対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい+ 作:槍刀拳
「……今日はこんなところかしらね……」
アメリカ……今は米連と呼ばれる国家産の超旧式高機動多用途装輪車両ハンヴィーの整備もひと段落つき、物品を片付け始める。時刻としては10時37分を指していた。丁度、今から昼食を食べ始めて午後から、田舎らしい誠に残念なホームセンター 五車店に行けば6時間ぐらいは材料と工具の購入に時間をかなり使うことができるだろう。彼女も私の予定を踏まえた上で自動車整備を行ってくれたようだ。これは非常に嬉しい。
……いつかは私もこの肉体で大人になる日、18歳になる日がいずれやってくる。
その時は、この自家用車で日本の果てまで旅行するつもりだ。それに今の友人たちとの関係が続けば、彼等も誘って旅行するのも悪くはないだろう。
「……ねぇ」
「ん?」
そんな想像を膨らませニヤけている私へ、使用した物品を片付け終わらせた母親がガレージ奥から姿を現わした。
屋内に続く扉の鍵を閉めてから、レンチを片手に私の事を見据える。
「——あなたは、一体 “誰” なの?」
「……ん……? ん……っ!?」
想定も予想もしていなかった思わぬ質問に思わずたじろぐ。たじろいでしまう。
いつかは感づかれるだろうし、追求されるとも思っていた。でも今とは思ってはいなかったし、前世では私や特別な人間を除いた存在は、みんな鈍感で
「……」
「……だ、誰って…。ひ、ひまりだけど……?」
辛うじて、どもりながらも絞り出した言葉は、酷く怯えているかの様な、何とも無様な声色だった。
「嘘」
秒で看破される。
逃げることもできない。ここではぐらかして逃げてしまうのは、今後の私にとって必ず不利益が生じるし、自分が『青空 日葵』ではないことを裏付ける証拠にもなってしまう。
「……以前の日葵はそんな子じゃなかった。私の知っている日葵は、私のご飯を美味しいって言ったことはなかったし、食器を自分で片付けたこともない。ろくに家事や私の手伝いをしたこともない。自動車の整備の手伝いなんてもってのほか。新聞で株価を見るようなこともしない。人付き合いも下手で、学校ではうまくいっているような嘘をつく子だったけど……確かにあの子だった。……もう一度“だけ”優しく聞いてあげるわね。あなたは“誰”なの?」
マジかよ。新聞の下りは確かにこれからFXや株に手を出そうとしている『釘貫 神葬』の部分だけど…………マジかよ。日葵、お前……。私の転生前、お前……。そんな子だったの……? 学力と運動神経は平均以下、家では
ちょっと……。ちょっとどころじゃない、かなり。かなりの衝撃を受けたが、今は衝撃を受けている場合じゃない。母さんの……日葵の母親のレンチを握る手が力強くなっている。私に向ける表情も……——
……あぁ、この表情はよく知っている。
自分の理解の及ばない存在が目の前にいて、恐怖で怯えている顔だ。
「……だから日葵だって——」
「違うっ! あなたは日葵なんかじゃないッ!!!」
壁が揺れたように感じるほどの迫真極まる絶叫が地下をこだまする。
……ここが地下でよかった。これがリビングだったら、確実に声が外に漏れていただろう。だが、それは恐らく彼女も同じことを考えて私をここに連れてきた可能性が高い。
片目をつぶり、もう一方の片目はレンチからは決して目を離さず後頭部をかく。どう説明してこの場を切り抜けるべきか……。
彼女は、今すぐにでもその手に持っているレンチで殴りかかりに来そうな勢いで 私を問い詰め続けている。今の後頭部を掻く仕草も、
……戦闘になった場合。素人によるレンチでの殴打など〈応戦〉や〈回避〉は共に容易ではあるだろうが……。……〈応戦〉をすれば関係が完全に崩れるのは目に見えているし、〈回避〉を行えば今度は『日葵はそんな運動神経がいいわけがない』などと更に私が“別人である”という確信を深めてしまいかねない。……もう既に得物を向けられている時点で、家族関係は半壊しかけているとは思うが、私は完全に崩壊してしまうことは望んではいない。
いやいやいや、今後の人間関係を冷静に分析している場合じゃない。そう。考えろ……考えるんだ……。この状況を打開する策を……。
自己中心的な意見となってしまうが、私がせめて18歳になってこの家を出るか、株で一儲けして、この世界での年末の確定申告を1人で処理できるようになるまでは、何としてでもこの家を追い出されるわけにはいかないし、今回の一家離散の事件がきっかけで対魔忍どもに目を付けられるかもしれない。……それだけは避けなければならない。
それに外部には対魔忍やら、魔族やらが蔓延っている世界なのに財力も知識も劣っている
「ま、待ってよ……落ち着いて……」
「落ち着けるわけないでしょっ! 目の前にいる存在が日葵の姿をしているだけの怪物かもしれないのに!!! 私の……っ! 私のかわいい日葵をどこへやったのっ!!!」
「私は日葵だよ……? だから、まずはそのレンチを置いて話し合おうよ……。ね? 流石にそんなので殴られたら……私、一発で死んじゃうよ……」
……正直なところ、一撃は耐えられるだろう。でも次は耐えられない自信しかない。いくら私の説明書に『新クトゥルフ神話TRPG』116頁“ゼロ耐久力の効果”の記述——重症化せずに気絶するだけの効果があるとしても、気絶の状態でトドメの一撃を貰えばそれは“死”だ——
いや。“死” を迎えられれば まだ良い死に方なのかもしれない。意識不明の状態によっては完全な意識消失とはならず
こんな世界だ。あり得ない話ではないだろう。
「ええ、そうね。日葵だったら死んじゃうわよね……っ! でも、今、私の目前にいるのは怪物よ! そうやって油断させて、いい子を演じて! 最後は仲良く親子丼ってつもりなんでしょ! この魔族!」
「ん゙ん゙っ……」
『親子丼』というそのサイコパス級ネーミングセンスを久方ぶりに耳にして、頭の中が大草原でサバンナでサンバ☆サンバしそうだが、今嗤ったら確実に終わるるるふっ……。……終わるため、吊り上がりそうになった口角を無理やり下に引き下げ上下の唇を噛みしめて堪えた。堪えている。それから、得物を片手に殴る気マンマンで じりじりと歩み寄ってくる母親に、焦りと恐怖が混じったかのような顔を向けてじりじりと後ずさる。
「ま゙っ……ン゙……まって! 本当に待って! なんでそう思うの! これ以上はお互いに引き返せなくなっちゃうよ! せめて! せめて……! 痛恨の一撃を放ってくる前に、『私が魔族だって、そう思う理由』を教えて!」
「わかってるくせに!!! これ以上、あの子の顔で! あの子の身体で!! あの子の声で喋るのを止めろォッ!!!」
「だから、本当に私は日葵だってば!!! お母さんの方こそ本当にどうしちゃったの……っ!?」
“本当に私は日葵”と言葉を発した瞬間。チクリと胸を刺すような痛みが走る。改めて考えてみれば当然だ。仮に私が
……私は肉体を得た側……。つまり加害者側の立場に立たされているが、被害者側の親族の気持ちも本当に凄くわかる。友人が、恋人が、家族が別人にすり替わっていく、次は自分の番かもしれないという、怪物に世界が塗り替えられていく……夜も眠れぬ恐怖が迫る気持ちは。
「お母さん、お願い……やめて……お願い…………理由を……せめて理由を話して……」
「じゃあ!!! お父さんは、あなたがテロリストの籠城事件の後遺症でおかしくなっただけっていうけど! “
……“
でも、それで諦める訳にもいかなかった。今、彼女が漏らした言葉と情報から打開策を編み出し、告げる文章の組み立てを始める。
……どうか我儘で自分勝手な“私”を赦して欲しい。今は何もできないけど、いつかは“日葵”として自慢できるような娘になるから。……本当に……申し訳ない。
……それと、この世界の親父。彼女を窘めていてくれて感謝する。
「……私は……私は……っ! ……日葵……だと思う!」
「だからっ!!!!!」
「最後まで聞いてっ!!!」
「っ!」
ヒステリックには、ヒステリックな声で応戦する。
幸い、と言ってもいいのかどうか分からないが……どうやら向こう側は、こちらを信じられないし信じたくもないが『得体のしれない怪物』のような認識をしている。これは未知への恐怖だ。ならば対処法として、その未知について理由付けや理解を得てもらえば恐怖は緩和される。
何も私が海藻に覆われた、邪悪で、腐敗臭のする、刀のような鋭利な爪とホウライエソのような牙を持ったゲコゲコ鳴く半魚人として、自分が人類に対し人畜無害であるという証明をするわけではないのだ。
たまに失敗するが、この手の敵意を持った相手を宥める修羅場はそれなりに潜ってきた。原因さえわかっていれば、“相手が正気を保っている限り” 解決の糸口は必ず見つかる。
「……自分でもわからないの。私は、わたしは、多分。たぶん、日葵……。……たぶん、ね? ……あの時テロリストに撃たれて、血の海に沈んだ時に……あぁ、死ぬんだと思った時。いろいろ後悔が沸き上がってきたの。もしも“次”があるなら、もっといい子になろう。“次”ではお母さんが自慢できるような素敵な娘になろうって……。だから幸運にも目覚められたとき、過去の私と決別して 新しい私として生きようと思って……」
「……」
「それでね……――」
この部屋が静寂に包まれていなければ聞こえないような小声で、1時間かけて丁寧に、丁寧に、こちらの心境の変化を不安混じりの声色で綴っていく。最初は険しく得体のしれない怪物を見ていた彼女ではあったが少しずつ表情が和らぎ、私の普段の行動と発言を照らし合わせて納得しているような素振りが見受けられる。
そしてついに、あれだけ固く握りしめこちらに危害を加えるはずだったレンチを握る手も緩みを見せ始めた! ……今なら押し切れるだろう。
テロリストと対峙した時との〈威圧〉と〈魅惑〉を織り交ぜた〈値切り〉交渉とは違う。外見上は身内に対する時間をかけた〈説得〉だ。私の言葉は時と場合、相手によって重い言葉になることも多い。
積み重なる罪悪感に……ジクジクと胸が痛む……。だが、もうちょっと涙もろくなるようなことを言って、それで私の変化に納得してもらうほかに……現状この状況を打開できるような選択肢は追い詰められた私には見出すことはできなかった。
「心配させてしまったのなら、本当にごめんなさい。自分でもわからないけど、一度“死”を経験したことで何かしらの“スイッチ”が入っちゃったんだと思う。あれから、どんどんやりたいことも出来ちゃって。前の嫌なクラスメイトをオカルトで呪ってやるよりも、新しいことに挑戦して未来を楽しもうって気になって……。ねぇ、お母さん。私、入学初日に学校の消火栓の中身、ぶちまけちゃったけど……私。……前よりも、いい子になってるかなぁ?」
〈説得〉を試み始めてからは、後ずさるのはやめている。両手を広げ、少し悲しそうな顔をしながら敵意のない少し恥ずかしそうな朗らかな笑顔を見せて無害を主張した。
大丈夫だ、『釘貫 神葬』。 これなら……この〈説得〉なら多分 行ける。
……カラン……カランカランカラン……。
日葵の母親はレンチを握りしめるのを止めて地面に落とす。
それから激しく駆け寄ってきて、私の事を力強く抱きしめた。
「お母さんの方こそ……っ、あぁっ、なんでっ……実娘を魔族だなんて……ごめんねっ。ごめんね……っ! 日葵のそんな心境の変化にも気づいてあげられなくて……! 怖かったでしょう! 辛かったでしょう!? あぁ、ごめんなさい!! ごめんなさいっ!」
決まった。決着。
そんなムードではないことはわかっている。わかっているが、ここで私の内に存在する率直な感情も聞いて欲しい。
ッシァッ!!! オルァアアアアア!!! やったぁあぁああ!
あぶねぇええええっ!!! 人生最大の分岐点を何とか乗り切ったぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙!!!
第Episode14部 完ンンンッ!!! コロンビアァアアア!!! ……はい。
「まって、お母さん苦し……っ」
「ごめんね。本当に、ごめんね……。私は……日葵、あなたが病院で入院したときから、魔族の何者かが外見だけ真似したようにしか思えなくって……」
あ、うん……。えっと……そんな前から、私の事を怪しいと思ってたんだ……。その推理、魔族であることを除けば、すべて合っているんだけど。……本当に申し訳ない……。……今、その娘さんの肉体に転生しています。娘さんがどうなったのか、それは私にもわからない。聞こうとしたのだけど……脅迫されて聞けなかったし……。もっと、あの時どうせ死んでいるんだから、追求すればよかったよね……でも拷問は嫌で……怖くて。……その……肉体を貰ったこと……悪いと思っています……胸が痛い。……ごめんなさい……。
「……ぅん……うん……。お母さん、“私こそごめんなさい”」
「いいのよ。いいの。あなたが謝ることじゃないわ……いいのよ」
「……」
強く抱きしめられ、こちらを落ち着かせるように後頭部を優しく撫でられる。互いの顔が見えない今だからこそ、やるせない表情をそのまま表情としてあらわすことができた。
盛大に喜んだ反面、最悪で強烈な後味の悪さに反吐が出そうになる。……私はその原因である当事者なんだから、当然の報いではあるのだが、彼女の母親が真相に感づいたとき……私は彼女になんて言葉を掛ければいいのだろうか。
………
……
…
あれから、30分。母親は私の胸を抱きしめながらすすり泣いている。そろそろ離して欲しいのだが、頼めば聞いてくれるだろうか?
「あの……お母さん? ……そろそろ……」
「えぇ。でもね、日葵」
「……ん?」
「さっき『学校の消火栓の中身、ぶちまけちゃった』って言った?」
…………。
……あ。
これは余計なこと言った。しっかりと抱き着いた腕が、私を離さないし、私の力では この腕から逃れられない。
「それって、いつの事?」
「……い、に、2週間前の出来事かなぁ……?」
「……その日って、日葵が初めて新しい学校に登校して、やけに隣市から応援が来るほどの消防車が走った日じゃなかった?」
「……たぶん」
「……」
「……」
嫌な沈黙。
どうやら母さんは、あれだけ派手にやらかし、短気でデブでハゲな図書委員にも伝わっていた話である体育館の非常ベルを片っ端から作動させて、消火栓をぶちまけ紫先生を巻き込んだことを知らなかったようだ。
うるませていた瞳を拭ったかと思うと、今度は私のようなジト目に早変わりしていく。この目、母親の遺伝なのかもしれない。
そんな別の要件で緊迫した地下空間で、私のスマホが鳴った。私はそんな突然の助け船にポケットに手を入れて相手を確認する。表示名は上原くんだ。一瞬緩んだ拘束を振りほどいて電話に出た。
「はぁーい?」
『よぉ、青空さん。俺だ』
「あ、上原くん。どうしたの? ちょっと ママン 学校の大切な“初めての”友達だからTELだから離して」
「……」
『あれから筋肉痛の調子はどうだ? もう動けるようにはなったか?』
「おかげさまで。絶好調だよ! 昨日はごめんね、皆に下校を手伝ってもらっちゃって……」
『まったく……一時はどうなるかとおもったぜ? でも、気にすんなよ! 俺達、友達じゃん!』
「……ありがとう」
『それで突然なんだけどさ……明日って暇?』
「……うん! ヒマだよ!」
『じゃあ、さ! ふうまと蛇子の奴、明日 隣市のまえさき市に遊びに行くんだけど、青空さん……どうかなって、言っててさ。あ、でも、青空さんが良ければ俺も一緒に行きたいんだけど、ついていっても良いか……?』
「もちろん! 私的には、上原くんが居てくれた方がもっとより楽しいし、いろいろ教えてもらいたいから一緒に来てよ!」
『やった…!!!! んじゃ、明日 五車駅に7時55分に集合な!』
「うん、わかった!」
母親の腕を振りほどき、電話の間にダッシュで自室に逃げ込む。もう逃げてもいいはずだ。
途中までぴったりと背後霊のようにくっついてきたが、あくまでも部屋の前までの話であって部屋の中には入ってくることはなかった。
携帯電話を切り、部屋の外へ〈聞き耳〉を立てる。どうやら、階下で固定電話で何処かに電話を掛けているようだった。
……二度の波乱を切り抜け、テレビの雑音から聞こえるニュースで足音を消し、こっそり昼食を冷蔵庫から盗み出すと リュックサックに詰めて、自宅の窓から脱出しホームセンターへ向かうのだった。
~あとがき~
今回のお話は、作者個人的な性癖のお話です。
以前から、転生はともかくとして転移系のお話や漫画で中身の人物が入れ替わったにも関わらず、親や親族にあたる人物が変貌したその存在に対して、何も指摘しないことに違和感をずっと感じておりまして。「いやいやいやいや、愛する我が子が入れ替わってるんだぞ。その反応はおかしいだろ! それに“前の人物”を何も知らないのに大まかな情報だけで
この性癖のお仲間が居たら、作者は嬉しいです。