往生堂でモラクスと別れてから、俺とノエル、そして旅人は璃月港郊外にある廃屋を見に行った。現在、改修工事中である。ちなみに工事と言ってももうあとは色を塗るだけだ。だから少し塗料の匂いはするが、生活する上では何も問題はない。
「内部の改修は済んでるはずだから、中に入ろうか」
「はい」
「うん」
「ってか、普通に旅人もついてくるんだな」
俺は純粋に疑問に思ったことをぶつけた。旅人は苦笑しながら言った。
「相変わらず泊まるところがなくて…アガレスさんさえ良ければ救民団に泊めてほしいんだけど」
「それは構わないが…と、いうか自分の家だと思ってくれて構わない。好きにしてくれ」
俺は工事業者一人一人に挨拶しつつ二人を中に入れた。
「おお…本部もいいが、こっちも立派なもんだ。璃月特有の建築方式がいい味出してる…」
俺の言葉にノエルも旅人も同調した。ただ実際、よく見る璃月の建築様式とは少し違う。どこかで見たことのある建築様式がところどころ混ざっているように見える。
「なるほど…モンドの建築様式と璃月の建築様式を綯い交ぜにしたのか」
「とても綺麗ですね…」
「うん、本当に」
「こんな綺麗な支部を用意してくれた凝光に感謝せねばな」
さて、俺は中の家具を整理整頓し、適切な配置にしていく。無論、ノエルも旅人も手伝ってくれたので、小一時間ほどで配置は大体決まって家具はそれぞれの位置に落ち着いていた。
「取り敢えずそのタンスはリビングの端っこに配置してくれ。そう、そんな感じだ。ただ、もう少し左側がいいかな?そう、そのくらい」
「アガレスさん、こっちは?」
「食材類は台所に当たる場所があるはずだからそこに。氷元素の力を利用した『冷蔵庫』っていうスメール原産のものがあるはずだ」
「それに入れるとどうなるの?」
「とにかく日持ちが良くなるんだとよ」
凝光が仕入れたものだ。ちなみに全部経費で落としているらしく、こちらへの請求は工事費用のみだ。なんたって廃屋を利用しているから土地代もかかっていないらしい。寧ろ貰ってくれて万々歳なのだとか。俺としても対してモラがかからずに支部を入手できて本当に良かった。
「よし…こんなものかな。必要なものが他にもあったらあとは各自で買え、だそうだ」
「ではわたくしは埃を綺麗にしますね!」
「ああ、頼む。旅人は自分の部屋でも決めてくるといい」
「うん、そうする」
俺は二人がいなくなって一人になったので、少しだけ考え事をすることにした。
しかし、ファデュイ執行官第6位『売女』についての情報はほとんどない。これから集めるつもりではあるが、それにしたって情報が得られるとは考えにくい。聞き出せるとすれば第11位…いや、今は10位だったな。『公子』タルタリヤくらいのものだろう。一番身近なファデュイの重鎮があのチャラそうな感じの男しかいない、というのは少し…いやかなり嫌だな。戦闘狂っぽかったし。
さて、モラクスの目的はわかったが、契約の内容、そして依頼の完遂に関する情報は謎のままだ。いや、仙人の死体は早々簡単に作れるものではないだろう。そこをファデュイが協力し、『博士』あたりが仙人の死体を作ってそれが天から墜落してきたのだとしたら。事態はやはりファデュイと密接な関わりがあると見える。そしてそれができるだけの科学力を彼等は持っているのだ。それがまた恐ろしくもある。
禁忌滅却の札の件は結局わからず終いだ。何のためにあれを試したのか。いや、或いはあれで仙人の力を模倣できる、と気がついたわけか?削月築陽真君のところにいた奴らは殺したが、禁忌滅却の札を持っているのが奴らだけではない、と早急に気が付くべきだったな。普通に考えて仙人一人で検証するわけがない。研究者が求めているものは恐らく『完璧にして偽物』という物だ。他の仙人をも騙せなければ意味がない。
凝光にも今一度接触するべきだろうな。救民団団長から、と言えば取次は出来そうだが、如何せん接触の仕方が不明だ。なんとか夜蘭を探し出してみたりしたほうがいいだろうか。ただ、彼女のあの感じから察するに、彼女は諜報部の人間だろう。だとするならば早々簡単に接触はできないだろう。
さて、本題に入ると、どうやって璃月を安全に危機に陥れるか。いや、危機に陥れる以上、危険は避けられない。民に被害を出せばそれは即ち俺の責任になる。正直、人間で対処できない問題なんて正直魔神が復活して襲う、くらいのものだ。簡単、とは言ったが、中々複雑な問題だな。『淑女』を利用しようか、とも考えてはみたが、それはできない。璃月を人質に取られればなんにもできないからだ。
そこで俺はふと、とある存在を思い出した。数千年前に層岩巨淵から南天門にかけて破壊の限りを尽くした伝説の龍、若陀龍王の存在を。あれは間違いなく人の手でどうにかすることは不可能だ。神や仙人の介入が必須である。いや、仙人だけでは恐らくどうにもできない。数千年前に封印した際に彼は裏切られた、と言っていた。その怨嗟による狂乱で、破壊の限りを尽くすだろう。
俺かモラクスがいなくてはならないのだ。仙人では足止めはできるかも知れないが、倒すことはおろか、封印すら不可能だろう。若陀龍王を起こすタイミングで俺は『淑女』を見つけていなければならない。タイムリミットは送仙儀式まで。そして鍾離ことモラクスの手際は良いだろう。こちらからはノエルに行ってもらうし、旅人も好意で手伝ってくれるらしいから、大して時間はないと思ったほうが良いだろう。
「一週間、あるかどうかといったところか…」
それまでに『淑女』の潜伏場所を見つけて先制攻撃を加えねばならない。そうでなければいつ攻めてくるかもわからないのだ。
そして若陀龍王が攻めて来る際俺がここにいてはならない。何故なら俺がここにいれば璃月を護らねばならないからだ。そうなればモラクスが出てきてくれない。
それにしても、と俺は自虐的に笑った。
「何かを犠牲にしなければ何も救えない、というのは本当らしいな…まさか璃月、ひいては世界を救うために自ら危機を呼び込もうとするだなんて…」
これじゃあ本末転倒だ。他にも、もっといいやり方があるのかもしれないが、俺には思いつかない。
「モラクス…お前は自分が近い内に死ぬから今のうちに璃月を自分の手から離す、なんて言っていたが…」
少なくともそれは今じゃなくていい。頃合いを見て宣言すればいいだけの話だ。段階を踏んで少しずつ少しずつ人間に任せていけばいいのだ。そこに考えが及ばないからやはり頑固なんだろうな、彼は。
「アガレスさま、掃除は終わりました!」
「アガレスさん、部屋決まったよ」
考察に考察を重ねているところにノエルと旅人から声がかかった。
「ノエルはお疲れ様。旅人、部屋は好きにカスタマイズしていいからな」
部屋は全部で5人分、うち一部屋を旅人が使うと考えると、スカウトできる人数は…予備を含めて三人だな。ただ、旅人は送仙儀式と少しの間だけしか留まらないだろうし、四人くらいスカウトできるかもな。とはいえ、送仙儀式が終わってからになるだろうが。
「さて、夕方か…この後の予定は特にないし、俺は少し出掛けてこよう。二人はどうする?」
「わたくしは何があってもいいようにここに留まりますね」
「じゃぁ私もノエルと一緒にいようかな。心配だし」
「蛍さま…」
ノエルがすごい嬉しそうで何よりだな。俺は旅人に視線だけでありがとう、と告げると、彼女は首肯いた。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃいませ!」
「うん、いってらっしゃい」
俺はまだ改築中の救民団璃月支部から出ていくのだった。
〜〜〜〜
アガレスの去った救民団璃月支部にて。
「───蛍さま、わたくしの紅茶とお茶菓子はいかがですか?」
「ん〜!美味しい!ノエルはこんなに美味しいものが作れるんだね」
卓で早速ノエルお手製の紅茶とお茶菓子を二人で頬張っていた。ちなみに、流石のノエルというべきか、差し入れで工事業者にもお茶菓子を配り終えている。ノエルは旅人に褒められて少し照れつつも「あ、ありがとうございます」と言った。旅人はしばらく紅茶とお茶菓子を飲んだり食べたりしていたが、やがておもむろに口を開いた。
「ノエル、ずっと聞きたいことあったんだけど、いい?」
「はい、大丈夫ですよ」
ノエルはにこにこしながら旅人の質問を待った。
「ノエルはさ…アガレスさんのどこが好きなの?」
「…ふぇ?な、何を言っていらっしゃるのですか!?」
ノエルは動揺のあまり、大きい声を上げた。旅人は至って真剣な表情だったため、ノエルも最大限照れを抑え込みながら言った。
「好きなところ、ですか…わたくしはアガレスさまのお優しいところも、面白いところも、たまに疲れて眠ってしまうところも、可愛らしいところも…全部大好きなんです」
「…めっちゃ大好きだね…」
「あ、も、勿論その…恋愛とか、そういったものでは」
「ノエルはアガレスさんのことが大好きなんだね…でも、ライバルは多いみたいだよ」
旅人はしれっとアガレスの好きなところのアンケートをとっている。ジンに始まりアンバーやエウルアに加えてリサやロサリアにまでそのアンケート範囲は及んでいた。さて、何故このようなことを旅人がしているのかというと、旅人自身、アガレスのことを好いているからである。だからこそ程度を調べて誰がライバルになり得るのか、それを確認しリスト化するためにこういうことをしている。こう見えて結構腹黒いのである。
「え、えっとですから…」
「まぁまぁ…今日は夜まで語り明かそう、うん」
旅人の謎の勢いに圧され、ノエルと旅人は夜更けになるまで話し続けるのだった。
アガレスの好きな人が気になるところである旅人だが果たしてどうなるのであろうか、といったところですね。どうするかはまだ考えていませんがこの人にしよう、みたいなのはあります。
考察部分とても長いですね。今見返して思いました。ただ話を整理するのに必要だったもんですからつい…読みにくくて申し訳ないです。