時は少し遡り。アガレスが只野と同様に黒川と奥之院を運び終わった時のこと。九条裟羅に呼び出された俺は、只野と共に赴いていた。ちなみに只野が来ているのは、護衛のため、らしい。九条陣屋内は一応安全だと思うのだが、頑として聞かなかったので一応連れてきたのだ。
九条裟羅のいる場所についた俺は、部屋の外で只野に待機を命じ、入室した。中の九条裟羅は厳しい表情を浮かべていたため、若干萎縮する。
「───呼び立てたのは他でもない、書状のことだ。本当にこれは、将軍様直々に書かれた書状なのか?」
もしかして違ったのだろうか?いや、俺はそう考えているし、現に先程は納得したではないか。俺はそう思い、首肯く。九条裟羅は大きく溜息を吐いた。
「書状は『見るな』と厳命されていて中身を知らないんだが…何が書いてあったんだ?」
俺は彼女の反応を疑問に思ってそう聞いた。九条裟羅は神妙な顔付きだったが、やがて口を開いた。
「君が将軍様の旧知の仲であることが書状には記されていた。後は将軍様に書状内で君に伝えるな、と念を押されているため言えない」
ふ〜む…影は一体何もあの書状に書いたのだろうか。まぁそれこそ国家機密とかだろう。
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※以下、影がアガレスへ伝えるな、と念押しした内容をざっくり纏めたもの。
───それより、九条裟羅。最近、その旧い友人が私のことを友人としてではなく、別の意味で意識してくれているようなのです。ですから、間違っても彼を取ろうだとか、そんなことは考えないようにお願いします。
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それはそうと、やっぱり書類にこっそり目を通しておくべきだったな。あることないこと書かれていたら困るんだけどなぁ…。
現に、九条裟羅からの視線は先刻と比べて少し変わっているし。
「それでだが…将軍様のご友人と見込んで、頼みたいことがある」
「聞こうか」
九条裟羅は沈痛な面持ちだ。恐らく、今後に関わる重要なことを俺に頼もうとしているらしい。
「…私はここ二ヶ月、現状を打開できておらず、遅滞戦闘を行うことしか出来ない。だが兵達の疲労は限界に達し、物資も限界に近い。もし、君が書類に書かれているような人物であるのなら…現状を打開する策を、考えて欲しい」
なるほど…自分には出来ないから俺を頼る、と。俺は俯き、肩を震わせる彼女を見た。
「勘違いしているようなので教えるが…」
九条裟羅は顔を上げた。
「九条陣屋は稲妻城攻略の要になり得る。ファデュイも勿論、全勢力を傾けて攻略にかかってきていたはずだ。だが、それでも尚少ない戦力で二ヶ月も持ち堪えた」
「だ、だがそれは…」
「砦の性能だとでも言うのか?だが砦の性能を生かすも殺すも指揮官次第、全てはお前の功績によるものだろうが。砦の性能に合わせた適材適所な人員配置に加え二ヶ月もの期間籠城する士気向上…先程少し話しを聞いてみたが、見事なものだった」
そう俺が言うも、九条裟羅は納得していない様子だった。
「こ、このくらいのこと、将軍様であればもっと上手く…」
「いいや、影…将軍は確かに統率力、士気向上能力、戦闘力の面で言えば秀でているが、適切な人員を配置することには長けていないはずだ。俺の知る限りではな。だから、そう悲観することはない。二ヶ月、ファデュイからこの砦を守りきったんだ。それは、きっと誇っていい」
「そう、か…」
九条裟羅は少し脱力したようにふぅ、と息を吐いた。まぁ、それはそれとして。
「だから俺には手伝いを頼むくらいでいいんだよ。俺に全てを任せてどうにかなるくらいなら、お前がなんとか出来ているだろうからな」
本当のことを言ってしまえばファデュイを皆殺しにしてしまえば余裕だ。なのだが…それでは稲妻のためにはならない。経験、というものはそれほどまでに大切なものなのだ。一度勝ったからと言って、次また来ないとも限らないからな。次への備え、というものは大切なのだよ。
さて、そんなこんなで話は終わり、只野を部屋の中へ呼び寄せて一旦策を練った。九条裟羅が部下に呼ばれて出て行ったのだが、一瞬入ってきたかと思うと海祇島からの援軍だ、と告げて再び戻っていった後に、とある人物を連れ戻ってきた。
「あれ、アガレスさん?」
そう、入ってきた人物は旅人だったのだ。俺は思わず、と言った形で、
「ん?援軍って旅人のことだったのか」
さて、旅人の登場に多少驚いたが、策は九条裟羅、旅人を加え協議した結果なんとか形にすることができた。が、もう夜になってしまっている。作戦の決行は明日にするとして、今日は解散する運びとなった。
それにしても、海祇島からの援軍が旅人達だったことには驚いた。旅人は海祇島で『メカジキ二番隊』の隊長になったらしい。それにしても、隊の名前とかあるんだな。俺の方は全く考えてないっていうのに。
それはさておき。
「只野、今日はご苦労だった。俺達に与えられた場所で休むとしようか」
「はい、隊長」
九条陣屋の隅っこに与えられた僅かなスペースで、俺達は休むことになった。まぁ、勿論これは当然の措置、というか仕方のないことなのだ。土地は負傷兵のために空けられているため、そもそもの居住スペースが少ないのだ。無論、篝火を焚いての周囲の警戒は怠っていない。休む、とは口先だけで前線に休みなどほぼ存在しないのだ。
「それはそうと…奥之院、黒川の様子が可怪しいんだが…何か知らないか?」
黒川は何故だか知らないが何処か挙動不審だった。その理由を奥之院に尋ねてみたのだが…。
「…知りません」
奥之院は視線を逸しながら言う。完全に嘘だろうがまぁいい。隊長権限で聞いてもいいが、本当に不味いことならしっかり言ってくれるだろうしな。
「只野、明日の作戦の説明は任せる」
俺がそう言うと、只野は首肯いたが、黒川が首を傾げていて疑問を持っているようだった。
「隊長、どっか行くんですか?」
「いや、そういうわけじゃないが…なんとなく面倒臭くて」
事実、人に自分の見聞きしたものを伝えるのは割と面倒臭いのだ。ま、それでもやらねばならない時はあるわけだが。今は俺以外にもいるので、問題ないと判断したのだ。
「えぇ…」
ドン引きしたような視線を向けてくる黒川に対し、俺は首を傾げる。う〜ん…ああは言ったが、やっぱり、説明責任は果たさないといけないのだろうか?
「仕方ないか…只野、補足説明頼む」
「畏まりました」
俺は只野を交えて明日の作戦を黒川と奥之院に説明しつつ、質問が無いかを問う。
「じゃあ私から…」
手を上げたのは黒川だった。その顔には、若干だが怯えの表情が見える。
「本当に、この作戦を敢行するんですか?」
「当然だ。九条裟羅もこの作戦には同意した。まぁ、一か八かの賭けにはなってしまうが…問題はない。失敗したとしてもどうとでも出来るからな」
嘘である。まぁ、嘘をついて士気が上がるなら安いものだろう。失敗するとは思っていないが。
「そ、そうですか…でも、危険なのでは…?」
「お前達も気が付いているだろう?ファデュイには最早指揮系統など存在していない。そうでもなければもっと俺達は苦戦を強いられていても可怪しくはない」
ファデュイが無差別に攻撃を仕掛け始めたこと。そして前の戦地に指揮官らしきファデュイが明らかに存在していなかったこと。それらを総合して導き出される結論として、指揮官がそういう、無差別攻撃の指示を出したか、指揮官が既に何らかの理由で撤退し、既に存在していないか、だ。だが無差別攻撃の命令を下したとして、その目的は?用意周到なファデュイらしくないし、目的も不明瞭。無差別攻撃は絶対に勝てる盤面以外ではあまり役立たないはずなのだ。加えて言うなら指揮官らしきファデュイがいないことの説明が、つかなくなってしまう。
まぁそういうわけで、恐らくだがファデュイの指揮官───恐らく執行官クラス───の存在は既に稲妻にはおらず、指揮系統が瓦解。混乱するファデュイは引くに引けない状況へと自ずと追い込まれた、というわけだ。まぁそれでも稲妻人にとってファデュイはかなりの脅威なので、寧ろ無差別に攻撃してくるため少々厄介になってきている。
「まぁいつファデュイの指揮官がいなくなったのかもわからないし、ファデュイの残党が集まって指揮系統を構築されても困るからな。まだ構築されていない、という読みで作戦を発動させる。指揮系統がしっかりしていないのなら、この作戦で上手くやれば九条陣屋付近のファデュイを一掃できるだろうからな」
そこまで言うと、黒川は納得したのかコクコクと首肯いた。黒川も只野も普通にしているので気が付かなかったが、奥之院が眠そうだ。
「明日は早い。見張りは俺に任せて今日はもう休んでおけ。上官命令だ。絶対に休め」
「ええ」
「わかりました」
只野のみ渋々、と言った形で床につく三人を見つつ、俺は九条陣屋の石垣の上に座り、夜風に当たる。
「それにしても、戦争、戦争か…」
魔神戦争に比べれば、悲劇の数も、積み重ねた年数も、戦争自体の凄惨さも、全てに於いて下回る。が、戦争自体、あってはならない、忌み嫌うべきものだ。
ファデュイが引き起こした戦争を放棄するとは考えにくいし、神の心を手に入れていない時点で撤退するというのも考えにくい。余程そうせねばならない理由でもあったのだろうか?
或いは…仕切り直し、か?そうせざるを得ない理由は…幸か不幸か、若干心当たりがある。
「やっぱり、『売女』と『淑女』だよな…」
ファデュイの執行官が一時的に、とはいえ欠員が出たのだ。しかも、俺が稲妻へ到着したことは、ファデュイ内でも周知の事実であるだろうし、そう考えれば一応の辻褄は合う。まぁそれもこれも、指揮官がいない、という前提ではあるが…。
「さて…明日で一先ず、九条陣屋の問題は片付くだろうが…その後どうなるかな…」
まぁ順当に行けば離島攻略のために頑張ることになるだろう。部下にあまり実戦経験を積ませてやれないのは辛いところだな。神の心を手に入れていないこの状況で稲妻が勝利を収めたとしても、再び攻められる、或いは何らかの工作を仕掛けてくるだろう。根本的に、ファデュイに手を出させない努力が必要だろう。
俺はその方法を考えつつ、見張りをして夜を過ごすのだった。
ギリギリセーフ…ッ!
九条陣屋の話しは次回で終わると思います。