忘れ去られたもう一柱の神   作:酒蒸

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第91話 呪いの真実

九条陣屋での一件が一先ず片付いたため、俺は久し振りに(?)稲妻城へと戻って来ていた。旅人は、というと海祇島の人達と仲良くなったようでそっちに戻って行った。旅の目的である影への接触はしたが、詳しく話していないはずなのにな。

 

まぁそれはいいとして、案の定、俺を迎えに来た人物がいる。

 

「待ってましたよアガレス。ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも「影で」わ…えっ?」

 

どうせまた八重神子からあらぬことを吹き込まれたのだろう。まぁ八重神子のことを信頼している証左でもあるのか。いいことだな。

 

「あ、あああアガレス…?その…わ、私の準備は出来てますから…ッ!」

 

影は何を思ったのか、顔を少し赤らめながら慌ててそう言った。俺は少し微笑み、その様子を影は怪訝そうに見つめてきた。

 

「無論冗談だ。特に、俺がお前を選んだとして何をするかお前は知らないんじゃないか?」

 

「愚問です。〇〇を〇〇して〇〇するんですよね?」

 

影は首を傾げながら「え、常識ですよね?」みたいな感じで言った。俺はドン引きしつつも溜息を吐いて、

 

「それはどうかな?」

 

誤魔化した。一先ずはこれで問題ない…はずだ。ないと信じたい。

 

「それはそうと、影。お前料理が作れないのに『ご飯』の選択肢はないんじゃないのか?」

 

「いえ、問題ありません。稲妻で最高峰の料理の腕を持つ料理人に料理をさせました。そしてそれを、私が作ったと言って驚かせる寸法です!」

 

どやっ…じゃねえのよ。

 

(おいっ…将軍様、全部言っちまったぞ…)

 

(どうする…?今からでも誤魔化すか?)

 

え、なんか影の後方にある物陰から二人がこっちを覗いてるんだけど。いや、君達が誤魔化したところでもう無理だよ。本人が全部言っちゃってるんだもん。

 

そう思いつつ影をチラッと見やると、頬を紅くしてドヤ顔のままぷるぷる震えていた。あちゃー…気付いちゃったかー…。

 

斯くなる上は!

 

「あ、アー、エイノツクッタリョウリ、タノシミダナー」

 

不味い、物凄い棒読みになった。これは流石に駄目かもしれない…と思ったのだが、影は途端に表情を和らげて、

 

「す、すぐ案内しますから、行きましょう」

 

そう言った。俺は影に手を引かれて稲妻城へ入る。改めて思う。

 

これは流石に、駄目かもしれない。

 

 

 

「昔も、こうやってよく集まってご飯を食べましたね…懐かしいです」

 

「…そうだったか?」

 

「もう、忘れたんですか?」

 

それはそれとして、出された料理はかなり豪勢だった。天麩羅、寿司、舟盛り…の中に、黒ずんだ物体がある。恐らく…卵焼きだな。

 

うん、例えそれが何故か雷元素を発し、どす黒いオーラを醸し出しながら『オ゛ア゛ア゛ァ゛』と叫んでいても卵焼きだ。誰がなんと言おうと卵焼きなのである。

 

さて、アレは恐らく、神の身であったとしても到底耐えられる代物ではないだろう。間違いなく死ぬか気絶する。そうなれば折角の料理が台無しだ。

 

だがこの席には影もいる。満面の笑みでこちらを見ている。当然、あの卵焼きを食べないという選択肢は、存在しない。

 

即ち、ここで俺が生き残ることのできる確率は…限りなくゼロに近い。だが、俺はこの状況を逃れられる方法を、たった一つだけ知っている。

 

まずは普通の海老の天麩羅を一つ、戴く。勿論、この天麩羅はただの天麩羅じゃない。油、海老、衣、タレ…どれもこれもが選びぬかれた一品だ。故に、俺は一先ず舌鼓を打ち、笑顔で影に微笑みかけた。

 

「旨いな…影もどうだ?」

 

言いつつ、俺は内心でニヤリと笑った。

 

「折角の厚意を無碍にしてしまうようです申し訳ないのですが…生憎、箸がありませんから…」

 

勿論、影が箸を持っていないことは知っている。だからこそ、これだ。

 

俺は小さく切り分けた海老の天麩羅を箸で持ち、影へ突き出した。所謂、『あ〜ん』である。

 

影はこの『あ〜ん』の存在を知らなかったのか、普通に天麩羅を頬張り、嬉しそうにはにかんだ。その顔を見て、俺の心中に罪悪感が浮かんだ。

 

……馬鹿か、俺は。あの卵焼き───によく似た何か───は影が俺を想って料理が苦手であっても努力して辿り着いた、謂わば努力の結晶だ。それを食べたくないがために策を弄するということは、彼女の努力を踏みにじっているようなものじゃないか。

 

俺は覚悟を決め、まずは普通に美味しい天麩羅、寿司、舟盛りを食べ尽くし、残るは卵焼きだけとなった。心做しか、影がそわそわし始めている。

 

たとえ俺がここで死んだとしても、俺の遺志を継いでくれる存在は絶対にいるはずだ。俺は生唾を飲み込み、やがて卵焼きを箸で持った。

 

……なんかドロドロしてるし…匂いがやばい…臭いわけではないが…なんというかくらくらするような匂いだ。

 

ッ…ええいままよっ!

 

俺は卵焼きを口の中に一思いに突っ込み、飲み込んだ。不思議なことに、不味くはなかった。

 

「美味しかった…ごちそうさ───」

 

ドクンッと、俺の心臓が大きく跳ね、顔が火照り始める。待て…この感じは…まさか!

 

「影…これは、卵焼き、だよな?」

 

「ええっ!私なりに少々『あれんじ』を加えて作ってみたのです。隠し味は…みりん、というものです!どうですか…って、アガレス?」

 

やっぱ酒じゃねえかああああああああ!!

 

俺は意識が遠のくのを感じつつ、机に突っ込まないように最大限配慮して仰向けに倒れるのだった。

 

〜〜〜〜

 

アガレスがみりんによってぶっ倒れた直後、ムクリと起き上がった。

 

「ん?また此奴、酒を呑んだか」

 

影はアガレスとは長い付き合いだが、アガレスが酒を呑んだ後このようになるのは初めてだった。アガレスはキョロキョロと周囲を見回すと、ふむ、と唸る。

 

「なるほど…建築様式から察するに稲妻のようだな。前回は璃月だったというのに…随分とまた遠くまで来たものだ」

 

して…とアガレスは影へ視線を向けた。影は驚いたように固まっていたが、直ぐに立ち上がると薙刀を構える。

 

「貴方は一体何者ですか...アガレスの肉体を返しなさい…」

 

静かに、されど怒気を孕んだ声で影は確かにそう言った。が、神の怒りを受けて尚、アガレス(の肉体)は肩を竦めてみせた。

 

「心配せずとも私がこの肉体に顕現できるのは残り僅か。まぁ、久方振りの出番でもあるわけだし…残滓にできることはしておかねばな」

 

さて、とアガレスは影を見た。

 

「勘違いしているようだから教えておくが、この者の記録を消去したところで一時的な時間稼ぎ程度にはなるだろうが、呪いからは逃れられぬ。一時的に消失していたこの者の呪いは、たかだか世界から記録を消した程度で消えるものではない。何せ…いや、この話はなしだ」

 

コホン、とアガレスは咳払いをしたかと思うと、自身の右腕を見る。その腕は確かに、震えており、何故かニヤリと笑っていた。

 

「まぁつまりは、だ。この者の寿命は残り精々数年程度。正確な死期は私もわからないが」

 

「貴方は…一体…」

 

影が絞り出した声はそれだった。その言葉を、アガレスは鼻で笑う。

 

「太古の昔、古の巨神と呼ばれた神がいた。その残滓、と言えば聞こえはいいが…まぁ要は『俺』は『俺』自身ということだ。多少の差異はあれど、俺が俺であることには変わりない。例え…どれほどの時間が過ぎ去ろうとも」

 

「それはどういう…」

 

影がどういう意味なのかを詳しく聞こうとした瞬間、アガレスはバタッと倒れた。直後、先程と同じようにムクリと起き上がった。先程とは異なり、顔色が悪い。

 

「うぅ…気持ち悪い…前回は大丈夫だったのに…ん?」

 

アガレスは先程のような張り詰めた雰囲気ではなく、ふわっとした雰囲気を醸し出していた。そのアガレスが、影を見やると、何かに気が付いたように目を留めた。

 

「影、顔色が悪いが、大丈夫か?」

 

アガレスの言葉でようやく我に返ったらしい影は首を縦に何度か振りながら「問題ありません…何も」と言った。アガレスは首を傾げつつもそうか、と返すだけだった。

 

少しの間、二人の間を沈黙が支配したが、やがて影が口を開いた。

 

「アガレス、バルバトスと繋がっている指輪を、貸して欲しいのですが…」

 

「ん?まぁ聞かれたくない相談、ということなら構わないぞ」

 

アガレスは手袋を外し、中指に嵌めてある指輪を影に渡し、使い方を軽く説明すると、

 

「それで、俺は話が終わるまで何処にいればいいんだ?」

 

「あ、私が部屋の外に出ます。アガレスはここで待っていて下さい」

 

「わかった」

 

影はそう言って部屋の外へ出て行った。アガレスはただ待っているのも暇だが具合は相変わらず悪いので少し横になった。

 

影は、というとアガレスに聞こえないように少し部屋から離れて指輪を弾いた。

 

『ん〜、アガレス?こんな時間にどうしたのさ…?』

 

「バルバトスですか?私ですが…」

 

指輪の向こうからガタッと音がしたかと思うと、

 

『ば、バアルかい?どうしてアガレスの指輪を持っているのかな?』

 

「所用があって貸してもらいました。それはそうと、バルバトス、今から話すことはアガレスには絶対に秘密にして下さい」

 

指輪の向こうからふむ、との声が聞こえてくる。影は少し驚いたような声を出した。

 

「モラクスもいるのですか?」

 

『ぎくっ!全然そんなことは『バルバトス、別に隠す必要はないだろう』あちゃ〜…』

 

「話は聞いていましたね?これから話すことは彼、アガレスにも関わることなので、彼には秘密にして下さい。絶対遵守です」

 

『ふむ、了解した』

 

『わかったよ〜』

 

影はふぅ、と一息つくと、声を発した。

 

「まずは事の経緯から話しますね。アガレスに私の手料理を振る舞ったのですが…」

 

ガタガタッ!と指輪の向こうから物音がした。

 

『ほ、本当かい?』

 

『…バアル、本気か?』

 

「…?はい。それでですね、卵焼きを振る舞ったのですが、アガレスが倒れてしまって…」

 

『…お前のことだ、隠し味だとか言って何か入れたのだろう?』

 

心外な、とは思いつつも事実なので影は言い返さず、淡々と告げた。

 

「ええ、『みりん』です」

 

『お酒じゃないか…』

 

『酒だな…厳密に言えば料理酒になるが、みりんも立派な酒だ』

 

「ええっ!?そうなのですか!?」

 

指輪の向こうで二人が呆れているのを、影はひしひしと感じ取った。

 

『つまり、酒を飲んで倒れたから助けてくれ、と?』

 

「まさか、違いますよ…私達は、昔からアガレスにお酒を飲ませることはありませんでした。なので、彼がお酒を飲んでどうなったのか、それを確認する術はありませんでした」

 

『え?だから倒れたんでしょ?』

 

〜〜〜〜

 

『問題はその後です』

 

璃月にある、救民団璃月支部にて、モラクスとバルバトスは酒を酌み交わしていたのだが、その際にアガレスから通信があったと思えば聞こえた声は影のものだった。

 

二人は顔を見合わせたが、話を聞いていく内にどうやら、そう単純な話ではないことがわかってきたため、酒を飲む手を止めていた。

 

『酒を摂取した彼は僅か数秒で起き上がり、話し方、雰囲気、まるで人格そのものが変わったかのように変化し、アガレスの呪いが消滅したわけではない、ということを言われまして…』

 

二人は思わず顔を再び見合わせた。

 

「…モラクス、どういうことだと思う?」

 

バルバトスの言葉に、モラクスは首を横に振る。

 

「俺にもわからない。魔神の怨恨は彼が500年前に犠牲になる際、それを丸ごと封印した、と言っていたが…」

 

『はい、私もそう言っていたのを耳にした記憶があります…ですが、彼は確かに、アガレスの寿命は、残り数年程度だ、と口にしました。そしてそれが呪いによるものであることも明言していました』

 

つまりは…とバルバトスとモラクスは頭を抱えた。

 

「つまり、僕の行動は…無駄だったってことかな…」

 

「いや、アガレスは500年前、『もうすぐ死ぬ』と口にしていた。彼にとってのもうすぐがいつなのかはわからないが、一年程度をもうすぐ、とするなら、結果的に…」

 

『はい、彼は一時的な時間稼ぎはできるだろう、と言っていましたし、意味がない、ということはないはずです…ですが…』

 

指輪の向こうで、影が胸を抑えているのが、実際に見えているかのようにわかった。

 

『彼は昔、私達が共に食卓を囲んだことを、覚えてはいませんでした…』

 

「なんだと…それは…呪いの進行と共に記憶も失われている、と…そういうことか?」

 

「そう言えばアガレスが復活したての頃───」

 

───それと、『アビス』も最近、行動が活発になってる。その所為でヒルチャールが人里に近づいてきてるんだ。

 

───うーん…俺は見たことない気がするな。見ていたら覚えているはずだし。

 

「───って、ヒルチャールの話をしたときに、彼は覚えていなかったんだ。彼等が生まれたのは1000年ほど前、しかも世界を守護することを念頭に置いていた彼がヒルチャールを知らないわけがなかった…その時は普通に冗談で流したけれど…今思えば」

 

『はい、呪いによって記憶が無くなっていっているのでしょう』

 

モラクスもバルバトスも険しい表情を浮かべた。と、そんな時だった。

 

『すみません、アガレスを待たせていますので…長くなりすぎましたね…暫くこの指輪を借りられないかを交渉してみます。話はその時にまたしましょう』

 

「ああ」

 

「うん、わかったよ。お疲れ様〜」

 

指輪から声が聞こえなくなると同時に、バルバトスとモラクスは大きい溜息を吐いた。

 

「呪いによって記憶が無くなっていっている、ということはつまり魂に関係する呪いだろう。多くの魔神の怨恨が彼自身の魂を蝕む呪いとなって現れている。だからこそ、脳よりも上位の記録器官である魂が蝕まれているため記憶が消えていっている、となれば納得がいく話だ…」

 

「モラクス、今回こそ、僕らでなんとかしないとね…」

 

「…ああ。今度こそは、死なせたりしない」

 

二人は盃に入った酒をグイッと一気に飲み干した。

 

〜〜〜〜

 

指輪での通信を終えた影はふぅ、と溜息を吐いた。思ったよりも深刻だった事態に、そしてそれに気が付けなかった自分に、溜息しか出ないのだ。

 

影はアガレスが待っているはずの部屋に戻ると、机の端から足のみが見えていた。影が入ってきたというのに起き上がる気配がない。

 

「アガレス…って、あら?」

 

アガレスは疲れていたのか、座布団を枕にして穏やかな顔ですぅすぅと寝息を立てていた。影は少しだけ微笑むと、アガレスの頭を持ち上げ、正座して自身の膝にアガレスの頭を乗せた。

 

影はアガレスの頭を撫でたり、頭髪を思い思いに弄んだりしていたが、不意にアガレスの顔を覗き込んだ。

 

「アガレス…500年前にしてあげられなかったこと…沢山してあげますから…だから、死ぬなんて絶対駄目ですよ」

 

言いながらその顔をアガレスに近付け、唇を軽く合わせた。アガレスの顔は、心做しか紅かった。




アガレス「(頭動かされて起きたら大変なことになった)」

というわけでアガレスはばっちり起きてました。ついでに自分がアルコールを摂取した後から影の様子が可怪しかったので可怪しくした原因には気が付いてます。内容は勿論知りません。ついでに体調不良でちょっと仮眠を取ってたら頭が動かされて目が覚めてしまってあんなことになってます。

というわけで酒蒸でした
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