その日の夜。俺は海祇島にまではるばるやって来た稲妻幕府からの早馬を出迎えた。かなり驚かれたが、珊瑚宮心海が快く自分を受け入れてくれたことを伝えると安堵していた。
後で珊瑚宮心海に相談しておかねばならないことが出来てしまったな。彼、伝令役の助命に関してである。影は眞とは違って政務に向いているわけではない。向いていないわけでもないが、経験の差が存在しているので、仕事をこなせなかったと知ったら打首、とか言うかもしれない。いや、そんなことないか…?まぁいい。
伝令役に伝令を頼み、俺はさっさと充てがわれた珊瑚宮付近の村、望瀧村にある一軒家へ向かった。伝令に頼んだことは、純粋な報告だ。もう一人の応援が到着したことと、これから本格的にそちらの指揮下に入ることを伝えて欲しい、といったことだ。ファデュイの兵士たちだが、そちらに関してはいたから倒しただけなので、伝えなくても問題はない…はず。ファデュイ側の戦力で『英雄狩り』とかよくわからん名前の奴が出てきたらそれとなく言っておこうと思う。
しかし、泊まることになっているとは思わなかったので、娯楽用品をなんにも持ってきていない。ああ…『俺の青春ラブコメがカオスな件について』の続きが気になるんだが…主人公とあの子はどうなるんだよ…早く続きを読ませろ。
と、そんなこんなで表情を一人でコロコロ変えながら珊瑚宮から望瀧村へ到着し、兵士に声を掛けてから案内してもらい、家に入った。家の中は質素だが、台所、洗面所、風呂、トイレ完備、そして生活スペースもしっかり確保されているかなりいい家だとわかる。何より新鮮なのは、建築様式が少々稲妻城城下町とは異なっていることだろうか。
主戦場である鳴神島、神無塚にある九条陣屋付近、そして名椎の浜からここはかなり離れているから、ある程度の余裕があるのだろう。まぁ主戦場から近い稲妻城城下町もかなり活気があったけどな。あれはまぁ…アレだろう。海祇島の人々が海祇大神を信仰しているように、稲妻に住まう人のほとんどは雷電将軍を信仰している。要するに信じるものは違えど抱く感情は変わらない、ってわけだな。
昔、海祇島と稲妻幕府の間に戦争があったが珊瑚宮家によって集結したらしい。影に海祇島との関係を聞いた際にそう言われた。以来、ある程度の交流を海祇島と稲妻幕府は欠かさずに行っているらしい。天領奉行は雷電将軍を信仰しない海祇島のことを快く思っていないようだが、他でもない雷電将軍により手を取り合うことを命令されている。天領奉行の九条なんだかさんは、海祇島の勢力もついでに排除したかったのかもしれないな。まぁ、どっちにせよ邪魔になるだろうし九条なんだかさんも海祇島も稲妻幕府が負ければ滅ぼされるだろうさ。
ファデュイ…『愚人衆』の名が示す通り、氷の女皇の命令でのみ動く、文字通りの愚者しかいない。執行官はその中でもある程度は自分を優先しているが、それでも至上としているのは氷の女皇の命令だ。彼女が邪魔な統治機構を排除せよと命じれば、ファデュイは即座に動くだろう。協力者であったとしても、簡単に切り捨てるのが彼等なのだ。
「ん、話が逸れ過ぎてるな…元々何を考えていたんだったか…」
ああ、そうだ。家の話だった。俺は家の中を一通り散策してからソファに腰掛けた。何故か最近ソファに腰掛けて休むことが多い気がする。疲れているのだろうか?疲れているんだろうなぁ…。
まぁ、ここは海祇島だ。俺の休息を邪魔する者はいない…はず。というかいたらもう速攻で排除する。どう休めば良いのかわからないが、取り敢えずゆっくりすればいいだろう。本来なら今頃、稲妻城で小説を読んでいたはずなのになぁ…そうだ、八重神子にもお礼をしにいかねばならんな。娯楽小説という文化を作ってくれて感謝の念に絶えない、とな。
あ〜…暇だ。俺の人生の中で一番暇な時間だと思うんだ。というか無駄な時間だよなこれ。最早することはなにもないんだよなぁ…。
「仕方ない…元素で遊ぼう」
その時だった。リビングからほど近い玄関のドアがノックされた。俺の座るソファからも近いため、ギリギリ聞こえた。誰か来たみたいだ。
「入っていいぞー」
誰が来ても問題はなにもないので俺は軽く言った。まぁ服装はラフだが、見られたところで問題はない。半袖、短パンはやはり涼しくていいな。夜だと特に顕著だろう。
『失礼しまーす』と言いながら入ってきたのは旅人だった。パイモンはいない。
「アガレスさん…って、何その格好?」
旅人は何か、得体の知れないものを見るような目で俺を見ながら言った。
「何って…部屋着だが」
「なんというか…なんというかだね…」
思わず首を傾げる。旅人は俺のこの状態に当て嵌まる語彙が思い浮かばなかったようだと結論づけ、結局問題が解決していないことに気が付いた。
まぁ、それはさておき。
「旅人、パイモンはどうした?」
旅人は俺の対面にあるソファに腰掛けながら言う。
「ご飯を沢山食べすぎて動けなくなってる内に寝ちゃったみたいで…アガレスさんのところに行くのに誘おうと思ったんだけど…」
なるほど、パイモンならそうなっても何ら可怪しくはないな。というか普段からそうなっていそうだ。しかし、俺のところに行く、ということは何か用事があるらしい。そのことを聞くと、キョトンとした顔をされた。
「特に用事もないのに俺のところに来たのか」
「えっと…正直、することがなくって…」
樹脂消費がどうとか、原石がどうとかをぶつぶつ言っている旅人を苦笑しながら見つつ、どうせ暇だったし、とばかりに先程の遊びを再開する。別に話し相手が増えただけだし、良いだろう。
俺は旅人の前だと言うのにソファに寝っ転がり、右手の人差し指を立て、その先に水元素で珠を作り維持する。旅人がそんな俺の様子を見て顔を寄せてきた。
「何してるの?」
「元素で遊んでる。暇だからな」
そのまま水球をふわりふわりと縦横無尽に動かしつつ、左手でボウルのような器を作り、その中に水球を入れた。その瞬間、水球は俺の制御から外れ器の中を満たすただの水になった。
「これをどうするの?」
まぁ見てろ、とばかりに俺は旅人に微笑みかけてからもう一つ同じ器と水球を生み出し、器の中に水球を入れてから元々の器に繋ぎ合わせて一つの丸い球を作り、頂点に小さい穴を開けた。中には勿論、同じ形の水が入っている。そこに、氷元素を少しずつ流し込んでいく。勿論、氷元素を下へ沈殿させていくように、だ。
氷元素が小さい穴から溢れるように出てきたのを確認すると、氷元素を流し込むのをやめた。そして岩元素でできた器を破壊する。出てきたゴミは…取り敢えず窓から外に捨てておいた。机の上には完全に透明な氷の塊がある。今度は二つの食器を持ってきて少しずつ氷を削り、その削りカスを器に入れる。半分ほど削って山盛りになったところでもう片方の器にも同じように入れていく。あ、ソースのことを考えていなかったな…どうしよっか?
「旅人、ラズベリーを持っていないか?」
「うん、バッグに入ってるはず…はい」
旅人の腰についている袋からラズベリーが複数個出てくる。岩元素で器を三つ作り、一つは網目のあるもの、後の二つは普通の器だ。一言に言えばザルである。そしてもう一つ、すりこぎ棒を作る。岩元素はこういう時にかなり便利なのだ。
ラズベリーをまず一つの器に入れ、すりこぎ棒ですり潰す。そしてザルをもう一つの器の上へと移動させ、そこへすり潰したラズベリーを投入する。ザルのお陰でラズベリーの果汁のみが器へと注がれる。量は充分だろう。
あとはこれを氷にかけて…完成だ。
「アガレス特製かき氷の完成だ。旅人はこれ知ってるか?」
昔、スメールにいた時に開発していた男がいたな…懐かしい。だが、旅人は別の世界で見たのか、知っているようだった。
「空気の入っていない氷で作るとかなり旨くなるらしくてな。この技術を体得するのに苦労したよ…ほれスプーン」
旅人は礼をいいつつ受け取り、かき氷の入った器を手に取り、まじまじと見つめている。よく見れば口の端が持ち上がっていた。
「では食べようか。ラズベリーのソースでは食べたことがないからな。味にはあまり期待しないでくれよ?」
「期待しとく。じゃあいただきます」
皮肉を言いつつも旅人はかき氷を口へと運んだ。そしてプルプルと震えていたが、やがて満面の笑みで、
「美味しい!!アガレスさん、これまた今度作って!」
とものすごい剣幕で言われた。俺は剣幕に圧されているため苦笑いをしながら首肯いた。
俺達はそのままかき氷を楽しみつつ、談笑に耽るのだった。
話進んでませんね。明日明後日には進むはずです。進むよな?(未来の作者への圧)