対魔忍世界へ転移したが、私は一般人枠で人生を謳歌したい+ 作:槍刀拳
私の身体は完治して以前と同様に問題なく動くことができている。……と言っても負傷した状態であろうが、さほど身動きにかんしては負傷程度では変化しないのだが。
ついに病室内であれば、自由に歩いていいという許可も無事に下り……。ついに今朝。やっと忌々しい警報が鳴り響く拘束具を取り外してもらった。
実は入院生活5日目。
どうしても紫先生のバーベルでベンチプレスをしたかったのだが…。肺に開いた穴が再び開くとのことで青空日葵の母親に持って来てもらうことは叶わず、仕方なく家へ取りに帰るために私の病室出入り口で門番が昼食休憩とトイレが重なった瞬間を見計らって抜けようとしたのだが。この前のように警報装置の停止を〈電気修理〉で試みたところまではよかった……。
まぁ、必要以上に盛大に警報を鳴らして室井先生に叱られたのだ。
その日は最終的に四肢に加え胴体までも拘束ベルトでベッドに括り付けられ、猿轡を嚙まされた挙句、食事と水分はすべて点滴、24時間監視カメラで室内を監視されたときには、新しい性癖に目覚……お見舞いに来た鹿之助くんや蛇子ちゃん、ふうま君にこの姿を見られるんじゃないかと……かなり焦った。しかし〈幸運〉にも彼等が訪れることはなく、このまま無事に明日には退院できそうな状態までこじつけることができている。
「青空さん、あなたのお友達からお電話が入っていますよ」
ダンベルの代わりに床頭台を用いた筋トレで汗を流していると、室井先生が病室に入ってくる。用件だけ伝えながら頭を抱えてしまったが、今更なにか問題があるわけでもあるまい。
にしても……友達からの電話?
首から下げたお風呂用の手拭いで汗を拭ってから、肌着に前開きのパジャマを羽織る。この病院は五車学園の地下に存在する。地上で勉学に励む3人の友人たちの顔が思い浮かぶが、彼等の事ならばこれまでのように、直接ここまで足を運んでお見舞いに来ればいいだけの話だ。
……何か3人同時に風邪を引いたのだとか、何かお見舞いに来れないような事情が発生したのだろうか?
首をかしげながらも、ひとまず病室の外で待機している室井先生について行く。
………
……
…
連れて来られた部屋は、誰も居ない一室だった。
内装は数個の内線電話が乗せられた台座と椅子、銀行やコンビニに備え付けられているATMコーナーで見られる仕切りが並べられた電話室のようだ。
つい先ほどまで清掃員が掃除していたのか、床は少し生乾きで塵1つないほどに清潔に保たれている。
「3番の受話器を使用してください」
「はぁ……。ありがとうございます。……誰だろ? 鹿之助くんかな?」
先生が部屋を出ていくのを手を振りながら見送ってから、眉と視線を上に持ち上げて独り言を呟きながら受話器を取り耳へと当てる。
「はぁーい♪ 日葵ちゃん、元気かしら?」
「……」
受話器から聞こえてきたのは、すごい軽快でご機嫌そうな女性の声。
私を『日葵ちゃん』と呼ぶ友達は現状1人しかいないが……この声はまえさき市で3時間ウンコしにいった方の蛇子ちゃんではない。されどつい最近、耳にした聞き覚えのある声だった。
思わず耳から受話器の受話口を離して、そこから響いてくる声を凝視してしまう。
「あらぁ? 繋がっているわよねぇ? もしもしー? もしもーし。そこにいるのでしょう? 青空 日葵ちゃん♪ いえ、『ゼラトシーカー』ちゃん♪の方が良いのかしら?」
……間違いない。えっちなお店で働いている方の蛇子ちゃんの声だ。彼女は可愛らしい方の猫なで声を出しながら楽しそうに私の返事を待っている。受話器の先に生唾を飲み込む音が聞こえないように配慮しながら、喉元に手を当てた。
「ああ。どうもどうも、お久しぶりですー。少しの間、どちら様と悩んじゃいまして。元気ですよー♪」
声を弾ませて、口角を上げられるように努めながら、そのまま内線電話の正面に置かれている椅子に腰を掛ける。
「それなら良かった♪ まえさき市に来たその日に病院へ入院したって聞いて、私……夜しか眠れないぐらいに心配したのよ?」
「それはどーも、どーも。ご心配をおかけしてすみません。私も1日3食とオヤツしか食べられないぐらいには、別れ際。寂しそうに。メソメソとみっともなく泣かされていたほうの蛇子ちゃんを心配していたんですよー? まぁ、どっかの高位魔族が私の事をサンドバッグにしなきゃ入院生活なんかしなくて済んだのですけどねー?」
「あらあら♪ それは大変ねー? でも聞いた話によると、サンドバッグになったことは入院の大きな理由じゃなくて鋭利な槍のようなものが肺に突き刺さったことが原因で入院しているって噂話を聞いたのだけど?」
彼女の言葉に眉をひそめる。
一体、彼女はどこまでこちらの情報を握っているのだろうか? 少なくとも現状を整理してわかることは、私の偽本名、入院先、入院理由は割れているようだ。しかし、学校の地下に存在する入院先が割れているということは、彼女の事だ。口には出さないだけ通学している五車学園のことも割り出しているに違いない。
「やだなぁ……それは、リラクゼーションマッサージ店を開いている とある
「まったく、面白い冗談ばかり言って♪ こちらとしても、もうあなたの心臓に毛が生えているって聞いても驚かないわ♪」
私の言葉に電話越しでクスクスと彼女の愉快そうな笑い声が聞こえてくる。
私としては全く笑えない内容であり、悪夢での彼女の発言や振る舞いが脳裏を過ぎったが、幸いにも相手にこちらの表情は分からない。愛想笑いとしてケラケラと笑い返してやった。
「……それで? 日葵ちゃんのこと。私は、どちらで呼べばいいのかしら?」
「そうですね……どちらでもいいですよ。私はスネークレディちゃんの事は、敬愛を込めて蛇子ちゃん。って呼びますけど。私達、 “お友達” なんですよね?」
「えぇ、あなたもそう望んでくれるのなら♪ そうね……それじゃあ、私も日葵ちゃん……じゃなくて、敬愛を込めた上で あなたの本名に近そうな “ゼラトシーカー” ちゃんって呼んであげるわね?」
彼女の言葉にした瞼が持ち上がり、目を細める。閉じていた口がわずかに開く。受話器を握りしめる手の力が強くなる。
思わず反射的に座っていた椅子から立ち上がってしまう。
「図星——って感じかしら♪」
「——と、思うじゃん? 目の前にクモが居たんですよ。あぁ……朝蜘は殺しちゃいけないんでしたっけー?」
「それは変な話ね? 先ほど、その部屋は私の良く知る清掃員が虫一匹立ち入ることができないように入念に掃除させたはずなのだけど」
「フッ……」
「友達の言葉が信じられないのかしら? そう思うなら電話の裏を見てごらんなさい♪ きっと、証明品があるはずよ」
鼻で嗤うように失笑つつ「まさかな」と思いつつも、受話器を肩と頭で挟みつつ言われたとおりに内線電話をひっくり返してみる。
…………。
……そこにはあの時、蛇子ちゃんが私に渡してきた名刺と同じものが挟まっていた。引きはがして手に取り、名刺の裏を確認する。そこにはやはり蛇子ちゃんの名前と電話番号が記載されていて——
「どうだったかしら? それは私からのプレゼント♪ もしかするとゼラトシーカーちゃんの財布の中に入っている名刺が悪い虫……そう。
「——」
結果的に彼女から軽いジャブのような拳が顎に叩きこまれたような気分になる。息と言葉がつまり、目だけが左右にギョロギョロと泳いでしまう。前髪を掻き上げながら、大きなため息が送話口に入らないよう配慮しつつ、内線電話自体を膝に乗せ、置かれていた台座に腰を掛ける。それから足を組んで、先ほどまで腰を掛けていた椅子に足を乗せた。
「……
「フフっ♪ そう? それは残念♪」
自分でもわかるほどに彼女に自分のペースを乱されているのがわかる。早口になって、膝に乗せた内線電話を支えている手の指でリズムを取っていた。
「……えーっと。……それで、蛇子ちゃんが私に電話してきたのって、安否確認だけですかね?」
「いいえ? どちらかと言えば本命はあの本についてかしらね。こちらとしては親友への連絡と話が着いたから、あとはゼラトシーカーちゃんの予定次第なの」
「あー……。……そんな話もありましたね」
「そうなのよ♪ ゼラトシーカーちゃんは病院暮らししていたから、時間の感覚が狂っているのかもしれないけど。世間では2週間、時間が経過しているのよ? 心配して様子を見に行ったのだけど、残念ながら面会拒否されちゃって……♪ あーぁ、私も見たかったわぁ♪ 寝返りも打てない程に
動悸がする。クソッ。学校の監視カメラまでハッキングしやがったのか、この
……待てよ? 私の寝顔を見たかった? 見に行った? 面会拒否された……? もしかして……。私が絶叫で目覚めたとき、教師たちが話して居た危篤ではなく“危険な状態”というのは……。外に2人も私の監視役が付いていたというのも……? あれは私の監視ではなく——
入院中に身の回りで起きていた不可解な状況に対し、合点が行ったのと同時に背中に伝う汗が異様に身体を凍えさせる。だが、この女に察されてはいけない。まばたきの回数が異常増加するが、平常心を取り繕え。送話口を手元で抑え目を閉じて深呼吸。4つ数えながら息を吸い、4つ数えながら息を吐く。
……早く電話を切ろう。強制的に通話を終了させてもいいが、そんなことをしようものなら次にコイツが何をしてくるか何もつかめない。……だから、今はなんとか丸く収めて この場から逃げよう。逃げて電話を切ろう。そうしよう。
「……ご。……ご丁寧にありがとうございます。あ、でも、細かい約束事は日程表を確認してからまた折り返しお電話でもいいですか?」
「えぇ。今も真っ青な顔をしてそうだし、病み上がりで体調も優れなさそうだからここ等辺で……と、言いたいところだけど……。“逃げ上手” のゼラトシーカーちゃんのことだから、きっと♪ そういうと思ったわ♪ もう予め色々準備してあるの♪ そのまま見上げてみて♪」
私が取ったのはひとまずは話を持ち帰って、社内検討するという社会人が得意とする建前的な逃走戦法だ。されど彼女は逃がしてくれるほど甘くはなかった。
「そんな苦い顔してないで、ほら早く♪」
「……」
どこまで見抜いてくるんだこの
嫌々ながらにも彼女の指示通り視界を上へと上げる。私のジト目が大きく見開いていく。
そこにはカレンダーが貼り付けられていた。何よりも気味が悪いのは、こちらの様子はすべてお見通しな彼女の千里眼発言より、その天井に張り付けられたカレンダーの存在に他ならなかった。カレンダーには予定が書き込めるようになっており、その空白の部分には 私の学校行事の日程や、私が……私しか知り得ないプライベートな予定までもが既に書き込まれていたことにあった。
まるで『お前の事は何もかもがお見通しだ』とでも言いたげに。
「すぅぅうぅ……ふぅぅうぅぅぅぅ…………」
もう電話越しの蛇子ちゃんを警戒した振る舞いすらできなくなってしまった。今にも嘔吐しそうな苦い顔をして、震えたような大きな深呼吸をしてしまう。
「……大きな溜息ねぇ? もう感情を隠し通すのはやめたのかしら?」
「えぇ。……ひとまず蛇子ちゃん。次の日程のすり合わせを行いましょう。ひとまず、こちらも予定調整というものがございますので、おそらくご存じの通り、現状は予定が詰まっていますので……そうですね。8月中旬。お盆に入る前の週……平日にお会いしたいのですが、そちらの日程はいかがでしょうか?」
「あら、もっと悩むかと思ったのだけど。案外あっさりと決めて、決めた割にはかなり先の日程になるのね?」
「あれぇ、言ってませんでしたっけ? 私、
「短命で脆い割に忙しい人間さんは大変ね♪ でも、ちゃんと調整してくれるのなら すごくこちらとしても楽しみだわ♪ 問題ないわよ♪ 親友にも連絡しておくから、何処で何時に会うかの詳細はメールでやり取りをしましょう♪」
「かしこまりました。では、お会いできる日を楽しみに……」
「そうそう……」
「……」
「約束だけど『すっぽかしたら、お盆に直々に迎えに行くから』……忘れないようにね♪」
「もう……本当に蛇のように執念深いんだから。…………肝に銘じておきますよ」
「それじゃ、2カ月後ね?」
「え? 何言っているんですか?
「はい。2カ月後」
この言葉と共に受話器が切られた音へと切り替わった。
受話器を戻して、体内で張りつめていた空気が抜けるように大きく深いため息が口から漏れ出て、壁に背中を預けるが…………。
私としてはこれで終わりではない。
手に持っていた内線電話を元の位置に戻して、天井を見上げる。
何度か目頭を指で押し込み、まばたきをするが……。やはり天井には私の日程表が赤裸々に綴られているままであり、今。私の目前の状況は幻覚ではないようだ。
ご丁寧に>>>青空 日葵ちゃんの日程♡<<<と大々的に書かれており、日程には筋トレ、筋トレ、筋トレ、試験勉強、追試、買い出し、ヘヴィメタル、筋トレ、DIY、DIY、筋トレ、筋トレ、筋トレ、ヘヴィメタル、筋トレ、筋トレ、ヘヴィメタル、筋トレ、DIY、筋トレ、筋トレ、筋トレ、7月中旬に期末試験! ……ざっくりこんな内容だ。
両足を椅子に乗せて太ももに肘を突き、うなだれるように頭を垂れて両手で顔を抱える。
「……蛇子ちゃん。……あんな天井に、私の予定表なんか貼り付けちゃって……。……あんな場所のカレンダーどうやって剥がせばいいんですか? ……。貼り付けるところ少しは考えてくださいよ……。高位魔族だからって、世の中にはやっていいことと悪いことがあるんですよ……?」
こんな予定表、誰かにでも見つかりでもしたら碌なあだ名ランダム生成表に使用される筈に違いなかった。
こちらとちら学園では半壊しながらもまだ平穏な猫被った生活を送ってんだからよぉ……。ヘヴィメタル女はまだしも、日程表☆筋トレ女なんてあだ名は嫌なんですよ……。
台座から降りてもう一度、部屋全体をぐるりと見まわす。
天井までの高さは約3.5~4mといったところだ。
この部屋にあるものを再確認する。並べられた複数の内線電話と、内線電話が置かれた台座、その前に椅子があって、内線電話は仕切りによって遮られている。
……五車学園の廊下ように天井が3mぐらいの高さであれば、垂直飛びの〈跳躍〉で手が届くのだが、4mもの高さになってしまうと私の身長では、どんなに背伸びをして飛び跳ねても手が掠りもしない。脚立を借りてきて剥がす方法も考えたが、脚立を探している間に誰かが入ってきて、私の予定表を見てしまうかもしれない。それは避けねばならない事態だった。
……で、あれば。自力で取るほかないだろう。大きく息を吸い込んで呼吸を整える。……覚えてやがれ、えっちなお店で働いている方の蛇子ちゃん。次に会った時こそ、お前にまた吠え面をかかせてやる。
上着を脱ぎ、ズボンの裾を捲り、半ズボンのような状態で、壁をボルダリングの要領で走り抜く準備を整える。病み上がりだとか言っている場合じゃない。これは私の今後の学生生活が懸かっているのだ。これは、そのための努力だ。出し惜しみしている場合じゃない。
…………いつやるか? 今でしょ。
………
……
…
「とぅ~るぅるぅる~♪ るるるるる~♪ るるるるるぅ~♪ るるる~♪」
5分後。そこには完全勝利した私が、機動戦士ガンダムユニコーンのテーマソング(サビ)のメロディを口ずさみながら、破れたカレンダーを両手に興奮を促すような真っ赤な視界で自分の病室へ向けて歩いていた。
そう、蛇子ちゃんから突き付けられた悪意に。自分の将来を脅かす予定表に。立ちはだかる壁に。私は “また” 勝った。勝ったのだ。腕を頭上に突き上げ、最大級の喜びを表現する。
この調子なら蛇子ちゃんの親友がどんな存在だろうが、私に敵意を向けてこようが、この破けたカレンダーのように粉になるまで刻んで、頭からゴミ箱にぶち込めるだけの自信が湧いてきた。だが、慢心は死だ。全力で対策を練らせてもらおう。
さぁ、明日には、この忌々しい白い部屋から私は脱出する。脱出できるだけの力を持っているのだ。楽しみで仕方がない。
………
……
…
『蛇子ちゃんとのメール』
RE:RE:RE:RE:RE:RE:RE:頭から流血して入院が伸びたって聞いたわよ? 今度は何をしたの?
日時:『“今年の”』8月中旬 第2週 19:00~
場所:魔都 東京(東京キングダムZ街Y丁目X番地)
補足:使いにはこちらから話を付けておくから、渡してある名刺があれば問題なく私の元に来れるはず。名刺を無くしちゃったのなら……自力で何とかしてみせてね♡ また会える二カ月後を楽しみにしているわ♪
そうそう、ゼラトシーカーちゃんの愉快なお友達の……上原 鹿之助くんを紹介してくれてもいいからね♪