アビスの使徒と戦ってから二時間後、俺は西風騎士団本部の大団長室にやって来ていた。三回部屋をノックし、ドアを開けると中ではジンが待っており、加えて…
「───お邪魔してるよ〜」
どこぞの呑兵衛がいたので、扉をそっ閉じした。とはいえ、すぐにその扉はその呑兵衛によって開かれることになったが。
「なんで僕を見た途端閉めたんだい?」
「…お前のお陰で出費がここ最近嵩張ってるんだよ…お陰で救民団の貯金が若干減っただろうが!!」
主にお前の酒代でな!!と俺は叫びたくなるのを我慢しつつ、ジンを見る。どうやら、バルバトスを呼んだのは彼女のようだ。俺は現状に嘆息しつつ、部屋の中に入って席についた。ジンはそれを見てから話を始めた。
「それでアガレス。稲妻へ渡りたがっていると聞いたのだが」
「ああ、その通りだ。お前は俺が神だと知っているから話すが、雷神は古い友人でね。困っているのなら助けてやりたい。ついでに、旅人…栄誉騎士の願いも叶えてやりたいからな」
俺は旧友に会える、そして旅人は旅が前進する、これぞ正に一石二鳥というべきだろう。しかし、問題は多々ある。それらを、ジンが改めて説明してくれるようだ。まぁ偶に神として出てくるモラクスとかよりも、実際に国家を運営している方が情報を持っているだろうし、と思って耳を傾ける。
「稲妻が戦争状態にあるのは知っているだろう?稲妻はスパイが入り込むのを恐れて『鎖国』をしている、という情報もある」
そりゃあ多分そうだな。攻撃されているのに他所の国と交流を続けるなんてことは不可能だし…何より、商人をスパイとして送り込むのなんかはファデュイの常套手段だからな。
ジンは更に続けた。
「雷電将軍が士気を上げるため矢面に立ち、負傷して現在は稲妻城で療養しているらしい」
眞ならやりかねないとも思うが、まず間違いなくそんなことはしないだろう。彼女はかなり柔和な考えを持ってはいるが、無意味なことはしない…そういうイメージがある。となるとこの情報は稲妻側が何かを隠すために流した嘘という可能性が高いな。
「それより、稲妻は『鎖国』中だ。どうやって入国する?」
「まさか密入国をするわけにもいかないからね。けれど、そこはアガレスなりに考えがあるみたいだよ」
と、バルバトスが俺を見るので一応の展望を口にする。
「準備とかには時間がかかるだろうが、モンド、璃月共にスネージナヤとの関係は険悪と言って差し支えないだろう?今なら援軍を送ってもなんら可怪しくないし、国際社会でも悪くは見られないだろう。そういうわけでモンドからは栄誉騎士である旅人を、璃月からは英雄である俺を援軍として出すことにしてほしいってのが現状だな」
一応説明は終えたが、やはりというべきかジンは険しい表情をしていた。
「恐らく難しいだろう…勿論、モンドとて稲妻に援軍を送ろうとしたことはある…だが、その時は頑として聞き入れてくれなかったからな。そもそも、どこにその援軍を受け入れる場所があるかも不透明だ」
離島は占拠されているからな。どこにその援軍を受け入れる場所があるのか、というのは確かにわからないか。そう言えば海祇島には幕府とは別の勢力がいるんだったか。バルバトスもモラクスもあまり関心を持っていなかったようだが、今はどうなっているのだろうか。確かあの場所に住む民は元々地底に住んでいていつの間にか地上にいたんだよな。あの時は少し前までなかった集落ができていて驚いた記憶がある。
詳しい事情までは覚えていないが、暫く海祇島に馴染むまで俺が色々な支援を行っていたことを覚えている。昔はかなり感謝されたが、今は忘れ去られているし、期待はできないか。
「それなんだけど、最悪アガレスだけでも向こうに送り届けるからね」
俺とジンの視線がバルバトスに釘付けになった。見られている当の本人は全く気にしていないようで、特段表情も変えずにそのまま話した。
「ジン、君も知っていると思うけれど、僕とアガレス、そしてじいさん…ああ、ごめん、モラクスと稲妻の雷電将軍は昔結構親しかったんだ。僕の、そう一番の親友であるアガレスの願いだから彼を優先するのは当然だよ。国としては問題ないと思うけどね」
どうせ非公式な援軍だし、とバルバトスは付け加えた。非公式な援軍か…それならあまり角が立たずに済むのかもしれないが…。
「だがそれは…そう、モンドと璃月の、いわば水面下の共同作業のようなものだろう?非公式とはいえ、『鎖国』中の稲妻の説得はかなり難航すると思うが…」
ジンは顎に手を当てながらそう言った。これに関してもどうするかは、前回バルバトス、モラクス、俺の三人で話し合った時に決めている。バルバトスが説明するべく、声を発した。
「説得には僕とモラクス、そして───」
真剣な表情で俺を見てから、ジンに視線を戻した。
「───アガレスも連れて行く」
「む、旅人は連れて行かないのか?」
それなんだがな、と俺は前置きしてから腕を組んで言う。バルバトスにはこの辺の事情を事前に伝えてあった。
「ここ二時間の間に起こったんだが、旅人は璃月が稲妻まで責任を持って運ぶらしい。なんとまあ不思議なことにモンドからの援軍が璃月から、そして璃月からの援軍がモンドから送られることになってるんだよ」
勿論、これはある意味ではお互いの信用確認みたいなところもあってのことらしい。璃月七星の誰かの判断らしいが、検討は全くつかないし理解もできない。なんでこんな回りくどいことをしたのか、と思う。
「それはまたなんとも…しかし、移動手段に関してはどうするつもりなんだ?如何せん、モンドに今使える船はないんだ」
これを言ったら、ジンにはかなり驚かれるか、憐れむかのどちらかだろうなぁ、と思ってバルバトスを見ると彼も同じことを思っていたようでお互いに苦笑し会った。そんな俺達の様子を見たジンは不安そうに首を傾げている。そして再び口を開いたのはバルバトスだった。
「移動手段としては、トワリンに頼むよ。トワリンにじい…モラクスも乗せて連れて行こうと思ってる。使者は事前に出さないといけないけれど、そっちは璃月でなんとかしてくれるって言ってくれてるからね」
主にモラクスが、だけどな。
ジンは頭が痛い、とばかりに額に手を当て、顔を引き攣らせていた。まぁ、同じ立場ならそうしたくもなるだろう。何せ自国の神が勝手に援軍出そうとしてるんだからな。しかもかなり計画も詰めているときた。そりゃあ頭を抱えたくもなる。
「はぁ…まぁわかった。モンドとしてはこのことを公表するつもりもない。表立って敵対行為をしていると知られればモンドにも影響が出るだろうからな。だからこの記録も残さない。あくまでも非公式で通すぞ」
少し意外だったのは、ジンが余り食い下がってこなかったことだろう。バルバトスも恐らくそう思っており、驚いているようだった。第一、モンドの利益を考えるなら、非公式であっても援軍を送るべきではないだろう。状況が不明な上、稲妻が敵対しているスネージナヤはかなり強い。表立って敵対すればとばっちりを喰らうだろう。それもかなり手痛いやつを。
だがこんな言葉もある。『敵の敵は味方』、まぁ、ジンがこのことわざ?を知っているかはわからないが、今後関係が回復する見込みのないスネージナヤと戦争が終われば多少前よりは厳しくなるだろうが貿易の出来る稲妻のどちらを支援するか或いは傍観するか、ということを天秤にかけた結果なのかもしれない。
「じゃあ用はこれで終わりだろ?俺は帰って寝るぞ」
睡眠はいい、とても、いい。眠る必要がない俺とはいえ、睡眠を取りたくなるものなのだ。だが、バルバトスもジンも俺を帰す気はないらしかった。と、いうか主にジンが、だが。
「じゃあアガレス、僕は帰るね。明後日には出発できると思うから、明後日大聖堂に来てね」
「お前、俺を置いて帰る気なのか?薄情な奴め」
帰りたかったのに帰れないという状況は、結構、こう、精神的にくるものがある。そのため、バルバトスの言葉に俺は悪態をついた。バルバトスが部屋から出る直前、何かを思い出したように立ち止まると、こちらへ寄ってきて俺の耳に口を寄せ───ようとして身長が足りないことに気が付いたのか、屈むように言った。俺は仕方なく屈んで彼の口に耳を近づけた。
「ふぅ〜」
何かを言うのかと思えば突然俺の耳に寒気が走った。それも、かなり気持ちの悪いやつ。俺は思わず叫んで掴みかかろうとした。
「冗談、冗談だってば」
ジンは何が起こったのかわからずに首を傾げていた。
(行く前に一つだけ。彼女、君が挨拶に来てくれなかったことにかなり落ち込んでたから、慰めてあげなよ)
(…取り敢えず土下座かな…)
(あはは、誠意を示すのも大事だけど、偶にはなにかしてあげたら?仕事手伝うとかじゃなくってさ)
そう言われてもなぁ、と考えていると、バルバトスは手を振ってさっさと帰ってしまった。この野郎、俺の心を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して帰りやがった。
「で、話ってなんだ?」
「その、だな…ほら、挨拶来てくれなかったじゃないか?」
俺は嫌な予感を感じ、冷や汗をかきつつ首肯いた。ジンは少し頬を掻くと、照れ臭そうに言った。
「できれば、でいいんだ。挨拶に来てくれなかったことを少しでも申し訳ないと思ってくれているのなら、私の願いを聞いてほしい」
挨拶に来てくれなかったことを着実に言ってくるが、多分無意識だなこれは。悪意を全く感じない。むしろこの後の展開が怖い。だが、俺のなんだかよくわからない覚悟とは裏腹に、ジンの願いはとても可愛らしいものだった。
「その…もう少し、モンドに来てくれる頻度を上げてくれると助かる。最近は結構いたが、ゆっくり休んでもいないだろうと思って…その、モンドはいつでも君を歓迎するからな…」
まあつまり、いつでも帰ってこい、でももうちょっと帰ってくる頻度を増やしてもいいんだぞ?的なことか。
「稲妻から帰る日がいつになるかはわからない。それでも多分、数ヶ月は向こうで過ごすことになるだろうが…できるだけ早く帰って来る」
ジンは非常に嬉しそうに笑っていた。なんといっても、モンドはいい所だ。ここに来ると帰ってきたという感じがする。ここ数年ですっかりモンドの生活に染まってしまったということだろう。
「まあそういうわけだから、帰っていいか?」
「…たった今帰す気がなくなったよ。もう少し君は空気を読むということを覚えるべきだな…と、いうか私が今から説教してやる…」
「え?」
この後めちゃくちゃ説教された。
と、いうわけで二日後、俺は大聖堂にて待っていたバルバトスと合流し、ついでにこっちに来て何故かこれまた救民団本部でノエルの紅茶を味わっていたモラクスを引き摺り出してようやく出発した。見送りは本当に一部の人だけで行われている。救民団本部の人員、そしてジンに…ディルック?
「なんでいんの?」
「君が稲妻に行くと聞いてね。予定を空けてきた」
説明になってないんだが、とばかりに俺は苦笑してみせた。飛び立つ場所は誓いの岬だ。ここなら目撃者もかなり絞り込むことができるだろう、とのバルバトスとジンの見解に沿った形だ。
「じゃあエウルア副団長…いや、代理団長、救民団は任せる」
「ええ、任せて頂戴。別にこっちのことは気にしなくていいわ。だから…無事に帰ってきなさい」
エウルアなりの心配と激励に少し笑みを零す。それと、とノエルを見た。
「レザーはまだ奔狼領にいるだろう?暫くは有給休暇の扱いにしてやってくれ」
「畏まりました、お任せ下さい」
よし、こっちの準備はこれで問題ないだろう。
「じゃあ、出発しよっか!トワリン!!」
『承知した、皆の者、少し離れよ』
斯くしてトワリンが見送り達が離れたのを見計らって飛び立って稲妻へと向かうのだった。
そういえば旅人だが、なんでも南十字船隊が乗せていってくれるそうだ。璃月にいた時に凝光から名前を聞いたことがあり、その船長はなんでも『尊敬されているくせに、いつもルールを破る人』だそうだ。会ったことがないし、あの凝光にそこまで言わせる人物だ。正直会ってみたい。ついでに旅人を連れて行ってくれたことに礼もしなければならないからな。
トワリンの速度は、風元素で空気抵抗を減らしていたり追い風もあるためかなり速い。一時間ほどして稲妻城郊外に到着した。
「アガレスはここで待っていてくれ」
「ん?なんでだ?俺も行っていいだろ」
影や眞…特に眞の容態が気になるからな。だが、モラクスもバルバトスも譲る気はないようである。よくわからないが、俺は待機する羽目になった。二人がトワリンから降りていった。恐らく、迎えに来た位の高い武士と一緒に稲妻城へ向かっていっただろう。待っている間特にすることもないので、トワリンの背中でのんびり休んでいると、突然辺りが騒がしくなり始めた。俺は閉じていた目を開くと、トワリンに呼びかけた。
「トワリン、状況は?」
『…氷神の手先が我々を襲撃しようとしているようだ。どうする?対処するなら簡単に終わるが』
俺は少し考えて見えていないだろうが首を横に振った。
「駄目だ。それをすれば国際問題になってしまうだろう」
そういえばさっき一瞬下を覗いた時に武士と目があったんだが、なんだか小馬鹿にしたような態度だったよな。俺は少し笑みを作ると、トワリンに告げた。
「俺達狙いなら好都合だろ。無駄な犠牲を減らせるからな」
稲妻の武士達を疲弊させる作戦だったらまた少しややこしかったが、俺達を狙っているのなら俺が対処すれば済む話だ。ファデュイとしてもただ何のために風神の眷属がここにやってきたのかを知りたいだけだろうしな。トワリンは俺の言っている意味がわかったらしく、少し笑った。
『なるほど、では好きにするがいい』
俺はトワリンの言葉に軽く返事をしてトワリンの背から飛び降りた。戦いの様子は、大体五分五分と言ったところだろう。よくもまぁ持ち堪えるものだ。武士は刀一筋、剣の道に生き、剣の道に死ぬことを信条としている。で、あるのに元素を扱い最新鋭の武具で対処してくるファデュイ相手に一歩も退かない戦いを繰り広げていた。日頃からよく鍛錬していたのだろうな。
彼等の見せ場を奪ってしまうのは申し訳ないが、かといってバカにされたまま、というのも些か腑に落ちない。実力を示すいい機会でもあるし、取り敢えず追い払おう。俺は刀を生み出し、悠然と歩いて武士達の前に出る。
「なっ!?貴様!今がどういう状況かわかっての狼藉か!」
「ええ、勿論。ただ、非公式とはいえ援軍として来た手前、敵前でなにもしない、というのはどうかと思いまして」
こういうのは、演出が大切だ。如何に敵を立てて、己を立てるか。
というわけで戦ったのだが、敵を立てるっていうのが余りできなかった戦いだ。まぁ色々な見方は出来るし無理矢理自分を納得させることも出来る。だが正直『落雷』まで使う必要はなかったな。アレのせいでファデュイの奴ら逃げちゃったし。思わず周囲に人がいるのも忘れて悪態をついた。
「逃げたか…ま、稲妻にも俺がいることを知らしめて貰えればそれだけで圧力にはなり得るが…それにしたって俺相手に戦略兵器とか持ってこられても困るし、正直言えばあんまり正体バレはしたくないんだよなぁ…」
正体バレは既に手遅れな気もするが、まだ雷元素しか使っていないから問題ない、と思いたい。写真機に俺の容姿が撮られてファデュイの間で出回っていたら大変だが、まだ身バレしていない、はず。俺は血の付着した刀を一度振って血を落とし、鞘に仕舞うようにして刀を消す。そして人がいるのを思い出すとどうしようかなぁ…と頭を悩ませつつ振り向く。
一先ず、俺のことを知らない人のために説明はすべきだろう。突然乱入したのだからな。
「旅人が来るのは明日か明後日になるらしいし…それまでは一人行動か…ま、それより。稲妻の武士の皆さーん、非公式ですが援ぐん…が…?」
目を疑った。呆然としている様子の武士達を見回していたら、とある人物が目に入った。深い、そう、とても深く濃い色の紫色の頭髪が後ろで三編みにされているのが見えており、また服装は着物のような、この場に場違いなほどに高貴な印象を与える衣服。
間違えようがない。俺は久しぶりに会った彼女を見て何故か緊張していることに気が付く。やがて震える口を開いてなんとか平静を取り繕いつつ言った。
「…元気、かどうかは別として…久しぶりだな、影」
彼女───影は俺が話し終えた瞬間涙を流しながら駆けてきて俺の胸に飛び込んできた。俺はしっかりと受け止め、苦笑した。
全く、民の前でいいのか?という俺の心配とは裏腹に、影は俺の胸に耳を押し当て鼓動を確認すると、嬉しそうな顔をして言った。
「ええ、お久しぶりですね───アガレス」
離れてくれるのかと思ったが、どうやらそのままらしい。俺は現状に苦笑すると、改めて挨拶を返した。それにしても…と俺は俺達の状況を驚愕の表情で見守る武士達を見る。
この状況、どうしたもんか?
最近暑いですね。熱中症にお気をつけ下さい。こまめな水分補給、これを厳にしていきたいところ