対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい+ 作:槍刀拳
まずは下手に刺激しないよう、丁寧な日本語を使いながら穏便にこの場を脱出することを目指す。
ここで時間を取られて “上原くんに何かが起きてから” では遅いのだ。正面の相手は人語の通じる、“今は” 中立的な立場にいる『グレート・オールド・ワンだと思って接しろ』と自分に言い聞かせる。……こちらを見下しているような態度が癪に障るが、攻撃を仕掛けるのは相手側がこちらに明確な害意を見せてからでよい。そう考えて。
なに、不意打ちを仕掛ける準備は既にできているのだ。最初の先制攻撃は私が取る。
「フフっ♪ ……もう鬼ごっこはおしまいなの?」
「——はい。このまま続けても、私がジリ貧になると思いましたので。……お付き合いいただきありがとうございました。こちらも気持ちの整理が付きましたので、誠に勝手な御申出ではあると認知しておりますが、お話を始めて頂いてもかまいません」
「もちろん♪ そっちがその気なら私は合わせてあげるわ♪」
「——ありがとうございます」
「さて……と。まずは何からお話しましょうか……♪」
「……特に話題を決めていらっしゃられないようでしたら、まずこちらから話題を振らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん? もちろん、いいわよ♪ ……なぁに?」
「単刀直入にお尋ねします。あなたは……高位魔族と呼ばれるナーガ族の方ですか?」
「あら……っ! まだ中学生ぐらいなのに、ちゃんとお勉強しているのね~! 真面目な子♪ 偉いわぁ~♪」
彼女はこちら側の質問を想定していなかったのか、驚いたように蛇目の状態から虹彩部分を丸くさせた後。まるで姪っ子の頭を撫でるように気安く腕を伸ばしてくる。だが、こちらも身体を仰け反らせその手を空に切らせる。
ここで頭を撫でさせて気分を損ねないようにさせるのは重要な事ではあったが、先ほど盛大に弾けた静電気が私に対して……“彼女に身体を触れられることに関して”何か嫌な予感を警告していたようにも感じたからだ。
「——あらあら……♪ 頭を撫でられるのは……嫌い?」
「撫でられるのが嫌い……というよりも、初対面の相手にこちらのパーソナルスペースを侵害されたくないだけです。……えっと。それで、質問には答えては頂けない・または答えづらいような内容でしたでしょうか?」
「いいえ♪ そんなことはないわよ♪ あなたが予想している通り、私は“高位魔族のナーガ族”に属する1人で間違いないわ♪ 名前はスネークレディっていうの♪ よろしくねぇ♪」
「日本語訳で“蛇子ちゃん”ですね?」
「だから最初に出会った時から『そうだ』って言ったでしょ? ……そういうあなたはなんてお名前なの? かわいこちゃん♪」
「……ゼラト。
私の回答に彼女は一瞬目を丸くし、下瞼を持ち上げて目を細める。肩を竦ませて小ばかにしたような、それか正気じゃないものを見るような目つきで鼻で嗤った。だが、どうせスネークレディも本名じゃないのでしょう? だったら、私の偽名も彼女と同じ対応に過ぎない。
完全に彼女はこちらを見下していた。私は前世から見下してくる上位者は、それが神だろうが、人外だろうが一発嚙みついて痛い目を見せてやらなきゃ腹の虫がおさまらない質だ。だが、今日は
第一、ここで『青空 日葵』という偽本名を出して五車町まで付きまとわれても困る。『
……。いや……でも、なんだか…………厨二病っぽいネーミングセンスになっちゃったな?
でも
「……あなたって無謀者とか、死に急ぎ野郎って呼ばれたことはないかしら?」
「癪に障ったようでしたら謝ります。申し訳ございません。……ですがそうお話される蛇子ちゃんも、その名前は本名では無いのではございませんか? ここは“お互い様”ということで矛を収めて頂けますと助かるのですが……」
「世間知らずなお嬢ちゃん。あなたはイマイチ“自分の立場”ってものをわかってないんじゃなぁい?」
そういって彼女は頬杖を突いている腕とは反対の手で『パチンッ』と指を鳴らす。その音と共に出入り口側から全身緑尽くめで手には棍棒を持ったでっぷりとビル樽腹の太った肉の塊がその姿を現わした。こちらを その膿のような塊で覆われた黒目のない眼球で凝視してくる。
……よぉ、前世でのヨミハラぶりだな! カルティストのクソオークども……! お前等、この世界で地位を持った暁には一匹残らず屠殺工場行きにして民族浄化してやるから覚悟してろよッ!
「あら♪ 萎縮させるために見せたのに……そんな殺気立たないで♪ オークは嫌い?」
「えぇ。力さえあればミキサー内に放り込みたいぐらいには」
「ウフフフ♪ 素直ねぇ。じゃあ、特別に教えてあげる。スネークレディっていうのはね? 私の数あるうちの一つの名前にしか過ぎないのよ。……決して偽名なんかじゃない。それで? この話をここまで聞いたゼラトシーカーちゃん。あなたの本当の名前を教えてはくれないのかしらぁ?」
「ええ。残念ながら。どうやら、私たちは似ているようです。私も、この『ゼラトシーカー』というのは数あるうちの1つの名前でございまして、これもまた私の名前でございます」
「……この状況でそれを言う? ……度胸があるんだか、状況を理解できないお馬鹿さんなのか……。生意気ね。すべてを奪ってあげたくなるわぁ♪ ……でも、気に入ったのも事実♪ 今日のところはゼラトシーカーちゃんで満足してあげる♪」
「寛大なお言葉……恐縮でございます」
許すような口ぶりだが、彼女の光彩は形を変えてより鋭利になった蛇目になった素敵な笑顔が私に向けられた。もちろん、こちらも何も気が付いていないかのような一端の小娘のような愛想笑いで迎撃する。
……そしてここで、ふと閃いてしまった。『ゼラトシーカー』だなんて名乗らずに、前世の親友。巴ちゃんの『
「本題に戻りましょう。私からお聞きしたいことは、あなたのお名前と種族以外に現状はございません。……ですが、そちらはまだ何かあるのではないですか?」
「そうよ♪ これをあなたに渡しておこうと思って♪」
座ったままの彼女から一枚の黒を基調とした名刺が片手で差し出される。名刺には何か文字が書かれており、それは桃色の文字で……〈日本語〉で書かれている。
名刺を受け取った瞬間に腕を掴まれないように、と細心の注意を払いながら相手に失礼に当たらないよう立ち上がり、一礼をしながら両手で名刺の端を掴み受け取ってから座った。受け取った名刺には蛇子ちゃんが店で使用している源氏名と、電話番号が書かれていることが最低限見て取れた。
「……」
「さっきは連絡先を交換する目的で店へ誘ったのだけど、断られちゃったからね♪ だから渡し損ねちゃった名刺を渡しに来たの♪ これが私の携帯電話番号♪ ——充電し終えているなら、登録して“今”電話して来て頂戴? あなたのその本を解読したいのなら、“親友”と予定をすり合わせないといけないからね♪」
こっちのスマホの電源が切れているという嘘は見抜かれているようだった。彼女はニコニコと微笑みながら足を組んで私のポケットに指を指す。
仕方なくポケットからスマホを取り出して、机の下で名刺に記載されている電話番号に
「……あら? これ、非通知じゃない。これじゃあ、あなたの電話番号がわからないわよ……?」
「あれ? 故障でしょうか? こちらは普通にお掛けしたのですが……。おかしいですね。ですが、こちらとしましては電話番号の方は把握致しました。また時間が出来たときにお電話させて頂こうと思います。他にお話ししたいことはございますか? 今、友人からメールが来まして魔族が休憩所の入り口を塞いでいて入れないから別の場所に集合という連絡が入りまして……そろそろお暇させて頂きたいのですが」
「……そうなの♪ それは大変ねぇ……。だけど、私はこれっぽっちのお話じゃ物足りないのよねぇ……♪」
彼女は余裕そうに前傾姿勢になりながら、両手で頬杖を突いて足を組むのを止めてニタァ……と口元を口裂け女のように笑顔で歪ませる。
……面倒なことになってしまった。確かにこの状況に陥ったのは、少し小生意気な反応を返した私にも要因はあるだろうが、とてもじゃないが最初から逃がしてくれる雰囲気でもなかった。仕方がない。斯くなる上は————ここは大人しく本を渡して引き下がってもらおう。
「や、やめてください……ぼ、暴力は嫌いです……。も、もしかして……今回 もう一度会いに来たのは、連絡先の交換じゃなくて、あの本が目当てだったりしますか? ほ、欲しいのであれば、差し上げます! だ、だから暴力はやめて……!」
「今更そんな演技をしたってダメよ♪ さっきまでの威勢はどうしたの? いくら何でもその代わり身は
「すみません! 虚勢張ってました! 無理です! 小娘がナーガ族に勝てるわけがないでしょう?!」
「嘘つきね♪ それにしては目の奥が闘志で燃えて揺らめいているように見えるわぁ♪ それに……そんな本はいらぁなぁい♪ それ“写本”でしょ? 私が欲しいのは、“本物”の在処と……。……そうねぇ、勇ましいけどかわいい悲鳴で鳴いてくれそうな……ゼラトシーカーちゃん♡ あなたが欲しいわぁ♡♡♡」
震えた手でリュックサックから本を取り出そうとする私に、彼女は目だけが笑っていない表情ですべてを見抜いているかのような口ぶりで目的を暴露する。
……チッ。この本だけは転生した直前から開いていた本ということもあって、唯一『青空 日葵』のオカルト本で即座に収納をせずに残していた一部の書物だったのだが……。
……結構な自信作だったんだけどなぁ……。でも、この女はどうしてこれが写本だと見抜けた? 有り余る入院生活の間に本の質も、文字体も可能な限り近づけて〈製作〉したはずだ。もしかすると“本物”の存在がどんなものかを本当は知っているんじゃないか? 写本であることをあえてバラすなんて、相手は絶対にこちらを逃がす気などないのではないか? ……色々と思うことはある。だがひとまずは、この場所から脱することが先決だ。
それに目的が私自身というのは一番厄介なパターンでもある。……この手の邪神は追い払うなり、八尺様や
でも、こんな絶世の美女に『あなたが欲しい』だなんて愛の告白をされることは、ノンケでも心臓がときめく程に嬉しい言葉であることには違いはなかった。……彼女が悪意の詰まっていないグレート・オールド・ワン級に属する高位魔族じゃなければ、私達は良い友達になれたかもしれない。
——だが、残念だが現実はそうはならなかった。……彼女の言葉を前世の言葉で翻訳すると『
……そう考えると嬉しくねぇなぁ。
まぁ、女の言う“かわいい”は男と違って、汎用性が広すぎる意味合いが詰まっているし、ここで彼女に捕まっても周囲にオークが同伴していることから、絶対碌でもない最低な未来しかみえない。
ヨシッ! ここはひとつ大きな騒ぎを起こして、対魔忍に目を付けてもらおう。いくらか私にも彼女達から注目を浴びてしまうことになるが、ここでこの魔族の女に拉致監禁されるよりは天秤にかけても雲泥の差でマシな方は対魔忍だ。……ただ、2つ問題を上げるとするならば、私は対魔忍と接触する方法を知らないこと、対魔忍は到着が遅いことが最大級のネックだ。
……まぁ、結局のところ……この局面。半分ぐらい人生を詰んでいる。
しかし、このまま大人しく捕まるのは私が癪に障るので、せめて一矢報いてから捕まってやるつもりだ。震えた様子を見せながらも……机の支柱に掛けた足へ力が入る。
~♪~♪♪
その時。この殺伐とした空間に似つかわしくない着メロが流れ始める。
……この可愛い唯一無二のメロディ設定は上原くんからだ。よかった。電話を掛けて来られるというということは、まだ彼には魔の手は差し迫っていない。……あるいは正面の面倒な連中に捕まっていないようだ。あのクソオークどもが彼を捕縛してこちらを脅迫しに来る線も考えられるが、蛇子ちゃんの様子から鑑みればその確率は非常に低いだろう。
とにかく、彼が無事ならこのショッピングモールから離れてもらって、人の目が大勢ある『まえさき駅』に逃げるよう促さなければ……。
不意打ちによる先制攻撃を仕掛けてやろうと意気込んでいたにもかかわらず、締まらない状況の発生による恥ずかしさで唇を噛みしめつつ、正面の蛇子ちゃんに『少し待って』と人差し指を立てたジェスチャーを送って、目尻を下げて今にも泣きそうな顔でお願いをしてみる。
……話が分かるタイプではあるらしい。……それとも本当に気に入られてしまったのか。はたまた強者ゆえの余裕か。仮に私が助けを呼んでも、それまでには捕まえられるぐらいに思っているのだろう。……随分と舐められたものだ。
こちらが通話に出ると、彼女はあくびのような溜息のような息をこちらに向けて吹きかけようとしてきたため、こちらとしてはひとまず露骨に嫌そうな顔をして席を立って距離を取った。くっついて電話の内容を盗み聞きをしようとして来ない分、高位魔族でも最低限のデリカシーは持ち合わせているらしい。
「……はいお世話になっています~。いつもイアイア這い寄る狂宴。ゼラトシーカーちゃんです~。お電話番号にお間違いはございません。ご用件をどうぞ?」
『はぁ……っ! はぁ……っ!? えっと……青空さん!?』
「あぁ!
『な、何言ってるのか分からないんだけど、い、いま、それどころじゃなくて……! 早くそこから逃げてっ! このショッピングモールは……っ!!! あの茶色のケモミミは……! ……うわっ! やめろっ! 離せっ!!! 離せよっ! 離せぇええええええっ!!!!』
「……My friend? My best friend!? Hey?! My honey!?!?」
電話越しから、これからこの休憩所で発生する未来を予見しているかのような乱闘音。
遠くの方から上原くんの必死の抵抗音と叫び声、口元を抑えられぐぐもった悲鳴、ガムテープを引きはがすような音、何かの《呪文》のようなおどろおどろしい声、その電話が掛けられている周囲からは不気味で異様なほど環境音が聞こえてこな……いや、微かに何か聞こえた。少しでも情報を集めるため、蛇子ちゃんを警戒していた脳のリソースを全てそちらに注ぎ込む。〈聞き耳〉を立て、全神経を電話の受話口へと集中させる。……この微かに聞こえてくる音は……店員呼び出しの館内放送だ。『ニトロ』の家具コーナーの呼び出し音が聞こえる。それと男子トイレの自動洗浄水の流れる音と、奥から搬入口が締まるような……。
ここで視線の端に映る両指を組んで腕を上げながらゆっくりと伸びをしている蛇子ちゃんにも聞こえてしまうほどの音量で、スマホが思いっきり踏みつぶされる異音が鼓膜をつんざき電話が切れる音に切り替わった。