「───大気を震わせるほどの声が聞こえたというのは本当か!」
ファデュイの司令官は大急ぎで離島から戦場付近へ向かいながら部下にそう問うた。後ろを走るデットエージェントが首肯きながら、
「はっ!紺田村に駐留している兵から、確かに聞いたとの声が上がってきております!『売女』様の作戦通りでしょう!!」
「つまり、奴らは策を弄して来るわけか…別働隊へ北東から進軍するように伝えよ!」
「はっ!」
デットエージェントが離脱し、司令官が丁度紺田村付近にある作戦指揮所まで到着した時だった。
「司令官!司令官殿はいらっしゃいますか!!」
天幕内に伝令のファデュイの兵士が入ってくる。急いでいるようであったため、火急の様らしかった。
「何事だ。私はここにいるが」
司令官は至って落ち着き払った様子を見せた。だが、次の続く言葉で、かなりその平静を崩されることになる。伝令の兵士が告げた言葉は、それだけ衝撃的だった。
「進軍させようとした別働隊が稲妻の兵士達に襲撃されております!現在交戦中ですが、かなり押されています!!」
「な…んだと…!?」
司令官は一瞬の放心状態からすぐに立て直し、部下に状況を細やかに確認する。
「司令官、紺田村にも、敵部隊が進行を開始しています。あと10分ほどで会敵します」
「司令官!別働隊より報告!敵部隊の攻勢激しく、作戦を実行することは不可能!至急撤退の許可を!」
「司令官───」
司令官は矢継ぎ早になされる報告を、最早右から左へと聞き流していた。現在の状況が、全く理解できないのである。
先程まで、『売女』の立てた作戦通りに稲妻軍は動き、そしてこちらの損害をほぼゼロにして相手の戦力を大幅に減らすことが出来た。だが、明らかに、そう、明らかに先程までの稲妻軍の動きとは異なる動きだ。それこそ、指揮官が突然変わったとしか思えないほどに。
「っ…戦力を急ぎ掻き集めろ。一先ず幕府軍を迎え撃つ。遅滞戦闘を厳にせよ」
「は、はっ!!」
「それと、別働隊には撤退を許可する、と伝えろ」
司令官は一先ず全員に指示を出してから、歯噛みして天幕内にある机を拳で思い切り叩いた。その額には、冷や汗が浮かんでいる。
「馬鹿な…これでは稲妻の戦力を減らし、時間稼ぎをすることが出来ないではないか…ッ」
『司令官殿!そろそろ接敵いたします!』
「ああ、わかった」
司令官は何も聞かないでくれる部下に若干感謝しつつ、天幕の外に出た。
「───ッ退け!退け!!まともに戦っても勝ち目はない!!」
司令官は戦が始まってから僅か10分で撤退を余儀なくされていた。最初はなんとか兵を適切な位置に配置したことによってギリギリではあったが持ち堪えていたのだ。だが、それも10分経った瞬間に見事に崩れ去った。突然、稲妻軍が撤退を開始したのだ。
司令官は、紺田村よりも少し高い位置から指揮を執っていたため、その理由を最も早く理解し、そして絶望した。尤も、理解したところでどうにか出来るか、と言えばそんなことはない。
稲妻軍が元々いた方向を真正面とするのであれば、ファデュイの軍勢は見事に左右から挟み撃ちを受けた。元々戦っていた稲妻軍の半分ほどの戦力が、それぞれ左右に展開している。そして、冒頭に戻るのである。
「チッ…」
だが、全ては遅かった。ファデュイは稲妻軍の撤退行動、否、ジリジリと後退しながらの戦闘によってファデュイを紺田村から引き摺り出したのだ。そのため、撤退しようにも村にも稲妻軍が入り込んでいるため、元々後方にいたファデュイのみがなんとか撤退出来ているという状況だ。それ以外の大多数のファデュイは稲妻軍に包囲され、数に任せて連携を取り少しずつ数を減らしている。
「潮時だな…我々だけでも撤退する。あとは離島での籠城戦だ」
「し、しかし司令官…まだ部下が…」
司令官の副官の言葉に、司令官は副官を睨み付けた。
「そんなことは、百も承知だ…だが、あの状況から彼等を救ってやれる力は、俺にはない…!だからこそ…だからこそ祖国を信じて死んでいったあいつらを、無駄死ににさせるわけにはいかないだろうが!いいか!撤退だ!!」
「…ッ…了解、致しました」
司令官と副官、そして数十名のファデュイの兵士は離島へ向けて撤退を始めた。戦場に残ったファデュイは司令官が撤退したのを確認すると、出来るだけ暴れるようにして死んでいった。降伏を迫られても決して降伏せず、最後まで抵抗し、戦闘開始から45分で戦場のファデュイは一掃された。
〜〜〜〜
「───そうか…被害はないが、ファデュイの連中がやはり降伏勧告には応じなかったか…予想通りではあるが、やはりやるせないな」
離島の家の物陰で俺は指輪に向かって話し掛けていた。いや、断じて怪しいやつではない。旅人に、戦闘が終了したら連絡をくれ、と言っていたのだ。と、いうのも詳しい状況を聞くためである。
『うん…それは私も思ってたんだけど…取り敢えず、報告はこんな感じ。そっちの進捗はどんな感じなの?』
進捗、か…。俺は少し考え、
「裟羅と綾人が十数名生存者を見つけた。色々と労働力として使われていたようだったが、他には生存者はいないらしい。二人には先に船で護送してもらっているから、受け入れに関してはそっちに話を通しておいてくれ」
『わかった。アガレスさんの進捗は?』
「怪しい建物はあらかた満たし、ファデュイも大体一層できたはずだ。残るは元々柊家…勘定奉行の屋敷として使われていた場所だけだ。指揮官が居座るには丁度いい屋敷だし、間違いなくそこにいるだろう」
「───クッ…なんだあの軍勢は…!!」
「っと、すまない…先程の戦闘を指揮していた存在が離島に戻ってきたようだ。少し話を聞いてみる。それじゃあ切るぞ」
『うん、気をつけてね』
俺は見えてもいないのに首肯くと、指輪を弾いた。俺は数十名程度のファデュイを引き連れる男の前に出る。男は驚いたように固まったが、ファデュイの兵士達が一挙に後ろから姿を現した。
「まあまあ、一旦話し合おうぜ、ファデュイの司令官殿」
「…そういうお前は何者だ?まさかここにのんびり観光気分、というわけでもあるまい」
何者、か。言われて見れば影にちゃんとした役職貰っておけばよかったな。
それにしても、どう名乗ったものか…と俺が頭を悩ませていると、ファデュイの司令官が、
「名乗りたくないのであれば別に構わん。だが、侵入者としてどちらにせよお前は殺さねばならん」
ファデュイの司令官が指を軽く動かしたのが見える。
…後ろ、か。
「ッ…ゴフッ」
俺は背後に向けて刀を突き出し、襲いかかってきたデットエージェントを串刺しにした。刀を振ってデットエージェントを刀から抜くと、俺は少し笑う。
「交渉決裂…っとまぁ、交渉ってほどのもんはしてなかったっけ?」
「殺れッ!!」
司令官の号令で一斉に俺へファデュイが襲いかかってくる。ファデュイ重衛士・水銃、ファデュイ遊撃兵・炎銃が多少いるし、ファデュイ遊撃兵・岩使いによって守られているし、布陣的には割と面倒な布陣だ。
何が一番面倒臭いか、って最初から皆臨戦態勢だったせいでシールドついてるんだよな。元素の影響で攻撃が通りにくくなってるから刀で一刀両断するのは難しいだろう。
「まぁだからと言って苦戦するとは一言も言ってないが」
シールドには不利な元素が必ず存在する。例えば俺の目の前で巨大なハンマーを振り被っているファデュイ前鋒軍・雷ハンマーのシールドの弱点は氷元素だ。
俺は自身の拳に氷元素を纏わせると、ハンマーが振るわれる前に懐に潜り込んで思いっ切り腹を殴りつけた。
「まず、一人…」
俺の拳はまず纏った氷元素でシールドを引き剥がした。その直後に俺の拳が物理的にファデュイの腹を貫いたのだ。
最悪の場合元素爆発を使わなきゃいけなくなるが、今はまだしなくていいだろう。それよりも…と俺は風元素を足と地面の間で爆発させながら高速で動く。ついでとばかりに腕に色々な元素を取っ替え引っ替えしながらファデュイを倒していく。
と、いうかこんなに高速で動いているのにも関わらず俺が一瞬止まった隙を見計らったかのようにファデュイ遊撃兵・炎銃の狙いが結構正確なため、普通に走って避けようとすると弾が命中しかねない。加えてファデュイ遊撃兵・岩使いのバリアでこちらからの遠距離攻撃は通らない。
「なら近付けばいいだけなんだよなぁ…!」
大体半分まで減らしたところで、俺は一挙に空中に浮き上がるように風元素を調節すると、全員の視線を一旦上に集めた。勿論、ファデュイ遊撃兵・炎銃はこちらへその銃口を向けている。
「隙あり、だな…」
俺はファデュイ遊撃兵・炎銃が銃弾を放った瞬間、風元素で一気にファデュイ遊撃兵・岩使いのバリアの中に侵入し、ファデュイ遊撃兵・炎銃の首を、水元素を纏った刀で刎ねた。真横にいることに気が付いたファデュイ遊撃兵・岩使いがバリアを解除し、石礫を飛ばしてくるが、前進しながら最小限体を捻って避けると、刀を仕舞って武器を大剣に持ち替え、ファデュイ遊撃兵・岩使いに遠心力を加えた大剣を叩きつけ、吹き飛ばした。
ファデュイ遊撃兵・岩使いは今頃吹き飛ばされた先で伸びてるだろうし、これで遠距離攻撃も使用できるな。とまぁその前に少し大剣を使うか。
俺はファデュイ前鋒軍・雷ハンマーの攻撃を真正面から受け止めると、ハンマーを弾き返し、大剣を地面に突き刺しそれを支点にしてくるっと一回転してからファデュイ前鋒軍・雷ハンマーを蹴り飛ばした。勿論、足には氷元素を纏わせているため、シールドはほぼ意味を成さず、首の骨が折れる音を響かせながら吹き飛んでいった。
そのままの勢いで腕に力を込めて地面から大剣を引き抜き横薙ぎに振るいながら自分の体ごと吹き飛ぶ。俺の吹き飛んだ先にいたのは雷蛍術士だった。かなり慌てて雷元素のシールドをはろうとしていたが、もう遅く、大剣で地面に縫い付けられた。
さて、ファデュイを一掃する方法は幾つかある。だが、今回は一番シンプルなものにしようと思う。
俺は遠距離攻撃の心配がないのをいいことに風元素で空中に浮き上がると、まずは氷塊を生み出し、無差別に放つ。雷蛍術士、ファデュイ前鋒軍・雷ハンマーはこれで大体片付いた。
こうして、元素を変えて無差別攻撃を行うことによってファデュイの元素が色々でも対処できるのである。俺はファデュイの死体が大量に転がる中、腰を抜かした様子の司令官の前に降り立った。
「クッ…貴様は…悪魔か…!」
「なんと呼んでくれても構わないが…その言い草はないんじゃないか?突然稲妻の離島で過ごしていた人々の生活を奪ったお前達の方が明らかに悪魔だろう…いや、まぁ戦争に関してどっちが悪だ、とかを議論するつもりはないんだが」
「それは…お互い様だろう…俺達だってこの戦争で多くのものを失った。特に、この数週間は酷いものだ…それも全て、あの方が再び策略を練る時間を稼ぐためだ。わかるか?祖国の勝利のために、我々は死を強制されるのだ。わかるか?俺は部下に、嘘を言わねばならないんだ。必ず助けが来る、だとか、今を耐えれば、とかな」
自嘲気味に司令官は笑う。そして司令官は独白するように叫んだ。
「救いなぞ、あるはずがないだろう!!祖国の勝利ために時間稼ぎをしろ、と言われれば聞こえは良いが、それはつまり救援などないのと同義だろうが!!こいつらはそれすらも知らずに、最後まで救援が来ると信じて死んでいったんだ!!」
俺に叫んでも意味がない、と思ったのか、ハッとしたような顔を浮かべて彼は俯いた。
「三年間…三年間、祖国の大地から離れ、家族の下からも離れ、死んでいったファデュイ達は仲間と共に尽力してきた。だが、たった数週間でその努力は全て無駄だったと、お前達に…いや、お前に思い知らされた…」
なぁ、最後に教えてくれ、と彼は呟く。
「どうして、お前はそんなにも、強くて、眩しいんだ?」
強くて、眩しい、か。俺は首を横に振る。
「俺はそんな大層な存在じゃない。ただ…そうだな、強いて言うのなら、自分の大切な物を護るためなら、人はどこまでも強くなれる。それが心の強さなのか、或いは物理的な強さなのかはわからないがな」
俺がそう苦笑気味に言うと、「そう、か…」と呟いて、フッと笑った。
「お前、モンドで元々栄誉騎士だっただろう」
「…何故それを?」
「元々、俺はモンドにいたんだよ。西風大聖堂にいたんだが、一年前に追い出されてしまってな」
俺は少し考えて、その人物に思い当たった。
「名前は確か、ヴィクトル、とか言ったか…リリーに懐かれていたな…まさか、こんなところにいたとは」
「俺も驚きだよ。モンドで栄誉騎士やってたアンタが、戦争でこんな残虐非道なことやってるんだからな」
司令官、改めヴィクトルは先程より若干口調が軽い。思えば、こちらが彼の素だった。
「俺は一年前に稲妻に配属されたんだが、そこで功績をあげる内に司令官になってな。今日まで至るってわけだ。まぁ、お前に比べたら経験も圧倒的に足りないから、手玉に取られたわけだけどな」
苦笑しながら、ヴィクトルはこちらを見た。
「なぁ、最後に、俺の願いを、聞いてくれないか?」
「…聞こう」
ヴィクトルはありがとう、と一言俺に告げると、願いの内容を俺に言った。
「大聖堂にいたリリーって子がいただろ?あの子は元気か?」
「ああ、元気に育ってる。偶に俺にお前のことを聞いてくるんだ」
ヴィクトルは嬉しそうにはにかむと、キッと俺を見つめた。
「伝えてほしいことがある。『これからも健康には十分気をつけて過ごせ。それと…必ず戻ってくるっていう約束を果たせずにすまない』と」
心底申し訳なさそうに、ヴィクトルは言った。俺は大きく息を吸い、そして吐いた。ヴィクトルは不思議そうに俺を見ている。
「…それは、自分で伝えろ」
「なっ…何故だ!」
「当たり前だろう。お前達は多くの稲妻人を不幸にしたんだ。これからの人生で贖ってもらわねば困る」
「───前も、そんなこと言ってたね、アガレス」
俺は背後から聞こえた声に反応し、高速で振り返り、拳を振るったのだが、俺は何故か寸止めしてしまった。予想はしていたのだが、思っていたより彼女がここにいることに驚いたからかもしれない。
「やはり、司令官はお前だったか…『売女』ルフィアン」
俺がそう言うと、彼女は困ったように笑うのだった。
最近アガレスが人の命を軽く見てるんじゃね?みたいに思われる方がいるかもしれないので一応補足いれとくと、『呪い』に関係してそういった部分の感情が薄くなってきてるんですよね。どちらかと言うと、アガレスがこの世界に生まれた時に近くなってきてます。
と、いうのも、アガレスが生きていく中で『人はあまり殺したくない』という価値観を友人達から貰っていたのですが、それが呪いのせいで魂が削られてるんですよね。
そういうわけでメンタル面にも影響がある恐ろしい呪いのお話でした。
次回か、その次で終わると思います。一応、稲妻編はそれで一段落ですね。