モンドに帰還したはいいものの、西風騎士団も最近は人手不足が段々と回復傾向にあるお陰で救民団にあまり仕事が入ってくることはない。それでも一週間に二回以上は安定して依頼が来る。安定して収入を得られるのはとてもいいことだ。
俺は救民団本部でエウルアが作成してくれた書類を見てそう思った。一先ず、本部の状況はいいだろう。一応黒字経営には出来てるからな。
「で、こっちが璃月支部の売上か…まぁ、まだ開業して間もないし、ノエルもまだ向こうにいるからなぁ…」
俺は本部の書類を机に置くと、もう一枚の書類を取り出した。こっちは璃月支部から送られてきた書類である。
モンド人が行う商売に加え漠然とした仕事内容、あまり璃月の人々に受け入れられないのではないか、なんて思っているのだが、果たしてどうだろうか。
「………」
俺は見間違いかと思って目を擦った。いや、見間違いじゃないらしい。本部の数倍の収益、かぁ…向こうはさぞかし大変なのだろう。いや、待て待て、なんでこんなことになってるんだ?
少し顎に手を当て考えたが大体事態は見えてきた。俺は旅人と共に璃月の英雄と呼ばれている。その英雄が経営する店ともなればそれだけで価値があるものなのだろう。
加えて、その仕事内容もなんでもやってくれるのに加え、身分を隠したモラクスを雇っているからな。まぁ、身分を隠して、名前を鍾離と偽っているとはいえ岩神モラクスの顔を見た者も存在するだろう。噂はすぐに広がるものだからな。
英雄と帝君がいる店ともなれば、その店が生み出す利益の相乗効果は計り知れないものとなるだろう。事件を起こして尚尊敬されるモラクスと、璃月を他国の存在でありながら救った俺、まぁ加えて仕事もちゃんとこなしてくれるとあらば頼られるのは当然か…。
「人手は足りてるのか…?そういえば人数はノエルを含めて4人と書いてあるが…」
ノエルかモラクスが二人スカウトしたのか、或いは飛び込み面接でもしたのか…。
まぁ二人の見る目を疑っているわけじゃないが、正直自分の目で確認するまでは、って感じだな。
「よしっ、思い立ったが吉日って言うし、璃月に行こう」
「ひゃっ、何よ藪から棒に…」
キッチンで料理をしていたエウルアが俺の声にびっくりしたようでこっちを見ていた。
「璃月支部の状況を確認してこようかと…」
「だからって大声でいう必要ないじゃない」
…怒られた。てか、そんなに大きい声を出したつもりはなかったんだがな。まぁいいか。
「すまん。まぁそういうわけだから行ってくる。今日の業務は…ああ、予約分はないな?じゃあ飛び込みの分は二人に任せる。大して数は来ないだろうがな」
「ええ、行ってらっしゃい」
「ぐー…ぐー…」
レザー、寝てたのか。座ったまま寝てるとはな。俺は彼を見て苦笑すると、エウルアを見た。
「頼む」
「ええ、早く行ってきなさいな」
エウルアも苦笑しつつレザーを起こしていた。俺はそんな二人の様子を見届けてから救民団本部の外へ出た。途中、何かを引っ掻く音と悲鳴が聞こえたような気がしたが、きっと気の所為だ。何も問題はない。
別にレザーに引っ掻かれるのが嫌だとか、今日たまたま機嫌が悪くなっている彼と関わるのが嫌だとか、そういうのではない、断じて。
「えへへ、待ってたよ〜アガレス」
「…また職務放棄かお前」
今回は吟遊詩人ウェンティの姿でバルバトスが俺の前にいた。彼は嫌らしい笑みを浮べて言ってきた。
「違うよ?僕は君が璃月に行くって言うから来たんだよ?久し振りに、あのじいさんに会ってみようかと思って」
お前も俺も年齢的にはじじいだけどな、というツッコミをなんとか飲み込みつつ、
「やめておいたほうがいいと思うがなぁ…」
思わずそう言ってしまうのは仕方がないと思う。
「えー、なんでさ…あの頑固なじいさんがどう変わったのかを見てみたかったのにー?」
だってさ。
「お前、千年前の大喧嘩で山一つ消し飛ばしたの絶対忘れねえからな」
「あ、あはは…あの時はまだ若かったよねー…わ、若気の至りってやつ?」
「とぼけるなよ…お前ら止めようとして俺が一体どれだけの犠牲をだな…」
まぁ、千年前の話はいい。
「…本気なのか?今度喧嘩になったらいい加減ぶっ飛ばすぞ」
「わぁ…なんか今日はすごく機嫌が悪いみたいだね。まぁ本気さ」
バルバトスと俺の視線が交錯し、折れたのは俺だった。俺は溜息を一つだけ吐いた。
「まぁ、いいか…喧嘩なら誰にも影響がないとこにしてくれよ」
「んー、善処するよ」
俺はバルバトスの残念さに、思わず嘆息せずにはいられないのだった。
璃月港郊外にある救民団璃月支部、久し振りに璃月にやってきて訪ねていた。
璃月支部の玄関先に立ってドアをノックした。
「はい、開いてますのでお入りください」
とのことなので、俺はドアを開いて中に入った。ノエルは作業を止めてこちらを見て目を見開いて固まった。
「久し振りだなノエル、モラクスはいるか?」
「アガレスさま、お久し振りです!すぐにお呼びいたしますね!!」
ノエルがすぐにモラクスを呼びに行こうとしたので、呼び止めた。
「話があるのはお前にも、だ。モラクスと一緒に二階奥の部屋まで来てくれ」
あそこの部屋は大きいから会議室として使っているはずだ。
「はい、わかりました!お任せ下さい!」
俺と、何故か後ろに隠れているバルバトスはニ階奥の部屋に移動し、少し待った。
5分ほどしてから扉がノックされてノエルとモラクスが入室してきた。ノエルもモラクスも入ってくるなりバルバトスに目を向けノエルは慌て、モラクスは眉を顰めた。
「アガレス、何故バルバトスがいる?」
「なに、頑固なお前がどう変わったのかを見に来たそうだ」
「風神様、いらしていたことに気が付かず申し訳ありません…すぐにお茶をご用意しますね!」
パタパタとノエルが駆けていき、モラクスは眉を顰めつつも席に座った。勿論、バルバトスとは対面の位置にである。俺達はノエルが来るまで無言だったが、ノエルのお茶が入って一口飲み終えるとモラクスが先ず口を開いた。
「それで、俺達に何の用だ?」
「バルバトスの用件は知らんが、俺の用件は唯一つ、人手は足りているか?」
ノエルとモラクスは顔を見合わせて少し微笑んだ。そしてその説明に関してはノエルから為された。
「はい、人手に関しては現状、問題なく足りています。どうしてもここで働きたいと言って下さった方々はかなりいたのですが…」
「何人くらいだ?」
「総勢15名です」
一杯だねぇとバルバトスが中身のない感想を漏らす。中身が無いとは思いつつ、俺も同意見だ。かなり英雄という肩書は強いらしい。
そういえばあの時に貰った仙霊だが、壺の中に置きっぱなしだ。貰ったはいいが、瓶から出して大丈夫なのか、それを一応モラクスに聞きに来たのもあったんだった。
「15名のうち能力、熱意、そして履歴書の内容から2名を採用いたしまして…一応もう一人来ているのですが、現在アガレスさま達の訪問で保留となっていまして…」
「そうか…それは申し訳ないことをしたな、まだ下にいるのか?」
ノエルは首肯いた。どうやら客間で待っていてもらっているらしい。
「それで、採用した二人の名前は?」
「はい、それぞれ重雲さんと行秋さんという方です。とても優しい方々なんですよ」
重雲に行秋…そういえば万文集舎でその名を耳にしたことがあるな。容姿までは確認出来なかったが…。
「今いるなら呼んできてくれ」
「はい、すぐに」
ノエルが呼びに行ってる間、バルバトスはモラクスと談笑していた。正直モラクスが怒らないかどうか心配だったが、バルバトスもモラクスも満足したのかノエルが帰ってくる直前のタイミングで話が終わっていた。
…馬鹿な、喧嘩をしないだと…?どうなっている。
という内心をすっかり押し殺して俺は扉がノックされるのを聞いた。どうやらノエルが戻ってきたようだ。
「入ってきて構わない」
「失礼します、アガレスさま」
「「失礼します」」
青い頭髪の少年…いや、少女…?ん?わからんが恐らく男の子であろう少年と、白にかなり近い水色の頭髪を持つ少年が入室してきた。白い水色(?)の頭髪といえば申鶴がそれに近かったな。そういえば留雲借風真君から育成を頼まれていたが…彼女は今どこにいるんだかわからん。今度それとなく留雲借風真君に聞いてみるか。
などと考え事をしている間に重雲と行秋にノエルが俺、バルバトス、モラクスの説明をしていた。まぁ救民団ならほぼ身内みたいなもんだし、教えてしまっても問題はないのだろう。ノエルは最後に他言無用、と念押しして一礼すると席に就いた。
いや、俺が喋るのかこれ。なんて声掛けていいかわかんないんだけど。
「えー、コホン…」
咳払いを軽く様子見がてらしてみたが、ビクッと二人の肩が震えた。あー、これは…なるほど、緊張しているのか。俺はふぅ、と息を吐くと微笑んだ。
「そう畏まる必要はない。なんなら敬語も無しで構わないからな」
「そ、そういうわけには…」
「じゃ、命令だ。職権乱用と言われようが構わん。敬語は不要だ。普段通り話せ」
取り繕われても帰って猜疑心が生まれるだけだからな。二人はギクシャクしていたがやがて溜息を吐くと言った。
「わかった」
「僕もそうさせてもらおう、アガレス殿」
一先ずはこれでいい。さて。
「二人はなんで救民団に入ろうと思ったんだ?」
「まずは僕から説明させてもらえるかな、アガレス殿」
「……」
その殿っていうのは少し気恥ずかしいな、と思って思わず頬をポリポリと掻いた。
「僕は幼い頃から、仁と義侠心を大切にするように育てられたからね。救民団という組織の掲げる理念が本物なら、所属したいと考えたんだ。そしてその理念は本物だったから」
なるほどね。それで?とばかりに重雲を見ると、彼は居心地が悪そうに目を逸らした。
「僕は彼の付添みたいなものなんだが…まぁちゃんとした理由を言うとだな…僕は『純陽の体』のせいで妖魔を退治した経験というものがあまりにも不足している。加えて、自分一人の力ではその経験すらも積めない、と…行秋に諭されてな」
それでついでで入ったと。まぁ妖魔退治の依頼とかが来ないわけじゃない。千岩軍に処理できない問題となると、こちらに回ってくることがほとんどのようだしな。
経験という点で言えば確かに積むことはできるだろう。要は『純陽の体』が気にならない程度の強力な妖魔を退治すればいいのだからな。
「一つ懸念していることがあって…」
と、行秋がバツが悪そうに言った。
「僕は飛雲商会の次男なんだ。もしかしたら阿旭に怒られるかも…」
「何!?行秋、君はまた阿旭さんに何も言わずに飛び出してきたのか!?」
重雲が驚いて仰け反った。飛雲商会と言えばかなり大きい商会だったか。
「行秋、説明するならちゃんとした方が良い。商人のご子息なら尚更だ。まさかこちらとしても飛雲商会の次男坊を顎で使っているとあらば、彼等も黙ってはいないだろうからな」
「いや、一応父上には相談して許可は貰ったんだけど…阿旭に言うのを忘れてて…」
「…今すぐ行って来い。後から難癖をつけられたら商売上がったりだぞ」
「うっ…わ、わかった。一旦怒られてくるよ」
ま、飛雲商会の会長がその話を知っているのならどうとでもなるだろうがな。
俺は重雲と行秋が退室したのを見計らってモラクスとバルバトスに少し話しておきたいことがあったのでノエルにも退室してもらった。
「それで、僕達だけ残したのはどうしてだい?」
「少し話があってな。バルバトス、お前は知っているだろうが、俺と旅人が少し前に受けた依頼で、彼女の兄に会った」
「…へえ」
「……」
二人は興味深そうに首肯いた。俺は腕を組み、右腕を上げて身振り手振りを交えて、空がアビスに与していること、近々世界に変革が訪れようとしていることなどが述べられたことを伝えた。
「変革、かぁ…それって要は僕達神に挑むってことだよね」
「安定した世界に変革を与えようとすることは、それ以前の世界を打ち捨てると同義だと言える。何に絶望したのかは知らんが、愚かな行為だ」
二人、いや、二柱の神はそう言った。そんな二人を軽く諌めつつ、俺は自分の考えを述べた。
「モンドに神が降臨したように、璃月を人々が統治することになったように、俺が知らない間に何があったのかは不明だが稲妻が鎖国状態に入ったように…世界の状況は変革し、移ろうものだ。移ろってこその世界、そう一つの世界はある意味では一つの生命体と言えるだろう」
───だから世界に変革を齎すことは、必ずしも悪ではない。
と、俺は考えているわけだが。
「決めつけているわけじゃないが、この世界に住まう民への非人道的な実験の数々を行う氷の女皇の手下、全世界を敵に回し戦い続けてきたアビス教団、どちらが変革を起こすにせよ碌な結果にはならないだろうからな…」
現状、それぞれの神々が治める国の民は、その神の勅令をよく聞いている。世界情勢は、それで安定しているのだ。まぁ、乱している何処ぞの女皇もいるが、概ね国家間の関係は良好と言っても良いくらいだろう。
それをわざわざ崩す必要性があるとは思えない。
「そもそも一体誰が、何の目的で変革を起こすのか、そしてそれによって俺にどんな影響があるのか…皆目検討もつかん。そういうわけだから、二人同時に忠告をしておこうと思ったんだ。有事に備えておいてほしい、と」
二人は少し考えて微笑みながら言った。
「うん、わかった。任せて」
「誰よりも親しい友人の頼みだ、聞き入れないわけがないだろう。任せておけ」
「ま、取り敢えず三柱も神がいればある程度は対応可能だろう…これから稲妻にもコンタクトするつもりだから、ほぼ五柱になるけどな」
冗談めかしてそう言うと、バルバトスもモラクスも少しだけ表情を曇らせた。思わず疑問に思った俺は首を傾げながら彼等に問うた。
「…稲妻に何があった?」
「…3年前、ファデュイが稲妻に攻め込み、多大な被害を被った。目的は不明、だが今ならわかる。恐らく雷電眞の神の心が狙いだったのだろう」
俺は生唾を飲み込みつつ、どうだったのかをモラクスに問うた。
「ファデュイの勢いは正しく電光石火の如し、稲妻城に到達される前に何とか食い止めたものの、離島を占拠され、未だに戦争状態が続いている」
「加えて言うと、だけど」
モラクスの言葉をぐで〜っと机に突っ伏しているバルバトスが引き継いだ。
「雷電眞が負傷してしまってね。士気を上げるために矢面に立って、見事に肩に矢を食らってしまったみたい。加えてその矢には氷元素由来の血液を凍らせるという毒が盛られていたみたいで…」
「今も寝たきり、ってわけか…」
となると現在雷電将軍として矢面に立っているのは雷電影になるわけだ。
「影は無事なんだろうな?」
「討ち取られたって話は聞かないね」
「璃月の立場で言うと他国の避難民受け入れ等は可能だが、援軍を送るなどと言ったことは不可能だ」
まぁそれはそうだろう。璃月は商売によって成り立っている国家だ。一つの国につきました、なんてことがあれば他国からの信用がガタ落ちする。国家経営が立ち行かなくなってしまうだろう。
「…二人共、時間はあるのか?」
「僕は大丈夫だよ」
「俺も問題ない」
「少し提案があるんだ。聞いてくれるか?」
この提案を受けてくれるかは、正直わからない。国としての在り方の問題だし、何より国家を持っていない俺が言うのだ。拒絶される可能性も全然考えている。俺は若干緊張しつつ、提案をすべく口を開くのだった。
次回に続く…まぁ今日中に何とか続きを描きますよ、ええ描きますとも