忘れ去られたもう一柱の神   作:酒蒸

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第140話 業⑤

休憩中、腹が減っては戦はできぬという諺があるというように久岐忍が持ってきていたスミレウリを串に刺して焼いている。少し美味しそうだが腹は減っていないので俺は遠慮しておくとしよう。

 

そんな焚き火の近くにいた旅人だが、疲労感からか眠っており、そんな旅人の近くでパイモンが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

 

荒瀧一斗と久岐忍、煙緋は同じ場所におり談笑しているが、夜蘭は一人のようだ。相変わらず単独行動が好きなのか、と思ったが今は仕事モードだからだろう。

 

そういえば魈の野暮用はなんとかなったのだろうか?と思っていたのだが、煙緋の声が少し聞こえてきた。どうやら、魈は俺と別れた後旅人達と合流したらしい。ところが秘境を抜けてからは俺を探すと言っていなくなってしまったらしい。先ず間違いなくまた面倒事に巻き込まれてしまったのだろうが魈なら問題ないだろう。

 

さて…この秘境に飲み込まれてからどれくらい経っただろうか。疲労感的には3日くらいだろうが、疲労というものをあまり感じない俺にとっては疲労感は当てにならないから…あれ、理論が崩壊したな。脳の疲れ方的には三日間くらいだろう、うん。

 

「旅人ぉ…目が覚めたんだな〜!」

 

などと考えていたらパイモンのそんな声が聞こえてきた。どうやら旅人が目を覚ましたらしく、おはよう、なんてやり取りをしていた。何故かパイモンが泣きじゃくりながら旅人に抱きついている。旅人はそんなパイモンの様子に困惑していたが背中を擦ってよしよししていた。やはり仲良しだな…相棒か、モラクスやバルバトスなんかがソレに当たるのかもしれないが…う〜ん、と微妙にならざるを得ない。そもそも俺のように国を持たない神なんて千年以上見ていないしな。

 

「おはようパイモン…一日くらい寝た気がする…」

 

旅人はあくびをしながらそう呟いている。その言葉を聞いたパイモンが驚いたように旅人を凝視し、

 

「何言ってるんだよ!!あのまま何ヶ月も目を覚まさないから心配したんだぞ!!」

 

そう言った。その声にその空間にいた全員の視線がパイモンに集まった。無論、俺もその内の一人である。

 

旅人は一日、俺は3日…そしてパイモンは数ヶ月。この空間に来てからの時間の感覚がそれぞれ違うというのは奇妙な感覚だ。他の皆にも確認を取ってみたが、どうやら全員それぞれ異なっている様子だった。

 

「私は一週間程度だと思っていたんだが…妙だな」

 

煙緋がそう呟きつつも結論は今の所出なかったのか首を横に振ると、

 

「とりあえず私達にも収穫はなしだ。結局今日も出口への糸口は見つからず…」

 

少し憔悴した様子を見せる。それに目敏く気付いた久岐忍が「ずっと根を詰めていたからな。水分補給をして休んだほうが良い」と煙緋を労っている。

 

実際どうやってこの空間から脱出するのかはわからないというのが現状だ。元素爆発などで強い衝撃を与えれば空間に歪みを起こすことは可能だろうが…それこそ最終手段だ。何より俺の元素爆発は周囲を巻き込むことに加え手加減が難しい。そしてこの空間の強度自体不明瞭だ。何もかもが曖昧過ぎる。

 

下手に強い力を加えれば…最悪自分達が空間ごと壊れることになるだろう。そうなれば待っているのは否応のない死だ。そうでなくとも精神的に磨り減っていき発狂…何にせよこの空間を脱出しなければ未来はないだろう。

 

「…いや、待てよ?」

 

俺のその思わずといった呟きに、その場にいた全員の視線が集まる。

 

「…妙だな。パイモンはこの空間に来てから数ヶ月…その他の面々もそれなりに時間は経っていると感じており、かつそれは総じて一日以上…お前達は空腹感を感じているか?」

 

その言葉に、全員がはっとしたような表情を浮かべ、久岐忍は焚き火の付近で串に刺さって焼かれているスミレウリを見ている。

 

焼いたは良いものの、遠目では焼けていないようにも見えるそのスミレウリは、誰かが食べようとしたわけでもなければ誰かが空腹だと騒いだわけでもない。ただ、久岐忍が気分転換や、それこそちょっとした腹拵えのために焼いたものだったようだ。

 

だが、沢山ご飯を食べそうなパイモンも荒瀧一斗も腹が減ったとごねてはおらず、煙緋はこの状況を「まるで肉体が停滞しているようだ」と評したが正しくその通りのような気がする。他にも精神的なものはともかく、肉体的な疲労度はこの空間へ入る前とほとんど変わらない、と言っていた。休んでも回復することもなく、逆に悪くなることもなかったようだ。

 

正しく、『停滞』しているのだろう。そして俺を探しに行った魈が戻ってこないことに加え、旅人が魈が呼びかけに反応しないことを告げた。

 

魈…いや、降魔大聖は一見つっけんどんとしているが、自分が一目置く存在には結構甘い奴だった。旅人のことは彼も一目置いており、尚且べた褒めしていた。その旅人の呼びかけに応じないということはまたトラブルに巻き込まれているのだろう。

 

「…魈が戻ってこない辺り…何かに巻き込まれているな。俺を探しに行ったのなら、また秘境に入っているはず」

 

となればまた秘境の入り口か何かを見つけねばならないだろう。それにはまた…何らかの行動を起こさなければならないのだが、最初の時点でなぜ突然秘境が現れたのかは不明だ。いやそもそも、夜蘭はどうやって新たな通路を見つけたのか。

 

いや、考えてもこれは意味のないことだ、現に彼女が最も執念深く出口への道を探っている。そう考えれば見つかるのは妥当だ。

 

「…皆、ようやく道を見つけたわ」

 

現に今も、夜蘭は新たな道を見つけてきた。夜蘭がやって来た方向に新しい道があったらしい。それなりに長い時間探索していて今見つかったとなると、何らかの要因で新しい道が出来上がったと見たほうが良さそうだな。

 

さて、焚き火を消し、スミレウリを回収した後、夜蘭の案内で新たな道へとやって来た俺達はなにもない場所に案内された。出口だ出口だと一様に騒ぎ立てていた者達は思わず残念そうな溜息を漏らした。

 

まぁ、俺も同様ではあるが夜蘭は無意味なことはしない。ということはこの空間に何らかの秘密があるのだろう。実際、それが何かは今の俺にはまだわからないが。

 

そう思っていると、夜蘭は少し先にある若干膨らんだ岩の辺りに手を当てると、少し叩いていた。そしてその音は硬い岩を叩いた時のコンコンという音とは異なり、タンタンと少し反響するような音だった。

 

「…その奥に空間があるな」

 

俺の言葉に夜蘭は振り向きつつ首肯く。どうやら、ビンゴのようだがよくもまあ見つけたものだ。正しく執念だろうが、根を詰め過ぎているようで、若干だが憔悴した様子を見せている。だが顔色が僅かに青くなっているだけで身体的な疲労感は見て取れない。恐らく精神的なものだろうが、恐らく俺以外は気付かないほど細かな変化だ。

 

そんな状態で尚夜蘭は説明を続けようとしている。

 

「加えて、気付かれにくくするような加工も施されている…俗に言う、『隠蔽の術』が施されているようね」

 

全ては通路を隠し通すため、か。明らかにこの空間は人の手が加えられ、そのどれもが精神を摩耗させることに特化している。そして何より、この空間を作成した存在は性格が悪いことに、意思ある存在の精神が如何様にして疲弊していくのかを理解しているようだ。

 

まず地下へ落ちてきてからの出口を探そうとする心理を利用して道を作る。無論、そこへ至るまでも一筋縄ではいかず、ある程度の時間をかけて新たな道を見つけねばならなかった。加えて現れたのは秘境であり、秘境を出れば元の場所に戻れるだろうという希望からの、まだ脱出できていないという絶望。

 

テンションの上げ幅を激しく上下させることによってメンタルを上手い具合に…悪い意味で操っているようだ。

 

さて、皆が口々に夜蘭への称賛や、ここから出られるなどの言葉を口にしている間に、隠蔽の術を解いたらしい夜蘭は、

 

「さぁ、先へ進みましょう。この先に…出口があると良いのだけれど」

 

前半を皆に聞こえるように言い、後半を誰にも聞こえないように小声で呟いていた。俺には聞こえたが、他の者には恐らく聞こえていないだろう。

 

…そうだな、出口があるなら…ソレに越したことはない、と呟こうとして俺は言葉を止める。どうやら俺も多少疲れているらしく、感情に歯止めが少し利かないようだ。

 

一緒にいて心休まる彼女のことを思い浮かべながら、俺は精神の安定化を図りつつ、先へ進んでいくのだった。

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