追記 : 神龍団の名前ですがもう少ししたら変わります。ダサいと言われたわけじゃない。断じて。
「───面構えが変わったな、ノエル」
俺と相対するノエルの表情には闘志が漲り、絶対に俺を超えようという意思が窺える。俺は普段通り木刀を抜き放つと普段通り構える。
俺の言葉にノエルはそのままの表情で、
「はいっ…言いつけどおり、休みましたから!」
と言った。言いつけ通りちゃんと休んでくれて良かったが、これからまたボロボロになるんだよなぁ…なんて思う。
俺はニッと笑うと、
「さて、じゃあ行くぞ?普段通りに」
と敢えてノエルを煽った。
対人戦において、基本的には開始の合図というものは存在しない。奇襲か、はたまた正々堂々かは不明だが、一対一の構図で対峙している場合、先に動くのはかなり不利となる。だからこそ、こうして睨み合いの状態は長く続く。現に俺とノエルも睨み合ったまま動かない。
さて、このままでは埒が明かない。ここは俺が───
「───ッ!?」
ノエルへ攻撃を仕掛けるため動こうとした俺だったが、咄嗟の判断で後ろに飛ぶ。直後、岩の槍が俺が進もうとしていた方向の地面からズッと音を立てて生えてきた。避けていなければ死にはしないが怪我はしていただろうな。
「…なるほど、俺に勝つために…!」
ノエルの戦い方の変化を感じた俺は口の端を僅かに持ち上げ笑いながらそう言った。俺の言葉に反応したノエルは凛とした表情で俺に告げる。
「もう、立ち止まってはいられませんから…!」
『護る』だけだった彼女が、『護る』ために『攻める』ことを覚えたということだ。それはつまり、彼女の中で何らかの本質的な変化があったのだろう。
ノエルはそのまま俺に向かって踏み込み、ゼロ距離で大剣を振るおうとした。勿論、咄嗟に後ろへ飛んだため俺の体勢は崩れている。普通なら避けることかどできないだろう。
「───ふぇっ!?」
しかし、ノエルは大剣を横薙ぎに振るいつつも驚きの余り声を上げた。
というのも俺は後ろに飛びつつ風元素で身体を浮かし、そのままバク転して距離を取ったのだ。そのためノエルの振るった大剣は空振りに終わっている。加えて俺の体の柔らかさに驚いているようだった。
普段は避けずに木刀で上手く大剣をいなしていたので見せる機会が無かったのはあるが、ノエルの攻撃は意表を突くいい攻撃だったと言わざるを得ない。
「今のは焦ったぞ…成長したなノエル…!」
俺が基本的な理念を教えたとはいえ剣術や戦法に関しては彼女が発展させたものだ。少し教えただけでここまで成長するとは思わなかったために、俺は自分でも驚くほどに喜びの声を上げた。
しかし、ノエルは少し悔しそうな表情を浮かべながら体勢を立て直し、
「ですが攻撃を当てられませんでした───」
そう言いながら、再び脇構えで大剣を構えた。
「───次は…当てます!」
直後、ノエルの周囲から先が鋭く尖った岩の柱が4本生えてきて俺に向かって襲いかかる。俺はそれを時に避け、時に木刀で防ぎながらノエルへと迫る。
勿論真っ直ぐではなく複雑な軌道を描いての接近だ。中々柱は当たらないだろう。だが、
「───うぉッ!?」
ノエルに俺の走る軌道を読まれたか、微かな地面の凹凸に足を取られて体勢を僅かに崩す。少し初歩的なトラップに引っ掛かってしまったがここまでの読み合いは正直久し振りなため仕方ないと言えるだろう。大事なのはすぐに次善策を取ることだ。
俺が体勢を立て直すのを尻目に、ノエルは明らかに大剣の攻撃範囲外で大剣を振り被っていた。勿論俺からは岩の柱で遮られノエルの姿を見ることはできないが、まだ大剣の攻撃範囲外にいることはわかる。
まだノエルからはそれなりに距離があり、何より短時間で大剣の攻撃範囲に来れる距離でもなかったからだ。
「───戦場のお掃除の時間です!」
しかし、ノエルのそんな声が聞こえたかと思うと大剣が伸びた。正確には、大剣に岩元素が纏わり付いて伸びた。
ノエルはただの一度も俺に元素爆発を見せなかった。それは今、この瞬間のためだろう。この瞬間に賭けるためだろう。或いは今まで元素爆発が使用可能な状態になかったか、俺が単純に聞かなかったからか。
何にせよ、このままでは避けきれない。攻撃範囲外にいると思っていた俺のミスだ。そしてこのままいけば俺の体は真っ二つになるだろう。だが、
「岩斬」
ぎりぎりで発動を間に合わせ岩元素を木刀に纏わせてギリギリ大剣の軌道を逸らすことに成功したが、代わりに木刀が砕け散り、その破片が俺の右頬に飛び傷をつけた。
ノエルも大剣の軌道が不意にズレたためか、体勢を崩してドシャッと音を立てて尻餅をついた。
俺はそんな彼女を見つつ口元まで垂れてきた血液をペロッと舐めるとノエルの下まで移動した。
見たところ彼女に怪我はなく純粋に尻餅をついただけのようだ。そんなノエルは俺が普通に眼前に立っているのを見て訓練が終わったと理解したのか緊張を溜息として吐き出した。
そして、俺の顔をまじまじと見ると途端に慌てふためきながら、
「…あああアガレスさま!!申し訳ありません!お怪我を…っ!!」
そう言って俺の右頬にできた傷の手当をしようとしたが、俺はノエルの頭に手を載せてそれを遮ると、
「この傷は残しておこう。ノエルが…俺を超えた証に」
そう言って微笑んだ。対するノエルはかなり恐縮していたようだが、すぐに嬉しそうに笑うと、
「はい、アガレスさま…!」
そう言うのだった。
「───ノエルを戦闘面で一人前に育てるという依頼は完了したぞ」
西風騎士団本部大団長室にて、ノエルと別れた俺はノエルの育成を依頼してきた人物───ジンの下を訪れていた。ジンは俺の報告を聞いて心底安心したらしく、ふぅぅ、と長く大きな安堵の息を吐くと、
「5ヶ月という短い期間で…ありがとう」
そう礼を告げた。俺は気にするな、と告げつつ、
「これでも栄誉騎士だぞ?加えて、代理団長サマ直々の依頼だ。そりゃあ卒なくこなさなきゃ騎士の名が廃るってもんだよ」
ジンは俺の言葉に苦笑した。俺は冗談だ、と続けつつ目の下に隈が出来ているジンを見やる。どうやら、最近彼女も根を詰めすぎているらしい。
そして彼女の机の上にはうず高く積まれた書類の山があった。俺はジト目で書類の山を見ながら、
「ジン、もう夜だが…」
と言ったのだが、彼女は何かを悟ったような表情で笑うと、
「ふ、ふふ…今日はもう徹夜コースだ…」
そう言った。ジンさぁん…見てらんないよ全く…。
ということで俺はジンに、
「ジン、俺でもできる書類をくれないか?」
手を差し伸べながらそう問い掛けた。ジンは首を傾げながら俺を見ている。どうやら俺の真意が理解できないらしいので、俺は西風騎士達やモンドの住民達の心配の念が伝わっていない現状に嘆息すると、
「心配だからだよ。社畜といえば一部には聞こえがいいが根を詰め過ぎれば倒れてしまうぞ?止められたのに止めなかったとあらばバーバラに申し訳が立たん」
ちゃんと理由を説明した。バーバラの名を出すと、ジンはビクッと肩を震わせたが、もう一押しといったところだろう。なので、
「お前がやらなければならないこともわかっているが、そうやって一人で何でもかんでも努力しようとするのはお前の良いところでもあり…偶にキズなところでもある、わかるだろ?」
そう続けた。ジンは目を少し見開いたかと思うと少し笑う。
「───では頼もう…一応、全部の書類自体に目を通し終えてはいるから、あとは判を押すだけなんだ…」
そしてそう言った。俺は水を得た魚のように書類のほとんどを奪い取り、もう一つの席に座った。ジンは大量の書類を奪われたことに対して少し…いやかなり焦って驚いている様子だったが、
「疲れたならその数枚で終わりにするといい。俺は最悪、明日1日休めるからな」
俺が冗談めかしてそう言うとジンは再びフッと笑った。そして、
「ありがとう、アガレス…」
そう言って気が抜けたのか、机に突っ伏して規則正しい寝息を立て始めてしまった。俺は苦笑しつつ、かなり疲れが溜まっていたんだろうなぁ、なんて思う。そのままジンをソファに寝かせて体が冷えないように俺のコートをかけつつ、彼女から奪った書類にひたすら判を押して全部の書類が片付く頃には朝になっていた。
女性と同じ部屋で一夜を共に…まぁ、ただただ仕事してただけだが深夜テンションの俺はそんなことをボーッと考えていた。もう朝方なのでジンもそろそろ起きる頃だろう。
俺は朝日に照らされながら規則正しい寝息を立てるジンを見て少し笑うとそのままコートを置いて大団長室を後にするのだった。
〜〜〜〜
その後もアガレスは栄誉騎士として様々な任務をこなし、モンドの民にも好かれていき、その名は瞬く間に広まっていった。
ノエルがアガレスの弟子を卒業した次の年。ノエルは騎士選抜試験に合格し、正式に西風騎士団に入団、『メイド騎士』の称号を得て騎兵隊に配属された。ノエルは夢が叶ったことを心の底から喜び、アガレス達と共に歩んでいけるのだ、とそう信じて疑わなかった。
その更に次の年、旅からディルック・ラグヴィンドが帰還し、『アカツキワイナリー』のオーナーに正式に就任した。彼はアガレスのことを聞き、深く興味を持ったようだが、西風騎士団に所属している彼を「勿体ないことだ」と評する。
半年後、アガレスが終ぞ会うことのできなかった大団長ファルカが西風騎士の8割程を率いて遠征に出発し、それを契機に『ファデュイ』がモンドへの外交的圧力を強めた。
アガレスは西風騎士団の弱腰な対応による任務の変更に伴い人々の不安を取り除くことが難しいと判断し、西風騎士団栄誉騎士の称号を返上し西風騎士団を去った。
代わりに西風騎士団と西風教会の許可を得て傭兵組織『神龍団』を結成しそれに伴う施設をモンド城の郊外に建て、団長に就任した。メンバーは団長アガレス、副団長エウルア・ローレンス、団員レザー、そして───
「本日付で、『神龍団』に配属になりました!ノエルと申します!どうぞ、よろしくお願いいたします!」
───団員、ノエル。
『神龍団』は困っている人々の依頼を受けて人材を派遣する傭兵団である。ジンはアガレスが西風騎士団を退団するのを悲しがったものの、退団を止めることはできなかった。アガレスの民の不安を取り除きたいという気持ちに圧されたためである。そして、『ファデュイ』の圧力に屈しかけている西風騎士団では、それは叶わないとジンも深く理解していたのだ。
一方のエウルアは昔から西風騎士団にいることをよく思わない派閥によって退団を余儀なくされた。彼の叔父、シューベルト・ローレンスと『ファデュイ』による圧力である。エウルアが路頭に迷い日々の生活がままならなくなった時にアガレスに発見され、『神龍団』へ入団した。初めての団員ということもあって副団長に就任している。
レザーは奔狼領にアガレスが行ったときに巨大なスライムから身を護り、その腕を見込んだアガレスが様々な問題を解決し、北風の狼ボレアスの試練をクリアしたことによってレザーを雇い二人目の団員とした。
そしてノエル。彼女もまた、西風騎士団の理想が崩れているのを感じていた。昔とは違い、大団長ファルカが居らず、ジンがなんとか支えている状況であり、『ファデュイ』の圧力に屈しかけている。加えて、アガレスが去ったことが、彼女にとって大きい喪失感を生んでいた。ノエルは少しの間ジンやガイアの手伝いをし、騎士団が落ち着いたところで彼女は考えた。より、多くの人々を救えるのは、『西風騎士団』と『神龍団』のどちらか、と。
ノエルは長年の夢であった西風騎士団に入る、という夢を叶え、充実した日々を送っていたが、モンドの人々のためにその夢を諦めることを選んだ。彼女の心情は唯一つ、モンドの人々を理不尽から護りたい、その一心である。
「───アガレスさま、お久しぶりです」
ノエルは落ち着いた様子でアガレスにそう挨拶した。アガレスは微笑みながら挨拶を返すと、
「…しかし、まさか西風騎士団を抜けるとは思わなかった」
思わず、といった形でそう言った。西風騎士団にとってノエルとエウルア、そしてアガレス自身が抜けた穴はかなり大きい。ジンの負担は更に増えることになるだろう。だが、
「西風騎士団を抜けるのは、確かにわたくしにとって大きな決断でした。ですが、モンドの皆さんの笑顔を護りたかったんです!」
別の組織ができたことで元来西風騎士団に行っていた依頼の数々は神龍団にいき、意外にも負担が減っているようだった。
アガレスはフッと笑うと、真面目な表情で会議室にいるノエル、エウルア、レザーに告げる。
「西風騎士団はかつてないほど人材不足が著しい。だから、業務提携を結ぶことにしたんだ」
アガレスが『神龍団』を結成して半年、新たに獲得した人材も昔よりずっと質が低く、まだまだ新人であることもあって仕事を任せられないため、必然的にジンやガイアを始めとした先輩騎士達の負担が増えることとなっている。
そのことを理解して、否、実際に暫くその現実に晒され続けたノエルにとっては心の底から首肯ける話だった。だが、アガレスの言葉にエウルアは少しだけ嫌そうな表情を浮かべた。
それを理解したらしいアガレスは皆にも聞こえるぐらいの声量で、
「現状、モンドの統治機構は西風騎士団だ。彼らが倒れれば増々『ファデュイ』は圧力を強めるだろう。それを防ぐために、モンドの統治機構を強化、ないしは補強する」
そう理由を説明した。その理由を聞いたエウルアは、
「全てはモンドのため、ってことね。わかったわ」
無理矢理自分を納得させたのか、はたまた普通に納得したのかはわからないがそう言った。そして、
「モンド、俺の、故郷。悪いやつら、倒す」
純粋に理解できていなかったレザーも静かながらも闘志を顕にしつつそう言った。ノエルはというと、
「モンドを護るために、全力を尽くしましょう!アガレスさま!」
皆の意見を締めくくるように、にこやかにそう言った。アガレスはニヤリと笑い、
「よし、では俺とエウルアはジンのところへ行ってくる。二人、特にノエルには急で申し訳ないがここを頼んだぞ」
アガレスはレザーとノエルにそう告げると、エウルアと共に西風騎士団へと向かうべく、『神龍団』の入り口の扉を開くのだった。
誤字がないことを祈って…