邪魔を申し上げる」

 折り目正しく言い終えてから、男は家の引き戸を開いて中に入ってきた。

 老人は目線だけを戸口に向けた。寝床から誰かを押しとどめることはもうできなかったし、このような生真面目な態度の者なら招き入れても大丈夫な気がした。

 

 男は静かに歩み寄ってきた。老人は幻を見ているのだろうかという気がした。その男の身のこなしはあまりに端然としており、普通の人間ではないのは明らかだった。死期の近い自分は神仙の姿を目にしているのかもしれない。

 その神仙は寝床の傍に来て、そっと腰を下ろした。

「貴方を見舞いに来た」

 老人は口の中で小さくつぶやいた。

「見舞い? お迎えではなく?」

 男はその言葉に少し驚いた様子だったが、老人の耳元まで顔を寄せて囁いた。若い年齢に不釣り合いな掠れ声だった。

「しっかりなされよ。娘御の婚礼が控えているのだろう?」

 

 老人はその言葉を聞いて、半眼だった目を開いた。

「貴方は……?」

「鴻基に住む者と申せば分かるだろうか? いや、かつて娘御から沙包を譲ってもらった者と言った方がよいだろう。使いの者が何度かこちらに伺っているが、私自身は初めてお目にかかる。今、いつもの使いの者は、州城からこちらに向かっている。私は鴻基から直接足の速い騎獣で来たゆえ一人で参った」

 老人の目は男の緋色の瞳を捉えた。そして驚きの色を表情に載せる。

「……鴻基の尊い方にお運びいただいては、恐縮するばかりでございます……」

 

 男は苦い顔をして首を振った。

「尊いと言われる身でありながら、私のために貴方には苦労をさせた。今も、昇仙していない貴方に永遠の寿命は差し上げられない。ただ……」

 男は懐に手を入れ何かを取り出すと、老人のやせ衰えた手首を取った。老人は手首にひんやりとした感触を覚えた。実際、彼は銀の腕輪をはめられていた。

 緋色の瞳の男は言った。

「これがあれば少しはお元気になられよう」

 

 装身具が人を癒すことはない。それが人を癒すというのなら、それはただの腕輪ではない。

 老人は言った。

「これは……国の宝重では……」

「貴方が戴にして下さった恩に対し、戴のできることがこの程度で申し訳ない」

 老人は首を横に振った。横に振る体力が戻ってきていた。

「このような老いぼれに……国の大事なものを……」

 男は少し笑った。

「台輔もご承知だ。安心して使うといい。しっかり休まれよ、娘御の婚姻には間に合うだろう」

 

 暫くまどろんだ老人は、目を覚ました後も、男が傍で見守っていることに気づいた。日が落ち始めてもまだ残ってくれるようで、彼は恐縮した。

「かようにご心配をいただき……もったいないことでございます」

「貴方は私を助けた。上の娘御には本当に申し訳のないことをした。私──それから、私の帰還を待ち望んでいた者全ての礼を受け取って欲しいと思う」

 ごほっ、と老人は軽く咳払いをした。

「どうか、誤解をなさいませんよう。あの謀反の折、供物を流したのは私どもだけではありません。轍囲の民の多くが、誰に強制されたわけでもなく供物を流しておりました。私どもだけではないのです」

「あの沙包の背後に多くの民の祈りがあること、承知している。その中の一人が貴方であったことも。貴方は、自分は多勢の中の一人に過ぎないとおっしゃりたいのだろうが、一人一人が居なければ多勢とはならない。──だから、私が貴方に報いたいと願うのは、貴方を含む多くの民に報いたい気持ちの表れだと理解していただきたい」

「……畏れ多いことでございます」

 

 男は尋ねた。

「ご老人、上の娘御の名前は何という?」

 老人にとって忘れようもないものだった。妻とともに幸多かれと願ってつけた名だ。男は、老人から女の子供らしい名前を聞き取ると深くうなずいた。

「美しい名だ。そのような名の少女がいたこと、その名の少女がいてこの国が正されたこと、銘じておこう」

 老人は再び「有難うございます」と礼を述べ、それから、ふと思いついた様子で言った。

「下の娘が里木に子を願います。名づけをお願い申し上げても構いませんでしょうか」

 

 男の口から軽い息が漏れた。苦笑いをしたもののようだった。

「ご老人の願いは叶えて差し上げたいが……。私の名づけは周囲に評判がよろしくない。縁起を担ぎたいなら、名付け親は私ではない方がいいだろう」

 男は少し考えてから付け加えた。

「名づけは彼女にしてもらってはどうだろうか。私がいつも使いに寄越す、赤茶の髪の女だ」

「ああ、あの御方に名付けていただければ……。困難に打ち勝つ強い子になりましょう」

 男は静かにうなずいた。この村にも李斎の武勇伝は伝わっているのだろう、と思いながら。

 

 あの御方にも……と老人は続けた。

「娘のことを気にかけて頂いて、有難いことでございます。娘には女親も姉もおりませんので、年上の女性に憧れがあったようです」

 そうか、と柔らかい口調で男は返した。

「ただ、あれはずっと武人で物堅かったゆえ、若い娘から色恋沙汰の相談をされても答えられないと嘆いていた」

「そういえば、娘が『あのお方のようになりたい、だから武人になりたい』と言い出した時には、少しお恨み申し上げました」

 ふふっと男は笑った。老人がこのような軽口を口にできるほど気力が戻ったことが嬉しかった。

 

 老人は軽く続ける。

「若い娘というのは夢見がちです。あのような美しい女性に想い人がいないはずはない、と想像をたくましくしておりました。きっと主公と恋仲に違いない、とも」

 男は静かに聞くばかりだった。

「仙に昇られた方は、そこで見た目の年齢を止めてしまわれる。けれども、人生までお止めになることはないと存じます。娘が恋仲となって嫁ぐのを見ておりますと、親として寂しくもある一方、娘の人生は充実したものとなりそうだと安堵も致します。楽しいことばかりではないでしょうが、喜びも悲しみもそうして味わえましょう」

 

 ここで少し間を開けてから、老人は男に語り掛けた。

「仙だからと、喜びや悲しみを遠ざけて霞を食べるような生き方をなさることもありますまい」

 男は首を振ったようだった。

「貴方の上の娘御は喜びも悲しみも知る前に亡くなったと伺った。人生の彩も知らぬままに……」

 ここで、男は「思い出した」と言った。

「彼女が言っていた。『民は保身を考えて良い、だが仙は違うのだ』と。『仙は特権を得、金銭的な厚遇を得、そして責任を負うのだ』と」

 

 老人は男を見つめた。

 自分も含め、多くの民の人生に責を負うこの男は、老人には意外なほどに若かった。あの上の娘が生きていれば、これくらいの年齢だったかもしれない。

 もちろんこの男は平凡な民ではない。だが、生きているにもかかわらず、人生の時間を止めているのは痛ましい気がしたし、何かが欠けてしまうような気がした。

「貴方様はこれからもずっと責を果たしていかれることでしょう。お陰様で私は穏やかに次の世代を残していけます。娘の代も、その後も、きっと戴は平和で……。多くの民がそれぞれの人生を存分に生きていくことができましょう。嬉しいことも、辛いことも交々に混じった時間を生きる……。仙の方々にも、むしろ地を生きる民草の喜怒哀楽をお知り置いていただきたい」

 

 ──人生を進めた者から人生を止めている方へ申し上げたい、と老人は続け、それから少し口調を悪戯めいたものに変えた。

「さきほど、あの女性は若い娘の色恋の相談に乗れないとお嘆きだと伺いました。ご自身が色恋沙汰を経験されれば、今後は若い娘に物言うこともできましょう」

 男も冗談めいた口調で返した。

「あれは堅い性分ゆえ、娘御の代には間に合わなかった。貴方の孫娘が生まれたら、その孫娘には男の選び方など指南できればよいのかもしれない」

 老人の声に笑いがこもった。

「それは貴方様次第ではございませんか?」

「あい分かった。孫の代までには何とかしよう」

 

 老人と男が笑っている家の中に駆けこむ者が居た。

 若い女が玄関の引き戸を閉めるのももどかしく、老人の横に走り寄ってくる。

「お父さん、具合は? 大丈夫?」

 そして、傍らに腰を下ろした男を見上げる。

「あのう、父が何か……」

 だが、娘の関心は明らかに老人にあり、日が暮れて暗くなった部屋の中、老人の顔に顔を近づけて様子を確かめようとした。

「大丈夫だよ。この方が良き薬を届けてくださった」

 若い女は「まあ、ありがとうございます」と言いながら、再び男の方を見た。

「ごめんなさい、灯りをつける者もいなくて、真っ暗闇で。今、急いで灯りをつけますね」

「いや、お急ぎになるな。私はそろそろ帰るゆえ」

 男は暗がりの中で娘の顔を見ているようだった。娘には相手の顔立ちすら分からないが、この男は夜目が利くらしく、娘は自分の顔を真正面から見つめられているのを感じた。

 

 男は深い感情のこもった声を出した。

「貴女が沙包を流して下さったのか。心よりお礼を申し上げる」

 ああ、と娘は高い声をあげた。

「鴻基の仙人の方ですね。お礼なんて……いつもあの女の方によくしていただいていますのに……。こちらこそ婚礼の祝い品など細々いただいて有難うございます」

「私の受け取ったものは、そのような礼で済むものではないが……。今後も貴女とその子どもや孫にわたって、平穏で彩り豊かな人生を送ることができるよう力を尽くし申し上げよう」

「彩りといえば……。私の婚礼衣装をあちらの壁に掛けてあるんです。ぜひご覧になって下さい。いただいた玉で、とっても華やかな衣装を用意できたんですよ」

 さあさあ灯りを……と娘が探し始めるのを、父親が止めた。

「随分長くこの方を引き留めてしまった。この方はお帰りにならないといけない」

「あら。じゃあ……またいらして下さいまし。できれば婚礼の席にでも」

「そんな厚かましいことを言うもんじゃない。このような貴人がいらしては、お前の婚姻どころではなくなってしまうよ」

 男は婚礼の日取りを尋ねた。

「その日には、鴻基から貴女と夫君の末永い幸せを祈念致そう」

 老人もその日取りを口にした。

「その日が参りましたら、お借りしていたものをお返し申し上げます」

 老人は言葉を重ねた。

「祈っておりました──我ら家族の幸せの土台となるもの、正しい政と平和の日を。この老いぼれの魂魄が蒿里山に還りましても、この戴の幸福を祈っております」

 男は少し間を開けて重々しく答えた。

「──確かに承った」

 その厳かな響きに、娘は圧倒された。それに気づいてか男は気配をゆるめ、娘には「父娘でつつがなく婚礼を迎えられよ」と温かい口調で言い置いて、外に向かった。

 

 男を見送ろうとした娘は、外の月明かりに一瞬浮かんだ男の顔をちらりと見た。

 そして、その男の瞳が深紅に見えたのは、どのような光の加減だろうかといぶかしんだ。

 

 それから一月の後──。

 

 白圭宮の泰麒の執務室に驍宗が入ってきた。泰麒の向かっている机の上に、何かがコトリと音を立てておかれた。

 驍宗は寂しそうに、その銀の腕輪を見つめながら言った。

「これを国庫に返そう」

 泰麒も悲しげな顔で驍宗を見上げた。

「お役に立ちましたか?」

「ああ。無事婚礼を見届けることは叶ったようだ」

「それはようございました……」

「父親はこう言っていた。『祈っていた、そして祈っている』と」

「そうですね……。僕たちは祈りに応えなければなりません」

「そうだな……」

 泰麒も驍宗から父親とのやり取りは聞いていた。腕輪から視線を外し、窓から雲海を轍囲の方角に向けて見やった。

 

「まずは、李斎ですね」

「ん?」

「李斎が、これからも娘さんの良き相談相手になっていかなくては。もうあの娘さんには親はいないのですから。これから李斎をはじめとする僕たちが見守っていかないと。夫婦喧嘩をすることだってあるでしょうし……李斎は人から悩み事を打ち明けられやすいですからね」

「李斎が夫婦者の相談にのれるかな?」

「あれ? 李斎は夫婦者ではないのですか?」

「……」

 驍宗はしばし黙ってから言った。

「あの娘の代には間に合わないかもしれない。その娘の代には男女の相談にも乗れるようにはしたいものだ」

「蒿里山で父親が祈っていますからね……そういえば『蒿里』で思い出しましたが、生まれる子どもの名づけは……」

「大丈夫だ。李斎がいくつか考えている。私は口を挟まない」

 それはよかった、と泰麒は言った。

「新たに生まれる子が良い名を得て、健やかに、楽しみも悲しみも全て含めて充分に生きて欲しいですね」

 

 驍宗も窓外の雲海に目を向けた。

「沙包は存外に重いものだったな」

 あの娘がこれから作っていく家族、彼らだけでない轍囲の民、もちろんその他の全ての民の幸福。さらにはあの父親が気にかけてくれた、自分自身の民と同じような幸福。それらを築きあげる責務を、あの沙包と共に自分は手渡されたのだ、と驍宗は思った。

「それが、私が『生きてある』ということだ」

 生きてある限りあの沙包を操っていく。彼は、あの地の底で耳にした鈴の音を思い起こしていた。

 

 




くどくて申し訳ございませんw

2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。

「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
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