怪我人の安置は総務司主導のもと行われており、未だに怪我が完治していない人々も沢山いた。中には若陀龍王と戦い、最早千岩軍としての責務を全うできなくなっている者もいる。それでもある人は帝君のために、ある人は身内のために、なんとか生きることを頑張っているようだ。一番の被害者はこういう戦争の後遺症に悩まされる人々だろうと、つくづく思う。
「皆様!英雄様達が御見舞いに来て下さいましたよ!!」
俺と旅人は総務司の職員に従って歩いていくと、広い場所に出た。皆は談笑に耽っていたようだが、俺達が来たというその一報によって静かになり、立ち上がり、敬礼した。
「あー、すまないが、そういった堅苦しいのは無しで頼む。そんなことをされるような身分でもないからな」
「し、しかし…御二方は璃月を護った救国の英雄でございます。正しく礼節を尽くさねば帝君にも申し訳が立ちませぬ…」
千岩軍の指揮官らしき男が口を開き、言った。俺は少し困ったように笑った。
「だが俺はファデュイの執行官の企みを暴いただけだ。璃月総出でその目論見を潰し、それを実行したお前達がいたからこそ、この局面を乗り越えることができたんだぞ?」
俺は面食らっている様子の指揮官に微笑みかける。
「俺一人でも、旅人一人でも、二人だけでもこの結果にはならなかったはずだ。戦闘に参加したり、或いは支援したりした者全員が英雄と呼ばれるべきだ。そしてお前達も自分自身に誇りを持つべきだ」
「そ、そのような…恐れ多く存じます」
「だから英雄同士敬語など必要ない、畏まる必要もない、ただ誇れ。お前達がいなければ璃月は滅んでいただろう。心から礼を言わせてもらおう」
俺は頭を下げてありがとう、と言った。旅人も俺に倣ってペコリと頭を下げた。
「む…わかった。敬語は止めにしよう。しかしあなた方はお二人共岩王帝君によって英雄として任命されている。敬語なのはこの中だけとしよう。これでは璃月の民に申し訳が立たんのでな」
「それで構わん。さて、それじゃあ一人一人に激励の言葉と労いの言葉でも言っていこうかな。旅人、お前も勿論一緒だからな」
この中に残っている人々はかなり重症で片腕を失っていたり、失明していたり、下半身が動かなくなっていたりと様々な症状がある。勿論、数は対して多くはない。俺と旅人はそのまま30分ほど掛けて全員のところを回りきり、別室へ行くこととなった。
その別室に向かう途中の廊下での出来事である。
「アガレスさん…あの人達のことなんだけど…なんとか治してあげられないの?」
旅人の言葉に、俺は少し考える。だが、この世界というものは残酷にできている。
「外傷は勿論水元素や風元素の力によって治すことはできるだろう。だが…神経系や部位欠損、器官の異常ともなると…残念ながら治すことはできない。純粋な外科手術の技術水準も、大して高いわけではないからな。逆に死なせてしまったりするだろう」
水元素や風元素で治せるのは切り傷や打撲跡などの軽い怪我までだ。それ以上ともなればかなり難しい。だから片目を失えばそのままだし、片腕を失っても同様なのだ。
「そう、なんだ…神って言ってもできることは限られてるんだね」
「そう、神っていうのは案外不器用なのさ。モラクスを見ていてわからなかったか?」
「ううん、改めて実感した」
神だからといって、なんでもできるわけじゃない。モラクスのように契約に縛られて生きることしかできなかったり、俺のように世界を護ることしかできなかったり、そしてバルバトスのように自由に縛られていたり…神とは案外、何かに縛られてしか生きていけないものなのかも知れないな。
いいや、それは違うな…皆、生きていれば何かに縛られ、或いは縋り付いている。そうでなければ簡単に精神が参るだろうからな。
さて、そんなことを考えているうちにかなり奥にある最後の一部屋にやって来た。俺は旅人を見てから口を開くと、
「どうやら着いたようだな」
そう言った。旅人も首肯くと俺達は見舞い品の準備をした。準備が終わったのを見計らって、職員が扉を開く。
一番奥の部屋の中には紫色の頭髪を持つ女性がいた。普段はツインテールのようにしている長い頭髪が、今日はそのまま下ろされていた。
「…あら?君達が、凝光の言ってた英雄達なのね」
「なるほど、『玉衡』…お前も怪我をしていたのか。表舞台に出てこないのは道理だな」
『玉衡』はまだ少し顔が青い。どうやらかなりの出血をしたようだ。『玉衡』は旅人を見ると、少し値踏みするような視線で上から下まで見た。
「そういえば貴女とは初対面だったわね。私は刻晴、璃月七星の『玉衡』よ。変革の時は来た、千年続いてきた秩序は遂に終わる。この歴史的瞬間を、私とともに見届けるわよね?」
「え、え〜っと…?」
「あら、わからなかったかしら?要するに岩王帝君による秩序が変革の時を迎えるから、私と一緒にその時を生きるわよね、と聞いているのだけど」
旅人は困惑していたようだったが、ようやく口を開いたかと思えば、
「あ、あはは…その、なんで私なんですか?」
「あら、アガレスは既に凝光と関係を持っているのでしょ?だったらもう一人の英雄くらい私が貰ってもいいと思ったのよ。結構仕事もしてくれそうだし」
「え、えーっと…」
「それにほら、三食寝床付きの宿も提供するわ」
「ど、どうしようかな…受けちゃおっかなぁ…」
ブレるな、旅人。
「『玉衡』…改め、刻晴と呼んでも?」
「構わないわ」
俺は旅人へ助け舟を出すことにした。しかし、余程三食寝床付きが堪えたらしいな。旅人は俺を物凄く微妙な目で見ている。やめてー、そんな眼でアタシを見ないでー。
さて、おふざけも大概にしておいて、と。
「刻晴、お前は知らないかも知れないが、旅人は兄を探す旅の途中なんだ。だから一つの国にはあまり留まれないんだ。すまないな」
「あら…それならそうと早く言いなさいよ…じゃぁアガレス、君は」
「俺は救民団の仕事もあるし、モラクスやバルバトスの面倒も見ねばならん。それに、お前としてもまたモラクスが我が物顔で物騒なことを考えられても困るだろ?それを防ぐためにモラクスを監視する、というのもある。だが、俺は救民団団長だ。団長として、お前の依頼を受けることならできる」
「その…依頼の内容というのは、何でもいいのかしら?」
刻晴は少しだけ瞳を輝かせて言った。
「そうだなぁ…闇討ち、暗殺などの汚れ仕事から炊事、洗濯などの家事から赤子のお守りにゴミ拾いまで多岐に渡る。基本的には何でも解決できるはずだ」
「え、ってか待って…アガレス、君は先程、帝君のことを面倒見るって言っていたかしら?」
「ん?そうだが」
「「「……」」」
旅人は一瞬モラクスと一緒にいただけなので彼についてはまだ深く知らない。刻晴は岩王帝君としての彼しか知らない。なるほど、そういうことか。
「帝君ことモラクスの普段の様子は中々面白いぞ。刻晴は仕事の合間に、旅人は旅の合間に、夜の時間に往生堂か救民団に行けば普段のモラクスを見ることができるだろう」
「待って、なんでそんなに帝君に関して詳しいのよ」
…え?
「待て、凝光から何も聞いていないのか?」
「…?」
あちゃ〜まじか。それなら俺のモラクス呼びも意味わからないし、普段のモラクスの姿を知っている、というのも可怪しくなってくるわけか。前提が違ったわけだな。
「…嘘だと思うなら構わんが、俺はかつて今の『七神』になる前、『八神』だった頃の八人目の神、元神アガレスだ。まぁとはいえ、『八神』に関する資料は大半が失われているらしいし、知らないのも───」
「貴方が…あの元神アガレスって…本当なの!?」
刻晴のテンションが露骨に上がった。
「先祖代々、貴方に関する言い伝えがあるのよ。500年前にアガレスという名前の神が世界に迫っていた終焉を自らの命と引き換えに止めたっていう…そうなの?」
「そうだな…その時のことを詳しく話してやってもいいが…少し時間もかかるぞ?」
「詳しく!」
アガレスという神への憧れがあるのか、はたまた俺の行動に対する何らかの勘定があるのか、刻晴は目を輝かせながら聞いていた。ついでに旅人も俺の話に耳を傾けていた。俺はそのまま時代背景と『終焉』の正体を交えながら全ての経緯を話し終えた。
「そう…それで最近復活したわけね」
「ああ、まぁ、起きてきてみれば、俺の記録も記憶も何も残っていなくて忘れ去られていたわけだがな」
「…アガレスさん」
「旅人、そんなに悲観する必要はない。俺は聞かれなかったから俺の過去を話さなかっただけだ。別にお前を信用していない、とかでは全く無いからな?」
「うん…そうじゃなくて、アガレスさん、大丈夫?無理してない?」
旅人は俺を心配そうな瞳で見つめた。刻晴も似たような感情を込めた瞳で俺を見つめてくる。俺は少し困ったように言った。
「うーん…別に無理はしてないはずだ。余り休みがないとは言え俺は神だし、別に疲労とかは…」
「そうじゃなくてさ…精神的な話だよ。昔は辛かったんでしょ?」
…。
「俺は昔から、あらゆるものを失ってきた。記憶、記録、人材、友人、信念、他にも様々なものを失ってきた。俺には力があったが、その力は護るための力ではなく、壊すための力だった」
「一体、何の話を」
「俺は誰かを、何かを護るために、敵を壊すことしかできなかった。それは、今も変わっていない。俺は…弱い。何かを壊さねば何も護れない…そんな弱さが、今回の事件に繋がっているとも思うんだ」
しかし、そうだな。
「無理…無理、か…そうだな、無理をしていないと言えば嘘になる。俺は常に、自分を高めようと力を磨き続けている。俺の目の届く範囲にいる大切なものを、護れるようにと」
言ってからいや違うな、とばかりに俺は首を振って更に続けた。
「ひいては弱かった俺自身を、殺すために…無理をしている」
「アガレスさ───」
「お前に何を言われようと、俺はこの生き方だけは変えられない。だってそうじゃないか…もう、あんな───」
───皆のことを…この世界を、お願いします、アガレス。
───盤石もいつかは…土に還る。お前に後は託す…友よ。
───僕らでは止められなかったこの『終焉』を…君なら止めてくれるよね、アガレス。
いつの記憶かわからないが鮮明に焼き付いている記憶が俺の脳内にフラッシュバックした。俺はその記憶に対してか、或いは別の何に対してかはわからないがギリッと歯噛みすると、
「───あんな思いは、もう御免だ」
そう言った。旅人も刻晴もイマイチよくわからない様子だったが俺は少し誤魔化しつつ話を続けることにした。
「まぁ兎に角、俺は失ったものが多すぎる。今回くらい護れるように少しは無理をしないとな…刻晴、長くなってしまったが、俺はこれでお暇させてもらうことにしよう。またそのうち会えることを楽しみにしている」
「え、ええ…また」
俺は旅人を置いて刻晴の見舞い部屋から出ていくのだった。
〜〜〜〜
「…旅人、君、彼についてどう思う?」
「うん…500年前の『終焉』を止めた時に誰かを失っていたのかな…」
「そうは思えないわ…だって彼の過去の話には誰かを失った悲壮感はなかったもの…」
「どうしたんだろうね?」
「わからないわ…彼から話してくれるのを待つことしかできないと思うけれど…話してくれるかどうか…」
旅人は少し俯いてコクリと首肯いた。刻晴は場の空気を切り替えるようにパンッと手を叩くと、旅人は顔を上げた。刻晴は旅人に笑いかけながら言った。
「そんなに悲観することはないわよ。彼だって過ぎたことだっていうのはわかっているはずだもの。そのうち話してくれるわよ」
「…そうかな」
「ええ、そう思うわ。話していてわかったのだけれど、彼は身内にはとても甘いタイプね」
「もっとグイグイ行けってことですねわかりました」
旅人の返しがよくわからず思わず刻晴は首を傾げた。
「じゃあ、私も行くね。稲妻へ行く方法が見つかるまでは璃月とモンドを行き来するつもりだから、また近い内に会いに来るよ」
「ええ、またね、その頃にはきっと元気になってるはずだから、歓迎させてもらうわ」
旅人は刻晴に軽く手を振ってから部屋を出て行くのだった。
〜〜〜〜
「ではノエル、少しの間だけここを頼んだ。可能であればノエルが面接をしたりスカウトをしたりしてもいいからな?」
「はいっ!お任せ下さい!」
「じゃあ、またな」
俺はノエルと別れて旅人と共にモンドへ向かう。なんと言っても救民団にはまだ人がいない。誰か一人は残らねばならなかったのだ。そういうわけでノエルとモラクスに残ってもらっているのである。
俺と旅人はそのまま談笑しながら移動し、ようやく暖かな風の吹くモンドまで戻ってきた。アカツキワイナリー付近の七天神像の横に旅人と一緒に立った。
「ようやく、戻って来れたな…モンド城に」
俺はモンド城へと戻ってこれた喜びに今だけは身を任せるのだった。
というわけで、次回からは少しお休み回です。
テコ入れ?それは言わないお約束だ…()