因みに結構短めです。
稲妻城天守閣にて。
「影、明日は何の日か知っているかしら?」
執務中の眞が、その手伝いをする影にそう問い掛けた。聞かれた影は首を傾げながら書類を運ぶ。明日が何の日かわかっていない影の様子を見た眞はクスクスと笑う。
「影、明日は2月14日よ?」
「…ッ!!」
気付いたらしい影が物凄く動揺したように身を震わせ眞を見る。見られた眞はそんな影を生暖かい目で見つめる。
「ま、眞…」
酷く動揺している影が俯きながら震える口を開いた。
「どうしましょう…私、料理ができません!!」
「いや、皆知ってるわよ?というか昔から市販のものを渡していたでしょう?」
眞は苦笑しながら影にそう言った。だが、そう言われた影はふるふると首を横に振った。
「それはそうですが…今年からは関係性も多少は変化しましたし…やはり、渡すなら私の愛情の籠もった手作りのお菓子がいいと思うんです」
「でも、影は料理ができなかったわよね?その辺りはどうするつもりなの?」
痛い所を突かれた、とばかりに仰け反りそのまま落ち込む影だったが、そこはそれ眞はしっかり考えていた。
「影、今年は…手作りで頑張ってみない?」
斯くして、影による『手作りお菓子作成大作戦』が始まったのだった。
「───ということでまずはこの方にお越しいただいたわ!」
眞の謎のテンションに押された被害者第一号…こと、やって来たのは『団子牛乳』でお馴染みの智樹を呼びつけていた。
「あ、あの…僕、なにかしてしまったのでしょうか…?」
智樹は心配そうに眞を見る。そんな彼の様子を微笑ましげに見つめる眞だったが、本題を思い出した!とばかりに手をパンッと叩いた。
「そんなことはないわよ?ただ、お菓子の作り方を教えて欲しくて」
眞としては、城下町で最先端のスイーツを生み出し続けている智樹に簡単に作れるレシピを影に教えてもらいたかったのだ。智樹は、というとまだビクビクしていたが、将軍様の命令とあらば、と納得したようだった。
眞は少し準備がありますので、と退室し、影に代わった。影は可愛らしい柄のエプロンとナプキンを被っており、やる気満々だった。
「そ、それでは…よろしくおねがいします」
智樹は若干先程の将軍様と違う気がして違和感を覚えたが、細かいことは気にしないようにしてお菓子作りを始めた。
のだが…。
「まずはオーソドックスにチョコ作りをしましょう!」
智樹が考案したのは本当に簡単なもので市販のチョコを溶かし、型を取って固めるというもの。それだけ、そう…それだけのはずなのだが。
「───し、将軍様!?違います!!ほんとに、あの、隠し味に納豆を入れようとするのやめて下さい!!」
「…?納豆を入れてはいけないのですか?これを送る相手は納豆が好きと言っていたのですが…お料理とは難しいものなのですね」
「そういう問題ではないかと…ひ、一先ずこのまま溶かしたチョコをかき混ぜておいて下さい。型の準備は僕がしますので…」
智樹が型を用意している間に影はこっそり納豆を注ぎ込む。そのためか、やはり出来としては酷いものだった。智樹は項垂れつつもすぐに立ち直り、
「よし、次だ!!」
因みに、材料は幕府から幾らでも支給するらしい。めちゃくちゃ職権乱用だが、眞は影達のためなら何でもするのである。
「将軍様、僕の言ったとおりに普通に作ってくださいよ?」
今度作っているのは生地をこねて型を取り、簡単に焼き上げるシンプルなレシピだ。これなら大丈夫だろう、と思っていた智樹だったが、如何せん影の料理スキルを甘く見すぎていた。
焼き上がったどす黒い何かを見た智樹は顔を引き攣らせる。
「如何ですか?自信作です」
ドヤ顔でそう言う影を見て智樹は項垂れながら涙を流した。
「ッ…次だ」
それからいくつもの簡単なレシピを試したがどれもこれも失敗に終わった。火加減や原材料の配分、工程の順番違いによって全てが失敗作に変わる。智樹は自分の人生で初めて絶望というものを味わっていた。
(城下町にファデュイが攻め込んできたときよりも絶望感がすごいな…)
耐え兼ねた智樹は落ち込んでいる様子の影に向けて恐る恐る話しかけた。
「将軍様…これ以上は流石に…市販の物をお渡ししては?」
ビクッと影が震えたのを見て、智樹もビクッと肩を震わせた。少ししてゆらりと影が立ち上がり、智樹を一瞥してから再び台所に向かう。少し慌てる智樹に対して影は独り言を呟くように口を開いた。
「…どうしても、手作りのものを渡したい人がいるんです。私はこの通り、料理はからっきしでほとんど作れたこともありません。ですが…こんな私のことを、想ってくれる人がいるんです。その人にどうしても…」
智樹はその言葉を聞いて唖然としていたが、不意に微笑むと立ち上がり影の隣へやって来た。
「そういうことなら、最後までお供します。どんな形になっても手作りのものを作ってやりましょう」
智樹の言葉に、影は決意を込めた表情で首肯いたのだった。
稲妻城天守閣にて、雷電眞は人を待ちながら執務をこなしていた。ふと、コンコン、と扉がノックされる。眞は手を止めると扉の方を見て、
「入っていいですよ、アガレス」
そう言った。一拍おいて扉が開いて黒衣の男───アガレスが部屋に入ってきた。アガレスは手に持っている書類を眞の向かう机の上に丁寧に置いた。
「はい、今日の分の書類な。しばらく執務してなかったから時間がかかったが…まぁ、時間があるときにでも確認しておいてくれ」
眞はアガレスに礼を言った。対するアガレスは部屋中を見回し、首を傾げる。
「眞、影はいないのか?」
その言葉に眞はニヤニヤしながら告げる。
「あら、彼女の心配?幸せそうで何よりね」
「いや、まぁ…一応、な。それで?」
アガレスの催促するような視線に眞は苦笑すると、奥の部屋を指差した。アガレスは一言礼を言うと、机の上にお菓子を置いていった。眞が首を傾げていると、
「なんだ、知らないのか?バレンタインっていうのは近年、男性からもお菓子を渡すらしいぞ?手作りだが、口に合わなかったら捨ててくれて構わんぞ」
眞は丸いお菓子の入った可愛らしい小包を手に持つとアガレスへ向け微笑む。
「いいえ、どんな味でも食べきるわよ」
「なんだそのこだわりは。まぁ、食べてくれるのはありがたいけどな」
眞の言葉にアガレスは苦笑を浮かべると、それじゃあ、と言って奥の部屋へ入ろうとしてノックする。
声をかけても返事がないので仕方なく扉を開いて中に入った。
「…影、寝ていたのか」
少し微笑みながらアガレスはそう言った。影は机に突っ伏して寝ていたのだが、その傍らに紫色を基調とした可愛らしい小包があった。アガレスは首を傾げながらその小包を手にとって良く見てみる。
「……『愛するアガレスへ』、か」
アガレスは小包の中から不格好な形のクッキーを取り出して一つ頬張り、影を見つめて穏やかな笑みを浮かべた。
「俺からもささやかなプレゼント、だな。ホワイトデーも考えておかねばな」
アガレスはハート形のお菓子が何個か入った可愛らしい小包を影の机の上に置いて部屋を出た。
影が起きた後、眞から事の顛末を聞いてあまりの恥ずかしさに身悶えるのは言うまでもないだろうが、それはまた別の話だ。
因みにおまけ話で…アガレスはめちゃくちゃチョコやらお菓子やらを貰っているのでお返しに苦労するでしょう。ええ、間違いなく。