対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい+ 作:槍刀拳
ある日の朝。普段より、かなり早めに五車学園に到着した。
入学2日目から通学を共にしている3人には、今日だけは一足先に登校することは告げてある。
『この前の出来事が心配だから、今日の登校時間も私に合わせてくれる』との気遣いが嬉しかったが、流石にそこまで3人に護ってもらうのは悪い。私は人生2回目なのだ。彼等を護るぐらいの心持ちでなければ、また同じことの繰り返しになるのは間違いない。
それにアレは、私が疲労で生み出した幻覚のはず。『居るはずがないモノ』だと自分に言い聞かせる。
まだ部活動に勤しんでいる生徒も朝練に来ていない時間帯だが、何人かの教師は出勤していることを事前にクラスメイトから聞いている。
教室に荷物を置き、職員室の扉をノックをして入室する。それから目的の教師の元まで一直線で向かった。
………
……
…
「おはようございます。
「青空か。おはよう」
目的は紫先生だった。先生は貴婦人が掛けるような細いチェーン付きの眼鏡に新しいジャージを羽織って、新聞を読みながらコーヒーを啜っていた。
私が声をかけると約2週間前、“あんなこと”があったにもかかわらず至って普通の対応で私の方に振り向き挨拶をかえしてくれた。
「……その、まずは改めて先生に謝りたくて。……2週間前、宝物であるジャージを使い物にならなくしてしまったことと消火栓の薬液塗れにしてしまい、申し訳ございませんでした」
「あぁ、その件か。あれはお前がどこまで出来るか確認したい意図がこちらにあった。別に謝る必要はない。お前は良く立ち回ったな。見事だった」
授業中には生徒に喝を入れるばかりで、滅多に笑うこともない紫先生がニコリと微笑んで見せる。
私はまだ『ニコニコ わくわく五車学園ライフ』をぶち壊された憤りが募っていたままであるが、今の私は見た目は子供。頭脳は大人だ。 私は許そう。だが、この笑顔がお前を許すかな!? ……なんて、某キリストのサブマシンガン乱射発言をしてみたかっただけです。はい。
こちらはニコニコ学園ライフ(約3年)、紫先生は宝物のジャージと消火栓の薬液を浴びたということで痛み分けとしておこう。紫先生の寛大な対応に感謝をしつつ、こちらも和解の意味を込めた笑顔で返す。
……でも。やっぱりぃ、私の方が損害大きくなぁい?
「それで、今日はその謝罪以外の要件で来たんだろう?」
「はい。その……お聞きしたいこととお願いしたいことがあって……」
「何でも言ってみろ、出来ることなら手伝おう」
『……ん? 今なんでもって?』と喉の奥から異臭にまみれたセリフが出てきてしまいそうになるが、今日はギャグを飛ばしに来たわけじゃないので、前世のネタ発言をぐっとこらえる。
「先生は、その……基礎能力を図る目的で戦闘を仕掛けましたが……普段の体育の授業でも、戦闘訓練などを行われていらっしゃるのでしょうか?」
「もし、“そうだ”と言ったら?」
「であれば、もし先生が面倒でなければ個人的に戦闘技術を授けて頂きたいです」
「……」
しばらくの沈黙。紫先生は赤く燃えながらもほんのり桃色が混じった瞳で私の緑色の虹彩を捉える。その表情は実に真剣な眼差しだ。
「私の指導はハードだが、その覚悟はあるのか」
「はい」
その問いかけに対しての答えに迷いはなかった。
どうも昨日の幻覚がただの幻覚には思えない。拭いきれない不安があった。私は魔術を必要最低限にしか使用しないという選択をした……。そうした場合、必然的に強くなる方法はこれしかない。……そう。筋肉だ。
最終的に落ち着いた解決策が頭対魔に……脳筋であることに残念がる者もいるかもしれないが……私にはこの五車学園の教師に助けを借りずとも科学的武器を作り出すだけの知識と技術は所有しているつもりだ。それに私がここで科学兵器を作るための知識を教えて欲しいなどと言及しても、鼻で嗤われて初歩的な知識しか教えてもらえそうにない。精々、アルコールランプを火炎瓶の替わりに使える程度の知識にしかならないだろう。火炎瓶素人め。
しかし、この学校には入学初日の一般人の女子学生に“基礎能力を図る目的”という口実のもと、戦闘を始めてしまうような
「よし、わかった。いいだろう。特別な訓練をつけてやる」
「——! ありがとうございます!」
「だが青空。まず、お前に必要なのは基礎的な体力だ。立ち回りはこの前の基礎能力試験で、それなりに機転が利くことがわかった。並大抵の不審者であれば襲われても太刀打ちできるだろう。だが魔族には立ち回りの技術だけで勝つのはまず無理だ。当然、基礎的な体力や筋力が必要な時もある。だから、ほら……」
そういって紫先生は自席から立ち上がると自身のロッカーまで歩いて行って、ロッカーからダンベルを取り出す。ダンベルにはカウンターやら様々なボタンが付いており、何回持ち上げたかわかるタイプのもののようだ。
「重さは……30、15㎏ぐらいでいいだろう。これを授業の合間で使用するように。今日の授業までには、お前用の筋トレメニューを考えておく」
「よろしくお願いします……っ」
手渡されたダンベルはずっしりと重く、片手で受け取ろうとしたそれをすぐさま両手で持ち上げる。今の私には両手で何とか持ち上げられるレベルだ。
「ダンベル上げのコツは、なるべくゆっくり動かすことだ。筋肉を意識して持ち上げろ」
「心得ました……っ!」
「…………厳しいようなら、まずは両手で昇降させてもいいからな」
「はい!」
こんなにダンベルは重かっただろうか。そんなことを思い返しながら教室に戻り、筋トレを始める。自分の身を自分で守るために。時が訪れたとき、新しい友人たちを護るために。
………
……
——3時間後———— 授業開始前のホームルーム直前
……
…
「じゃあ、またあとでな! ウォオアアアアアアア!!?!?」
「え、鹿之助ちゃん何かあったの……日葵ちゃん!!!?」
「青空さん!?」
「……おはよう……みんな……」
今日も私の教室での注目は100%を振り切りつつあります。
教室には騒めくクラスメイトと、不用意に弄った結果ダンベルからバーベルに進化したダンベルと自席で真っ白に燃え尽きた私が居たからであろう。
あれから私は『新クトゥルフ神話TRPG』を読みながら、筋トレをしていたのだが……片腕への負荷が辛く、少しばかり重量を軽くしようと勝手に設定を弄ったのだ。
結果。出来あがったのは、“重量の変わらないただ一つのバーベル”である。それ以降、15㎏のバーベルでずっと筋トレしていたのである。
「ど、どどどどうしたんだよ! まだ授業は始まってもいないし、今日の午後にも紫先生の体育があるんだぞ!!! そんな最初から飛ばしたら後半持たないぞ!?!」
「大丈夫。若いときは何でもできるから……コレ、マジだから……。明日か、夕方には筋肉痛がやってきて……明後日には治ってるから……」
……いーいーな♪ いいなー♪ 若いーって良いな♪
「日葵ちゃん、虚ろな目で歌い始めちゃったけど……これ大丈夫なの? この前の件もあるし……蛇子、すごく心配なんだけど」ヒソヒソ……
新しい世界に キラキラ未来♪
「いや……これは俺に言われたってよぉ……」ヒソヒソ……
今日は筋トレ♪ 明日は脳トレ♪ デンデン♪ ……デデンデンデデン♪ デンデンデン♪ ポァ♪
「……上原くん……?」
「な、なんだ?」
「ちょっと寝ます……。……授業になったら起こ……し……て」
「お、おう……」
「…………Zzz……」
3人の友人が見守る中、私はルルブを枕に夢の中にダイブするのだった……。
………
……
——時刻は午後。体育の授業————
……
…
半目に死んだ魚のような濁った目で紫先生の授業に出る。
「なるほど。186回か」
……完全にペース配分を見誤った。
「青空は、引き続きバーベルを持って校庭を5周ランニングだ」
「でも、先生……他のみんなのように……私もあっちの運動は……?」
現在、私を除く他のクラスメイトは、五車学園の地下に存在する広大なバーチャルシミュレーターのような施設にてハードなアスレチックの構造の舞台上で、全力での幅跳びやロッククライミングを行っている。その中には上原くんの姿もあり、彼は最後尾でなんとか食らいついている様子だ。
しかし “向こう側” でも “こちら側” が見ているのがわかるのか、こっちの様子に気が付くと高台に登り切った後に片腕で汗を拭って手を振ってくれる。こちらも、それに対して振り返す。
「……アレは青空にはまだ早い。言っただろう。お前には基礎体力が足りないと。それにそんなヘトヘトな状態で参加しても何もできないのが関の山だ」
「はぇ……」
「そして、これが今後の基礎体力向上のためのお前専用のメニューだ」
「あ……。ありがとうございます……」
「……。……相州から少しばかり事情は聞いた。近頃は、魔族が関連していると思われる不審な事件も多い。これらも必ず相州達と一緒に下校してから、このメニューを家でやるようにな」
「……! はい!」
蛇子ちゃんの優しさに口元を緩ませながら、大きな返事を返す。情けない。情けないが嬉しい。
それから一枚の金属板…タブレットが渡される。内容としては、腕立て伏せ、腹筋、スクワット、背筋上げ、ダンベルプレスをそれぞれ100回ずつと必ず開始と終了時にストレッチをやるというものだ。更にタブレットの前で筋トレをすることで、自動でカウントを入れてくれるらしい。この身体の負荷状態を考えるにはちょうど良い筋トレ内容なのかもしれない。
……それにしても、生徒に高価なタブレットをポイポイ渡して貸し出してしまうような小中高一貫の学校がいまだに “国立学校” であることが信じられない。そもそも、前世では国立の学校でそんな学校は見たことも聞いたこともない。完全な設備にしろ、機材にしろ、学生の幅にしろ……とっくに私立学校の域に達している。こんな学校、世間的に見たらこぞって学生が通学したくなるような学園であろうに……。
「おい。何をボヤボヤしている! わかったら、走り込みに行け!」
「は、はい!」
……今は、そんなことを気にする必要はないか。
さぁ、私は私で頑張ろう! 筋肉は裏切らない! ヨシッ!!!
………
……
——放課後 下校————
……
…
……この後の帰宅時は、既に身動きが取れないほどの筋肉痛によりふうま君に背負ってもらった。上原くんに私の説明書が詰まったカバンを持ってもらい蛇子ちゃんにはバーベルを持ってもらって帰ることになるのだった。
すごいなぁ……蛇子ちゃん。それを片手で、軽々と持ち上げちゃうの……? 私にはまだ無理だよ……。あっあっあっ……そんなペン回しみたいにくるくると……。
ふうま君、私をしっかりと支えて安定しているのは、筋肉痛に響かなくてすごくいいのですが……そこ…………私のお尻を鷲掴みにしてます。
上原くんは、その……がんばって。
~下校中の会話~
相州 蛇子「そういえば。朝に日葵ちゃんが歌っていたあの歌はなんて歌なの?」
日葵(神葬)「あれ……? あれですか……。『わかいっていいな』という……まぁ……とある曲の替え歌ですよ……JASRACには引っ掛からないはずです。でも……どうして?」
ふうま小太郎「青空さんはああいう民謡系を歌うタイプじゃないからな……俺も確かに気になっていた」
上原 鹿之助「それはそれとして……っ! なぁ……っ!? しばらくはTRPGルルブは家に置いて来ないか? すごい……っ重いんだけど……この鞄……! なぁっ?! これいつも持っているのか? いつも持っているのか? これぇ?!」