因みに『終焉』に関する設定はオリジナルです。今回その話が出てくるので悪しからず…
翌日、俺は望舒旅館までやってきていた。旅人も一緒である。何でも、仙人に興味があるらしい。
とはいえ降魔大聖はかなり気難しいから、会ってくれない可能性も考えておかねばならないな。
「降魔大聖の好物作って持っていきゃ良くね?」
「アガレスさんは好物知ってるの?」
旅人の問に俺は首肯いた。
「旨い料理なら何でもいいはずだが特に杏仁豆腐が好きではなかっただろうか…と思うんだが、真偽の程はわからん。まぁ、杏仁豆腐でいいだろ」
「アガレスって…結構雑なんだな」
パイモンが呆れたように言ったので、即座に否定する。
「そんなことはない、断じて」
「そんなことあるやつの言い方だぞ…」
まぁ、それはさておき。
「杏仁豆腐は望舒旅館の台所で作ればいいだろうし、早速出発しようか」
俺は旅人とパイモンを伴って望舒旅館へと向かうのだった。
全く、なんでこうなるのか、俺には皆目検討つかない。やっぱり、やりすぎたのだろうか。うん、間違いない。
「アガレス!現実逃避してないで早く魈を起こせよ!!」
あれ、やっぱり俺が悪い?そうだよなぁ、うん。そうなんだよ。
「おいっ!聞いてるのか!!」
「冗談はさておき…で、どうだ降魔大聖?俺が本物のアガレスだと証明出来ただろう?」
俺の眼前にはボロボロで俯く降魔大聖こと、魈の姿があった。
さて、何があったのかを簡潔に説明すると、俺は魈に偽物だ、と疑われ勝負を挑まれた、というわけだ。確かに500年前に消えた俺だ。偽物と疑ってしまうのも仕方がない。魈は業障に侵されてもいるし、もしかしたら魔神が絡んでいるとも思ったのかもな。
杏仁豆腐は勿論旅人に預けて死守したし、魈には俺の強さを示した。一応問題はないと思うのだが。
魈はずっと俯いたままだったが、少し顔を上げこちらを見た。
「?」
「っ…まだ…まだお前がアガレス様と決まったわけでは…」
うわぁ頑固。
「んじゃあこの言葉、覚えてるか?」
───例え俺がこの世から完全に消え去ろうと、お前はモラクスの命に、契約に従い民と璃月を死守せよ。
その言葉が俺の口から紡がれた途端、魈の様子は変わった。明らかに挙動不審になり、わなわなと唇を震わせていた。やがて魈は掠れた声で「…なぜ、それを…」と絞り出すように言った。それに対する俺の答えはとてもシンプルである。
「俺が俺であるからだ。俺達以外にその言葉を知る者は存在しない、そうだろう?」
500年前、『終焉』を食い止める際に彼に言った言葉だ。『終焉』は、何が原因で、どんな理由で起こるものなのか全く不明であり、その場で判断しなければならない可能性が高かったため、あの言を口にしたのだ。まぁ実際は世界と世界の衝突、というやばい事象だった。
世界と世界は隣り合い、力が均衡しているからこそ、その距離を保っていられる。だが何らかの理由でそのパワーバランスが崩れてしまった。そう、カーンルイアの滅亡と関連してくるのだ。そのためこの世界が別の世界に引っ張られ、衝突し、両世界が崩壊するところだったのだ。
カーンルイアが沢山の禁忌を犯す中、俺は『終焉』が起こり得るのではないか、と予想していたため、当時の『八神』で協議をし、国を持たぬ俺が何かあったときに止める運びとなっていたのだ。
カーンルイアが滅亡し、パワーバランスは一気にもう一つの世界へと傾いた。テイワットはもう一つの世界へと引っ張られ、衝突、破壊されるところだったのを俺のほぼ全生命力を用いて世界のパワーバランスを元に戻し、ことなきを得ているのだ。
少し長くなってしまったが、『終焉』はそれだけ、世界の危機で、そして今も覚えている長命な種族にとって俺は英雄的存在なのだ。魈が偽物を敵視するのも首肯ける話なのである。
「まさか、本当に…」
「本当だって…まさか、ここまで言われて信用できない程、俺はお前と仲が浅いわけでもあるまい?」
魈は少し顎に手を当て考えた後、ただ平伏した。
「───さて、傷も治して杏仁豆腐も食べたし、本題に入ろうか」
「その前に我から一つ…アガレス様、この度は誠に申し訳ございませんでした」
何度目になるかわからない魈からの謝罪を笑って受け流す。
「何度も言うがあれは当然の対応だ。何も間違いじゃない」
「し、しかし…」
「何度も言わせる気か?」
「…申し訳ございません」
なんか、アレだな。やっぱり魈は人付き合いが難しそうだ。と、いうか500年でしてこなかったんだろうな。望舒旅館にいると言っていたから、旅館と言うから少しはコミュニケーションを取っていると思っていたのだがな。
「それで、異郷の旅人、我に何用だ?」
「え、えーっと…」
チラッと旅人が俺を見た。しょうがないな。
「彼女は旅人で名を蛍、『七神』に会うために旅をしているんだ。魈、というか仙人は岩王帝君ことモラクスとも交流が深い。だから連れてきたんだ」
「そういうことでしたか」
魈って昔から俺とモラクスにだけは敬語だったな。なんなんだろうか。
「んで、本題に入っていいか?」
「はい、問題ありません」
俺は自分がモンドでしたことと、璃月にファデュイが流れ込んでいることを言いつつ、削月築陽真君、留雲借風真君、理水畳山真君と連携して璃月の有事に備えてほしいことを伝えた。
「構いません、アガレス様の命とあらば」
「命令、というかお願いだな。そこを履き違えるなよ」
俺と魈が璃月について話し合っている中、旅人とパイモンはこそこそと何かを話していた。
(なぁ、アガレス、魈とどんな関係なんだろうな?あの気難しそうな仙人が敬語で、しかも様ってつけてるぞ…)
(師弟関係とか)
(でもわかんないぞ…アガレスの言ってた言葉、モラクスの命令ってことはやっぱり岩王帝君との関係の方が深そうだよな…)
「旅人、余り内緒話にふけっているとこっちの話を聞き逃すぞ?さっきから呼んでいるのに全く反応しないじゃないか」
キリの良さそうなタイミングで俺は旅人とパイモンに声を掛けた。旅人は大慌てでこちらへ向き直ると首を傾げた。
「魈に聞きたいことはないか?」
「あっ…えっと」
「好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあ、魈…魈は仙人なの?」
魈は首肯いた。旅人は一応の確認ということで聞いたらしく、本題はここからなようだ。旅人はまず自分がこの世界に来た経緯と兄を失った経緯を話し、その後でモラクスについて聞いていた。魈は少し思案するとすぐに口を開いた。
「帝君…帝君はとても思慮深いお方でとても慈悲深い。お前が探しているような神とは異なるだろう。間違ってもそのような不確かな理由で敵を殲滅したりはしないからな」
それはそうだろう。そもそも七神のうちの誰かかどうかも怪しいところだな。
「そうなんだ…一応会ってみるけど、少し残念かも」
「まぁ、七国を回れば何かわかるかもしれないだろう?落ち込む理由にはならないさ」
「うん、そうだよね…」
「旅人、先に下に戻っていてくれ。もう少し魈と話したくてな」
旅人は何かを察したのか目を少し細めて微笑みながら言った。
「わかった、待ってるね」
「ありがとう」
旅人とパイモンは手を振りながら下へ続く階段を降りていった。さて。
「魈、改めて久しぶりだな。元気、というわけにはいかなさそうだが、生きていてくれてよかった」
「いえ…そんなことは」
「謙遜するな。俺や死んでしまった夜叉達の分までずっと璃月を守り続けてきたのだろう?」
魈は少し不機嫌そうに、そして寂しそうに首肯いた。
「誇っていい。よくやってくれた」
「わ…我は…!」
「魈、良いんだ。これは、俺やモラクスがお前達夜叉に課してしまった業と責任、そして約束された悲劇だったのだから」
何も言わない魈を見て、俺は一つ提案をした。
「これからはその業、責任は俺が持つ。お前はもう休んでいい。これからは自分の生きたいように生きていいんだよ」
魈は俯き、やがてギュッと握り拳を作って力強く言った。
「それでも我は…璃月を護ります。それが、我の存在意義だから。璃月に敵対するならば例えアガレス様でも……帝君でも我は璃月を護るために戦います。それが───」
「───モラクスとの『契約』なんだろう?」
魈はビクッとして固まった。そんな魈の様子がなんだか可笑しくて少し笑った。
「お前の決意が聞きたかったのさ。少々回りくどい聞き方をしてしまったが…いや、そうか。ならいいんだ」
「我が今、責務と契約を放り出してしまえば死んでいった他の夜叉や仙人に申し訳が立ちません…何より、我が我を許せません…!」
俺はその言葉を聞いて安心して立ち上がった。下へ続く階段に足をかけた時、俺は首だけで振り向き、去り際に魈を見た。
「……その覚悟は然と受け取った。魈、これからも璃月を頼む」
「っ!はい、お任せ下さい」
魈にしては珍しく嬉しそうに言ったのを見届けて俺は階下へと下がっていくのだった。
魈君のアガレスに対する思いは大体岩王帝君と同じくらいだと思ってもらえればいいです。尊敬の表れから敬語なんですよね