「それでアガレスさん、話って…」
俺の顔を覗き込む旅人に対して俺は軽く微笑みながら口を開いた。
「モラクスから、お前は俺達のことを決して忘れない、と聞いてな。驚かずに、そして否定もせずに、ただ…少しだけ聞いてくれないか?」
旅人が首肯いたのを確認してから、話を始めた。
「…この世界は、どうやら偽物らしい。数多ある可能性、その分岐点から派生した、存在しないはずの未来…それが今俺達が生きている世界みたいなんだよ」
旅人とパイモンは半信半疑の目を俺に向けてくるが何も言わずに話を聞いてくれるようだった。
ありがたい、なんて思いつつ申し訳無さも込み上げてくる。
「俺という存在は確かに今ここに存在している…しかし、俺は本来存在するはずのない者らしい。だからこの世界に不釣り合いなほどに強大な力を持っているのだ、と」
俺は更に続けた。
「前に、俺はお前に言ったな。『忘れ去られている』と。だが…俺はお前達だけに忘れ去られていたんじゃない。世界そのものにも一度、忘れられ、去られていたんだ」
元神アガレスという存在は本来であればこの世界が創造される前に跡形もなく消え去るはずだった。しかし現に俺は今このテイワットに存在してしまっている。
前世界の遺物が存在しているという異常、そして滅びゆく世界に忘れ去られた俺はこの世界で一人だけだった。
そういえば、と俺は旅人に一つ尋ねた。
「俺のもう一つの人格のことは知っていたか?」
旅人は俺の言葉に首肯く。因みに、問いかけてすぐに復活してから初めて行った璃月で宿を取れずに塵歌壺を宿代わりにした時に色々と説明をしたのを思い出した。まぁとはいえ、『あの時は酒を飲んだら出てくる人格』程度の認識だったから詳しい説明を俺もできなかった。
だが今は違う。
「あの人格は一番最初の俺…お前と出会うずっと前、何よりこの世界がこの世界になる更に前に存在していた世界の人格だったようだ。俺の性格は異なっていたが、世界自体は概ね同じだった。まぁ…500年前の終焉で滅んだという点では異なっているがな」
そもそもそれを止めるため、何より俺がなんとかしてくれると信じて送り出してくれた仲間がいた。だからこそ俺は500年前終焉が引き起こされることを知っていて、尚且止めることができたわけだ。
その旨を旅人達に話し、俺は一旦言葉を区切って反応を少し確かめる。旅人の目に狂いも焦りもなく、しっかり消化できているようだったので続ける。
「…その時の俺は弱かった。当時の『八神』の中では最弱と言っても過言ではなかった。その御蔭というべきか、魔神戦争ではより多くのものを失った。そして自暴自棄になり、酒に溺れたのさ」
今になってようやくわかったが、一周目の俺はどうやら消えるのと同時に魔神の呪いをその身に全て引き受けたようだ。それにより完全に彼の魂は消滅した。呪いは基本的に対象を破壊すれば解けるようになっているので彼は自らの魂と引き換えにして俺を救ったのだ。
同じ俺の好、と言ってしまっては都合がいいが彼は俺に色々なことを言ってきた。その覚悟を確かめるかのような言葉の数々は確かに俺の心に決して抜けぬ棘のように突き刺さった。
だが、だからどうした、と俺はそう告げた。ここで立ち止まってどうする?それで俺を救ってくれた皆が、俺に思いを託して逝った者達が救われるか?いや、立ち止まっても、そうでなくても彼等には永遠に救いはない。終焉で滅び、救いようのない死を遂げた彼等に報いてやれるのは俺しかいないのだ。
「だから今生では酒を飲むと無理矢理意識が切り替わるようになっていた。酒に溺れ、鍛錬を怠らぬように」
「アガレスが酒を飲めないのって、そんな理由だったのか…」
パイモンがそう感想を漏らしたが当然の感想だろう。そういう体質、と言ってしまえばそれまででありそんな深い理由があるとは俺も思っていなかった。
俺はパイモンの言葉に首肯くと再び続ける。
「一度目の終焉の理由は不明だが、訪れるであろう終焉…つまり500年前の終焉を止めるために俺は自らを鍛えた。だがそれが仇となって知っての通り終焉を引き起こしてしまったわけだ」
俺は目を瞑り思い出すように告げる。
「ダインと空は、一周目の俺の存在を知っているようだった。何より彼等と共に旅をしたみたいだが…その記憶は今の俺にはない。ただ、ダインのことはある程度思い出すことができた。勿論全てではないが…ハールヴダンのことを知っていたのもそれが原因だ」
そのハールヴダンも俺のことを覚えているようだった。500年前に俺とハールヴダンは会っていないはずなので彼は一周目の俺達のことを覚えていた数少ない存在だったのだろう。理由は勿論不明だがな。
俺は再び目を開いて俺の顔を覗き込む旅人を見やる。俺の話は終わったがどうしても彼女に伝えておきたいことがあったのだ。
「旅人、お前と俺は、ある意味で別世界からの来訪者という点において同じだ。だがお前には肉親がまだ存在している。それを…心から羨ましく思うよ」
俺は少し複雑な笑みを浮かべながらそう言う。そんな俺の顔を見た旅人は少しだけ目を伏せた。
「だからこそ…お前のその肉親を大切に想う気持ちもまた大切にして欲しい。前から手伝うつもりではあったが約束しよう。絶対にお前達双子を…俺のように不幸にさせはしない」
俺はそんな彼女を励ますようにそう言いながら笑みを作って右手の小指を差し出す。羨ましく思う気持ちはあれど、どうにもならないものはならないのだから、だったら同じ境遇の誰かを救ってやりたい、と俺はそう思う。
旅人は驚いたように固まりつつも小指を俺の小指に絡め指を切る。
「…ありがとうアガレスさん」
旅人は俺に礼を言いつつ今度は手を握って俺の胸の上にそのまま置いた。俺が首を傾げていると旅人は俺に言い聞かせるような声音で言った。
「でもね、アガレスさん。確かにここはアガレスさんにとっては生き辛い世界かもしれないし、肉親なんかもいないかもしれない。でも、私達は少なくともアガレスさんのことを忘れたりなんかしない」
旅人は俺の目を真っ直ぐ覗き込みながら更に続けた。
「私も、パイモンも、モンドの皆も、璃月の皆も、稲妻の皆も…アガレスさんに感謝してる。だからアガレスさんが困っていたら助けになりたいとも思うし無茶してたら心配もする。アガレスさんが私達を不幸にしないようにしてくれるのなら───」
旅人はニコッと笑う。
「───私達はアガレスさんを幸せにするよ」
「そうだぞ!オイラ達、アガレスの友達だし困ってたら放っておけないぞ!」
旅人の言葉にパイモンも同意する。ややあって、俺は無言のままそっぽを向いた。旅人とパイモンが俺に心配そうな視線を投げかけてきているのがよくわかる。
「…少し寝る」
俺はそのまま目を瞑る。旅人とパイモンは何を思ったのか少し笑うと、
「うん、ゆっくり休んで」
「おやすみアガレス!お迎えが来たら起こしてやるからな!」
そう言ってくれた。俺は少し笑って先程の言葉に対しても礼を告げながらその意識を闇に沈めるのだった。
〜〜〜〜
「…アガレスさん、寝ちゃったね」
「おう、そうだな」
旅人が自分の膝の上で規則正しい寝息を立てるアガレスを見ながら言った。パイモンはそんなアガレスと旅人とを心配そうに交互に見た。
「…アガレスさんは確かに強いからこの世界の人じゃないって言われてちょっと納得した」
暫く無言だった旅人がパイモンにそう言った。パイモンはうんうん首肯く。
「そうだな、アガレスはお前みたいな感じで全元素を扱えるから、言われてみればーって感じだったぞ」
「…普段はアガレスさんは優しくて強かな人で芯が強い人だけど…やっぱりそれでも色々気苦労はしてるはずだし…何度も何度も忘れられて孤独を感じないはずがないよ」
旅人はアガレスの頭を少し撫でる。
「だからこそ…絶対孤独にさせたりなんかしないし不幸になんかさせない。この人が守ろうとしているものを私も守りたい」
パイモンは旅人のその言葉に力強く首肯いた。
「おう!アガレスもやっぱり、結構寂しかったんだろうし、オイラ達で居場所を護ってやろうぜ!」
「そのためにはやっぱりアガレスファンクラブを大きくするしか…」
「そ、それは多分アガレスに怒られる気がするぞ…」
旅人とパイモンはそう言って笑う。笑いながら、旅人は思う。
───例え世界がアガレスさんを忘れ去っても、私だけは絶対に忘れない。それがきっと唯一の…私にできることだから。
ということで層岩巨淵はまだ続きますが一区切りですかね。
用事が一段落したので投稿させていただきやした。