群玉閣を去った俺は念の為青墟浦に来ていた。廃墟の中で、まだ新しい焚き火の跡があった。まだ仄かに赤みがある。少し前までまだ誰かがいたようだ
「…元素視覚で見ても痕跡はなし…誰がいたんだろうな」
勿論、こんな場所でキャンプをするのは余程の物好きか宝盗団、或いは余程人里から離れていなければならない存在か、いずれにせよマトモなやつじゃない。
「っ誰だ!」
と、背後に気配を感じ、思わず前へ飛び退き宙返りしながら体を捻って反転、気配と対峙する形で着地した。
「おんやぁ〜バレちゃった?案外鋭いんだね」
気配の正体は女だった。顔を真っ青な仮面で隠し、頭にも同じく青い魔女っぽい帽子を被っている。服装はしかし肌を一つたりとも見せない服で黒と青を基調とした服である。その女が肩を竦めながら言った。
「まさか背後すら取らせてもらえないなんて、流石にびっくりしちゃった。ねぇねぇ、アガレス君、うちに入る気はない?今なら間違いなく執行官になれるよぉ〜?超好待遇!イェイ!」
「ッハハ、俺の正体を知っててそれを言うのか?土台無理な相談だとわかっているだろうに」
そう言うと、それまでヘラヘラとしていた雰囲気が一瞬にして無になった。
「ハァ〜?あんたのことをわざわざスカウトしてやってるのわかんないわけ?氷の女皇はさ、あんたに死んでほしくないからこうしてるんだよわかる?それすらもわかんないの?ふざけてんの?」
「全く、巫山戯ているのはそっちだろうに。俺をスカウトしたければ氷神自らが赴くべきだろう?部下に行かせている時点で俺と彼女は対等ではない証明、つまり彼女が俺を下に見ていることにほかならない」
俺は彼女の一挙手一投足に注意しながら更に続ける。
「世界を救うためならば彼女の下に入るのも吝かではないが、神の心を集めて何をするのかが不明で、その影響が不明瞭な以上、彼女に協力することはできないしするつもりもない。まぁそもそもスカウトする側にもそれなりの説明責任があると思うのだが如何かな?」
「だから言ってんじゃん。あんたに死んでほしくないんだって。このままだと君、人質取られてそのまま死んじゃうよ?それでもいいの?」
「俺一人の犠牲で事が済むなら安いものだろう?そもそも、人質を取らせるつもりはないが」
俺は右手の薬指と中指を弾いた。
「何の真似?」
「少し気を引きたかっただけだ。お互い、熱くなっているようだったからな」
「ふ〜ん、そう」
「それで、人質を取ると言ってもどうするつもりだ?」
彼女がニヤリと笑ったのが、仮面越しに伝わった。
「人質に取るのは璃月港だよ。モラクスは生きているけれど、『炎の魔女』と若陀龍王、どちらも国を滅ぼす脅威だからね。モラクスと言えど2つの脅威には対抗しきれない。そしてどちらも仙人が相手をするには力不足だよ?」
「なるほど、モラクスとの契約達成は諦めたか。神の心は殺して奪うつもり、ということか」
「うん、ついでに君のも、頂いちゃうことになりました〜!」
仮面の亀裂から覗いている碧色の瞳が妖しく光った。俺は肩を竦めながら言った。
「へぇ…その計画はもう既に決行されているわけか?」
「うん、あと一時間後には『炎の魔女』も若陀龍王も動き出す手筈だよ。まずは『公子』が黄金屋へ向かって仙人の遺骸から神の心を奪おうとして失敗、そちらに注意を引き寄せて璃月港を蹂躙するんだよ!完璧な作戦だよねぇ!!ねぇどうする!?君の大好きな璃月も、モンドから連れてきた子も一緒に死んじゃうんじゃないかなぁ!?」
女の哄笑が響き渡っていた。確かに、俺一人では対応できないだろう。俺一人であったのならば、という前提はあるけどな。
俺は口の端を持ち上げくつくつと喉を鳴らした。小さいはずだが、彼女の耳にはしっかり届いたらしく怪訝そうに俺を見る。
「俺にはもう止められないから、俺は今ここで死ぬのだから、そう思って全ての計画の全容を話してくれたことに、感謝の意を示すよ、執行官第6位『売女』ルフィアン」
ルフィアンと呼ばれた彼女は大きく目を見開いた。
「先程の手を弾いた行動についてもっと言及するべきだったな」
俺は右手のガントレットを外し、手を見せた。中指と薬指には、ウェンティと旅人にそれぞれ渡した指輪のもう一対が嵌められている。
「この指輪は聖遺物の一種で離れた相手とリアルタイムで話すことが可能だ。今までの会話は全て拾ってこの指輪の先に伝わっている」
「は…?」
「一人は璃月港に、もう一人はモンドに…さて、モンドはこの計画を聞いて黙ってはいまい。隣国が滅ぶかもしれないのだからな。そして璃月もこの計画の全容が伝わり、有利な状況で戦を進めることができるだろう。今頃は千岩軍が黄金屋に展開しているだろうな。執行官が来ることも見越してそれなりに武力を持った存在も居るだろう」
「嘘でしょ…そんなハッタリに騙されるほど私は馬鹿じゃない!!」
あくまで認めない、というのも手だ。だが、しかし。
「事実は事実だ。時に事実は想像もよらない場所にあるものだ」
「まさか…本当に」
自身の計画が破綻したことを察してか、わなわなと震え、膝をついた。
「発想、そして根回し、用意周到さ、全てをとってもトップクラス。しかも俺を罠に嵌めて誘い出し、璃月港を人質に取る、というところまでは完璧だったと言っていい。だが…」
俺は鼻で笑った。
「相手が悪かったな」
俺の言葉にぷるぷると震えていたルフィアンは遂に感情が爆発したらしく、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!クソ、クソクソクソ!!腹立つなぁ!!せっっっっかく上手く行ってたのにさぁ!!いっつも大事なところで邪魔が入るんだよ!!」
突如、頭を掻き毟りながら言った。やがてピタッとその動きが止まったかと思うと碧眼がギョロッと動き、こちらを向いた。
「そうか、バレてしまったものは仕方がないのだし…殺してしまえば変わらないんだ。あははは!そうじゃない!殺してしまえば全て無に帰る!モラクスの神の心は手に入らなくてもアガレスのものがあれば女皇への手土産としては十分だよねェ!!」
突如剣を抜き放ち、水を纏わせて上から振り下ろしてきた。俺はガントレットを再び装着しつつバックステップで避けつつ刀を生み出し抜き放った。
「旅人、聞こえていたな!まずは七星に報告してから仙人にも報告しに行け!望舒旅館に行くだけでいい!」
『わかった、急ぐね!』
「ウェンティ、いやバルバトス!援軍を頼む!!」
『勿論だよ〜、任せて』
俺はルフィアンの攻撃を上手くいなしながら、叫ぶように指示していった。
「ノエルも居るな!」
『はい!アガレスさま!』
俺はルフィアンの攻撃をいなして態勢を崩し、腹を蹴って距離を取った。見えていないだろうが、俺は微笑みながら言った。
「…璃月を、民を頼む」
『わたくしにお任せ下さい!!』
それだけ言うと俺は再び指を弾いて指輪の機能を停止させた。
「さて、と」
俺は腹を擦りながら起き上がったルフィアンを見た。彼女もまた、過去に何かを背負い、そして今も尚縛られているのだろう。ファデュイの執行官は皆何かに縛られている。名声だったり、富だったり、強さだったり、復讐だったり。そして彼女はなんだろうか。何にせよ、その目的への渇望を、俺は解消してやれない。そしてその渇望は、世界に害をなす。
「哀れな凡人よ。世界に害をなす存在となったその愚劣さを呪いながら、無様に死んで逝け」
「断ると言ったら…!!」
「拒否権など存在しない。世界に害をなすなら、神だろうがなんだろうが殺す。それが俺の信条だ」
「フン…!私達の目的も知らないでよく言う、よ!!」
再びルフィアンが一気に踏み込んできた。先程吹き飛んで受けた傷は跡形もない。何らかの方法で治したようだ。俺は雷元素を纏いながら少し踏み込むと、別の場所にも雷元素を発生させ、維持しておく。俺は踏ん張りつつ雷元素を右手に集め、横薙ぎに振るわれた剣を右手で掴んだ。
「っ!?」
「お返しだ」
俺の右手から雷元素がルフィアンに纏わりつき、先程維持した雷元素の場所まで一気に引き寄せられていった。やがて勢いそのままに壁に激突し、内臓を損傷したのか血を吐いた。
「おいおい、この程度で終わってしまうのか?」
「っまだまだ…!」
彼女を風元素が包んだかと思うと、傷が癒えたようだった。なるほど。
「『邪眼』か…」
『邪眼』とはファデュイが開発した神の目の模倣品だ。誰でも持てば元素の力を扱えるようになるが代償として死に至ったり発狂したりする。それを与えられて使いこなせているのがこの執行官という人間基準での化け物たちなのだ。
「ふふ、第二ラウンドと行こうよ…アガレスぅ…!!」
そう言うと彼女は仮面を脱ぎ捨てた。元の容姿は悪くなかったのだろうが、彼女の顔には火傷痕や傷跡が至るところにあった。何より、首筋から頬にかけて青い色の大きい痣がある。
そんな顔を醜くうち歪ませながら俺へ向けて剣を突きつけるのだった。
というわけで事態急変しました。完全にアガレスの作戦勝ちですね。とはいえ若陀龍王は鍾離と旅人の邪魔を入れないので完全な状態で復活します。簡単に言えば良心が警告をしない状態です。完全に狂気に呑まれているので喋ることもできない若陀龍王と、完全に炎に呑み込まれかけている魔女さん。2つの脅威に璃月は、ひいてはアガレスはどう対応するのか。
いやぁ…頑張って考えねば。