百合、それは少女同士が織りなす世界で最も麗しい純愛。

しかし巷に溢れる百合マンガには、知られざる職人の活躍があった。
その名は『百合に挟まるカメラマンおじさん』。

これはとある学園百合漫画のコマの間で、人知れず百合に挟まるカメラマンおじさんを追うドキュメンタリーである。

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第1話

ロケ地:

『ローズテリアで会いましょう』第17話

 

主人公:

福原(ふくはら)春夢(はるむ)(16)

聖ローズテリア女子学院所属、高校1年生

 

ヒロイン:

大聖院(だいしょういん)礼奈(れな)(17)

聖ローズテリア女子学院所属、高校2年生

 

 

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 礼奈様を追って、私は中庭(パティオ)に飛び出しました。

 卒業式の最中、いつも通りの気丈な顔で送辞を読み上げていた礼奈様。

 だけどその手と声がどうしようもなく震えていることを、私は遠くの席からでも気付いていました。

 

 だって今日は礼奈様にとってのお姉様、天乃川(あまのがわ)藍紗(あいしゃ)様の卒業式なのですから。私にとって礼奈様が誰より大切なお姉様であるように、礼奈様にとっては藍紗様はこの世でたった一人のお姉様なのです。

 私だって礼奈様とお別れすることを考えるだけで、心が千切れそうに切なくなります。

 ましてや、在校生を代表して送辞を読み上げるだなんて。来年もし私が送辞を読むように先生から言われても、きっと私は謹んで辞退するでしょう。

 だけど、礼奈様はそれを引き受けました。「敬愛する藍紗様を送り出す栄誉を、他の人に渡すわけにはいかないもの」なんて、いつもの凛とした表情を浮かべたまま。

 

 だけど、それが辛くないはずないのです。悲しくないわけがないのです。

 それでも、藍紗様が心配なさらないように、気を張って礼奈様は送辞を読み上げられました。

 

 そして、答辞を読まれたのは藍紗様。

 「愛する下級生たちよ、今はしばしさらば!」なんて、いかにも学院の王子様らしい気取った挨拶をして。

 だけどその後に続いたのは、自分たちのことは心配しなくていいとか、一足先に外の世界を楽しんで、君たちの道を作っておこうなんて、下級生たちを悲しませない言葉でした。

 それらの言葉が、本当は誰に向けたものだったのか。考えるまでもありません。

 

 

 答辞が終わるや否や、礼奈様は口を押さえて講堂から飛び出していかれました。

 動揺する同級生たちに追ってこないように言いおいて、私はその後を追いかけます。

 

 私みたいなちんちくりんじゃ、藍紗様の代わりになんてなれるわけないけれど。

 だけど、礼奈様の悲しみを癒してあげられるのは私だけだと信じて。

 

 

「礼奈様、どこですか!」

 

 

 声を張り上げながら、私は小走りに中庭を駆け抜けます。

 ああ、桜が雨のように降り注いでいる。

 その花びらの1枚1枚が、この卒業式に離れ離れにならなければならない3年生と2年生の涙だとするなら、それは滂沱のようにこの中庭を埋め尽くすでしょう。

 

 礼奈様はどこにいかれたのでしょうか?

 いえ、私にはわかっています。だって藍紗様から聞きました。一昨年の入学式、桜の舞い落ちる中で、中庭の奥の大きな桜の木の下でお2人は姉妹の契りを交わされたのだと。

 

 

「礼奈様……」

 

 

 果たして、礼奈様はそこにいらっしゃいました。

 常の気丈にふるまっておられる姿ではなく、はらはらと涙を零しながら、桜の木の幹にたおやかな手を置いて。その名のとおり綺羅星を纏ったように輝く金髪も、今はどこかくすんだようで。その瞳に映るのは、きっと2年前の藍紗様と出会った日の遠い残照なのでしょう。

 

 そのときです。

 一瞬強い風が吹いて、舞い上がった桜の花びらが礼奈様を包み込みました。

 

 

「礼奈様!!」

 

 

 気付けば私は礼奈様の胸の中に飛び込んで、その体を強く抱き締めていました。

 礼奈様の麗しい(かんばせ)が、今は驚いた表情を浮かべて私を見下ろしています。

 

 

「春夢……?」

 

「あっ……す、すみません! 私ったらはしたない……」

 

 

 ハッとなった私は、慌てて体を離します。

 いつもなら私がこんなことをしたら、礼奈様から「春夢、はしたないわ。ローズテリアの学生たる者、いつも優雅なふるまいを心掛けなさい」なんてお叱りをいただくところです。

 

 だけど仕方ありません。

 だって……礼奈様が桜に攫われてしまいそうな気がしたから。

 

 私が追ってくることは予想外だったのでしょう。

 礼奈様は慌てて指先で目尻の雫を拭うと、私をじっと見つめます。

 

 ……私に礼奈様をお慰めさせていただけるかわからないけど。

 でも……。

 

 私は密かにぎゅっと手を握ると、礼奈様を見上げました。

 桜の花びらが舞う中で、2人の視線が交錯します。

 

 

「礼奈様、聞いてください」

 

 

 

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 よし、いいぞ!

 俺は春夢ちゃんの真正面に立ち、至近距離からカメラを回しながら会心の笑みを浮かべた。

 

 

 今は春夢ちゃんが真っ直ぐに礼奈の目を見つめている大ゴマの構図だ。

 これまでちょっと気弱な小動物系妹キャラだった春夢ちゃんは、自分にどこか自信をもてないでいて、礼奈に見初められてからもその視線をまっすぐ見つめたことはない。

 

 だが、落ち込む礼奈をはげまそうと決意した春夢ちゃんは、このシーンで初めて礼奈の瞳を正面からしっかりと見る。

 春夢ちゃんの成長を描くという意味で、劇中を通してとても重要なシーンなのである。この百合系学園ラブコメディ漫画『ローズテリアで会いましょう』が傑作となるか駄作となるかを左右する、運命のワンシーンだ。

 

 左手の親指を立ててGOOD!とサインを送る。

 もちろん撮影中なので春夢ちゃんがリアクションを返すことはないが、全身から喜んでいる感じが伝わってきた。

 

 おっとこうしちゃいられない。

 次のコマは茫然とする礼奈に向かって、春夢ちゃんが思いの丈をぶつけるシーンだ。

 俺は春夢ちゃんの正面から退き、すすっと2人の全身が映る位置に移動してカメラを回す。

 

 

「私がいるじゃないですか!」

 

「春夢?」

 

「愛紗様の代わりにはなれないかもしれないけど……私がいます! 礼奈様が卒業するまで、私が片時も離れず、おそばにいますから!」

 

 

 ぎゅっと拳を握りながら、春夢ちゃんが礼奈に身を乗り出して叫ぶ。

 控えめだった春夢ちゃんが強く主張するという事態と、その言葉が宿す重みに礼奈は気圧されている。

 

 いい気迫だ……! これはいい絵になる!

 俺は内心の興奮が手ブレにでないように押し殺しつつ、春夢ちゃんの叫びを撮影する。

 これまで礼奈は常に上位者であり、春夢ちゃんは礼奈から一方的に愛玩される存在だった。しかしここで礼奈が気圧されるコマを挟むことで、春夢ちゃんが礼奈の上位者となりうるということを暗示させている。

 今後この作品では春夢ちゃんが基本的には礼奈に可愛がられつつも、ときに春夢ちゃんが礼奈をドキッとさせる小悪魔的な魅力を身に着けていくのだが、そのターニングポイントとなるのがこのシーンだ。思わず撮影する手にも力が入ってしまうというものだろう。

 

 おっと、次のコマはローアングルからの構図だ。

 俺はすかさずスライディングして、礼奈の顔を下から捉える。礼奈が口元をぎゅっと噛みしめる姿と、目尻に滲む涙を撮らなくては!

 

 迫力ある春夢ちゃんの叫びというダイナミックな構図を入れつつも、わずかな表情の変化でその心情を表現するという少女漫画らしい繊細な表現は忘れない。

 まったくこの作者の力量は大したものだ。

 これまでいくつもの百合作品を撮影してきた、百合の間に挟まるカメラマンおじさんとしての経験からわかる。この作品はヒットするぞ……!

 

 もちろん、スライディングによって桜の花びらに跡をつけてしまうような初心者的なミスは冒すわけがない。そんなことをしたら、ここに第三者がいることが読者にバレてしまう。百合の間に挟まるカメラマンおじさんとして、そんなミスだけはするわけにはいかない。

 読者に決して存在を悟らせないまま、女の子同士のピュアな感情の尊さを撮影する……それが百合の間に挟まるカメラマンおじさんの大原則だ。

 

 

「私じゃ……ダメですか? 代わりには、なれませんか……?」

 

 

 何も応えない礼奈の姿に、春夢ちゃんの声が萎れていく。

 ありったけの勇気を絞り出した後に見える、これまでの春夢ちゃんらしい気弱な姿。なんともいじらしくて、思わず慰めたくなる。もちろんそれは俺の仕事じゃない。

 春夢ちゃんを慰めるのは礼奈だけの特権だ。

 

 

莫迦(ばか)ね。貴方が藍紗様の代わりになるわけないでしょう」

 

 

 礼奈の淡々とした言葉に、春夢ちゃんがスカートの裾をぎゅっと握り、肩を縮こまさせる。しかし次の瞬間春夢ちゃんの頬に添えられたのは、温かな礼奈の手のひらだった。

 

 

「春夢は藍紗様じゃない。私にとっては藍紗様も、貴方も、どちらも掛け替えなく大切なのよ。だから貴方は貴方として、私の傍にいなさいな」

 

「礼奈様……」

 

 

 春夢ちゃんの瞳に、じわっと涙が潤む。

 そんな妹分の顔を見て、礼奈は困ったように眉を寄せた。

 

 

「ほら、また泣いてる。春夢は本当に泣き虫ね」

 

「だって……礼奈様が泣かせるから……」

 

「はいはい。もう1か月もしたら、後輩だって入ってくるというのに。新しい妹の前で泣いてたら、頼りないお姉様だって思われてしまうわよ」

 

 

 そう言いながら、礼奈がポケットから綺麗に折り畳まれたハンカチを取り出す。

 

 おっといかん、次のコマだ!

 次のシーンは……上にパンしてからの俯瞰で、ぐしゃぐしゃの泣き顔の春夢ちゃんと困り顔で涙を拭いてあげる礼奈だな!

 

 俺は立ち上がるとぐいっとカメラを上に持ち上げ、2人の表情が見えるようレンズに収める。

 うん、これもいいシーンだ。クールな礼奈が母性を炸裂させるというギャップ。背伸びしたけど、やっぱりいつも通りお姉様に可愛がられるという安心感。尊さで胸が張り裂けそうになるのを堪えつつ、ありのままの2人を撮影していく。

 

 彼女たちは百合漫画の登場人物だ。作者が用意した脚本(シナリオ)はあれど、彼女たちは決して役者ではない。

 ドラマや映画とは違う。たとえ撮影に失敗してもリテイクはない。この仕事に嘘はないのだ。すべてが1回こっきりのリアルであり、彼女たちのありのままの恋を、青春を、友情を切り取ることで、俺たちの仕事は成立している。

 

 だから俺たち百合の間に挟まるカメラマンおじさんは、彼女たちの全力の想いを全身全霊を込めて最高の絵面に収める。読者に存在を気取られないようにリアルタイムでカメラワークを動かしながら、文字通り身も心も捧げる思いで撮影に取り組む。

 だってそうじゃなきゃ、必死に恋してる彼女たちに失礼じゃないか。

 

 

「……卒業まで私の傍にずっといるって言ったんだから、途中でどこかに行くなんて許さないわよ。ずっと一緒にいなさい」

 

「はい、もちろんです。もし礼奈様が卒業したって、私はずっとずっと、お姉様の妹ですから! 卒業しても、結婚したって、子供ができたって……いつもお傍にいますから!」

 

「ふふっ……そこまでしなくてもいいのだけれど。旦那さんに悪いでしょう?」

 

「じゃあ結婚しませんもん! 礼奈様と旦那さんのおうちで一緒に暮らします!」

 

「あらあら、大きな子供がついてきちゃうわね。まあ、今から考えることじゃないけれど」

 

 

 くすりと破顔した礼奈が、屈託のない笑顔を見せる。先ほどまでの悲しみの欠片も見当たらない、穏やかで優しい表情だ。

 その笑顔を引き出せたのは、まぎれもなく春夢ちゃんの功績だ。春夢ちゃんは、礼奈の悲しみを癒すことができたのだ。

 

 不意に風が吹き、桜の花びらが上空に巻き上げられる。

 

 えっと、次のシーンは……桜の花びらに合わせて上空に舞い上がり、抱き合う2人を桜の花びらたちが見守るような視点で撮影!?

 

 ……ふっ。いいとも、やってやるさ! 俺たち百合の間に挟まるカメラマンは、世界で最も尊い花を撮影するためなら不可能などない!!

 

 

(うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーッ!!!)

 

 

 俺はカメラを桜の花びらに向けながら全身全霊を込めて念じた!

 

 

(飛べよおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!)

 

 

 ふわっと足元が浮き上がり、俺の体は風と共に上空へと舞い上がる!

 よし! 空中浮遊成功だ!

 

 カメラを桜の花びらから離し、眼下の光景を撮影する。

 まるで繊細なガラス細工が壊れてしまわないかと心配するかのように、おずおずと春夢ちゃんを抱擁する礼奈。その背中に手を回し、礼奈のお腹に顔を埋めるように安心した表情で抱き返す春夢。尊いッッッ!!!

 

 

「これからもよろしくね、春夢」

 

 

 ! いかん、感動に打ち震えている場合ではない!

 次で今回のラストシーン、1ページまるまる使った大ゴマだ!!

 

 俺はすかさず地面に急降下すると、礼奈との間に滑り込むように割って入り、春夢ちゃんの満面の笑顔へとカメラを向けた。

 

 

「はい! よろしくお願いします、お姉様!!」

 

 

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「カーーーーット!! お疲れ様!」

 

 

 俺はカメラに収められた最後のシーンを確認しながら、今回の撮影終了を告げた。

 春夢ちゃんと礼奈がほっと安堵の息を吐くのを聞きながら、最後のシーンの絵面をじっと見つめる。

 

 うん、本当にいい笑顔だ。素晴らしい。

 春夢ちゃんの健気さと可愛さが余すところなく収められている。礼奈との恋を誰もが応援したくなるような、最高の笑顔だ。

 

 

「おじさま、どうですか? 私、ちゃんと笑えてましたか?」

 

 

 カメラをチェックする俺の右腕に、春夢ちゃんが子犬のようにまとわりついてくる。

 

 

「うん、すごくいい笑顔だったよ。キミは最高の主人公だ」

 

「やったぁ♪」

 

 

 春夢ちゃんはぴょんと飛び跳ね、嬉しそうに笑いながら俺に並んでカメラのモニターを覗き込んできた。

 

 彼女ともすっかり打ち解けたものだ。

 第1話の撮影前の、強張った顔でこちらを見ていた姿とはまるで別人のように感じる。

 当たり前だ、自分の父親でもおかしくない歳のおっさんがつかず離れず恋模様を撮影すると告げられて、年頃の少女が恐怖しないわけがない。百合少女とカメラマンおじさんの間には、年齢と性別という深い溝が横たわっている。

 

 だがその溝をどう乗り越え、彼女たちと信頼関係を構築するかこそが、百合の間に挟まるカメラマンおじさんの仕事の真髄なのだ。

 本来ならば恋する相手に向けられるはずの笑顔を、割って入ってカメラに収める。素人の少女にとって、至近距離からカメラを向けられるだけで緊張するはずだ。その緊張を残したままでは、どうあがいても自然な絵面にはならない。

 

 だから俺は撮影に臨むにあたり、徹底的に被写体との信頼関係を結ぶことに全力を尽くすようにしている。

 百合作品に登場する少女たちは、基本的に誰もが多感で繊細な心を持っており、さまざまな悩み事を抱えている。舞台が学園モノならばなおのことだ。恋する相手が女の子なんておかしくないか、というのは最もよくある悩みだと言える。

 

 俺は春夢ちゃんの思春期の悩みに乗り、不得意な教科の家庭教師をした。夏に礼奈の別荘にバカンスにいくというシナリオだったので、万が一にも赤点で補習などさせるわけにはいかなかったのだ。

 また、親父さんが経営する会社の経常収支に問題があったので、経営コンサルティングを買って出て収益を上方修正させておいた。ローズテリア女学院はお嬢様学校なので、実家が破産などしては退学になってしまう。

 その他にも弟が中学校でいじめに遭っていたのでいじめっ子にヤキを入れたり、お母さんが通っているカルチャースクールの講師が横恋慕してそうだったので退職に追い込んだうえで親父さんとの夫婦仲が円満になるようデートさせたりもした。

 最高の百合を育てるためには、土壌からしっかりと改善させていかねばならない。

 

 おかげで今では俺が春夢ちゃんの自室のシーンを撮影に行っても、家族ぐるみで歓迎してもらえている。春夢ちゃんもリラックスした寝顔を撮らせてくれるし、寝る前にはSNSでおやすみの挨拶もしてくれたりする。

 

 俺にとって春夢ちゃんは年の離れた妹のようなものだ。……なんて、いいトシこいたおっさんに思われても気持ち悪いだけだろうけど。しかし春夢ちゃんと親しくなればなるほど、彼女の恋を応援したいという気持ちは強くなる。

 それが彼女たちの撮影にも表れ、彼女たちをより一層魅力的に表現できるのだ。

 

 百合の間に挟まるカメラマンおじさんの中には撮影技術を自慢するような輩もいるが、俺に言わせれば一番大切なのは被写体との信頼関係なのだ。彼女たちときちんと信頼関係を結べれば、自ずといい()は撮れるものなのだ。

 

 

「わぁー、私こんな表情してるんだ。えへへ、可愛く撮ってくれてありがとうございますおじさま!」

 

「おっとっと」

 

 

 春夢ちゃんが嬉しそうに俺の右腕に抱き着いて頬を寄せてくるのを受け止める。ははは、可愛いもんだ。大きなテディベアに抱き着くような感じなのだろう。平均よりも小柄な春夢ちゃんがやると、無邪気さが引き立つな。

 

 

「春夢、ちょっと近いのではないかしら? ローズテリアの学生としてはしたないわよ」

 

 

 春夢ちゃんと俺を少し離れたところから見ていた礼奈が、じとっとした視線を向けながら割って入ってくる。腕組みをして、なんだか少しムッとした雰囲気を感じる。

 

 ああ、いかんいかん。これは妬かれているな。

 大切な妹分でもあり恋の相手でもある存在が、俺のようにむくつけきオッサンと仲良さげにしているのだ。腹が立って当然だろう。

 

 彼女たちは役者ではないし、もちろんその恋も演技ではない。カメラに収められていないところでも、彼女たちは彼女たちであることには変わらないのだ。当然、その想いの強さも。

 

 

「すまないな、礼奈。春夢ちゃんと距離が近すぎた。不愉快に感じただろう、申し訳ない」

 

「……別にそういうわけではないのだけれど」

 

 

 そう言いながら、礼奈はツンとそっぽを向いた。

 礼奈はツンデレクールキャラお姉様である。西洋の血が混じっているので金髪碧眼、それでいて長身で、美少女キャラとしても人気がある。

 だが俺に言わせれば百合モノでキャラの外見だけ見て持て囃すなど言語道断。その魅力は相方となる恋人との関係を通じて語られるべきである。

 

 そしてその観点でいえば、俺は彼女に100点をあげたい。深窓の令嬢として育てられ、常に毅然とした態度で周囲には恐れられながらも、年下の春夢ちゃんに垣間見せる母性が大変良い。その一方でお姉様である藍紗には基本ツンと突き放していながら、構われないと彼女の裾をちょんと摘まんでじっと見つめるなど、不器用な甘えのギャップを見せるのだ。礼奈、お前は最高のツンデレクールキャラだよ。

 ぜひこれからもその関係性を俺を含む全世界の百合スキーに振りまいてほしい。

 

 俺がそんな思いを噛みしめていると、春夢ちゃんは俺の右腕にしがみついたままにまーと笑った。

 

 

「ふふふーん?」

 

「な、何よ……」

 

「おじさまの左腕は空いてますよ、お姉様?」

 

「春夢! 私がそのような真似……!」

 

「そうだぞ。春夢ちゃん、あまりお姉様をからかうものじゃない。礼奈がそんなことしたいと思ってるわけがないだろう」

 

 

 そうたしなめると、春夢ちゃんは「はーい」と頷いて、俺の右腕にしがみつく手を少しだけ強めてきた。何が楽しいのか、礼奈の方を見てクスッと笑っている。まったく、何をふざけているんだろうか。

 

 

「すまないな、礼奈。春夢はなんだか悪戯をしたい盛りのようだ。不愉快かもしれないが、大目に見てやってくれないか」

 

「ふふふ……ええ、そうね。本当に子供でしょうのないこと」

 

 

 礼奈の方に視線を向けると、なんだか瞳から光が消えたような顔をしていた。なんか腕がワナワナ震えてるし。よほど腹が立っているんだろうな。申し訳ない。

 

 しかし礼奈とも、これでも随分と打ち解けたものだ。

 何しろ最初に出会ったときは、俺への敵意を隠していなかった。随分な男嫌いだったし、俺の仕事自体についても良くは思っていなかった。

 何しろ人の恋路を盗み見ては衆目に晒す薄汚い下郎と面罵されたくらいだ。

 

 確かに俺たちの仕事を悪しざまに言えばそうなるだろう。否定はしない。

 しかし俺は百合という少女たちの輝きを、色褪せない映像に収めることに誇りを持っている。それは俺たちにしかできない仕事だ。

 だから、俺は俺なりの仕事へのプライドに基づいて彼女を説得した。思えば随分といがみ合ったものだ。

 

 彼女の態度が軟化するきっかけになったのは、アレだな。

 身代金目当ての誘拐犯に拉致された彼女を助けにいったときだ。

 

 大聖院財閥の令嬢である彼女にかけられた身代金は100億円。

 保護者は100億で済むなら出すと言っていたが、警察はなんとしても犯人を捕らえようと躍起になっていた。保護者は娘に危害が加えられたらどうすると担当者を怒鳴りつけ、警察は身代金を払っても娘さんが無事で済む保証はないと反論。しまいには警察庁長官まで呼び出すの呼び出さないの、自衛隊を出動させるだのさせないだの、揉めに揉めていたものだ。

 

 仕方ないから俺が1人で助けに行った。その日の夜には礼奈と春夢ちゃんが電話で楽しくお話しするシーンを撮影する予定があったからだ。撮影のスケジュールはすべてに優先される。雑誌連載に穴を空けるわけにはいかないからな。

 

 だが犯人は単独犯、もしくはせいぜいが複数人だろうと思っていたのだが、まさか他国のスパイ組織100名以上による組織犯罪だとは思わなかったな。しかも全員銃で武装してたし。拳銃ならまだしも、日本国内で軍用アサルトライフルや重機関銃を持ち出さないでほしいものだ。

 

 何やら財閥令嬢である礼奈を誘拐することで巨額の資金を祖国に送りつつ、日本の警察組織への不信感を煽り、国家転覆へと繋げる計画だったらしい。まあ知ったことじゃないが。お前らの薄汚い政治劇なんかよりも、少女たちがデートする光景の方がよほど価値があるわ。

 

 そんなわけで100名以上にも及ぶ工作員をなぎ倒した俺は、捕らえられていた礼奈を何とか連れ出すことに成功。爆発する廃工場を背に、奪った車で高速道路を疾走して、脚本に指定された時間までに彼女を家へと送り届けたのである。

 

 

「貴方……どうして私なんかのために? 私はあれほど貴方を嫌っていたのに」

 

 

 屋敷の玄関に到着した礼奈は、信じられないものを見るような目で言ったものだ。

 だがそんなの決まっているじゃないか。

 

 

「仕事だからだ」

 

「仕事の範囲を超えているでしょう……!? ボロボロになっても立ち上がって、私をかばって銃弾を受けて……!! 私なんて放っておけばよかったでしょう!」

 

「いいや、君の安全は俺の命なんぞよりも価値がある。……君が無事でよかった」

 

「人の命に貴賤などあるものですか! 私が大聖院の者だからといって……」

 

「違う、そうじゃない」

 

 

 俺の命に大した価値などない。所詮は名もなきモブだ。いや、その存在を読者に欠片でも気取られてはならないからモブ以下だろう。

 だが、彼女は大間違いをしていたので、ひとつだけ訂正することにした。

 

 

「恋する君は美しい。それが俺が君を助けた理由のすべてだ」

 

 

 虚を突かれたように固まった彼女は、しばらくしてからぎこちなく笑った。

 

 

「……本当に、信じられないほど莫迦な人なのね、貴方は……」

 

「かもしれないな」

 

 

 俺は百合の輝きに心を奪われた、スパークする百合萌え野郎なのだ。

 彼女たちの恋を守るためならば、俺の命など百万回だって捨てられるぞ!

 

 なんか知らんが、それから礼奈の態度は目に見えて柔らかくなった。

 ちなみにそうして別れてから1時間後、きっちり春夢ちゃんと楽しく電話でお話しするシーンを撮影させてもらったのは言うまでもない。あのときはカットインで2人のコマが並んでたから、俺もドッペルゲンガー出して2人になって撮影したっけな。

 結構大変な1日だったけど結果的に礼奈と仲良くなれたし、よかったよかった。

 

 

「……何をニヤニヤしているのかしら?」

 

 

 気が付くと、礼奈が俺の横顔をじっと眺めていた。

 

 

「いや、なんか俺も君たちを出会ってからのことを思い出してしまってね。今日の撮影にあてられたのかもしれないな」

 

「ふうん、そう。ところで……その」

 

「?」

 

「私は、どうなの? ちゃんと撮れているのかしら」

 

 

 いかにも興味なんてないですけど、みたいなそっけない素振りで礼奈が訊いてきた。そんなこと言うまでもないだろうに。

 

 

「もちろん満点に決まっているさ。礼奈は素晴らしいヒロインだよ」

 

「ふ、ふーん。そう。なら、その……よかったじゃない」

 

「ああ、いつも本当にありがとう」

 

 

 俺がそう感謝の言葉を伝えると、礼奈はそっぽを向きながら俺のシャツの裾をちょんと摘まんだ。うん? これは何のつもりだろうか。上流階級の間での感謝を伝えるジェスチャーなのかもしれない。

 春夢ちゃんはニヤニヤしてるし、きっと彼女たちの間では意味が通じてるんだろうな。

 

 

「あー、なんだか撮影が終わったらお腹が空いてきました。おじさま、卒業式が終わったら打ち上げを兼ねてお昼ごはんを食べに行きませんか? もちろん礼奈様と3人で」

 

「うん?」

 

 

 唐突に春夢ちゃんが上目遣いをしながら、お昼のお誘いをしてきた。何やら3人で、というところに力がこもっているようなニュアンスを感じる。

 

 うーん、礼奈と3人か。正直俺のようなオッサンは不純物に他ならないし、お昼は2人きりで姉妹仲良くキャッキャユリユリしながら楽しんでほしいところだ。

 だが、被写体との信頼関係を育むのに食事ほどいい機会もないしな。

 

 俺が悩んでいると、礼奈が見事な金髪のロングヘアをさあっとかきあげながら口を開く。

 

 

「あ、あら。春夢がそう言うのなら、特別に同伴を許すわ。たまには3人で親交を深めるのも悪くはないでしょう」

 

「そうか? 礼奈がそう言うなら……あ、いや、すまん。そういえば用事があるんだ」

 

 

 俺としたことが、次の仕事のことを忘れていた。

 ここで飯を食ってしまったら、次の仕事の差しさわりが出るな。

 

 

「用事? 何の用事ですか?」

 

「私たちより優先するべき用事とは何かしら」

 

 

 なんか春夢ちゃんと礼奈がずいずいと身を乗り出して訊いてくる。俺の仕事にそんなに興味があるんだろうか?

 あまり別の仕事のことを話すのは保守義務もあるしよくないと思うのだが、なんだか2人からやたら圧を感じて、俺は思わず答えていた。

 

 

「ああ、アンドロイドキッチンって動画シリーズあるだろ? 次の仕事はアレなんだよ」

 

「……何かしら、それ?」

 

「ああ、私知ってます。ミゴ=ミゴ動画で人気の料理動画ですよね。可愛いアンドロイドの女の子たちが料理を作って食べるやつ」

 

「そうそう、それだよ」

 

 

 アンドロイドキッチンはただ料理するだけではなく、アンドロイド少女たちが楽しくキャッキャと盛り上がる寸劇を加えたコンテンツである。登場人物に女の子しかいない以上、そこには百合の花が咲く。もちろん燃え上がるような恋ではないが、俺はゆるーい百合も尊重する。すべての百合はみな等しく尊い。

 

 そう、俺の仕事は百合漫画だけではない。動画だろうがアニメだろうが、そこに百合があればどこにだってカメラを構えに行く。

 それが百合に挟まるカメラマンおじさんというものなのだ。

 

 

「いやぁ、あの子たち料理は作るんだけど、アンドロイドだから実際には食べられないんだよ。だから俺が撮影しながら食事役も兼ねてるのさ。そんなわけで、あの子たちの料理を食べないといけないから昼食はキャンセルさせてもらうよ、ごめんな」

 

「へぇー……」

 

「アンドロイドが作ったご飯のほうが、私たちとの歓談より優先されるというわけね」

 

 

 ……ん?

 

 

「いや、そんなことは一言も言ってないぞ。これは仕事で……」

 

「でも実際私たちよりもその子たちのご飯を優先するのよね?」

 

「これはいけませんねお姉様。ええ、いけません」

 

 

 瞳から輝きが失せたような錯覚を感じさせながら、春夢ちゃんと礼奈が俺の両腕をガシッとホールドした。

 えっ、何これすごい力……!? いやまあ俺はカメラマンに過ぎないので、基本的に主人公たちに逆らうことはできないのだが、それを抜きにしても……!

 

 ちょっと待て、なんか引きずられてるんだけど俺をどこに連れて行くんだ!?

 

 

「レストラン行きましょう、レストラン。わぁー楽しみだなー。おじさまの食べっぷり、私見てみたーい♪」

 

「もしもし、私よ。これからランチに行くから貸し切りにしなさい。それからメニューの上から下までありったけ作る用意を。ええ、もうこれ以上は米粒ひとつパンくずひと欠片すら入らないくらい詰め込めるように」

 

「待って、何その電話!?」

 

 

 そのとき、俺のスマホがぶるぶると震え始めた。

 この着信音、間違いない……!

 

 

「いかん、次の仕事の連絡が! 頼む、ちょっと返信させてくれ! あいつらなんか放置したらすげえ怖いんだ!」

 

 

 春夢ちゃんは無言で俺のスマホをポケットから抜き取ると、画面に表示された通話先の顔をじーっと眺めながらボタンをタップした。スピーカー通話に設定されたスマホから音声が出力される。

 

 

『ちょっと、今どこにいるんですか? もう撮影始めたいんですが、本当にマスターって時間にルーズですよね。私たち機械を少しは見習ってください』

 

『まあまあ、まだ時間はあるやないの。そんなにぎちぎちに締め付けたら苦しいだけやで。……ところでマスター、今ひとりでおるん? なんで返事せえへんの? マスターの声が聞きたいわぁ。まさか、他の女とおったりせえへんやんなぁ?』

 

「へえー、おじさまってマスターって呼ばせてるんですかぁ」

 

「随分と良いご趣味ですこと」

 

 

 俺はなぜだか体の奥底から湧き上がる寒気に震えながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 おかしい。俺はただ彼女たちの恋の煌めきを撮影したいだけなのに、別の沼に足を突っ込んでいるような違和感がぬぐえない。

 

 

「あ、そうだ。せっかくなら私たちも見学に行っちゃいませんか礼奈様?」

 

「それはいいわね。普段この人が他の女の子の前でどんな顔を見せてるか気になるし」

 

「や、やめろ! 無断コラボになってしまうだろうが! お前ら商業作品の登場人物としての意識をちゃんと持て!」

 

 

 とんでもないことを言い出すお嬢様たちの発言に目を剥いていると、アンドロイドたちがスマホの向こうから声を上げる。

 

 

『私たちは別に構いませんが?』

 

『どうせウチらはギリギリのグレー界隈やしなー』

 

「うるせえちょっと黙ってろ!!」

 

 

 そのとき、横から別の声が。

 

 

「やあ、礼奈と春夢ちゃん! ボクを差し置いて何を楽しそうなことをしているんだい? せっかくだからボクもご一緒させておくれよ!」

 

「お前は卒業生仲間と打ち上げでも行ってろよ藍紗!」

 

「なんだよー、卒業したからって冷たいじゃないか。ボクもまだ出番あるんだぞ。それとも大学生以上はBBAとか言い出すつもり? BBAとも仲良くしようよおじさん♪」

 

 

 今日卒業した藍紗も、礼奈とは百合カップルなのでやっぱり俺の被写体なのである。ちなみに彼女とも仲良くなるときにあれやこれやあった。

 実は退魔の一族だった彼女を救うために封印から復活した九尾の狐と素手で殴り合ったときは死ぬかと思った。だってあっち尻尾9本で殴りかかってくるんだぜ。俺がドッペルゲンガー10人出せなきゃ死んでたな。

 

 

「あ、カメラマンおじさんじゃないですか」

 

「まあ、ごきげんよう。なんだか楽しそうですね、私たちもご一緒させてください」

 

「え、何々? カメラマンおじさんを囲んで卒業パーティーするの?」

 

「卒業するのは俺じゃないんだが!? 俺抜きでキャッキャユリユリしろよ!!」

 

 

 というかこの学校は百合しかいないので、主要登場人物はみんな俺の被写体だったりするのだが。そして全員とあれやこれやあった。

 

 

「…………」

 

『そーれワッショイですわ♪ ワッショイですわ♪』

 

 

 こうして俺はお嬢様たちに簀巻きにされ、いずこかへと連れ去られていく。

 どこへ向かうのか、そこは著作権的にセーフなのか、それは誰も知らない。

 

 

 

 百合の間に挟まるカメラマンおじさんの著作権と貞操は、もうダメかもしれない。

 




この作品はフィクションであり、他の作品や実在の登場人物とは一切関係ありません。
何かモチーフめいたものが頭をよぎったとしても、ただの気のせいです。
絶対何一つ関係ありませんし、百合の間に挟まるカメラマンおじさんなる怪異はこの作品にしか存在しない概念です。いいですね?

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