璃月港の玉京台にて、俺と旅人はとある式典を見に訪れていた。璃月港で一年に一度行われる、迎仙儀式である。今日は待ちに待った迎仙儀式の日なのである。
周囲には人々がこれでもか、というほどに集まり、思い思いに過ごしてその時を待っていた。夜中から最前列を確保しておいたので、人混みで見えなくなる、なんてことはない。無論、睡眠を対して必要としない俺と違って旅人とパイモンはとにかく眠そうだった。
毎年、この迎仙儀式は璃月七星と呼ばれる璃月の商人派閥のそれぞれの頂点の人材のうちの一人が担当する事になっている。今年は璃月七星の『天権』───名を凝光というらしい───が儀式を執り行うようだ。
「…中々始まらないな…にしても旅人は眠そうだな」
パイモンに関しては既に眠っているが、旅人はうつらうつらとしていて眠ってはいなかった。旅人が目を擦りながら言った。
「アガレスさん…眠たい…もう寝ていいよね…」
「…駄目に決まっているだろう?昨日の夜からわざわざ場所取りまでしたのに当のモラクスを見られなければ本末転倒じゃないか。そんなに眠いのか?」
「むぅ…アガレスさんの意地悪…頑張って起きる」
その話からしばらく経ってようやく準備が整ったらしい。凝光の表情が引き締まった。
「始まるみたいだな。パイモン、起きろ、始まるぞ?」
「んぅ…オイラまだ眠たいぞ…」
そんな会話の中、凝光は手で不思議な印を組むと、天へ掲げた。暗雲が立ち込め、凝光の表情が険しいものになった。嫌な予感がするな。
やがて半分麒麟、半分龍の姿をした生物が現れたかと思うと、真っ逆さまに玉京台へと墜落した。周囲はそんな敬愛すべき岩王帝君がピクリとも動かないのを見て大きくどよめいていた。
「……」
凝光は岩王帝君の肉体に素早く近寄ると険しい表情を一層険しくして、
「帝君が殺害された!この場を封鎖しろ!」
そう言い、千岩軍にこの場を包囲させ、誰一人逃さぬようにした。その対応や岩王帝君の死体を見て、俺は少し笑いながら呟いた。
「モラクス、お前は何を考えている?中々面白いことになってきたな」
「アガレスさん、ここに留まっているわけには行かないですよ…岩神が暗殺されたなら、私はもうここにいる意味はないんです。逃げないと───」
「まぁ待て、旅人。少しは冷静になって考えてみるんだな」
旅人とパイモンは怪訝そうな表情で俺を見た。
「岩王帝君ことモラクスは魔神戦争時代を武力で生き抜いた神だぞ?そんな神が一人間に殺せると思うか?」
「あ…じゃあ、犯人は璃月七星ってこと?」
それは違うな。
「璃月七星が犯人であればもっと上手くやるだろう。仮にも帝君から璃月を預かっているのだからな。それに犯人探しをして適当にでっち上げてしまえばいいだけだ。ついでに言うと、凝光のあの表情、間違いなくこの出来事はアクシデントだ。だから犯人が璃月七星の可能性は低い。少なくとも、凝光ではないだろうな」
「そっか…そうだよね」
俺はモラクスの肉体に周囲からバレぬように少しだけ近付き、元素視覚で彼の体を確認した。
…なるほど。
「旅人、この死はやはり偽装だ」
「え!?そうなの?」
「お、おい、なんで分かるんだ?オイラには本当に死んでいるようにしか見えないぞ…」
俺は旅人とパイモンを交互に見やる。
「『神の心』を知っているか?」
「うん、ウェンティが言ってたから知ってる」
「あの体内には神の心は存在していない。そしてそれが抜き取られたような跡もない」
そして。
「モラクスの肉体にしては貧弱すぎる。間違いなく偽物だろう。限りなく本物に近い、な」
「私にはさっぱり…」
それより、と俺は周囲を見回した。人が多すぎて一人一人を注意深く観察することができないため、浮くことのできるパイモンを見た。
「パイモン、少し上に行って明らかに落ち着いている人物を探してもらえないか?報酬は旨い食べ物でどうだ?」
「し、しょうがないな…旨い飯のためだからな!!」
ふふ、ちょろいな。
「アガレスさん…パイモンの使い方わかってきたね」
「まあな。お、戻ってきた」
パイモンの話によれば、二人、動揺していない人物がいたらしい。うち一人は茶色を基調としたとんでもなく顔の良い男と、スネージナヤ風の服を着た男であるらしい。ふむ…俺的にはとんでもなく顔の良い男がクサい、と考えていた。
「取り敢えずは待機だ。俺達の疑いが晴れるまでは何も動かないほうが良い」
「うん、今は我慢する時ってことだね。わかった」
俺達はそのまま千岩軍の取り調べが来るまで待っていたが、俺達の下に来たのは不思議な人物だった。
「貴方達で最後のようね。早速取り調べを始めたいのだけど、良いかしら?」
「ああ、構わない」
青、いや、どちらかというと紺色というべきだろうか。その色の服を着て白色の上着を肩にかけている長身の女性が俺達の取り調べを担当するようだった。
ふむ、他の人間は千岩軍だというのに、俺達はこの女性…なるほど、俺達が一番疑われているわけか。
「───貴方達は四日前から璃月港に滞在していた、そうよね?一体どこから来たのかしら?」
「四日前から滞在していたのはその通りだ。俺達はモンドから迎仙儀式を見るためにわざわざ来たんだ」
ふーん、と女性は興味なさそうな雰囲気だ。まぁないだろうがその反応はどうなんだ?
「で、この状況に対してどう思う?」
まさか岩王帝君が何かを企んでいる、なんてのは口が裂けても言えないしな。
「この状況?どの状況だ?岩王帝君が暗殺されたことか?それとも璃月七星がする必要のないこの場の封鎖をしたことか?」
女性は少しだけ驚いたような表情をしたかと思うと、真面目な表情をして言った。
「その全てを総合して、よ。どう思う?」
「帝君は魔神戦争を生き延びた猛者だ。まさか一人間に殺せるわけがない。そうだな?」
「ええ」
「だとするならば別の神に殺されたか、或いは…岩王帝君自身が何かを考えているか」
女性はピクッと眉を動かすと少し微笑んだ。
「貴方、中々面白いわね。それで?」
「別の神が岩王帝君を殺す可能性は低い。であれば岩王帝君が何かの考えで以て死を偽装した、と考えられるわけだが…さて、その目的とはなんだろうな?」
彼女は俺から隣りにいる旅人に視線を移した。
「貴女は?」
「私は蛍、ただの旅人」
「そう、それで、君はどう思う?」
旅人は少し思案する様子を見せたが、すぐに口を開いた。
「私もアガレスさんの意見に賛成できる。私達が岩神を殺していない、ということは証明できないけど…」
「あ、それに関しては大丈夫よ。君達を疑って声をかけたわけじゃないから」
…ほう、それは初耳だな。
「今回の調査は何人に声をかけた?」
「君達を入れて四人ね」
四人か…合点がいった。
「なるほど。つまり俺達があまり動揺していなかったから調査に来た、というわけか」
彼女は今度こそ表情全体に驚愕を浮かべた。
「君、本当にすごいわね。私の下で働く気はないかしら?」
「悪いが間に合ってる。だが、もしかしたら縁はあるかもしれないからキープでよろしく頼む」
「ふふ、ええ、そうさせてもらうわ。私としても君ほどの優秀な人材を遊ばせておくのは嫌だから」
それで。
「俺が思うに、今年の神託はこれなんじゃないか?」
「…アガレスさん、どういうこと?」
旅人が俺にそう聞いてくるが、女性の方は得心が行ったらしく、口を開いた。
「つまり、自分が死んだことで私達人間がどう動くのかが見たい、そして神のいなくなったこの璃月をなんとかしてみせろ、とそういうことかしら?」
俺は首肯いた。
「恐らくだがその通りなのだろう。そうでなければ突然このようなことをする説明がつかない。自分の死を偽装するために迎仙儀式でなければならなかった理由、それがわかればいいんだがな…」
「そうね…私には皆目検討もつかないわ。けれど、岩王帝君は璃月のことを想っているはず。死んでいないのならば私達凡人じゃどうしようもなくなった時に出てくるはずよ」
その通りだろう。彼は璃月との契約をずっと守ってきた。今更違えるわけがない。腐っても彼は『契約』の神なのだ。
「それじゃあ、取り調べも済んだし、私は御暇させてもらうわね」
女性は踵を返すと、凝光のいる方へと向かっていったが、ふと何かを思い出したように立ち止まり、振り返った。
「そういえば、名前を聞いていなかったわね?私は夜蘭、凝光様直属の部下よ」
旅人は改めて自己紹介していたので、俺もそれに倣った。
「俺の名はアガレスだ。よろしくな、夜蘭」
「アガレス、ね。よく覚えておくわ。それじゃ」
女性改め夜蘭は手を振りながら去っていった。旅人は少し不安そうに俺の顔を覗き込んだ。先程の話から察するに、モラクスには簡単に会えない、と察したのだろう。
「大丈夫だ。多少期間が伸びはするだろうが、モラクスは生きている。ならば見つけ出せばいいだけだ。旅を続けていれば自ずと道は見えてくるさ」
「そっか…そうだよね、うん」
それにしても、とばかりに俺は旅人とパイモンに視線を向けた。
璃月が神を喪う…大きな変革が璃月のみならずテイワットをも飲み込もうとしているのかも知れない。そしてそれは恐らくこの二人が鍵になるのだろう。この二人を中心にして様々な事柄が絡み合い、やがて止めようのない大きな奔流になるのだろう。そしてそれが世界の害になると俺が判断した場合───
「アガレスさん…」
「大丈夫だ。何があっても俺が守ってやる」
───いや、考えすぎだ。そんな事が起きるわけがない。起きる前に俺が止めてみせる。俺は彼女たちの笑顔をみつつ、そんなことを考えたのだった。
アガレスがいた事により、タルタリヤとの出会いがなくなりましたね。ついでに夜蘭さんとも結構早く知り合うことに…。
ちなみに、他の動揺していない二人は鍾離とタルタリヤです。タルタリヤに関しては原作で旅人を観察させてもらった、とか言ってたので迎仙儀式の場面にいないわけがないな、というわけです。もう一人、鍾離ですが、自分の死体を見てどう動くのかを直接確かめないわけがないのでいるんじゃないかなぁ、なんて思って配置させていただきました。
それにしても夜蘭さんとてもいいですね。ええ、色々と。