第101話 おや、アガレスの様子が…①
稲妻の戦争が終結してから一ヶ月。稲妻での諸々が片付いたため、久し振りにモンドへ戻ってきていた。旅人だが、海祇島の地下にあるとされる淵下宮の探索をしている。最初だけ手伝ったが、その後は手伝っていない。まぁ俺も忙しかったため手伝いに行けなかったのはある。
救民団本部に戻ってくるのは割と久し振りだ。まぁ、そうは言っても離島奪還作戦の最後に戻っては来たが、アレはまぁ、ノーカンだろう。
「さて…ほぼ自分の家なんだが緊張するものだな…」
救民団本部の前に立ち、深呼吸をした。気持ちを整え、ドアノブに手をかけると、
「…アレ?」
ドアが開く。だが、俺の足が前に進むことはなかった。それどころか、視界がぼやけている。
「……アガレスさま!おかえりなさいませ!」
ノエルが出迎えてくれているのがわかる。俺は精一杯の去勢を張って笑顔を作ると、
「ああ…ただいま…取り敢えず中に入るぞ」
「…?は、はい」
言葉を話せたのは、そこまでだった。
「アガレスさま、その…顔色が…」
ノエルの心配そうな顔が見える。見えるだけだ。それ以外は何も出来ない。息ができない。原因を考えることすらできない。
「アガレスさま!?」
俺はそのままノエルに倒れ込む。ノエルの慌てふためく声を聞きながら、俺の意識は暗転した。
〜〜〜〜
「アガレスが倒れたって!?」
アガレスが倒れてから五分ほど経ってからすぐにバルバトスが救民団へ駆けつけた。
「バルバトスさま、こっちです!!」
現在家にいるのはノエル、そして居候であるヴィクトルとルフィアンこと、アンだけだった。バルバトスはノエルの案内でアガレスの眠る部屋へ飛び込んだ。中で様子を見ていたヴィクトルとアンの二人は思わずビクッと震えた。
「二人共、アガレスに変わったところは?」
二人は首を横に振る。バルバトスはキッと鋭い視線でアガレスを見た。アガレスは死んだように眠っている。バルバトスは不意にアガレスの来ている黒衣を脱がせた。
「ッ…これは…」
「!!」
その場にいた全員が息を呑んだ。アガレスの肉体に、黒い紋様が浮かび上がっていた。
「…これは…魔神達の呪いだね」
バルバトスが冷や汗を浮かべながらアガレスの体に浮かぶ紋様を見た。ノエルが首を傾げる。
「魔神の呪い、ですか…?」
「知らなかったかい?アガレスはね、僕達を護るために、魔神の呪い…つまり、魔神達の怨む感情や憎む感情を全て引き受けたんだ。彼等の呪いが僕達に、ひいてはこの世界に向かわないように、全ての呪いをその身に宿しているんだよ。まぁ、こんなに進行してるとは思わなかったけど」
バルバトスはそう説明し、アンを除くノエル、ヴィクトルはかなり驚いた様子を見せた。ノエルは絶望したような表情を浮かべた。
「そんな…アガレスさまは」
「うん、勿論、魔神の怨みや憎しみは相当のものだ。しかも彼の場合、数体の魔神じゃなくて、数十体の魔神の怨恨を一身に引き受けているのだから、無事であるはずがない。けれど、彼は今の今までそれを隠し通してきたんだろうね」
バルバトスは表情を歪め、アガレスを見た。
「ルフィアン…じゃなかった、アンとノエル、ヴィクトルはアガレスをお願い。僕はじいさんと眞と影を呼んでくるから」
バルバトスはそう言うと部屋の窓から去って行った。残された三人は交代でアガレスの様子を見て、途中で仕事から帰ってきたエウルアとレザーも加わり、交代でアガレスの世話をすることになった。
一時間後。救民団本部のすぐ近くに、トワリンが降り立り、首の上からバルバトス、モラクス、眞と影が降りてきた。
「待たせてごめんねノエル。有識者を連れてきたよ」
バルバトスがノエルにそう声をかけ、トワリンを見た。
「ふむ、あやつが倒れるとは時代は変わるものじゃ」
少し遅れて八重神子がトワリンの背から降りてきた。その表情に普段の笑みは存在しなかった。
バルバトス達がアガレスの眠る部屋に入るなり、八重神子は目を細めた。
「神子、どうかな?」
バルバトスが八重神子にそう問うた。八重神子は首を横に振った。
「状況はかなり悪いようじゃ。じゃが、原因ははっきりしておる」
周囲の視線が八重神子に集まる中、何でも無いことのように告げる。
「魂に掛けられた呪いを浄化することは現状では最早不可能じゃ。複雑に絡み合ってどうしようも無くなっておる。幾ら妾でもこれを取り除くことは不可能じゃ。時間をかければなんとか糸口程度は見つけられるじゃろうが、今の状態ではそれも叶わぬ」
じゃが、と八重神子は続けた。
「少なくとも、呪いの進行を停滞させることは可能じゃ。呪いに込められておるのは憎悪や怨恨、屈辱といった負の感情。つまり、アガレスに正の感情を抱かせることによって呪いの進行を抑えることが出来るはずじゃ」
無論。確証は無いがの、と八重神子は少し笑いながら言った。するとアンが挙手をした。八重神子は目を細めると、続きを促す。
「あのさ、負の感情と正の感情の理論はわかるんだけど、その根拠は?正の感情と負の感情が関係しているみたいな事実はなかったと思うんだけど?」
八重神子はアンの言葉に今度は嬉しそうに目を細めた。
「ふむ、尤もな疑問じゃ。じゃがそもそも、アガレス殿がここまで持ったのが奇跡としか言いようがない状態じゃ」
複数、それも大勢の魔神の怨恨を一身に引き受け、数千年も生きているのだ。普通ならばもう既に死んでいてもおかしくない。にも関わらずアガレスが死ぬことはなかった。そこに、八重神子は目をつけたわけである。
「他の要因があるかもしれぬが、仮に妾の仮説が間違っていようが合っていようがアガレス殿の命は数年といったところじゃろう。それであれば妾の仮説を試してみるのも悪くはなかろう?」
「それは…うん、その通りだね。それじゃあ具体的にはどうすればいいのかな?凡人でも出来るようなことならいいんだけど」
「その点は心配無用じゃ。ただ単にアガレス殿が喜んだり、嬉しく思ったり、幸せに感じたり…まぁ簡単に言えばアガレス殿にプラスの感情を抱かせることじゃな。妾の見立てではそれで100年ほどは生きられるはずじゃ。それ以上は呪いを解かないと無理じゃろう」
「つまり、私達でアガレスに出来るだけ幸せな感情を抱かせればいい、と…そういうことですね、神子」
影は言うなり、バルバトスとモラクスを見た。
「お二人共、昔から言っていますが、あまりアガレスを困らせないで下さい」
「…でも、じいさんが」
「…だが」
「いいですね?」
「「はい…」」
影がバルバトス達と何事かを話している間、ノエルとエウルア、そしてレザーも話し合っていた。
「アガレスさまが喜びそうなこと、ですか…」
「う〜ん…言われてみれば思いつかないわね。正直、私達から彼に親切にしたことってあんまりないわよね?だったら何か手伝えばいいんじゃないかしら?」
「…アガレス、一人でなんでもできる。だから、手助け、必要ない。他のことを、考えよう」
「そ、それもそうね…思えばあの人、出来ないことってあるのかしら?」
などと難航はしていたが、色々と話し合っていた。一方、取り残されているヴィクトルとアンは互いに顔を見合わせていた。
「う〜ん…ヴィクトル?私達も考えない?」
アンは少し笑いながらそう提案したのだが、ヴィクトルは無愛想だった。因みにヴィクトルはアンに対して敬語を使わないように、アン自身から言われていた。何でも、『自分はもう執行官ではないし、主従関係でもないから』らしい。
「…俺はリリーに礼も言えたし、これから遊ぶ約束もした…アイツには確かに感謝はしてるが…どうでもいいなぁ…」
さて、ヴィクトルの言葉に、その場の全員が反応し、全員ヴィクトルを見た。ある者は信じられないようなものを見る目で、ある者は殺意の籠もった眼差しで、そしてある者は純粋に驚いているような目をそれぞれ向けていた。
これに焦ったのはヴィクトルだ。
「い、いや、その、全部冗談だ。真面目に考えるぞ」
全員が視線を逸した。いや、アンのみ苦笑いをしながらヴィクトルを見ていた。
「それで、どうしたらいいと思う?」
「どうもこうもないだろう。今まで幸せにできた人間は少ないからな。どうすればいいかはわからん」
ヴィクトルの言葉にアンも首肯く。
「だけど、取り敢えず私達も救民団で働こうよ。彼も私達が人のためになることをしてるってわかったら喜ぶだろうし」
アンは少し笑いながらそう言った。だが、ヴィクトルは複雑な表情を浮かべていた。
「…いいのか?それは氷の女皇に背くことになるぞ?正式に国交を断たれたモンドにいるだけでも俺達は異分子扱いだ。この街の人々は受け入れているわけじゃないだろうが、アガレスが保護してるからってだけで関わってこないだけだろう?」
ヴィクトルの言葉を受けたアンは、困ったように笑った。対するヴィクトルの表情は真剣そのものだった。
「このままじゃ俺達はファデュイのデットエージェントに消されるぞ?」
だがしかし、そんなヴィクトルとは対称的に、アンはアガレスを見て少し笑う。
「覚悟の上だよ。私はただ、助けてくれた恩を返したいだけだから。結果的に私が死んでしまったとしても、別に構わないよ。死ぬつもりはないけどね」
アンは言いながら自身の右頬を撫でた。その頬から首にかけて青い痣があった。
「それにさ…呪いに蝕まれる辛さは、私もわかってるつもりだから」
アンの言葉に、ヴィクトルは少し鼻を鳴らすと、
「…そうか。ったく、わかったよ。やればいいんだろやれば」
そう言うのだった。
題名軽すぎ問題…?さぁ、知らんよ。