崖上にて、俺は旅人、パイモン、ダインスレイヴを置いて先行して来ていた。
崖上は蒲公英が咲き誇り、穏やかな風が吹く場所だった。そして俺の眼前には金髪の少年が存在していた。その背後には見たことのないアビスの怪物、恐らくアビスの使徒だろう。
「ん…待ってたよ、元神アガレス。いや、今は救民団団長、加えて璃月の英雄…だったかな」
「お前は…」
ああ、はじめましてだった、とわざとらしく咳払いをして言った。
「俺は空…君が旅人と呼ぶ彼女の兄、といった方がわかりやすいかな」
「…見ればわかる。お前、500年前、カーンルイアにいただろう」
旅人の兄、空は頷いた。彼等が登ってくるまで、まだ時間はある、か。聞きたいことは聞いてしまいたいな。
「それで、ここに何をしに来た?」
「ん?君ならわかると思ったんだけど」
…なんか腹が立つが、わからないこともない。2つの潜伏場所はダインスレイヴによって潰されてしまっている。人が寄り付かず、一番潜伏場所に適しているのは、モンドに風龍廃墟を置いて他にはない。つまり。
「アビスの使徒の回収に来たわけか」
「そういうこと」
「…殿下、それ以上は」
アビスの使徒が空に何かを進言すべく告げる。
「…わかっている。だけど、今は口を挟まないで」
蛍達はもうすぐそこまで迫っている。彼女の旅の目的が、目の前にいる。だが、この感じ…空はアビスの使徒より上位の存在なのではないか?
「アガレス、今日は君に提案を持ってきたんだ」
そしてその上位の存在が危険を承知で俺の前に姿を現す。それはつまり───
「アビスの軍門に下ってほしい。このままでは君のためにもならないからね」
───ま、そういうことだろう。空は至って真剣な表情だ。恐らく、本気だろう。だからわざわざ自身の気配を感じられるであろう旅人の近くまでやって来た。彼女が、俺に先行させることも読んでいたのだろう。
俺の返答なぞ決まっている。
「神々の統治をひっくり返そうとしているお前達に肩入れすることはできない。世界はこの状態で十分安定しているのだからな」
「そう言うと思って、ちょっとした情報を持ってきたんだ」
空はアビスの使徒に指示をすると、俺に一つの紙切れを手渡してきた。
「今日話すことを要約した紙切れ…まぁ、すぐに焼き捨ててくれても構わないけど…話だけは聞いてくれる?」
その情報とやらが本当なのかどうかは全くわからんが…。
「…構わない」
聞かない手はないだろう。本当にせよ、嘘にせよ、こちらに有益な情報であるのは間違いない。嘘であったとしても嘘である、という証明ができる。つまり、可能性を潰すことができるわけだ。
「アガレス、君は『天理の調停者』のことは?」
「…」
モラクスがなんかそんな話をいつだったかしていたような気がしなくもない…だが、俺はその存在を残念ながら知らない。ということで首を横に振った。
「…意外だ。君は世界を守護する存在として幾千年もの時を過ごしたというのに…まさか『天理の調停者』と面識がないなんて」
…言い草に違和感があるな。まるで。
「まるで他に面識がある神を知っているかのような口ぶりだな?」
「…いや、知らないなら別にいいよ」
うーん、結構謎だな。話が見えない、というかなんというか。
「まぁそれはわかった。それで君のためにならないっていう理由だけど…もうすぐこの世界には変革が訪れると思う」
…ほう。
「それはお前達が成すものか?それとも…神の心を集めようとしている氷神が成すものか?或いは…別の勢力か?」
普通に考えればアビスが何かするんだろうが…或いはアビスとファデュイが繋がっている可能性はないのか?う〜ん…割と疑心暗鬼に近いな。考えたところで絶対に答えが出ないものをずっと考えてしまう感じだ。実に愚かしい行為だ…まるで人間のようじゃないか。
俺の内心での疑心暗鬼などには微塵も気が付いていない様子の空は意味ありげに笑った。
「そうか…ま、答えられないならそれでも構わない」
アビスでもファデュイでも、腹に一物以上抱えてそうな連中が何かを起こそうとしているのならどうせ後手に回るだろう。大切なのは後手に回ることがわかっていながら何の準備をして、どんな行動をするか、その一点に限る。俺は500年前…って、それに関しては何故か知っていたから、って結論が出たんだったな。
「殿下…そろそろ…」
「わかってる。それで、話の続きだけど、世界の変革は君にも深い影響を及ぼすと思う。その時に君がどんな選択をするのか…今から考えておいたほうが良いかもね」
空がそう言うとすぐにアビスの使徒が空間を斬り裂いた。
「待て、意味深なことだけ言って消えるつもりか?一つだけ俺の質問に答えろ。旅人…蛍の下に戻ってはやらないのか?」
アビスの使徒が空をエスコートしつつ空間の歪みの中へ足を踏み入れていく。空は一瞬振り返ると首を横に振った。まだその時ではない、とそういうことか。
「そうか…まぁ心配せずとも彼女はお前の下まで辿り着くだろうさ」
「そう、なにせ彼女は旅人だから」
「殿下、お早く」
アビスの使徒が急かす。旅人達の話し声が聞こえてくる。なるほど、潮時、ということか。
「それじゃ、アガレス。忠告はしたからね」
「ああ、為にならん忠告どうも。さっさと帰れ」
ここで彼を捕らえることは別に不可能じゃない。だがそれをすればアビスを完全に敵に回す。もっと活発になり、空がこれほどまでに重要人物なのであれば取り返そうと躍起になるだろう。そうなれば空を捕まえておく場所が危険になりかねない。それは俺の本意じゃないし、何より空がアビスに与している以上、旅人…蛍の邪魔になりかねない。それに、また近い内に会えるだろうし、面白いものも見せてもらったしな。次に会ったらアビスの使徒は殺す。それで問題ないだろう。
空達は空間の歪みへ完全に呑み込まれ、やがてその歪みも消滅した。
「…行ったか」
「アガレスさん!」
旅人が俺の下まで走ってやって来た。勿論、パイモンもダインスレイヴも一緒である。
「今ここに誰かいなかった?」
旅人はキョロキョロと辺りを見回す。ダインスレイヴはハッとしたように動きを止め俺を凝視した。どうやら彼は気が付いているらしいな。
「…お前の兄に会った」
その言葉にパイモンと旅人の二人は驚き目を見開いた。ダインスレイヴはというとやはりか、という表情で顎に手を当て何かを考えていた。
「兄は…空はなんか言ってなかった!?」
俺の手を掴んでブンブンと振りながら旅人は言った。どうやら気が動転しているようだ。
「た、旅人…お前のお兄さんの情報がわかって興奮してるのはわかるけど…落ち着かないとアガレスが喋りにくそうだぞ…」
旅人は謝りながら俺の手を離して改めて俺に空が何を言っていたのかを問うた。ダインスレイヴも無言で俺の話を聞こうとしているようだった。
「俺をアビスに勧誘してきた。そもそもの話、どうやら空は何らかの理由でアビスに与しているようだ」
「そんな…空が…」
ダインスレイヴは目を瞑って腕を組みながら俺の話を聞いていた。彼の反応から察するにその事実を知っていたらしい。ってなるとあれだな、一緒に旅をしていた彼っていうのは空のことなのか?
「旅人、動揺するのもわかるが今は彼が何故アビスに与しているのかを考えるほうが大事だろう。動揺していては先には進めんからな」
ダインスレイヴがそう諭した。それと、とダインスレイヴは俺を見た。
「貴様と少し話したいことがある」
「ああ、俺もだ」
「お、オイラ達は…」
パイモンが遠慮がちに言った。旅人達か…あまり聞かれたくない話ではあるからな。
「悪いが席を外してくれ。と、言っても外すべき席はないがな」
「意味はわかるから…私もちょっと考えたいし…」
旅人は軽く手を振って少し離れた位置に言った。
…動揺しているのはお互い様、だからな。俺とダインスレイヴも元いた場所から少し離れた位置に移動し、話を始めた。
「…空だけじゃなかったんだろう」
「ああ、アビスの使徒が傍に控えていた」
ダインスレイヴは忌々しげに告げた。
「道理でな…空間の歪みを感じた」
「…あの感覚か」
空間の違和感とでも言おうか…周囲の気配とか空気の流れとかに敏感な俺だから気づいた違和感。なんというか、不愉快な感じなのだ。それを感じる場所に恐らく奴らがいるわけだ。ただ、俺からコンタクトを取ることは不可能だ。何らかの方法があるのだろうが、それがわかる気がしない。
「俺からも聞いていいか?何故『終焉』を知っている?」
「…『終焉』、それは世界のもう一つの危機、世界と世界のパワーバランスの変革による衝突が原因のもので、両世界は絶対に消滅する」
俺の中の疑念は一層強くなった。
「ダインスレイヴ…お前まさかとは思うが…一度死んだのか?」
『終焉』を知っているという点で言えば俺も一回くらい死んでいても何ら可怪しくはない。
「…俺は知るべきことを知っているというだけに過ぎない。だが…貴様は俺のことを覚えていないようだが俺は貴様のことを覚えている。それだけのことだ」
…そう、か。
「お前は俺に3つの質問をしたな。あの質問の内容にはかなり深い意味があるように感じられたんだが」
「…魂の輪廻によって漂白を受けなかったのは貴様だけではない」
「別に俺は漂白を受けたとか受けてないとか、そんなことはわからないんだが…」
そう言うとダインスレイヴは驚いたように目を見開いた。
「いや、なるほど…貴様の場合、漂白はされたが、鮮烈な記憶が魂に深く刻み込まれているのだろう。だから俺とは違い、貴様は『終焉』に関する事柄しか覚えていないのかもしれん」
確たることは言えんが、とダインスレイヴは付け加えた。こうなってくるとますます俺は自分自身の存在に疑問を持たざるを得ない。俺とは何なのか、前世があるとしたら何故『終焉』を知っていたのだろうか。世界と世界の衝突なんて事象が早々簡単に起こってはたまらない。
「一つ仮説を立てるとするならば、俺は『終焉』によって世界ごと滅び、そのまま転生した、とかか?」
「いや、恐らくそうではないだろう。世界が衝突し破壊されているのであれば我々の世界に影響がないはずがない。加えて貴様が死んだとされるのは幾千年も前、それ以前だ。別の世界に貴様が生きていたとは考えにくいだろう」
ダインスレイヴの説明に納得せざるを得ない。実際そうなのだろう。で、あれば俺が死んだ、という線は消えるわけだ。
であれば何故記憶があやふやなのに『終焉』に関しては覚えているのか。
「そこがわからんな…」
「ああ、だがこれ以上は考えても仕方のないことだろう。何か他に確認しておきたいことや情報はあるか?」
ダインスレイヴが腕を組みながら言った。特にはないが…ん?なにか忘れていると思ったが…そうだな、久しぶりに試してみるべきだろう。そのためには一旦モラクス、バルバトスも呼んでおくべきだな。何があってもいいように。
まぁそれは後回しだ。目下の問題を先に片付けよう。
「特にない」
「そうか…では旅人にも同様の問いをしてから解散としよう。恐らく近い内にまた世話になる。その準備だけはしておけ」
ダインスレイヴはそう言い残して旅人の方へ行った。俺は彼の背中へ向けて聞こえていないだろうなぁとは思いつつも、
「言われなくてもそのつもりだ」
とそう告げるのだった。
旅人との問答を終えたダインスレイヴと旅人、パイモンと再び合流した俺は一旦彼と別れることになったのでその別れの挨拶を聞いていた。
「旅人、貴様の旅の終点で家族に会えることを願っている。暫しの別れだ、すぐにまた会えるだろう」
ダインスレイヴは俺達に背を向けると去って行った。去っていく直前、ボソッとダインスレイヴは言った。
「───まだ依頼は完了していないからな」
ダインスレイヴを軽く見送った俺達は顔を見合わせて苦笑した。
「結構長い依頼みたいだな。だが彼の調査が終わってまた依頼の続きが来るまでは多少の時間があるだろう。その間に、今回の依頼でわかったことの要点を上手く纏めておくと良い。旅人、パイモン、俺達も帰ろうか」
「おう!オイラ…腹が減って死にそうだぞ…」
「じゃあ鹿狩りに行こっか」
「おおっ!流石オイラの最高の仲間だぞ!!」
旅人とパイモンが仲良く談笑しながらモンドへの帰路につく。俺はそんな二人の後ろ姿を見ながら呟いた。
「旅人…お前の旅には兎にも角にも苦難が付き纏うだろう。或いはお前の愛する家族と、戦うことになるやもしれんな…」
空、彼の印象から察するに、なにかに絶望したのだろう。彼自身の旅の終点で何を見聞きしたのか知らないが、それでも世界をひっくり返そうとする彼等の姿勢には賛同できん。俺は彼に貰った紙切れを取り出すと炎元素で軽く燃やした。
さて、帰ろうか、モンドに。
俺も二人の後を追うべく歩き始めるのだった。
原神のイベントってなんでこう楽しいのばっかりなんですかね。最高ですほんとありがとうございます。