時は少し遡り、アガレスとエウルアが去った神龍団本部にて。
「アガレスいなくなった。ここ任されたのに…なにすればいいかわからない」
神龍団本部で留守番中のレザーがぐでっと机に突っ伏していた。レザーは自分の役立てる仕事が現在ないためにかなり暇をしているのである。
一方のノエルは、というと仕事の依頼がなくても掃除をしているので、暇という言葉からは最もかけ離れた存在と言えるだろう。
レザーにとって、平和なのは何よりも好きだが、暇なのはあまり好きではなかったのだ。だからこそこの状況はレザーにとってはあまり好ましくない状況だ。
狼に育てられていた彼は普段からあらゆる感覚を敏感にしていたため穏やかな風や揺れる木々の音を聞いて暇をすることがなかった。
しかし今は屋内であるためそういったものを聞き取ることもできず、かといってアガレスに神龍団を頼まれているため外に出ることもできない。
完全に八方塞がりの状況ではあったが、
「ん…!良い匂い…!」
レザーは突然鼻をひくひくとさせて目を輝かせるとそう言った。どうやらキッチンの方から匂いがしているようで、レザーはそのまま匂いに釣られてキッチンへと移動してきく。
そこではノエルが昼ご飯用のステーキを焼いていた。レザーはそのままノエルに近付いていき、ノエルの肩の後ろからひょっこり顔を出して、
「旨そう…じゅるり」
よだれを垂らしながらそう言った。ノエルは突如耳元で声が響いたため大層驚きビクッと肩を震わせると、
「ふぇ…!れ、レザーさま!?」
耳を抑えながらそう言って顔を真っ赤にした。そんなノエルとは対照的に、レザーは肉に目が釘付けである。
「この肉、旨そう。食べていいか?」
ノエルは顔を紅くして恥ずかしそうにしていたが、その言葉を聞いてすぐに花が咲いたような笑みで、
「はいっ、どうぞお食べください!」
とそう言うのだった。
ノエルとレザーがステーキを食べ終わった直後、玄関の扉がノックされた。ノエルとレザーは顔を見合わせ、視線だけの協議の結果ノエルが応対をすることになった。
ノエルは食器をキッチンに纏めてからすぐに返事をしつつ玄関の扉を開けた。
「神龍団へようこそおいでくださいました!早速お話を伺いますので中へどうぞ!」
神龍団への依頼は大体直接依頼人が来る形になるのだが、出迎える際の言葉は人それぞれだ。
例えばノエルは先程の口上を依頼人に述べた後もてなしを開始した。現に今も息を切らして入ってきた依頼者の男性に普段話を聞くための椅子ではなく、ソファに座らせており、いい香りがしてリラックス効果のある紅茶を淹れている。元より西風騎士団で培われた彼女の名声は神龍団に来た今でも変わることはない。
レザーであれば「話聞く、中に来い」と手短に告げ、最初は住民に無愛想だなんだと言われたようだがしっかり話を聞いて理解してくれることに加え、狼に育てられたためかはたまた野生で過ごしていた環境からなのか、常人より優れた嗅覚を使って人を助けている。加えて狼由来なのか少し犬のような
副団長であるエウルアの場合は「客ね、早く入りなさい。困っているんでしょう?」と若干上から目線な物言いをする。エウルアの生い立ちや周囲を取り巻く環境からも最初は彼女を見る目は白いものだったが、仕事に取り組む真摯な姿勢と、モンドの酒場エンジェルズシェアにて目撃される酔っ払う彼女のファンはそれなりに多いらしい。
そして団長であるアガレスの場合これといって口上は決めていない。ただし、知り合いであれば「困り事か?だったら手伝うぞ。仕事としての依頼ならモラは払ってもらわにゃならんが…」という感じである。
アガレスは元『栄誉騎士』でありながら神龍団団長というそれなりにしがらみの多い立場であるのにも関わらず本来なら敵対されてもおかしくない西風騎士達にも嫌われず未だに慕われている。
そんな四者四様の神龍団であるためか、偶に面白半分で手土産を持って訪れる住民もいるようだが、今回の男性はそんなことはないようで冷や汗を沢山流している。
「すまない…急ぎの依頼なんだ…」
男性の話によれば彼は商人で璃月から来たようなのだが、その途中で何か凄いものを見たようで顔から血の気が引いていた。その内容とは、
「ここに来る途中に、蒼い大きな龍を見てな…ここの評判は璃月まで届いてるから、ここならなんとかしてくれるかと思って駆け込んできたんだ…!」
ということである。蒼い大きな龍、と聞いてノエルもレザーも心当たりがなく首を傾げた。だがノエルは取り敢えずの措置として男性を安心させるべく微笑むと、
「はいっ、お任せ下さい!困っている方々を助けるのが、わたくしたちの役目ですから!」
そう言った。それを聞いた商人は心の底から安心したようで緊張で強張った表情を緩めつつ溜息を吐いたが、次の瞬間またその表情が強張ることになった。
突如として窓ガラスがガタガタと震え始め、それを聞いた男性が頭を抱えて蹲って悲鳴を上げた。それを見たノエルは瞬時にレザーを見て、
「レザーさま、この方を!」
そう指示を出した。レザーは首肯き、すぐに商人に寄り添うようにしゃがむと、何があっても対応できる位置についた。一方のノエルは西風大剣を装備すると玄関から外に出て周囲の様子を窺ったのだが、驚きのあまり少し声を上げた。
ノエルの眼前に広がっていた光景は、蒼き巨龍がモンドを襲っている光景だった。ノエルはキュッと表情を引き締めると、モンドの民を護るために走り出すのだった。
〜〜〜〜
「───西風騎士団が対処しますので、皆様は急いで屋内に退避してください!!」
幾人もの西風騎士達が住民を守るため屋内への退避行動を急がせている。彼等も恐ろしいだろうに、騎士としての責務を果たそうとしているのだろう。
そして何より住民達の阿鼻叫喚、そして悲鳴と雑踏。普段のモンドでは見られない状況だ。まぁ勿論そんな状況見たくはないが。
少し高い位置からそんな状況を見ていた俺は今度は上空に視線を向けると、
「トワリンに何があったのかはわからないが、止めねばならんな…それにしたって、アイツは何してるんだよ…」
そう呟いて険しい表情を浮かべる。それにしてもこのモンドの一大事にすら、アイツが現れないとは思わなかった。まぁそもそも件の彼はどこに行ったかわからず、現在は行方不明だ。そのうちちょろっと戻ってくるとは思うがそれがいつになるか、だな。
ただ、今はそんなことを考えている場合ではないことは確かだ。モンドの脅威は目の前にいるのだから。
蒼き巨龍───トワリン、彼はモンドを護る四風守護の一柱であり東風の龍と呼ばれ親しまれていたはずだ。
───我はバルバトスを護り、モンドの民を護る。理解されること能わずとも、我はこの…人間共の営みを守ることができれば満足なのだ。だからアガレス殿、我が何かの事情で護れぬときは代わりに…。
頭の中で在りし日のトワリンの言葉がリフレインする。彼は心優しい龍だった。その彼が今護るべきモンドへ向けて攻撃しているのを見た俺は爪が肉に食い込むほど拳を握ると、
「何故だ、トワリン…」
そう呟いた。そのまま手に走る痛みで激情に身を任せたくなる欲求を必死にせき止め、冷静に注意深く暴れ狂うトワリンを観察する。
結果としては、トワリンが心做しか苦しそうに見える、というものだ。昔見た彼の表情の機微に当て嵌めるなら間違いなく苦しんでいるようだ。
何より首筋に三年前に見た毒龍ドゥリンの血液の結晶体が存在している。いや、その侵食は前回と異なり首筋だけではなく腰部にも及んでいる。苦しんでいたのはアレが原因であり、ドゥリンの血液ということは『アビス教団』の連中の仕業だと言えるだろうな。
問題は全盛期のトワリンに『アビス教団』の怪物達───俺の知る限りだとアビスの魔術師が勝てるとは思えなかった。となるとトワリンが弱っていたと考えるのが妥当だろうが、トワリンがそう簡単にやられるとも思えないし弱らせることも困難ではないかとも思う。
「…つまりここ500年でなにかあった、というわけか…」
俺はその事実に思い至りギリッ歯噛みする。ウェンティことバルバトスがいれば何があったか聞き出せたのだが、いないものは仕方がないので、
「一旦帰ってもらうぞ、トワリン」
とそう呟き自分の中にある元素力を高めていく。するとトワリンがフッと動きを止めこちらを見た。その瞳にはあまり知性の光が感じられない。だからこそ元素力を高めているわけだが。
元素生物というものは強い元素に惹き寄せられる傾向がある。トワリンも元素生物だが通常知性で本能を抑えることができる。
俺は強い元素を維持したまま風元素で体を浮かび上がらせると、風龍廃墟の方向へ飛んでいく。
トワリンは一声嘶くと予想通り俺についてきた。つまるところ知性がない、或いは微弱であれば惹き寄せられると踏んだのだが大正解だったようだ。
仮にトワリンが操られているのだとしたら、もっと効率のいいやり方でモンドを破壊するだろう。だが、彼はそれをしておらず、無差別に竜巻や暴風で攻撃するだけだ。
であるならば、少なくとも操られてはいないことになる。モンドへ攻撃するのが憎しみによるものだとすれば尚更効率の良い破壊をすることだろう。
だのにそれをせず単調な攻撃ばかりだ。であれば知性がないと判断するのにそう時間はかからないだろう。そして本能に従うのなら元素生物としての本能が優先されるのは至極当然だ。
さて、トワリンにどんな思惑が乗っているのかは不明だが、一先ずモンドから引き剥がすことはできた。
「一旦気絶させるが許せよ!」
俺はトワリンがピッタリついてきていることを確認するとバッと反転し、風元素を用いて膨大な量の空気の塊を作るとトワリンの首筋にある血塊にぶつけた。だが、
「何ッ!?」
俺は思わず目を見開く。確実に三年前の魔龍ウルサの血塊を壊せるくらいの威力を持つ攻撃だったのだが、それを以てしてもトワリンの血塊は壊せなかった。
しかしトワリンには十分効いたようで、苦悶に満ちた声を上げるとそのまま俺の横を通り過ぎて風龍廃墟へ逃げ帰っていった。俺はなんだかやりきれない気持ちになりつつ、モンド城へと帰還するのだった。
「───さて、んじゃあ情報共有といこうか」
数刻後、戻ってきた俺は、今度は神龍団の面子を連れずに一人で西風騎士団へとやって来ていた。
というのも、エウルアもノエルもレザーも、怪我人の手当に加え被害状況の確認に出払っている。他にも炊き出しや子供のお守り、瓦礫の撤去など様々な仕事が目まぐるしく舞い込んできていることだろう。
現にトワリンの攻撃の影響でモンドは大混乱、俺が今いる大団長室の外はそのお陰で結構騒がしいが、気にしてもいられないし気にしてもどうしようもないのだ。
さて、現在俺と西風騎士団代理団長であるジンは一対一で対面に机を挟んで座っており、俺を呼び出した張本人でもあるジンから先に口を開いた。
「今回の事件は『龍災』と非公式に呼ぶことになった。それにしてもあの風魔龍は何を思ってモンドに侵攻してきたと思う?」
『龍災』と『風魔龍』か…あまり好ましくない名前だな、なんて思う。というのも、
「それはまだ不明だ。だが、魔龍ウルサの時と同じく、毒龍ドゥリンの血塊が付着していた。しかも、2つ」
こういうことである。アビス教団が十中八九黒幕であるのにも関わらずトワリンが悪者のように言われるのは少し俺も気に食わないのだ。まぁ、昔のトワリンを知らない今の民にしてみれば当然とも言えるかもしれないが。
俺の言葉にジンは驚いたのか目を剥きつつ立ち上がった。だがすぐにそれが意味のない行動だと気付いたのか、溜息を一つ吐くと再び席について、またか、と言わんばかりの表情を浮かべた。
俺はそんなジンに構わず続けた。
「となると『アビス教団』がまた関わってるのは間違いないはずだ。何より毒龍ドゥリンの血塊の強度が以前の比じゃない。なんだか嫌な感じだ」
言いつつ、トワリンがモンドを襲い始めたのはバルバトスが消えたことと何かしら関係があるのかもな、なんて思う。
ジンは俺の言葉に首肯くと腕を組んで目を瞑る。
「こちらでも、リサに古文書や文献を調べてもらっている。もうすぐ結果は出るだろう」
そしてそう言ったのだが、自分でも何か思うところがあるのだろうか。それはそうと、トワリンが一体どんな苦しみを抱えているのか俺にはわからない。
俺は一旦考えるのをやめて瞑目しているジンを見ると、
「…まぁどちらにせよトワリンにも事情があるはずだ。それを調べねば事態の収束には程遠いだろう。それこそ第2第3のトワリンが生まれかねないからな」
そう言った。しかしその言葉を聞いたジンは何かがわからなかったのか首を傾げる。不思議に思ってどうしたのかを問いかけると、ジンは若干動揺しつつ、
「あ、ああ…その、トワリンとは風魔龍の名前なのか?」
とそう言った。俺は首肯きつつもまさか知らなかったのか?とばかりの視線を向けたのだが、ジンは普通に首肯し、俺は顎に手を当てる。
どうにも妙だ。四風守護であるトワリンの名が知られていないのはおかしい。それもやはり500年間に起きた何かが原因ということなのだろうか?
俺はやはりその出来事を知らねば先へは進めないと判断して思考を打ち切ると、
「まぁいいさ。またいつ彼がここへ来るとも限らない。それに備えて準備を開始しよう」
ジンにそう言った。
まずやることはディルックに接触して『アビス教団』について聞いてみよう。彼は夜誰も起きていない時間にアビスの魔術師と戦っていたようだから、恐らく何らかの情報を持っているはずだ。
俺は席を立ち、大団長室を去るべくドアノブに手を掛けたところでジンに声を掛けられた。
「アガレス、一度は袂を分かってしまったとはいえ、モンドのために尽くす君に感謝したい」
その言葉に俺は彼女を見ずに沈黙を以て返事とした。話を続けろ、という意を察したジンは胸に手を当てると、決意を込めた表情で告げた。
「風よ、どうか私情を許してくれ。代理団長としてではなくただの『ジン』として、私の剣は君と共にあることを…ここに誓おう」
その言葉は3年間苦楽を共にした俺にとって、そしてジンにとっても最大級の賛辞の言葉だということは理解できた。
俺はそんな彼女を一瞥すると少し笑って告げる。
「……ありがとう、ジン」
俺は悠久の時を生きる神のうちの一柱であり、人々の営みははっきり言って些事であると思うこともある。だが、500年前自分を犠牲にしてでも護った人々の日常と、そこに生きる人々を俺は誇らしく思わずにはいられないのだった。
〜〜〜〜
「───い…おい!旅人!!」
「んぅ…パイモンうるさいなぁ…」
モンドにある望風海角という場所の下の砂浜の木陰で眠っていた者が、自らを起こそうとする声によって目を覚ました。パイモンと呼ばれた空を浮遊する小さい存在が怒ったように空中で器用に地団駄を踏むと、
「おいっ!お前が起こせって言うからオイラが起こしてやったんだぞ!」
とそう言った。旅人と呼ばれた金髪の少女は目を擦りながら、
「わかってるよ…ありがとうパイモン」
そう言って上体を起こし、パイモンの方を向いた。
「今日はテイワットを案内してくれるんだよね?」
テイワットとはこの世界のことだ。その世界をパイモンは案内すべく旅人を誘っていたのだ。
パイモンは旅人の言葉に首肯くと、
「おう!テイワット一のガイドと名高いオイラがテイワットをしっかり案内してやるからな!」
そう言ってニコッと笑う。パイモンはそのまま踵を返してふわふわと進んでいくと、反転し旅人に手を振った。
「早く行こうぜ!お前のお兄さん、見つかるといいな!!」
少し遠くから聞こえてくるその言葉に旅人は首肯くと、自らも小走りでパイモンを追いかけて行くのだった。
ついに…ヤツが来ますね。
いや、大袈裟な言い方してるだけですけどもウン
ふとぅーに旅人が来るだけなんよな…()