第49話 久方ぶりの休日
モンドに戻ってきた俺と旅人がまずしたことはなにか…そう!挨拶回りである!!
と、テンションたっぷりに言ってみたはいいものの、特筆すべき点は特にないので割愛させていただこう。
「さて…依頼もないのかー?エウルアー」
「ええ、今日は来てないわね…ってか、なんでそんなに自堕落な感じ出してるのよ…私を顎で使うなんて…この恨み、覚えておくわ…」
「へいへい…ま、モンドが平和なのはいいことなんだが…こんなにすることがないとなるとなぁ〜…」
「…それもそうよね…レザーは最後の依頼の対応中だし…あ、そうだアガレス、折角だし私に付き合ってくれるかしら?」
エウルアが珍しく俺を誘った。俺は少し意外に思いつつも、
「ああ、暇だしいいぞー」
そう返した。しかし暇すぎて語尾が絶対伸びるのは許してほしいところだな。
「よしっ…じゃあ私は少し準備するから待っていてくれるかしら?」
「ああ…そうだな、俺も少し準備をすることにしよう」
今日は戦うこともないだろうし、ちょっと趣向を変えて着る服を変えてみるか。
「───待たせてしまったな、エウルア」
俺は自室へ行き、もう一つの服を着用した。この服は、俺の普段の黒衣とは違って白に近い色のほぼ同じ服だ。とはいえ、戦闘服とかでは勿論ない。礼服なんかに近いと言えるだろう。
「なんか普段と印象違うわね…」
「はは、折角の外出だろ?しかも、戦闘もないだろうし…で、何をしに行くんだ?」
「ええ…そりゃあ勿論───」
俺とエウルアはエンジェルズシェアまでやってきて朝から彼女は酒を飲むようだった。
「…まぁ、今日くらいは、な」
酒を飲むわけにはいかないが、今日のバーテンダーはディルックだったはずだし、俺のことをよくわかってくれている。恐らく普通にググプラムのジュースとかでも出してくれるだろう。
「モラはあるのか?」
「あら、アガレスが勿論持っているのよね?」
……いや持ってるけどさ。なんか複雑だわ。
「はぁ…飲み過ぎるなよ」
「やった」
エウルアが少し握り拳を作ったのを横目で流し見しつつ、俺達はエンジェルズシェアへと入った。バーテンダーのディルックがこちらを見て少し驚いているのがよくわかった。
「エウルアはともかく、アガレス…君がここに来るのは珍しいね。僕になにか用向きでもあるのかな?」
「用向きがなきゃ来ちゃいけないとかでもあるのか?普通にエウルアに誘われたから来ただけだ。エウルアにはよく出してる酒を、俺にはググプラムジュースでいい。少し感覚が麻痺して酒の匂いがあまりわかんなくなるから重宝してる」
「わかった。三番テーブルが空いている。そこで待っていてくれ」
俺はディルックに軽く礼を言うと、エウルアと共に席に着いた。
「最近どうだ?救民団に入ってから一年程立つが…」
「どうもこうもないわ。これ以上の環境はないし、昔みたいに罵られることもないわ。やっと皆に復讐することができるようになったわ」
エウルアがフン、と鼻を鳴らしながら言った。
「貴方に対する復讐は結構後になるだろうし、今は見逃しておいてあげるわ」
「そりゃどうも。お、ありがとう…って、旅人?」
「あれ?アガレスさん、それにエウルア?どうしてここに?」
旅人が給仕としてエンジェルズシェアで働いているようだった。ディルックをチラッと見やると、首肯いていた。なるほど、冒険者協会に依頼を出したわけか。
「俺はエウルアに付き合ってここにいるんだ。旅人は冒険者協会からの依頼ってところか?」
「うん、エンジェルズシェアに欠員が少し出てて…それで冒険者協会に依頼が来てた。だから手伝ってる」
なるほどね。
「旅人、好みのジュースはあるか?」
「ん〜…アガレスさんのそれは?」
「これはググプラムジュースだ」
「エウルアのは…どう見てもお酒だね…」
「ええ、勿論よ」
エウルアが何故か誇らしげに胸を張った。俺は少し眼のやり場に困りつつ、旅人の答えを待った。少しして旅人が言った。
「うん、じゃあググプラムジュースを貰おっかな。後でディルックさんにせびってみる」
おい、言い方が悪いぞ、と注意する前に旅人は他の注文客がいたようでそちらの方に手を振りながら走っていった。その様子に、俺は少し溜息を吐いた。
「元気なのはいいが…無理しすぎていないか心配なところだ。ここ最近、休み無しだろうしな」
「それと…最近、叔父さんの動きが少し怪しくってね…それに関する調査もしないといけないわ。取り敢えず、アガレスも気に留めておいてくれると助かるわ」
「そうさせてもらおう」
エウルアがグイッとグラスを傾けて酒を飲み始めたので、俺もググプラムジュースを少しずつ飲んでいく。
「っぷはぁ!バーテンダー!もう一杯!」
「そう言うと思って既に用意はしてある。旅人、頼む」
「はい、ディ…オーナー!」
どうやらちゃんと口調まで統一されているようだな。仕事熱心なことで何よりだ。暫くエウルアと談笑しながら過ごしてエウルアも少し酔ってきた時だった。
「それで、なんか話があるんじゃないのか?」
俺はそう話を切り出した。エウルアは少し目を見開いたかと思うと机に突っ伏しながら告げた。
「…流石、アガレスにはわかっちゃうみたいね…変なところで鈍いくせに」
最後の部分はあまり良く聞こえなかったが、どういう話なのだろうか。酒の力に頼らないとできない話、とかか?よくわかんないな。
「…その、お礼が言いたかったのよ」
「お礼?」
俺は何のことかわからず思わず首を傾げた。
「ええ、そう、お礼…路頭に迷ってどうしようもなかった私を、貴方は救ってくれたじゃない───」
〜〜〜〜
一年前、モンド。
当時の世界情勢自体が不安定だったこともあって西風騎士団と言えどどの情報が正しく、どの情報が間違っているのか、その判断が難しかった。加えて要であったアガレスもおらず、ファデュイの外交的圧力は強まるばかり、エウルア、というよりローレンス家の悪評のせいで、エウルアは西風騎士団を追い出されたのである。とはいえ、エウルアは西風騎士団の団員を誰一人恨んではいなかった。寧ろ当然の措置だと信じて疑わなかった。
ただ普段言われていたことが現実になっただけ、そう言い聞かせていたが、西風騎士団でなくなった彼女に優しくしてくれるのは西風騎士団の元仲間達と鹿狩りのサラだけ。それ以外の人物のほとんどが彼女を冷めた目で見ていた。そのためか仕事も碌に貰えず、モラが底をつき、雨の中、路地裏で彼女は蹲っていた。
「───ようやく見つけた…おーい、生きてるか?」
そんな絶望的な状況の時に現れたのがアガレスだった。当時はまだ名前が神龍団だった頃であるが、アガレスは自分のネーミングセンスを微塵も疑っていなかったわけである。
「あな…たは…アガレス…?」
エウルアはアガレスの姿を見て限界を迎えたのか、意識を失った。アガレスとエウルアは仲が悪かったわけではなく、寧ろ仲が良かったほうである。そのため安心しきったエウルアは意識を失ってしまったようだった。
「…エウルア…?あー、うーん…放っておくこともできないし…連れて行くか」
アガレスはエウルアを横抱きで抱えると、本部へと連れて行った。エウルアは半日ほどで目を覚ました。
「目が覚めたか…おはよう、エウルア」
「ぅ…ここ…は…ケホッ」
「その前に水を飲んだほうが良さそうだな…少し待っていてくれ、持ってくる」
アガレスはエウルアが回復するまでかなり献身的に尽くした。エウルアは脱水症状と栄養不足によって少し痩せこけていたが数日しっかりと食事を摂ってようやく元に戻っていった。エウルアは行く宛もない、ということで、その実、アガレスに受けた恩を返すために神龍団、いや、救民団へと入ったのである。
〜〜〜〜
「───だからそれに対するお礼ってことよ…わかった?」
「…ああ、よくわかった」
「「……」」
お互いに少し黙る時間があった。やがて更に少しするとエウルアが口を開いて一言だけ「ありがとね」と言った。なんというか、人からの感謝も、偶には悪くない、なんてぼんやりと考えるのだった。
…これは余談だが。
「アガレスぅ〜私の酒が飲めないっての〜?」
「ちょっ…誰か助けてくれ…まじ酒だけは無理だから…おいっディルックでも旅人でもいいから助けてくれよ!」
なんてやり取りがあったとかなかったとか。
次回から少し旅人とは関係のないお話になります。エウルアの伝説任務的なところはありますね