俺の過去語りが終わった頃には、日が沈んで夜になっていた。影は何処か遠い目をしながら俺の話に耳を傾けていたが、『救民団』に関して興味を持ったようだった。どういう組織であるのかを簡潔に説明してやると、アガレスらしいですね、と微笑みながら言っていた。どう反応するのが正解なのかよくわからない返答をされたので取り敢えず首肯いておいた。
結局、特に泊まるところもないため、稲妻城で休むことになった。影が何故か強く俺に稲妻城を推してくるので首を傾げていると、友達だから当然では?みたいな視線だった。なんか解せぬ。その日は結局稲妻城の一室を借り、普段の黒衣ではなくTシャツに短パンという格好で寛いでいた。流石に四六時中その格好だとちゃんと洗濯しているのかどうかとか聞かれかねないからな…ちゃんとしてるぞ?
さて、明日の朝、予定では旅人が南十字船隊の船に乗り込む手筈になっている。到着するのは明後日の予定だ。それまでは特にすることもないし、ファデュイは俺への対応で大忙しだろうから恐らく攻め込んでも来ない。そう、少なくとも明日は暇になってしまったのだ。
「…思えば、最近は一人の時間ってなかったからなぁ…何をしたらいいのかさっぱりわかんないな」
考察に考察を重ねることも考えたが、別にそれをしたところで情報自体が少ない。しても意味はないだろう。暇つぶしにはなるだろうが。
俺は何をするかを考えつつ、茶器に入ったお茶を啜る。懐かしい味だ。ノエルの淹れてくれる紅茶も美味しいが、俺の舌はすっかり稲妻人気質になってしまっているらしい。どちらかというと華やかなものより地味だが凄いもののほうが好きだ。500年前までは稲妻にいる頻度も多かったからな。いやまぁ、眞と影によくお呼ばれされていたからなんだが。
詳しく言うと、『永遠』に関する意見が聞きたい、とか一緒に桜を見に行きませんか、だとかちょっと手伝ってほしいことがあるんですが、とか…まぁ結構色々頼まれたな。あの二人、俺を頼り過ぎじゃなかろうか?バルバトス…はともかく、モラクスなんか魔神を斃すときくらいしか俺に協力要請しなかったからな。まぁ、当然とも言えるのか。
はぁ、なんというか二人が少し心配になる。自国の情報を他国に与えたくないのならば、俺を誘って政を行うのは感心できない。情報漏洩を警戒していないというべきなのか、俺のことを信頼してくれているというべきなのか…どちらにせよ、頼られすぎると彼女達の立場とか、成長度合いとか、諸々に問題が出てくるだろう。頼られること自体が嫌だとかそういうわけではないのだがな。
「結局、何をすべきかは思い浮かばなかったな…」
俺が時計を見ると、午後7時だった。まだまだ寝るには早い時間である。さて、どうしたものか、とまたお茶を啜っていると、扉がノックされた。
「はーい、なんでしょー」
と思わず適当に返事をすると、私です、と声が聞こえた。この声は…影か、それか眞だな。声のトーン的には影だろう。それに眞は昏睡状態、ちょっとだけ『ドッキリ大成功!』な展開も期待したが、そんなことはなかったようだ。
それはそうと、声の主に返答するのを忘れかけていた。俺は咳払いを一つすると、
「ああ、入っていいぞ」
と返した。
「失礼します。あっ、───」
入室してきた影は少し部屋に入ってから何かに気が付いたように後ろを振り返ると何事かを呟いて中に入ってきた。どうやら他にも誰かいるようだ。というか影さん、なんでそんなに俺のことをチラチラ見てるんですかね?そんなに俺が黒衣じゃないのが気になるのか…?ま、いいや。
「別に気にせず入ってもらっても構わなかったのにな」
実際、ここは彼女の居城だ。ここも借りているだけで俺の部屋というわけではない。だが、
「そういうわけにもいきません。一応、友人とはいえ客人ですから」
影は首を横に振りながら言った。
「それでですね…貴方に会いたいと言っている人が来ています。扉の外に待機させているのですが…入れても構いませんか?」
影は俺が疲れていると思ったのか、気を遣いながらそう言ってきた。
しかしなるほど、俺に会いたい、ね。多分、正確には非公式に到着した応援の人間に、だろうが。俺と知って会いに来るやつは大抵、神だったり『死を以て償え』さんだったりするからな。突然抱き着いてきたり、なんかどっしり構えてたり…あとは出会った瞬間に刀で攻撃してきたり…ま、後者は何処ぞの暗殺者さんだが。
まぁでも神が二柱も揃っている状況で襲撃するとも考えにくいし影が連れてきたのだ。信用できるだろう。俺は首肯きながら許可を出した。
影は、では少し失礼して、と再び入り口に戻ると、何事かを話してから中へ戻ってきた。
「───ふむ、稲妻への応援とやらがどのような人物か、妾が見極めてやr…」
「……」
「……」
巫女服に身を包んだ女性が若干意気込みながら入ってきたのだが、俺の姿を一目見るなりその勢いは霧散した。まるでそれまで超高速で落ちてたのに風の翼を開いた途端に減速した、みたいな感じだ。うん、自分でもよくわからん喩えをありがとう。
「で、影。彼女は…って、えぇ」
彼女の正体を聞こうとして影を見たのだが、笑いを堪えている様子だった。こんなに感情表現豊かだったかな…まぁいいけど、巫女服ということは鳴神大社の人だろう。それにしても応援の話をどうして知っているのだろうか?何処からその情報を得たのか疑問は残るが、影が真面目に話してくれそうだったので耳を傾ける。
「ふ…ふふ…か、彼女は鳴神大社現宮司、八重神子です」
「…え?」
…思わず素っ頓狂な声を発した。まじまじと入ってきた彼女を見ると、確かに狐っぽい容姿はしているが、そもそも八重神子との交流は然程あったわけではなく、気配などは覚えていなかった。
「あ、アガレス殿…じゃと…!?」
本気で驚いているし俺の名前を言っていないのに知っている辺り、どうやら本物のようだ。っていうか、なんだ『アガレス殿』って。普通に呼び捨てでいいのにな。
「神子には普段からよくからかわれていますし、今回はその仕返しです」
影…お前ってやつは…と憐憫の情を込めた目で見てやると、???の表情で見返された。
「それにしてもあの時の小狐がこんなに立派な人妖になるとは…500年という月日をやっぱり感じさせるなぁ…」
しみじみとそう呟いたはいいが、残念なことに俺はその500年を棒に振っている。いまいちピンときてはいない。八重神子はぷるぷると震えており、動揺しているようだった。
「それにしても、珍しいですね?ここまで神子が動揺するだなんて…余程アガレスがいることに驚いたのでしょうか」
「じ、充分驚いておる…さ、流石にこれは予想外じゃ…」
それから少ししてコホン、と八重神子は仕切り直し、落ち着いたのか正座で座布団の上に座っていた。やがてそのまま口を開く。
「…アガレス殿、久しぶりじゃな。妾のことは覚えておるか?」
八重神子の言葉に俺は首肯く。
「ああ、勿論だよ。あの時の小狐だろ?ほら、狐斎宮の肩に乗ってた」
「そうじゃ。まぁ、時の流れには誰も逆らえぬということかのう」
八重神子はそう言ってくつくつと喉を鳴らした。どうやら、こちらが彼女の素らしい。なんというか、全てを見透かされているような感じがするな。話し方とか、トーンとか…言葉選びもそういう感じになってるよな。不思議だ。
「それで、何故ここにやってきたのじゃ?妾の知る限りでは、争いは好まぬはずであろう?」
八重神子の言葉に俺は首肯きつつ口を開いた。
「まぁ、俺も変わったってことだよ。旧友…いや、友人のために少し稲妻に用があってな。どうしても来なきゃならなかったんだ」
俺としても、旅人の話には興味がある。その謎の神に関して、バルバトスはともかく、モラクスは知っているようだったからな。勿論、影という友人のためでもあるが。
「そのご友人というのが…」
「ああ、もう一人の応援だ」
まぁ正直な話をすると、たった二人の応援で戦争が終わるとは思ってない。事実、影はスネージナヤとの戦時条約で戦場に立つことはできない。実際、彼女が出ればファデュイなぞ簡単に圧倒できるだろうからな。何より、彼女が出れば神々の、周囲を顧みない戦いだ。到底出ることはできないだろう。
俺?俺は忘れ去られてるし問題ない…はず。
まぁとはいえ稲妻側がその条件を呑むわけもなく、交渉は難航。だが一瞬だけ意識を取り戻した眞が承諾、今に至る、というわけだ。
「なるほどのう…妾達は戦争への不干渉を貫いておるし、してやれることは少ないが…何か聞きたいことはあるかのう?」
大体の質問には答えてやるぞ?という雰囲気を神子は醸し出していた。なので、聞きたかったことを聞くとしよう。
「…そうだな、では一つだけ…誰かの心に入り込むことはできないか?」
「ふむ…それは、眞のことを言っておるのか?」
俺は首肯く。八重神子はふぅ、と溜息を吐くと物憂げに口を開いた。
「あるにはある。だが、それを実行するのには無論代償も必要じゃ。それでも、聞くのかのう?」
俺は首肯くと、影に退出するように言う。勿論、彼女は拒否した。
「…気持ちはわかる。だが、代償の内容を聞けばお前は喜んで犠牲になるだろう?その方法を聞いたからと言って、実行するかはわからない」
そう言うと影は物凄い苦々しい表情をしながら承服してくれた。
「すまない」
本当にすまないな、影。八重神子は俺の心中を察しているようで、くつくつと笑っていた。
「全く、主は何ら500年前と変わっておらぬな。また犠牲になるのじゃろう」
八重神子のご尤もな言葉に俺はまさか、と首を振った。
「代償が何であれ、影は眞を救うためなら何でもしてしまうだろう。純粋に彼女に犠牲になってほしくなかっただけさ」
そう言うと八重神子は人を喰ったような微笑みを浮かべ、しかし呆れたように言った。
「そういうことにしておいてやろう。それでじゃが…相手の心、精神世界に主を送るのは妾じゃ。その際に代償が必要というだけで、妾から教えるつもりはないのじゃ。そこを間違えるでないぞ?」
なるほど、つまり眞の精神をこちら側へ引き戻す際には、彼女、八重神子を頼ればいいわけか。俺は真剣な表情で彼女の目を真っ直ぐ見据えた。
「それで、その代償とは?」
八重神子は含みのある笑みを浮かべると、その代償を告げるのだった。その代償を聞いて思わず息を呑まずにはいられなかったが、まぁやるしかないだろう。
「多少身動きが取れなくなる程度だ。問題はない」
「ふふ、主ならそう言うと思っておった。どうじゃ?その時は稲妻で休んでいかぬか?」
八重神子の真意は全くわからないが、取り敢えず拒否しておいた。
「やめておく。どうしても帰れない状況になったら話は別だが、最悪旅人…ああ、もう一人の応援に任せればいいからな」
俺の言葉に八重神子は目を細めると、立ち上がった。
「妾はこの辺りで御暇しようかの。明日に備えてゆっくり休むとよい」
「ああ、そうする。ところで影は大丈夫なのか?」
結局扉の外に行ったっきりだ。盗み聞きをしている様子もない。八重神子は一つ首肯くと任せておけ、と言った。そのまま入り口まで行き、扉を開いたところで八重神子はニヤリと笑って一言呟いた。
「どうしても帰れない状況、じゃな…ふふ」
その言葉は俺に届くことなく掻き消え、やがて八重神子は去っていくのだった。俺はなんだか疲れてしまったので少し早いが布団の中に入って就寝するのだった。