対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい+   作:槍刀拳

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Episode-Inside4-2+ 『倉庫調査』

 俺達を乗せた車両(クラウン)は、立ち入り禁止と印刷された黄色のビニールテープを潜り抜ける。そのまま水色のブルーシートで覆われ内部の様子が一切分からない倉庫手前の搬入口まで進んでいく。

 車両に搭乗したまま立ち入り禁止線より内部へと入って行ったのは、おそらく彼は現場周囲の状況を見てからの判断した行動だったのだろう。

 現在、俺たちが乗っている車両のガラス窓には黒のフィルムと、後部座席の窓にはカーテンが取り付けられており、外部から内部の様子は見えないものだったが、内部からはひそかに外部の様子が見ることができた。

 ……立ち入り禁止線の周囲には、現場の情報を発信しようとするマスコミの姿があった。他にニュースもなく、話題として取り上げられるような内容も無いのだろう。そんな報道陣が集まる場所へ、俺達のような無関係そうな若い学生が、事件現場に入って行けば彼等は確実にそれを映し報道するに違いない。マスコミに関しては、俺たち対魔忍と通じている政府関係者によって情報統制させることで、いくらか俺たちがこの場所に立ち入ったことをもみ消せるとしても……ゴシップ記事や週刊誌、興味本位でこの場に訪れている野次馬達の写真はそう簡単には制限することはできない。それにきっとあの野次馬の中には、人間の姿の魔族が混じって情報収集をしている可能性だって考えられる。

 ……彼の判断は、そういうことを見通したうえでの措置だと思われる。

 車はブルーシートで囲われ 上空で飛び回るヘリからも俺達を映さない場所。倉庫の搬入口前で停止する。

 

「よし。ここならフラッシュを浴びせられることもないだろう。もう降りても大丈夫だ」

「ありがとうございます」

「ありがとうござ——うっ!?

 

 それは、青空さんの父親が素早く降りて蛇子側の扉を開けたときの出来事だった。唐突に蛇子が眉を潜めて、口を抑え今にも吐き出してしまいそうな苦しそうな表情をする。

 

「っ! 大丈夫か?! 俺の運転が荒いせいで乗り物酔いをさせてしまっただろうか……? そうだとすれば申し訳ない!」

「すみません……のりものよいとかじゃなくて……ちょっと気分が……」

「そう……か? ……もしよければ、これを使うといい」

「ありがとうございます……でも大丈夫です……うっぷ

 

 彼女の反応に青空さんの父親も、一瞬だがやってしまったか……? というような反省するような失敗に悔やむような表情を見せたが、即座に車のダッシュボード内から未使用のタオルを取り出して蛇子に差し出す。しかし蛇子は苦い顔のまま やんわりと受け取ることを拒否して、代わりに自分のハンカチを小物入れから取り出して口に当ててから車外へ出て来て俺を待った。

 俺も警戒しながら車外には出たが、蛇子のように気分が悪くなった……ということはなく今のところは至って平然を保つことができている。流石につい先ほどまで、青空さんの父親と世間話でケラケラと笑っていた蛇子が突発的に様子がおかしくなったことに対して、俺は彼女が心配で声をかけた。

 

「どうしたんだ? 唐突に気持ち悪そうな顔をして……」

ぅぅ……。……ここ、すごい死臭がしたの」

「死臭……か?」

……うぅん……正確には死臭じゃない…………のかも。炎天下に人が腐るような臭いに混じって……。いままでに嗅いだことのないような……初めてのにおいなんだけど……腐ったヘドロと苔が混ざったような……嗅いだ瞬間に全身の毛穴が膨れあがっちゃうようなトリハダになっちゃって……今すぐここから逃げなきゃいけないって思っちゃうような猛烈なひどい匂い」

 

 蛇子は今にも吐きそうな顔をしながら、その身体の全体を振るわせるかのようなしゃっくりのようにヒックヒックと軽くえずいている。

 俺も深く呼吸するように鼻をひくつかせて、この倉庫から漂うにおいを察知しようとするが……蛇子の言うような特筆できるにおいを感じ取ることはできなかった。確かに人が死んでいるため、少し鉄錆っぽい匂いはしているが……蛇子が話してくれた『炎天下の中、人が腐るようなにおい』は一切感じ取ることはできない。

 しかし今回の嗅覚に関する情報で、なおかつ蛇子が言うからには彼女の勘違いではないと俺は確信し断言できる。

 蛇子は、獣遁の術使いである“獣化忍”で身体に獣の力を宿す能力を有している対魔忍だ。彼女の獣化のタイプはDevilfish……。つまりタコ()化することができる。蛇子……という名にも関わらず、どうしてタコに変化するんだ?という疑問については、誰もが通る道だ。まぁ、俺が蛇子自身から聞いた話では、蛇子の母親が蛇子を妊娠している際……無性にすっぱいものが食べたくなって、大量のタコの刺身やタコ酢和えを出産するまでずっと食べたことが蛇子が蛸化する原因になったんじゃないかと話してくれた。……余談として故人ではあるが、蛇子の曾祖母は大蛇へと変貌できたらしい。

 ……それはそれとして、ゆえに蛇子はタコっぽいこと……。口から墨を履いたり、下半身をタコの足のように変化させたり、足に付いた吸盤で壁に張り付くことやその足を伸ばして強力な巻き付きと吸盤で相手を拘束したり、その吸盤が高性能センサーになっており人間では感じることのできない微かな異臭や気配を察知することなどができるのだ。

 入り口でこの状態……。倉庫の中身は、どのような惨状なのか……彼女の様子から俺もやや恐怖に飲まれ気味になる。

 

 しかし蛇子の姿は普段の人間の姿と変わっていない。変わっていないが……。つまり、彼女がその悪臭を察知できたということは、スカートの下でいくつか短いタコ足を生やし高性能センサーを用いて周囲の異常の察知に努めていたということだ。その結果、扉をあけられた瞬間にその異臭を察知してしまったということが推察できる。

 ——きっと気配りのできる蛇子のことだ。俺たち対魔忍は彼女が変身した姿は見慣れた光景かもしれないが、そんなに魔獣や魔族を見慣れていない一般人である青空さんの父親や捜査員達からしてみたら動揺することは間違いない。だからそのような対応をしたのだろう。

 

「そうか……辛かったら無理しなくていいからな。この場には俺もいることだし。蛇子は本来ここに来る予定じゃなかったんだ。アサギ先生には話を通して同伴の了承は得ているが、引いたとしても事情を説明すれば退却理由を分かってくれるさ」

「……心配かけさせちゃって、ごめんね。でも、蛇子は大丈夫だから気にしないで。この現場はふうまちゃんだけじゃ荷が重すぎるから……ちゃんと調査に付きあうよ」

「すまない。俺も蛇子たちのように力が覚醒してさえいれば……無理をさせることなんかなかったのに……」

「気にしないでよ。私達、幼馴染でしょ? もっと気にせずに頼って」

「ありがとな。……行こう」

 

 蛇子の肩を支えながら、俺達は外気と隔てられているブルーシートを更に潜って倉庫に入る。

 ……俺は蛇子や鹿之助、他の対魔忍と違って“忍法”の開花はしていない。この閉じた右目さえ開けばふうま家の忍法である“邪眼”が扱えるのだが……いつまで経ってもこの目が開くことはなかった。それどころか他の忍法すら開花することもない。……俺は他のふうま一門の者達が言うように『当主失格の目抜け』だ。今まで他の分家の奴等が俺に対してそのように言及することに関して、あまり気にしてはいなかったのだが……。流石にこの時ばかりは忍法が開花していない自分を恨んだ。

 蛇子は俺を気遣って気丈に振る舞っているが、結果的にそれは蛇子に無理をさせてしまっていたのだから——

 

………

……

 

「うッ゙」

 

 それは倉庫に入った瞬間の出来事だった。

 突然、蛇子は俺から飛びのいて両手で自分の口を抑える。彼女の喉元からゴキュンという異音が聞こえて、目だけがまるで高性能センサーで感じ取った異臭を探すように上下左右満遍なくギョロギョロと蠢き、目を見開いて顔は真っ青になった。頬がハムスターのようにむくむくと膨らんでいき、今にも口を開けば食べたものを全て吐き出してしまいそうな勢いだ。見かねた青空さんの父親も、無言で即座に黒スーツの内側からエチケット袋を取り出して蛇子に差し出し、蛇子も遠慮することなく受け取ると踵を返して俺達の入ってきたブルーシートの向こう側に消えていった。

 ……ブルーシートの向こう側で何やらマーライオンが初めて口から水を噴き出すような初期排水のような音が聞こえてきたが、本排水されエチケット袋内に着弾する前に、そっと青空さんの父親が俺の背後に立って俺の両耳を塞いだ。見上げる俺に『それ以上は何も考えるな』といった表情で、口と目を固く閉ざして首を横に振っている。

 

 俺は彼に両耳を塞がれながらも、室内を見渡し状況の確認を開始する。

 倉庫は今にも倒壊しそうなほどにボロボロだった。俺達は車内で資料を目に通してはいたが、想像していた光景よりも5倍は酷い。

 資料にあった通り、壁から床、天井や柱までも 視界をどこに移したとしても、そこには弾痕の形跡が残されており、この場で乱射事件が起こったのは明白だった。床に落ちた薬莢は証拠品として紛失しないよう、すべて回収されていたが——俺がもっともこの状況で不審に思ったのは、残された血痕の位置だ。

 資料によれば、テロリストと対峙した高位中位魔族の存在に関する血痕は見当たらなかったそうだが……天井や壁、床には乾燥した血液が……まるでみずみずしい絵具が付いた筆を勢いよく画材に叩きつけた様な状態で残され、天井を支える骨組みには内臓が干されたタオルのようにこびりついている。

 俺はこの事件を多少の銃弾ではものともしない外甲殻を持つサラマンダーや、貫通するような物理的攻撃は殆ど意味を為さないスライムの仕業だと考えていたのだが……考えを改めなければならない。ここで大暴れした怪物は、ただ目前の獲物を惨殺するのみならず、抵抗する相手を壁や天井に叩きつけて弄ぶことのできる“何か”らしい。

 このような芸当が出来る魔族は限られてくる。まず人間よりも知能の低い魔獣や魔族、獣人は犯人の枠から取り除かれる。その上でここで暴れまわった奴は、図体が天井まで伸びるようなとてつもなく大きな奴か、人間でフリスビーが行えるような筋力に特化し、更に相手を残虐に弄ぶだけの知能を有する魔族に違いなかった。

 だが俺は、親父の秘書だった災禍(さいか)が管理する俺の自宅の蔵書庫の中に存在する古書で読んだことのある資料の、どの魔族の古書情報とも一致どころか該当すらしないことに気が付いた。

 第一、そのような魔族だとしてどのようにして人目を(はばか)って、この場を去ることができたというのだ? 図体が天井まで伸びるような巨大な奴なら、倉庫に野次馬などの人が取り囲んでいたのであれば誰かの視界には捉えられてしまう程に目立ってしまうし……。人間だけでフリスビーが行える奴が、外に集まった人間の特殊部隊程度の相手に対して恐れて逃げるなどの行動は到底考えられない。

 現時点の情報で暴れまわった魔族について、辛うじて類似している存在を上げるなら……レイス種か、やはりスライムが妥当なのだが……。いくらスライムでも、弾丸を浴びせられ、銃床で殴打されたのであれば、弾丸によって千切れた破片や証拠品にそのような痕跡が残るはずだ。でも、それは残っていない。それどころかスライムは食欲に忠実かつ貪欲で、獲物をいたぶるよりもそのジェル状の巨躯で相手を取り込んだら即座に獲物を溶かすはずだ。となると、天井や壁に叩きつけられた血痕や、残された6人の死体と装備の説明が付かなくなってしまう。

 レイス種は死霊の類で、幽霊や悪霊のタイプなら本人の自由自在に透過することができる。ゆえに弾丸では多くの場合傷をつけることが叶わない。しかしいくら魔族知識がない一般人であっても、弾丸が彼等に当たらないなら、そのことに気が付いて固まって逃げるなり他の手法を取ったはずだ。でも、テロリストはそれをせずに持てるだけの弾丸を使って応戦に打って出た。それはつまり、対峙した相手には実体があったか、逃げられない状態まで追い詰められていたということになる。俺の知る限りでは……レイス種は敵の一部装備だけを残して、人だけを……それも複数人だけを都合よく行方不明にしてしまう力などは持ってはいない。

 

……ぅぇっ……。……どう……? ふうまちゃん。何か思い当たる魔族は居たかな……?」

「……残念だが……」

「そっか……」

 

 と、ここで青白い顔をした蛇子がブルーシートの向こう側から帰って来る。

 青空さんの父親は音もなく俺から離れ、蛇子が背中に隠し持っているエチケット袋をさりげなく受け取るとまたスーツ内側……今度は腰付近から新しいエチケット袋を渡し、使用済みのパンパンに膨れ上がったエチケット袋は自身の身体で現場の捜査員や俺に見えないように隠しながら、そっとゴミ箱の中に捨てていた。

 俺はそんな彼を視界に収めながらも、見当も付かない相手に対して、ただ力なく首を横に振るほかなかった。

 一応、現場に残されていた12挺のアサルトライフルや弾倉、膨大な量の廃薬莢も見せてもらったが……これと言って銃で受け流した時に付けられる防御創もまったく見られず……。この場にいた捜査員・警察関係者と共に首をかしげるほかなかった。

 進展と言えば、蛇子は証拠品を保管していたジップロック式のビニール袋から取り出して、実際に見せてもらったところで……再びブルーシートの向こう側に消えたことぐらいか。

 どうやら猛烈な腐臭は倉庫内部のみならず、装備品にも付着しなおかつ装備品の方が濃厚な香りが残っているようだが……俺達にはやはり、その臭いは感知することはできなかった。

 

………

……

 

 

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