あの後、万民堂の台所を借りて料理を作って二人に振る舞った。ついでに、万民堂の卯師匠の娘の香菱にも振る舞ったところ、べた褒めされたため、しれっと今度火加減やら何やらを教える運びになったりと色々あったが、璃月港を散策している内に、一人の女性が俺と旅人の前に現れた。
「さっきぶりね」
「夜蘭!どうしたんだ?オイラたち、やっぱり捕まっちゃうのか…?」
パイモンの尤もらしい心配に女性───夜蘭はふふっと笑うと、安心させるように言った。
「安心して、取り調べは済んでるし、君達は晴れて自由の身になっている。用があるのはアガレス、君なんだけれど」
ほう、旅人に興味はない、とでも言いたげだな。余り彼女を一人にしたくはないのだがな。
「勿論、お連れ様もご一緒していいわ。そういう命令だもの」
「…わかった。それなら良いだろう。旅人、この後の予定は?」
「特にないよ。後は岩神を探すだけだったしね」
よし、では。
「早速その用件を教えてくれ」
「ええ、まずは群玉閣に行くわ。ついてきなさい」
俺と旅人は歩き出した夜蘭の後について、再び玉京台まで戻ってきた。
「これに乗るわ。私は裏方だし、顔も割れてないから、顔パスできるのよ。私は職業上身分を偽ったりするから、顔が余り割れないように配慮しているのよ。まぁ、群玉閣に行くときに、本来は合言葉が必要になるから覚えておきなさい」
「ふむ…覚えておこう。それで、これに乗れば良いのか」
「わ、すごい…浮いてるね」
なるほど、浮生の石で浮かせているのか。全員が乗ったのを確認すると、夜蘭は顎をしゃくった。すると、俺達の乗っている台が浮上し、高所に見える群玉閣へ向けて動き始めた。
「さて…鬼が出るか蛇が出るか…」
俺はこれから何が起こるのか少し楽しみにしながら上に着くのを待つのだった。
「───待っていたわ、救民団団長アガレス、そして西風騎士団栄誉騎士蛍…それなりに貴方達のことは調べておいたの、驚いたかしら?」
俺を出迎えたのは高貴な印象がある白髪の女性、凝光だった。璃月七星の『天権』である。まさか『天権』直々に出迎えられると思っていなかった俺は少しだけ眉を動かした。
「その様子だと、私に呼ばれたとは夜蘭から聞いていないみたいね、夜蘭、ありがとう。下がっていいわ」
「はっ」
夜蘭は俺を見て少し笑った後、去っていった。取り残された俺と旅人は取り敢えず最低限の礼節を尽くすことにした…のだが。
「二人共立場があるでしょうし、堅苦しいのは無し、普段どおりの口調で話すことを許すわ」
「そりゃあありがたい。こちらとしても立場があるからな。まさか隣国のトップにへりくだるわけにもいかないからな」
俺と凝光の視線が交錯し、旅人はあわあわと慌てていた。
「あら、救民団は困っている民を見捨てないと聞いていたのだけれど、勘違いだったのかしら?この様子じゃその噂は怪しいところね」
「真に困っているのなら手を貸すさ。だが、自分の力でどうにかできるのにそれをしようとしないやつには手を貸すつもりはない。まぁ、少なくとも自分の力だけで何でもできてしまうような凝光殿には俺達の助太刀は不要だろう?まさか、必要だとでも言うのか?」
凝光の眉がピクリと動いた。
「口の聞き方に気をつけることね、その気になればいつでも侮辱罪で貴方を取り押さえられるのよ?」
「おいおい、堅苦しいのは無し、といったのはそちらだろう?そもそも、堅苦しいのはなし、ということは無礼講なのだろう?歯に衣着せぬ物言いをしたところでそれを許可したのはそちらなのだから罪には問えないだろう。そうだな?」
「…」
「…」
「ふふ」
「はは」
「「ははははは(ふふふふふ)」」
パイモンが恐怖のあまり少し涙目だった。旅人はずっとあわあわしているが、俺は構わず凝光を見た。
「俺は合格か?」
「ええ、勿論よ。私に舌戦で勝つなんてね」
「まぁ、お眼鏡にかなったのなら何よりだ。それで、話は?」
「中でしましょう。どうぞ入って」
凝光が群玉閣の中へと入っていったので、俺と旅人も続いた。
「あ、アガレス、どういうことなんだよ…オイラにわかるように説明してくれよ」
「なに、凝光は俺が交渉相手に相応しいかどうか、それを舌戦をすることによって確かめていたんだよ。最初に無礼講を許すことによってどんな発言でも凝光の名の下で許しが出るようにした上でだ」
「う…うん?言われてもわかんないぞ…」
「まあ良いだろう。それより、凝光が中で待っている。早く行くぞ」
「あ、おい!待てよ!」
俺は二人を伴って群玉閣の中へと入っていくのだった。
「なるほど…それで、仙人への取次を願いたい、ということか」
凝光は信用できる。そのため俺は彼女に俺の正体を話してある。まぁ、信じるか信じないかは任せているが、信じてくれたようだった。
璃月には僅かに俺の記録が残っており、璃月七星の中でも凝光や『玉衡』の刻晴くらいしか知らない情報らしいので、それを知っている、というか本人である俺の話は信憑性があったようだ。
「ええ、貴方の考えを夜蘭から聞いたとき、身震いしたわ。そんな風に考えられる思考の持ち主がいただなんてね」
「まぁ、俺自身モラクスのことはよく知っているつもりだ。だからこそ、今回の行動に意味がないわけがない」
「私も思っていたの、帝君は、人間に殺されるような存在ではないってね。だからこそ、貴方に接触できたのは僥倖だったわ。この状況に対して冷静に状況証拠と過去の岩王帝君の人柄を交えて現実を見るだなんて外部から来た貴方以外にできるわけがないのだもの」
そういえば。
「夜蘭には聞けなかったが、俺達以外にも二人、夜蘭が接触した人物がいるんだろう?差し支えなければ俺に教えてほしいんだが」
「それくらい構わないわ。夜蘭が接触したのはファデュイの執行官『公子』、そして往生堂の客卿、鍾離の二人よ」
ふむ…執行官の『公子』は確か最も若くして執行官になった新星だったか。そして往生堂の客卿、こちらは謎めいているな。往生堂は死者の埋葬に加え仙人の葬儀も行っていることから、確かに驚かない、とまではいかないだろうが他の凡人よりかは驚きが少ないのだろう。だが、往生堂の客卿、という点がクサい。なぜ堂主と共に来なかったのか、そこが気になるところだな。
「往生堂の客卿について詳しく教えてくれ」
「往生堂の客卿、鍾離はあらゆることに精通し、かなり博識だと聞いているわ。他人の知らないようなことまで知っている。だからこそ往生堂の客卿を任されているわ。優秀ではあるけれど、やはり弱みを握らないとまだ使えないのよね」
凝光の主観が若干混じっていたが、博識、しかも他人の識らないようなことまで識っている、か。
「執行官の方はしかし…何故動揺していなかったんだろうな?これを予知していた、なんてことはありえないだろうか…?」
俺がそういう疑問を凝光にぶつけると、凝光は険しい表情で首を振った。
「なんとも言えないわね。単に他国の事情だから、というのもあるかもしれないし、璃月を狙う好機、と捉えているかもしれないし…可能性は山程あるわ」
「なるほどな…やはりそうか」
「そういえば貴方は知っているかしら?」
俺は首を傾げる。思い当たる節はない。
「ファデュイの執行官に、欠員ができたそうよ」
俺は目を細めてほう、と感嘆の溜息を吐いた。
「それはつまり、死んだのか、それとも個人的な復讐に身を染めざるを得なくなったか…」
「さてね…ただ、死んではいないようよ。その執行官を璃月港の郊外で目撃した、という報告があるのよ」
…それはまた妙な話だ。
「その執行官の名前はわかるのか?」
「…執行官第八位『淑女』だそうよ」
なるほど、合点がいった。
「恐らく俺のせいだな」
「あら、どういうことかしら?」
俺は腕を組み、少し思い出すように言った。
「『淑女』はモンドで神の心を奪う計画を立てていた。恐らく、スネージナヤ全体がそうなのだろう。つまり岩神の神の心も狙われているのだろうがそれは置いといて」
「ええ、その話も気になるけれど…それで?」
「俺は彼女の、ひいてはスネージナヤの計画を完全に頓挫させた。恐らく、その責任が『淑女』に行ったのだろう。だから彼女は執行官をやめざるを得なかった。殺されていないのは今までの功績と氷の女皇に対する忠誠心が本物だからだろう」
「全く、はた迷惑ね…それでこちらに流れてくるだなんて」
ただ、と俺は告げた。
「もしかしたら彼女の狙いは神の心かもしれない、と普通は考えるだろう。一応、『淑女』として執行官には返り咲けなくとも、神の心を奪った功績でファデュイには戻れるだろうからな。説明はつく」
「けれど、と続くのよね?」
「無論だ。『淑女』が本当に忠誠心がカンストしているなら、計画が失敗した時点で自害も辞さない覚悟のはずだ。氷の女皇に止められたにしても、ファデュイを抜ける必要がなかった」
「そうなると矛盾するわ。責任で…いや、まさか」
その、まさかなんじゃないか、と俺は考えている。
「そう、彼女は確かに、その忠誠の全てを氷の女皇に捧げている。しかし、そうであれば計画の失敗で自死を選んでいたはずだ。それをせずに責任を
で、あればその感情とはなにか。人間において最も恐ろしく、強い感情というのはなんだろうか?
「復讐心、かしらね」
「恐らくそうだ。極限まで追い詰められた人間は復讐によって我が身がどうなろうと必ず成し遂げようとするんだ。それは、俺の経験則からも言えることだがな」
それはともかく。
「その復讐心は間違いなく俺に向けられている。どんな手を使ってくるかはわからないが、奴はモンドには立ち入れない。勿論、公式には、だが」
「秘密裏に侵入して国自体を人質に取る可能性もあるわけね」
俺は首肯いた。
「これは、璃月かモンドになるかはわからないが、両国の危機と言える。『淑女』が何をするかわからない以上、早急に見つけ出して殺さねばならないだろう」
幽閉、とかになると危険だ。自分の身を顧みない、それはつまり、何でもする。脱獄からの殺人、そして街一つ破壊してでも復讐しようとするだろう。
「こちらでも捜索はしてみるが、見つからない可能性のほうが高い。凝光、契約には対価が必要だ、そうだな?」
「ええ、勿論、釣り合うものでなくては交渉という名の土俵にすら立てないけれど」
俺は深呼吸してから口を開いた。
「『淑女』の捜索、殺害を秘密裏に依頼する。報酬は俺を好きに使えること、それでどうだ?」
「…中々魅力的な条件をつけてくれるわね」
けれど、と凝光は続けた。
「貴方だけでなく、救民団の璃月支部なんて作ってくれないかしら?正直、千岩軍の人手不足がかなり深刻でね。困っているのよ」
「なるほどな…こっちも人手不足は人手不足なんだが…そうだな…良いだろう。条件を呑む」
「感謝するわ。貴方とはいい関係が築けそうで何よりよ」
俺は後日契約書を持ってくることを告げ、席を立った。今回の会談はかなり有意義だった。そして、モラクスの居所も大体把握できたし、すぐに接触したい気持ちが大きい。
ただ、焦ってはいけない。彼はあくまで凡人であることを貫き通すだろう。こちらから接触するにしても、絶対的に二人きりになれるように仕向けねばならないのだ。
「あ、そうそう、旅人とは少し相談があるから、アガレス、貴方は先に外に出ていて」
「え、私に…?」
旅人には少し悪いが俺は頷いて外へと出た。
「───あら、話は終わったの?」
真横に突如、柱に背を預けている夜蘭が現れた。なるほど。
「何があってもいいように待機していたのか」
「ええ、凝光を傷つけさせるわけにはいかないから」
俺は夜蘭とは逆の柱に背中を預けた。
「流石に疲れたな。まさか、あんなに考察をさせられるとは」
「得意そうに見えるけれどね」
俺は夜蘭の言葉に苦笑しながら肩を竦めた。
「そうでもないんだ。できることなら、すぐにでもゴリ押しで解決したいもんだ。こう見えて俺は脳筋だからな」
「そうは見えないわね。まぁ、良いんじゃない?君の好きなようにすれば。私で良ければ勿論手伝ってあげるわ」
「…?」
「あら?わかってないって顔ね。外にいたら護れるものも護れなくなってしまうわ。だから中で姿を消して話は聞いていたわよ」
考察に夢中で気が付かなかったな。500年前に比べて少し感覚が鈍ったかな。
それにしても、なるほど。
「凝光からの命令が十中八九来る、というわけか」
「そういうことよ。まぁ、私としては君と話していてかなり楽しいから、個人的にも手伝ってはあげたかったけれどね」
「それはありがたい限りだな」
その後も夜蘭に過去のことを聞かれたりと思い思いに過ごして、中から旅人が出てくるのを待っていたのだが、俺が中から出てきて30分ほど経過してようやく出てきた。なんだかげっそりしている。
「旅人…大丈夫か?」
「う、うん…問題ないよ…」
とてもそうは見えないが、どうしても辛ければ言ってくれるだろう。どんな話をしたのかはきっと聞いても他言無用って凝光に言われているだろうしな。
「じゃぁ、夜蘭、俺達は下に戻るから、ここでお別れだな」
「ええ、じゃあ、また会いましょう」
夜蘭は群玉閣の中へと入っていき、俺達は先程乗ってきた台に乗って下へと降りていくのだった。
なんだかんだ仲良くなっている夜蘭とアガレス。
ってか、めっちゃ長くなりました。パソコンになって結構効率が上がったからですかね…。
あと、誤字報告とても助かります!ありがとうございます!いつでもお待ちしています!