対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい+ 作:槍刀拳
「~~~~グア」
「……!」
倉庫での探索と調査を終え、ダストシュートに人の死骸を放り込む程度には異常事態が発生しているこのショッピングモール内で次の部屋を目指す。
次は、従業員通路の突き当りに存在する従業員用休憩室だ。扉の前に立った時、室内からは何者かのくぐもった声が聞こえ、言い知れぬ違和感を覚え瞬間的に身構える。
この部屋の扉の前に来た瞬間に、倉庫とは異なる身震いしてしまうようなチリチリと皮膚が炎で炙られた火傷のような違和感があった。何かこの部屋からは嫌な気配を感じたのと同時に、念仏のようだが念仏より早まきしている念仏が その違和感を煽り立ててくる。おどろおどろしい声。何か《呪文》のようなもの。携帯電話越しに微かに聞こえてきたあの声のようだった。
〈聞き耳〉を立て、更に細部の部屋の様子を探る。
【ウガァ、クトゥン、ユフ】の大合唱の中、さらにその奥。最深部にあたる位置から、聞き取れないようなモゴモゴとした発語だが、いつ息継ぎを行っているかもわからないような声で永い詠唱を続けている大合唱とは別の言葉を呟く男の声が聞こえた。
それに、その詠唱呪文のそばから上原くんが身をよじって拘束を解こうとする音、うめき声が聞こえてくる。
間違いない。彼はここに居て、何か良からぬことに巻き込まれている……!
扉を乱暴に蹴り破って押し入りたい気持ちや、『開けろ!デトロイト市警だ!』宣言を行って扉を吹き飛ばしたい気持ちを飲み込んで、そっとわずかに扉を開けて内部の様子と、室内の空間の大きさを測る。
……室内は異様だった。
窓一つのない異様な部屋には電気が灯っておらず、蠟燭使用のランタン光だけがぼんやりと足元を照らしている。室内には家具らしい家具はすべて撤去されており、代わりにペンキにしては赤黒くてところどころ塗料が足りなかったかのようにかすれた線を引き出すような塗装液を用いて円型の魔法陣が描かれている。円型の魔法陣の内部にはまえさき駅前で見たケモミミフード付きのローブを纏った人間が16人。円陣を組んで「ウガァ・クトゥン・ユフ」と合唱しながら詠唱に合わせて左右にユラユラとメトロノームがリズムを刻むように一定の感覚で揺らめき、左右に上半身を動かしている。
……えらいぞ私。ここで
「ダ ズマ エルマエ ウガァ=クトゥン=ユフ クトゥア トゥルグブ ルフブ=グスグ ルフ トクグル=ヤ ウガァ=クトゥン=ユフ クトゥルグブ ルフブ=グスグ トゥルグブ ルフブ=グル=ヤ ダズマエ イルゴス ダルヴァ……——」
「ぅんむぅ……むぅふっ……!」
その奥。台座のような白く塗装されたコンクリートの上、鉄棒での姿勢の1つである豚の丸焼きのような姿勢で、ガムテープを用いて手足指先までミトン状に拘束された……両目にいっぱいの涙を浮かべ、口には猿轡をされた全裸の状態の上原くんを発見する。あの男子高校生、すけべ過ぎないだろうか……?!
——違う。今はそんなことを考えている場合ではない。
その白い塗装が施されたコンクリートの台座の周囲には装飾品として肉片がこびりついた頭蓋骨が数個並べられ、台座は次亜塩素酸ナトリウム臭のするフレンチドレッシングのような白い粘性の液体と黄色の液体が振りかけられていた。やはり、スケベだ……!
そしてその台座の奥で、このカルト教団の教祖らしき男が両手に波状の刃を持つナイフを片手に本を読み上げている。ナイフの位置から、直下にあたるのは……上原くんのへそ付近。つまり腹部。詠唱終了と共にそこに突き立てられるのだろう。あの場所なら、犠牲者を即死させることなく何度も突き刺して反応を弄ぶことが出来る。最高のショーになるのは間違いない。えっちだっ!
「イア イア グノス=ユタッガ=ハ イア イア……!」
だが詠唱を繰り返す彼等は焦点が定まらないような虚ろな目をしていて……。……あれはとても正気の人間の目ではなかった。典型的な邪神崇拝しているカルティストの瞳だ。私が殺してよい人種の目をしている。そうだ。カルティストだ。殺さなければ。
………
……
…
リュックサックを下ろし、何か
……骨が折れるどころの騒ぎではない。理論上では可能だが、無理だ。現実的には、皆殺しに出来ない。それにこんなカルティストどもだ。ある程度 殺しにも慣れているだろう。テロリストの人間と同じように人質も取ってくるだろう。頭数もあるのだから、応援を呼ぶために逃げるものもいるだろう。
————カルティストは逃がしてはいけない。その場で1匹残らず
もっと別の方法を考えなくては……。
次に考えたことは、塩素系漂白剤と酸性タイプの洗浄剤を混ぜ合わせて塩素ガスでゴキブリの如く一毛打尽にする方法だ。奴らをガス室送りにして、出口に殺到し ドアストッパーと私の工具セットを使って固定した、強固なチェーンで開かない扉を爪が剥がれるまで必死に叩き引き剥がそうとする獲物の姿を扉の前で椅子に座って紅茶を啜りながら優雅に眺める。
……自身の崇める邪神を投げ出して必死に生に縋る
他には……室内には蝋燭と火を使ったランタンがあった。
幸いにも近くには食品スーパー『ナガト』がある。
安易な火炎瓶……は
愚直でその後のことを何も考えてないプランだ。仮に上原くんをこのプランで助け出すことができたとする。逃走ルートには、まだ14匹の元気なカルティストが残る。彼を連れて急ぎ足で逃走するも、焦っている状態で足元が疎かになって滑る。私が燃えるだけなら、展開としてまだ可愛いものだが……。上原くんが燃え上がるのは本末転倒だ。
第一、現代の瓶は多少の衝撃では割れにく過ぎる。即席の火炎瓶の効果など、せいぜい一瞬の隙を作ることができる程度の効果しかない。
それに非常ベルの配線を切っているような連中だ。炎が燃え上がったとして……第三者の注目を集めるための火災報知器が正常に作動する保証なんてどこにある? 何本も一気に投げつけるとしても限度がある。殲滅しようと投げまくったとして、カルティストどもが保身のため上原くんを人質に取る未来は容易に想像ができてしまう。そんな展開を迎えてしまえば……私は恐らくカルティストを燃やすことができない。
もっと広範囲かつ、しっかり確実に
それに要救助対象の上原くんに火傷でも負わせたら、それこそ見境なく人を襲う獣同一のカルティストと変わらない。
あぁ……♡ でも、手足をガムテープで拘束されて炎に追い詰められて、泣きべそをかきながら炎に巻かれてやけどで悶え苦しむ上原くんも、皮膚が焼け焦げる臭いも……きっと官能的な絶頂が出来るほどにかわいいのだろうな……。
——違う。彼は友達だ。可愛いからって燃やしてはいけない。燃やしていいのは、私や友人に危害を加えるような奴と神話生物とカルティスト、カルティストの居住地。カルティストの家族、ンカイの森、それと異教徒と
……もっと落ち着いて冷静に、正気になるべきだ。
奴等は
……殺してよいのはカルティストだけ。 殺してよいのは
よし。他に使えそうなものと言えば……茶色のケモミミフードローブぐらいなものだが……これは使えない。……やっぱりだめだ。
これは衣服を喪失した上原くんにそっと着せてあげるんだ♥ 全裸に、ローブ、最高にえっちじゃん。ドスケベじゃん♥♥ あぁ、今 最高に煩悩が……♥
今は救助に集中しなければいけないのに、祭壇の上の彼が私の煩悩を刺激する。“蛇子ちゃん”に砲丸投げをされたときに強打したせいか、鼻から遅延性の鼻血が噴き出す。えっちじゃん❤
やめろ、私の悪魔。今、ここで彼の命が
……いいだろう。完璧で平和的な天使の停戦協定に私と私の悪魔が同意した。行ける。
カルティスト殺すべし。慈悲は不要だ。
これ以上、煩悩が暴走しないように自身に暗示をかける。
殺してよいのはカルティストだけ。
……上原くんが炎に巻かれて、窒息して、腹を裂かれて、はらわたを引きずり出されて、はらわたで首を絞められて、艶めかしい手足が細かく震えて、悶え苦しむ姿を妄想することは帰宅中でもできる。そう。口に出さず妄想するだけならセーフだ。これは誰もがヤること。私以外だってヤること。だから、これはセーフ。だから、今はカルティストだけを殺す方法を考えなければ。そうだ。殺す方法。
《呪文》の詠唱のフレーズもまだ中盤が終わった所だ。
上原くんを処刑する方法や
観察して気が付いたことがある。詠唱がなかなか終わらない理由の1つの要因として、先ほどから
もしや、あいつ等……失敗しようが何があろうとも鉄の意志で太古の夜の父/偉大な旧き這うものを招来しようとしている……?
でも、この世界では……クトゥルフ神話はラヴクラフトの“創造物”で……。でも決めつけはまずい。私だって
上原くんがえっちな目に遭うとかの騒ぎじゃない。捕食はえっちだが、丸呑みがえっちなだけで、とある寺の僧たちに降りかかった惨劇を目撃した上で言えることは、咀嚼はそこまでえっちじゃない。
口の中で肉団子のようにこねられて、歯の隙間から見える 皮膚から突き出た砕けた骨と、裂けた皮膚から飛び出た内臓が、滲み出る薄汚い白濁した涎と混ぜ合わされてイチゴシュークリームのような色になった人間の成れの果ては顔をそむけたくなる程度には悲惨で身震いするような光景だった。
……少し上原くんを傷つけてしまうリスキーな手ではあるが、現状 自分の周囲にあるもので構築した作戦は1つしかなかった。
彼には無傷のままで居て欲しいと心の奥底から願うことだが、私にはこれ以上の17匹の異教徒を1人で殲滅する方法だなんて “あの作戦” しか思いつかない。……彼もまた同じ紫先生から戦闘訓練を学んでいる。この作戦を遂行するにあたって、ブリーフィングができない以上——こればかりは彼の反射神経に賭けるしかない。
即座に真顔のまま鼻孔内へ詰まった巨大ナメクジのようにも見える血の塊を、鼻をかむ要領で除去し滴る血液を拭う。それから先ほど回収した従業員用の服装に着替え、マスクを付けて鼻から下が真っ赤に染まった顔を隠した。筆記用具とまえさき市に向かう道中に使用した新クトゥルフ神話TRPGの白紙のキャラシートを取り出し、その裏面を使って計算式を立て始める。
計算式を使用する場面なんぞ、私がクトゥルフ神話TRPG(6版)を布教した病院メンバーにしかわからないだろう。『CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』(62頁)“負傷のスポット・ルール《爆発》”の項目だ。
上原くんをまとめて吹き飛ばさないためにも、爆発物の威力は慎重に計算しなくてはならない。彼はあんなに小柄でひ弱な体つきなのだ。直撃すれば十中八九、若くてツヤツヤしたハリのある四肢と健康的な内臓が千切れ飛んで死ぬ。でも、まったりと安全な火力計算をしている余裕はない。
復活すれば、上原くんは真っ先に死んでしまう。蛇子ちゃんやふうま君だって例外じゃない。みんな死ぬ。グンマーが終焉を迎える。あの
あぁ……クソ!クソクソクソッ!!!クソがっ!この短時間で煩悩に花を咲かせたり、殺意を沸かせたり、怒りを露わにするだなんて、情緒不安定か私は!
……クソがッ!ふざけんな!目頭に熱いものが溜ってくる。駄目だ!今は我慢しろ…!それは世界終焉してからでもできる!まずは邪悪な異教徒どもを殺すんだろ!クソッタレ!
私はもっと平和的に生きたいだけなのに。そのために対魔忍の世界に転生したって言うのに!人の人生と肉体を奪ってまで転移してきたのにッ!どうしてだ!?私は平穏に一般人として暮らしたいだけなのにッ! 本当にふざけた
……だから、生きているかぎり
……何度だって日本を。平穏を。友人を守ってやるッ! やることは前世とそう変わりない。
一定の確率で訪れる最悪な未来から世界を護るためにまたやってやるッ!
………
……
…
「……できた。奥行約8m×幅約6m×高さ約2.5m=約120㎥の空間の適切な爆発物(影響範囲1m)の計算式。爆弾の必要数は6つ。6つなら調達できるし……36秒……40秒……。 『CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』153頁“当然の推論”も併用すれば……。起爆まで-8秒、宣言3秒、設置2秒、即死範囲起爆地点から半径3m圏内……退避時間3秒……調合もできる。大丈夫。遮蔽物さえうまく機能すれば、きっとうまく行く」
不安定な精神を宥めながら目尻から零れ落ちたものをぬぐい、扉の先の祭壇に掲げられた
それから計算式を片手に。短時間で必要材料を集めるため、従業員休憩室の連中から気づかれないよう足早にその場を去った。
………
……
…
~あとがき~
『CALL of CTHULHU クトゥルフ神話TRPG』の爆発物はやべぇぞ。
使ってみな。(人が)飛ぶぞ。(2番煎じ)
7版では下方修正されていましたね。6版の爆発影響範囲が広がるのは、簡易爆薬でも使い方によって市町村が滅ぶ。
作者はC4を推してますが、