前を歩く武士達は少し緊張しているのか、動きが硬かった。まぁ無理もないだろう。今から将軍様こと、雷電将軍の下へ行くのだから。呼ばれたのは俺だというのに何を緊張しているのやら。
案内されたのは会議室のような場所だった。大して広くはないので、それこそ上層部だけの会議に使われるようなものなのだろう。部屋の中央部には円卓が据えられており、扉から最も遠い場所に影が腰掛け、その両隣には上等な着物を着る二人の男性がいた。二人共初老或いは老いた男性だ。恐らく、天領奉行と勘定奉行の両奉行の最高責任者だろう。確か柊家と九条家だったか。俺が入っていくと、影以外の二人がスッと立ち上がった。どうやら、本当に三奉行には俺のことが伝わっていたらしい。モンドも璃月も俺の記録がほとんど残っていなかったのに、稲妻は結構残っているんじゃないのか?まぁ、稲妻地域の魔神はあまり倒していないし、そもそもあまり数がいなかったから残しても問題なかったのかもな。
逸れてしまった思考を元に戻しつつ、会議室を見回してから一応会釈した。礼儀的に、しないほうがおかしいと考えたためである。
「待っていました、アガレス。どうぞ、掛けて下さい」
影はそう言いながら対面の位置、俺から最も近い位置にある椅子を指した。俺は一言礼を言うと、椅子に掛けた。
「それで、俺をここに呼び立てた用件は?」
ピクッと二人の男性の眉が上がる。俺の不遜な物言いに、苛立っているのだろう。だがやめるつもりはない。まぁ、申し訳程度に敬語はつけるべきだったかもしれないが、それをすると逆に影に怒られそうなのでやめておこう。英は少し間を置いてから口を開いた。
「その前に、私共から自己紹介の方をさせていただきます、アガレス殿」
心做しか、声色が厳しい。ま、当然か、と思いつつ二人の言葉に耳を傾けていた。
「私は天領奉行現当主、九条孝行と申します、以後お見知りおきを」
「私は勘定奉行現当主、柊慎介と申します、以後、よしなに」
右が天領奉行で、左が勘定奉行ね。で、もう一つの奉行、社奉行の当主が神里家、と。なるほどね。それにしても社奉行は呼ばれていないのだろうか?影の様子を見るに社奉行がいないのは普通のようだし、事前に接触してきたことと関係があるのかもしれないな。
それはそうと、自己紹介をされたのだから、俺からも返すべきだろう、現に彼等は俺の言葉を待っているようだしな。
「これはご丁寧に。知っているかもしれないが一応、元『八神』の内の一柱にして『元神』の称号を持つアガレスだ。よろしく頼む」
それで?とばかりに影に視線を向けたのだが、九条家の…確か孝行だったか?が俺を睨みつけながら言った。
「先程から幾ら将軍様のご友人とはいえ、その態度は許容できかねますな。法と規律の執行者たる我等天領奉行から見ても目に余ります。せめて敬語をつけて話していただきたい」
孝行の言葉に、え〜っと…ああ、柊慎介、そう、彼も首肯いていた。影は…無表情で座っている。これは…怒っているのと同時に俺の対応を見たいようだな。
俺は二人の言葉を敢えて鼻で笑う。こういう、『井の中の蛙』タイプには、大海というものを知ってもらって挫折させるのが一番だからな。後々のことを考えれば敵対するような行動を取るのはあまり良くないのだが…この際仕方がないだろう。影も、彼等にはほとほと手を焼いているようだしな。
無論、俺の態度に更に苛立ちを二人は強めているようだ。そんな中、俺はなんでも無いことのように口を開いた。
「敬語?どうして同格の神にわざわざ敬語を使わねばならないんだ?人間基準で言えばそうなのかもしれないが、お生憎様、俺は神だ。人間じゃない。そちらこそ俺に人間の常識を押し付けないでいただきたいね」
勿論、人間社会で生きている俺だ。別に礼儀作法に疎いわけでもなければ、それが煩わしいと思っているわけでもない。だが、彼等は全ての頂点に雷電将軍が君臨していると思っているようだ。それはいずれ増長を生み、暴走し、稲妻を、ひいては世界を混乱に陥れるだろう。あの国のように。
俺の口から紡がれた言葉はかなり効果が抜群だったようで、二人は顔を真赤にしていた。おうおう…老人なのにそんなに血管に圧掛けちゃ駄目だろうよ…ってか、そんな短気なのに奉行が務まるのだろうか?いや、それは大丈夫か。今だって将軍を侮辱されているとかって怒っているだけだろうしな。冤罪とか凄い有りそうだな。
「何度も国難から稲妻を救ってきた貴方様は口伝とは大分かけ離れているようですな。将軍様、このような怪しき存在を迎え入れるなど、やはり間違っていたのです」
「その通りですな。兵を呼んで排除させましょう。そもそも、口伝による伝承が本当かどうかもわかりかねますな。他の国に記録が残っていれば話は別だったでしょうがね」
おいおい、随分好き勝手言ってるな。二人はかなり下卑た笑みを浮かべている。俺を悪者に仕立て上げたいのか?面白いから放置してみよう。
「モンドも璃月も困ったものですな。今まで何の援助も行っていなかったというのに突然このような男を送り込んでくるのですからな」
「風神と岩神の采配など、やはり我が国には劣りますな。いや、寧ろ凡人にすら劣るでしょうな」
…言わせておいた俺が馬鹿だった。全く以て汚らわしい考えだな。他人を蹴落として自身達の位を高める、か。性格の悪い奴らの常套手段だが、そんな人間がこのように国の重役を担っているのが嘆かわしくもある。
神の批判、それは即ち他の七神をも冒涜するということに他ならない。俺だけを貶すならまだ聞いていられたが、バルバトスやモラクスを凡人以下、だと?
俺は口の端を持ち上げた。俺は口を開く。そろそろ、色々と限界だったからだ。主に影が物凄い形相になっている。彼女も、ここまで彼等が腐っているとは思っていなかったのだろう。なるほど、社奉行はかなりまともなのか。
「なるほど、それがお前らの考えか、大体把握できた、礼を言うよ」
「な、なんだその口の利き方は!」
「無礼であろう!幾らモンドや璃月の要人だとて容赦はせぬぞ!」
二人が声を荒げたことによって見張りの武士達が入ってくる。そしてその視線はどれも俺へ向いている。そしてその中には今日共に出掛けた二人の武士の姿もあった。
俺は敢えて芝居がかった口調と仕草で言う。
「おやおや、これはなんのマネなのかな?」
「不敬罪で貴様を連行する!衛兵、捕らえよ!」
不敬罪、か。
「捕らえられるのはお前達の方だと思うのだがな」
俺はやれやれ、とばかりに首を振った。大体、そう、大体把握したのだ。彼等の腹積もりを。
喧騒に包まれかけた場は俺の一言によって静まり返っていた。俺は先程より深く口の端を持ち上げながら言う。
「そもそも、誰が俺をこの稲妻城に招き入れたと思う?誰が俺を友人と認めていると思う?」
「それは勿論…」
「そうだ、将軍だろう。それをお前らは何かと排除したがるが…何か理由でもあるのか?」
彼等は黙りこくっていたが無いわけがない。そう、俺の言う通り、俺を友人と認めているのも稲妻城へ迎え入れたのも影だ。自身の判断で俺を排除しようとするのであればそれは影の判断に逆らうということに他ならない。
「そもそも『モンドも璃月も困ったもの』?『今更の援軍』?当たり前だろうが。どちらの国もスネージナヤとの国交があった。そんな中で稲妻の援助を行えば国交を断たれる。わかるか?特に璃月なんかは顕著に影響が現れるだろうな。まさかとは思うが…その程度のこともわからなかったのか?」
冷や汗を流している彼等に、俺は冷酷に告げる。ただ淡々と、事実を述べる。
「流石は鎖国中の稲妻だ。上層部がここまで無能だとは。外の状況くらい把握しておけよ。戦争中だからといって世界情勢をチェックしていないなどというのは職務怠慢というより最早反逆罪レベルだ」
本当に知らなさそうな困惑する二人に向けて仕方なく世界情勢を伝えてやる。
「数ヶ月前、モンドはファデュイによって掛けられていた外交的圧力を跳ね除け、対等な立場での貿易が成立した。一ヶ月ほど前に、それを快く思わないファデュイの勢力或いはスネージナヤ全体の総意でモンドに駐留していたファデュイがモンドを攻撃、そしてこれをモンド側が打ち破りスネージナヤの商人、そしてファデュイの全面退去と立入禁止が確約された。つまりモンドとスネージナヤは敵対していることになるな」
今は戦争の休み期間だが、と付け加えた。続いて璃月だ。
「続いて璃月だが、ファデュイの執行官が首謀者となり璃月全域を混乱に陥れ、璃月を乗っ取ろうと画策していた。そのため璃月もスネージナヤとは国交を断っている。つまり璃月もスネージナヤとは敵国だ」
ここまで話せばわかるだろうか?と思っていると天領奉行の九条さんは気付いているような顔をしている。一方の勘定奉行の柊さんは全く気付いていなさそうだ。俺は思わず苦笑する。
「わかるか?ここ最近でスネージナヤとモンド、璃月両国は敵対した。だから稲妻に非公式ながら援軍を出せるようになった。だから出した」
「だ、だが…何故非公式なのだ!公式にある程度の軍隊を送ってくれれば───」
イラッ。
「───勝てる、とか言うわけじゃないよな?多少戦力が増えたところで戦争に影響があるとでも?」
それは勿論、二人程度の応援にも言えることだ。だが、残念なことに来ているのが俺と旅人だ。通常の西風騎士でも、千岩軍兵士でもない。この際だから言ってしまおう。
「戦争の余波でモンドも璃月も人手不足だ。怪我人の復帰などで徐々に解消されつつはあるが、死傷者も多く、到底援軍など送っていられない。そもそもモンドも璃月もスネージナヤと敵対した。これからはその襲撃にも備えねばならない。軍を割いている暇など無いんだよ」
それでも食い下がろうとしてくる二人の老人にいい加減腹が立ってきた。イライラしていたのだが、いよいよカチンときた。
「俺が稲妻を助けようとしているのは稲妻に住む民と、そして影のためだ。お前らのような売国奴のためなどではない」
「「我々が売国奴だと」」
「だってそう思わざるを得ないような言動と行動ではないか?影の友人である俺を排除しようとしたり、外国の情勢に疎かったり。お前ら、売国奴だろ。その気になればいつでもファデュイに寝返れたんだろ?」
老人達が大袈裟なくらい後退っている。図星か。
「し、証拠は」
「証拠ならお前達の言動、そして行動。何より」
俺は今まで黙っていた影に視線を向けた。
「後の采配は彼女に任せるがね」
影はふと立ち上がった。老人二人は縋るように自分が正しいのだということを捲し立てる。だが、影の二人を見る目は、冷たかった。まるで一秒でも早くこの者達を視界から排除したい、とでも言いたげである。老人二人は、ただ震えて狼狽していた。
「黙りなさい。あなた方の処遇は追って伝えます。連れて行きなさい」
ま、待って下さい、将軍!!なんて言いながら武士達に連行されて行った。様付けをしない辺り、こいつらはやはりクロだったようだ。
などと考え事をしていたのだが、不意に影の溜息が耳に入った。
「お疲れか?」
「…ええ、あそこまで腐っているとは思いもしませんでした。これは私の落ち度ですね」
三年も戦争が続けば権威も揺らぐ。そしてファデュイはそういう結束の綻びに付け込むのが巧いのだ。
「仕方がないだろう。三年も戦争が続けば人々の心は荒み、やがて正常な判断ができなくなってしまう。彼等も、ある意味では被害者なんだ」
『七神』の悪口は許さんけどな!
影はそうですか、と一言呟くと、俺に頭を下げた。
「すみません、アガレス。さぞ、不快な思いをしたと思います。これも、私の落ち度ですね」
「構わないさ。そういう役回りがあることも理解している。今回のこの招集は、天領奉行と勘定奉行、両奉行の動きが怪しいことから開かれた会議だった、違うか?」
だから社奉行がいなかったのだろう。その動かぬ証拠を探しているのだろうし、な。何よりも神里綾人、彼が出席していれば彼等も尻尾は出さないだろう。だから俺に全てを一任した。影も、話さなかった。というか、空気に徹していただろう。
予想通り、影は首肯いた。
「まぁ、そうは言っても奉行所全ての人間が裏切ったわけではないだろう。中には甘い蜜を吸っていた奴らもいるだろうが、大体はシロだ。まぁ証拠とかは本職に任せるとして…用事はこれで全てか?」
「一応、話し合いたいこともありますので、そちらも済ませてしまいましょうか」
立ち上がっていた影は再び席に着くので、俺もそれに倣う。護衛がいる気配が全くしないのだが、大丈夫なのだろうか?
俺の心配を他所に、影はこちらを然と見て口を開いた。
「アガレス…大丈夫なのですか?」
俺は質問の意図がわからず首を傾げた。だが、影は言葉を付け加えた。
「アガレス、貴方は…一応彼女とは友人だったでしょう?私達ほどではないにせよ、彼女とも交流があったはずです。敵対して問題ないのですか?」
…彼女、とは氷神のことか。影の表情を伺うと、苦々しい表情だった。心配、不安、猜疑…様々な感情が入り混じっているが、一番大きいのは心配だな。
俺はふう、と息を吐くと告げる。
「バルバトスにも、モラクスにも、その事は聞かれなかったが、気にしている様子ではあった。影、お前には、いや、お前にだから話そうと思う」
彼女との交流は、確かにあった。それも、決して浅くはない関係だ。友人と言っていいだろう。だが、今彼女のしようとしていることは、世界に大きい変革を齎すことだと考えられる。安定した世界を破壊し、何を成そうというのか。或いは彼女にとっては不完全で、そして何処か可怪しい世界に見えていて、それを正そうとしているのか。
昔なら、直接確認しに行っただろう。だが俺は、この世界を、ひいてはこの世界に住まう無辜の民を理不尽から護ると決めている。その理不尽を振るうファデュイという組織とその元締めである氷神。無辜の民を護るためには、ファデュイをなるべく穏便に排除しなければならない。だが、彼等は悪い意味で強すぎるのだ。心も、体も。だから力という手段で排除するしかなくなってしまった。
辛いか辛くないかで言えば、勿論辛い。それでも、生きている以上別れはあるものだ。それが偶々、親しい友人だったというだけなのだ、と自分を無理矢理納得させて、今も生きている。
ということを影に伝えた。
「…やはり、そうですか」
よしっとばかりに影は立ち上がって俺の隣まで歩いてきて俺の顔を覗き込んだ。その勢いに気圧され、俺は若干仰け反った。
「アガレス、気分転換をしましょう」
気分転換…?と俺は首を傾げると、影は得意気に説明してくれる。
「神子が言っていました。気疲れしていたりする時は、気分転換をするのが一番だ、と。え、えぇと確か…世の殿方は女性の『ひざまくら』なるものをして差し上げると喜ぶと聞いています」
神子さん?小説から得た変な知識を世間知らずの影さんに吹き込むのはやめたほうがいいと思うんだよね。
「ち、ちなみにいつ聞いたんだ?」
やや動揺しつつ影にそう聞くと、やけにいい笑顔で昨日、と言われた。俺の部屋を去って行った後だそうだ。相談事ってこれだったのか…もっと戦争のことについてとかだと思っていたんだがなぁ…。
俺は動揺しつつも何とか影の猛アピールを躱して部屋に戻るのだった。
アガレス「そう言えば戦闘メインにするとか、言ってなかったっけ?」
…イヤ、シラナイナ。
戦闘までまだ少し掛かりそうです、ごめんなさい本当に。