忘れ去られたもう一柱の神   作:酒蒸

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今回からは復活した若陀龍王と『玉衡』こと刻晴と千岩軍の戦いになります

追記 : 若陀龍王の漢字を間違ってました!!!穴があったら入りたい!!!ごめんなさい!!!


第40話 若陀龍王①

───我は外が見たい。外の世界を、この眼で。

 

地脈から流れてくる情報だけでは外の様子は何もわからなかった。だから我はモラクスに頼んだのだ。するとモラクスは我に眼を授けてくれて、暗い暗い地下から連れ出してくれた。

 

───この恩、一生忘れぬ。

 

やがて凡人共が層岩巨淵で採掘を始め、地脈を傷つけた。我は苦しみに喘ぎ、摩耗し、進んでいく自我の崩壊を少しでも遅くしようと我は耐えた。しかし、抑え込まれた摩耗は堤防の決壊のように一瞬にして、そして激しく表れた。

モラクスは夜叉や仙人、凡人を率いて我の下までやって来て、苦戦しつつもしたくもない暴走を止め、剰え封印までしてくれた。

 

───この恩、一生忘れぬ。

 

あれから数千年、璃月の民は愚か、仙人や夜叉、モラクスでさえ、我の下を訪れることはなかった。始めは忙しいのだと思っていたが、やがて我は彼等に裏切られ、見捨てられたのだと思うようになった。我はこのまま、摩耗によって朽ちていくのだろうか。そんな運命、到底許せるはずもなし。我の怨念が人の形を為し、一人の子供を生み出した。子供を使って凡人の鉱夫を集め、南天門付近の我の封印場所へ向け掘り進めさせた。

 

モラクス、千年もの屈辱を晴らす時はもうすぐに満ちる。覚悟するがいい、璃月を我は必ず滅ぼしてみせる。

 

───この怨、一生忘れぬ。

 

〜〜〜〜

 

「地震活動が活発になってきているわね…状況は?」

 

南天門にて、刻晴は伝令の兵士にそう問いかけた。

 

「学者によれば地震活動が活発になっていることで、地盤が緩んでいるそうです。恐らく若陀龍王が地上に出てくるのも時間の問題かと…しかし、モンドからの増援も来ます。抑えられるでしょう」

 

千岩軍の伝令が『玉衡』こと刻晴にそう告げた。その言葉には現状をどこか楽観視しているように刻晴には感じられ、それを咎めようとした。

 

「ん…?」

 

しかし刻晴はなにかに気が付いたらしく地面のある一点を見つめた。それに倣ってか、千岩軍の伝令も刻晴の視線の先に視線を向けた。

 

ボコッ、と地面が出っ張っているのである。やがて亀裂とともにその盛り上がりは大きくなっていった。

 

「っ!!」

 

刻晴は余りの事態の性急さに若干放心気味となっていたが、すぐに周囲へ向けて大声で叫ぶように言った。

 

「総員戦闘準備!!非戦闘員は直ちに撤退しなさい!!」

 

「『玉衡』様!?」

 

「これは命令よ!!急ぎなさい!!若陀龍王が───ッ!?」

 

話している内にも見る見る亀裂が広がり、やがて地面が陥没するようにして砕け散った。その穴からベビーヴィシャップ・岩やヴィシャップ・岩が続々と姿を現してくる。そして最奥から地響きが鳴り響いていた。

 

そんな状態の中、なんとか体制を立て直した刻晴が指示を飛ばす。

 

「っ…来るわよ…!総員!非戦闘員の避難を最優先!!一部の者は私に続きなさい!!今のうちにヴィシャップの数を減らせるだけ減らすわ!!」

 

若陀龍王が出てくればヴィシャップに構っている暇はない。若陀龍王は地脈を通して全ての元素の力を操ることができる。自我のない若陀龍王は恐らくなりふり構わずあらゆる元素で攻撃してくるだろう、そう刻晴は考えていた。

 

「援軍は!?」

 

「まだです!」

 

だからこそ、伝令の兵士に援軍の存在を問い掛けたのだが未だ音沙汰なしである。刻晴は戦力の不足にギリッと歯噛みすると覚悟を決める。

 

「仕方ないわね…援軍には期待できそうにないわ!皆!行くわよ…!!」

 

刻晴の号令と共に、ベビーヴィシャップの群れが姿を現した。ベビーヴィシャップは少し硬いが、強敵と言うほどでもない。事実、千岩軍の兵士であれば苦戦はせず倒すことができるだろう。

 

だが、今回に関してはかなりの数がいる。その数に対して千岩軍側の人数は足りず戦力不足と言わざるを得なかった。

 

戦力不足に加え、今回はベビーヴィシャップの成長した姿であるヴィシャップもかなりの数がいる。ヴィシャップになると元素を扱うようになるため、ベビーヴィシャップに比べ討伐難易度が上がる。

 

刻晴は背筋に走る嫌な汗を感じながらも、一歩も退かずに戦うことを選択した。

 

「盾持ちは全員前へ!!ベビーヴィシャップの突進を防ぎなさい!そうしたら槍兵、いいわね!!」

 

「刻晴様は!!」

 

刻晴は部下の言葉に対して雷極を空中へと生み出しつつ言った。

 

「私は先行してヴィシャップを叩くわ!!ここからは現場の判断に任せるから、その場で撤退も視野に入れて動きなさい!」

 

それだけ言い残して刻晴が移動しようとした瞬間のことだった。

 

「───我も同行しよう」

 

刻晴の隣にスッと現れたのは鬼の面を被った少年で、その実仙人である。そんな少年を見た刻晴は驚きのあまり叫ぶ。

 

「降魔大聖!?どうしてここへ!」

 

そう、普段は望舒旅館付近の妖魔を祓っているはずの降魔大聖───魈が南天門付近に来ることはないのである。しかし魈は刻晴の言葉に淡々と答える。

 

「璃月の危機を祓うのが我の…仙人の仕事。未曾有のこの危機を察知した故動いたまでだ。この魔物共を祓えば良いのだろう?」

 

魈は、突進してきた一匹のベビーヴィシャップをいとも容易く槍で串刺しにすると言った。

 

「我に遅れぬようにするがいい、『玉衡』」

 

「ッ…言われなくてもそのつもりです…!」

 

刻晴は若干ムキになって答えつつ、魈の動きについていくために雷極を生み出してそこに瞬きする間に移動していった。

 

 

 

一方刻晴達が消えた戦場で、千岩軍の兵士達は転がりながら突進してくるベビーヴィシャップと相対していた。

 

「───総員、盾を構えて受け止めろ!!踏ん張れ!!」

 

千岩軍隊長の掛け声により盾を持った千岩軍の兵士がベビーヴィシャップの突撃を次々と食い止めていく。なんとか受け止めきった兵士達を見て隊長は更に指示を飛ばす。

 

「槍兵!突け!!」

 

そのまま隊長の指示に従い、盾と盾の隙間から兵士が槍を突き刺し絶命させていく。

 

「よし…!」

 

「い、いけるぞ…!」

 

第一波を凌いだ兵士達から歓喜の声が上がる。しかし、常に死と隣り合わせの戦場において、油断というものは人を殺す。

 

それをよく理解している千岩軍の隊長は歯噛みしつつもすぐに、

 

「気を抜くな!すぐに第二波が来るぞ!!」

 

そう叫ぶように言った。しかし、

 

「え?うわっ!!」

 

盾持ちの一人が吹き飛ばされ、陣形が微かに乱れた。すぐに他の兵士がカバーするが、如何せんベビーヴィシャップの数は多い。それでも、千岩軍に打って出ることはできなかった。一匹でも討ち漏らせば璃月港に直進するであろうことは誰の目にも明らかだったからである。

 

隊長は現状に再び歯噛みすると、兵士達に檄を飛ばした。

 

「死守せよ!!絶対に此処を通すな!!」

 

「隊長!!背後からヒルチャールの群れが!!」

 

しかし、ここで千岩軍にとって悪いニュースが舞い込む。千岩軍隊長の背後にヒルチャールの群れが迫ってきていた。その様子を見た隊長は苦々しげに顔を歪める。

 

「っ…魔物が多すぎて引き寄せられた、ということか…」

 

ベビーヴィシャップ・岩は元素生物だ。その元素生物の大移動によって周辺の魔物も引き寄せられてしまったのだ。

 

これにより、ほぼ全方位からの攻撃を想定せねばならなくなったのである。そしてそれらに対応するには、あまりにも人材が不足しすぎていた。

 

「くっ…槍兵と通常装備の兵士を少しだけでいいから全方位の警戒に充てろ!陥没穴からは目を離すなよ!!」

 

「隊長!無茶です!!」

 

「いいからやるんだよ!!」

 

幾らヒルチャールとはいえ、数は力である。暴徒こそいないものの、それでも数は50を優に超えていた。そんなヒルチャール達を無視できるはずもなく千岩軍はそちらに戦力を割かねばならなくなってしまったのだ。

 

ベビーヴィシャップ達の数は少しばかり減ったとは言え、まだまだ数がいるのにも関わらず、兵士たちの精神的疲労、肉体的疲労は最早限界を迎えていた。そして、

 

「っ…ガッ!!」

 

「お、おい!大丈夫───うわッ!?」

 

一つの崩れから、戦局は一気に変わる。盾兵の一人が疲労困憊により膝をついた。そこに丁度良くベビーヴィシャップが突撃してきたのである。そこからベビーヴィシャップが一匹、もう一匹と入り込み、槍兵を蹂躙し始めた。隊長はその様子を見て何度目になるかわからない歯噛みをした。

 

「っ…密集隊形が仇になったか…!!」

 

隊長は次の指示を出すべく声を張り上げようとした。しかし、

 

「隊長!後ろ!!」

 

「何っ!?グッ…」

 

隊長の背後にもベビーヴィシャップは既に迫っており、既のところで横に飛んで躱したが、それによってバランスを崩し、尻餅をついた。

 

このままでは次はないだろう。ベビーヴィシャップは転がったままそのまま反転し、別の槍兵や盾兵を後ろから轢き潰していった。逃げ出そうとする兵士もいる中、指揮官として命じなければならなかった。

 

「死守せよ!!我等の背後には護りの薄い璃月港!!民を見捨てて逃げるのであれば俺が切り捨てる!!こうなれば止むなし…俺に続けええええ!!」

 

隊長の激励によって再び兵士たちが息を吹き返し、気迫の籠もった雄叫びを挙げながら攻撃を開始した。ベビーヴィシャップは兵士たちの圧力に圧されつつも、着実に一人、また一人と轢き潰していった。そんな中、ベビーヴィシャップ三体ほどが戦闘を走る隊長の前に立ち塞がった。

 

「そこを退け!!」

 

隊長は無我夢中で剣を振るうが、しかし人には疲労が存在する。ここまで突破してきたツケが回り、周囲のことが疎かになっていた。足を縺れさせ、途中で転ぶ。当然、ベビーヴィシャップがそこを見逃すはずもなく、一斉に飛びかかった。

 

「隊長!!」

 

「っ…!」

 

絶体絶命のその時だった。一筋の氷元素を纏った矢が飛来し、ベビーヴィシャップのうちの一体の眉間を貫いたかと思うと氷塊が拡散し、周囲のヴィシャップをも殲滅させた。呆然とする隊長は矢の飛んできた方向を見た。

 

そこには神々しい鹿や鳥の姿をした仙人達の姿があった。

 

【よくぞ持ち堪えた、凡人共!!】

 

【我等も璃月の有事に黙っては見ておれぬ!加勢しようぞ!】

 

【ふむ…若陀龍王が蘇るか…申鶴よ、妾の新造した『帰終機』を】

 

「はい、師匠」

 

崖の上にいる仙人達は生み出された帰終機に仙力を注入していく。

 

「おお…仙人様だ!!」

 

そんな様子を見た誰かが叫んだ。隊長を助けたのは弓を構える半仙の甘雨である。その甘雨が兵士達に向け大きい声で告げた。

 

「皆様!私が支援致します!!もう少しだけ踏ん張って下さい!!」

 

甘雨は言いながらも矢を飛ばしてベビーヴィシャップを仕留める。そんな甘雨を見て、隣りにいたピンばあやが微笑みを携えて呟く。

 

「ほっほっ、若いのは元気でええのう…どれ、少し手伝ってやるとするかい」

 

やがて千岩軍の肉体に仙力の効果がランダムに一つだけかかるように仙人達は支援を開始した。一度は倒れ伏したはずの千岩軍兵士も、氷元素に充てられたかと思うと息を吹き返して立ち上がった。

 

「もっと早く?」

 

不卜廬にいる救苦度厄真君こと、七七のお陰である。仙人たちは世に散らばっている仙人を探し、集めたため少し初動が遅れてしまったのである。尚、今回は不ト廬の白朮が七七を連れてきて頑張ってもらっている。

 

「私も支援する!全く…今回はタダ働きとはな…法律にまだ抜け道があったとは…」

 

文句を言いながら炎元素をばら撒いてベビーヴィシャップを倒しているのは法律家の煙緋であり、彼女もまた半仙の存在だった。

 

そんな仙人達を見て隊長は再び闘志を燃やす。

 

「っ…立ち上がれ皆のもの!!仙人様も来て下さった!!これで負けては璃月人の名折れというものだろう!!」

 

『応!!』

 

「よしっ!!突撃ぃぃぃ!!」

 

仙人達により心も体も回復した千岩軍が一層勢いを増してベビーヴィシャップとヒルチャールの群れに対処するべく突撃を開始するのだった。




アンケートにご協力ありがとうございました
昨日の更新に関してはレポートやってたもんですから…えへっ

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