対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい+   作:槍刀拳

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Episode11+ 『居るはずがないモノ』

 当初の目的は達成した。

 結論から言うと。私があの男……、ナイ牧師から説明書として受け取った

CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』と『新クトゥルフ神話TRPG』は、この世界で販売されている『CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』と『新クトゥルフ神話TRPG』は別物だ。

 説明書として譲渡された書物には魔術や選択ルールなどが記載されているが、私がこれまでに遭遇したことのある神話生物の類の情報が一切記載されていない。しかし、販売・配布されているルルブ一式には、説明書で記載されている魔術の情報が大幅に異なり、さらには神話生物らしきエネミーデータが記載されていた。

 また説明書に記載されている魔術一覧だが、その中には私が既に習得している魔術が記されている。

 このことから私の説明書に記載されている“魔術”は、【2週間から12週間の訓練を行い理解に至る】ことができれば、本当に扱えるようになるかもしれない。しかし、魔術の多用は狂気への大いなる一歩となりかねないし……何よりも対魔忍に目を付けられるきっかけになり得る。私はこの世界では対魔忍と関わらず、ごく普通の生活をしたいのだ。

 だが対魔忍に目をつけられておらずとも、時と場合によってはオカルトや呪法、禁術等に頼らずに生きていかなければならない。それくらい出来なければ一般的な生活なんて望むべくもない。……どうしても使用するというのならば慎重に運用しなくては。

 その他の情報として、この世界のクトゥルフ神話TRPGには『サプリメント』なるTRPGを楽しむうえでの拡張情報も販売しているようである。流通がなくなる前に通販で購入してみるのも悪くはないかもしれない。

 気が付けば、6限目も『CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』と『新クトゥルフ神話TRPG』の相違点の解析に時間を当ててしまっていた。

 本当にこれらのルルブは、真面目に解読を始めると時間が消し飛ぶのが早い。

 

「(6限目は古文だったっけ……上原くんに学んだ教科書の範囲を教えてもらって勉強すればいっか)……っと!ごめんなさい!」

 

 本を元の場所に戻し、出口へ向かおうと振り返った直後、誰かと“ぶつかった”ような気がして反射的に謝る。しかし、謝罪したところに誰かがいる様子はなく、図書室の出入り口から見える廊下にも人影すら見当たらない。

 今、確かに誰かとぶつかったような気がしたのだが……。首を傾げ片目を瞑り後頭部を掻く。色々と疑念は尽きないが、これ以上 特に用もなかったため図書室を後にした。

 

………

……

 

 帰りのホームルームを済ませ今日も上原くん、ふうま君、蛇子ちゃんと一緒に帰路につく。今日も昨日と変わらない他愛もない日常的な会話をしながらの下校。

 

「結局、6限目も帰ってこなかったよなー……そこまで熱中できる本だったのか?」

「はい。なんといえばいいでしょうか。読めば読むほど、物語に没入できると言いますか……賢くなれるような気がすると言いますか……とても楽しくて……」

「ふーん……。俺、あんまり漫画以外に本とか読んだことないんだけど……。青空さんが、そこまで言うなら俺も読んでみっかなー」

「おっ! 上原くんもこっちの道に来ますか!? いいですよ! その気なら勉強以上に手取り足取りお手伝いします! 世界を共通して、皆で世界を広げるゲーム。それがTRPG……TRPGはいいぞ……いいぞ……

「日葵ちゃんって、この手の話になると目がいつも以上にキラキラするよね~。こうも楽しそうにされると蛇子も気になっちゃうな~!」

「TRPGは気の合う友達といつも以上に楽しい時間を過ごせて、なおかつ年齢層関係なくみんなで遊べるゲームですからね! ついでに英語と地理、歴史、法律、1920年代のアメリ——米連に詳しくなれるっていう……。蛇子ちゃんも気になるようでしたら、是非に!是非に! ふうま君はどうです? 7版を読んだことがあるんですよね!」

「ああ。だけど読んだのは、あくまでも何気なく流し読みだったからさ……。でも鹿之助と蛇子がやるなら、俺も混ぜて欲しいな」

 

 そんな会話をしながら下校する。本当に何気ない日常。

 だが、そんな平和でほのぼのとした空気を粉砕するかのような凍てつく気配に、思わず身震いした。それは、3人ともっと会話をしたくて、ちょっとだけ遠回りしながら自宅に帰るための十字路を通過した瞬間の出来事だった。私の視界の端に……何かが映る。

 ——それは、脳裏に染み付いた忌まわしい記憶と重なる。全身の毛が逆立ち、脂汗がじんわりと染み出し、無意識に歯を力強く噛みしめてしまう。

 水死体のように白くブヨブヨとした肉の塊。

 先端にいくつもの肉を抉るための返しが付いた凶悪な槍。

 頭部はなく。

 頭部らしき場所には大量のピンク色の引き延ばされた口蓋垂(こうがいすい)*1が付属した肉叢(ししむら)が。

 それが今、視界の端に映ったような気がした。

 他の3人がTRPGについて盛り上がっている中、私だけが(きびす)を返し、そんなはずはないと十字路の先を確かめる。

 

「あれ? 日葵ちゃん?」

「おいおい青空さん。そっちは蛇子ん()とは逆だぞー?」

 

「……」

 

 2人の声が、どこか遠くでの呼び声……空気の膜を張った先に存在するかのように聞こえる。

 ……そんなはずはない。そんなはずはないのだ。

 あれは私の前世で『対魔忍』の認識が“LILITHソフトが開発したマニアックな凌辱ハードポルノゲーム”であるように、あれはこの世界では架空の神話。TRPGに登場する……ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが生み出した、ただの“創造物”にしかすぎない……ここにいる訳がないモノなのだ。

 

「おい」

ビクッ

「……大丈夫か? 顔が真っ青だぞ?」

 

 肩に衝撃が走り我に返る。

 半ば驚きながら、肩の衝撃の方を見ればふうま君が私の肩に手を置いていた。

 

……あ、ごめん。……今、そこに……。昔の……知人が居た様な気がして」

 

 凍てつくような気配のした十字路に視線を向ける。……気のせいだったようだ。あれは白い燃えるゴミ袋と使用済みの割れた蛍光灯だ。

 そう……アレが、この世界にいるはずはないのだ。……絶対に。

 

「……もしかして、何か、面倒な知人なのか?」

「まさか、ストーカーか!? だ、大丈夫だ! 今日も、これからも俺達が付いているからな! 皆で居れば昔のストーカーなんて、怖くないぜ!」

 

 “面倒な知人”という言葉に上原くんと蛇子ちゃんも、私の元に駆け寄り十字路の先を見据える。

 ……あれは最近の学校生活による疲労が蓄積されて見えただけの幻覚。そうに違いない。

 そう言い聞かせながらも、なぜか身体の震えが止まらない。脳裏で“あの惨状”がフラッシュバックする。フラッシュバックした光景が、目の前の3人に重なる。

 ——……駄目だ。それだけは避けなければならない。

 

「……心配かけてごめんね。でも、見間違いだし、大丈夫だから……」

「ほ、本当か……? でも、お、おい! すごい震えだぞ! なぁ、ふうま。蛇子ん家 経由したら今日は家まで送ってやろうぜ。俺、このままじゃ不安だよ」

「当然だ。青空さん、歩けるか? もし震えが辛いなら俺が背負うぞ」

大丈夫。本当にごめん。大丈夫だから……」

 

 目を瞑り、掌をこめかみに添えて、大きく深呼吸を5度繰り返す。

 脳に酸素を行き渡らせ、変に高ぶってしまった神経を落ち着かせる。次に目を開いたときには震えも止まり、異様な興奮も収まっていた。

 

「日葵ちゃん……どう?」

「……うん。大丈夫。ありがとう、ごめん……皆は優しいね。アレは居るはずがないモノだから……もう大丈夫だよ。さてと。どこまで話しましたっけ?」

 

 ……あれは3人に言ったものか、それとも自分に言い聞かせたものかはわからない。

 だけど万が一を考え、このままではいけないことは理解してもいる。……脳裏で魔術の使用がちらつく。駄目だ。この世界での私はできる限り普通で居たいのだ。魔術に頼ったカルティストの末路なんて、今まで腐るほど見てきたはずだ……。

 あの後、3人と気を取りなおした何気ない会話は続いたが、頭の中は常に上の空だった。

 

 

*1
喉ちんこ


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