遊び倒した(?)次の日、俺と旅人は稲妻城へ行くこととなった。俺はともかく、旅人は雷電将軍に一度は謁見しなければならないからである。俺はその間、海祇島の戦力状況について確認しておこうと思う。
「ってことは、私一人?」
海祇島の南側に停泊した稲妻幕府の旗がある船の前で旅人が露骨に嫌そうに俺に言った。少し心苦しいが、ここは心を鬼にするしかあるまい。ちなみに楓原万葉はもう少し海祇島に留まるそうだ。なんだか気合が入っていたが、何だったのだろうか?
「ああ、すまないが俺はついて行けない。旅人より早く着いていた影響もあって働かなければならないんだよ。だから一先ず、俺が参戦しなくてもいい体制づくりから始めてみようかと」
そこまで言って、俺はようやく気が付いた。俺は言葉を止め、申し訳なくなった。
「重ねてすまんが、ついて行けないわけではなかった。と、いうかついて行く事情が出来た。前言撤回だな」
そう言うと旅人は先程の表情から一転して少し花が咲いたような笑顔を浮かべながら言った。本当のことを言えば、俺だけ飛んで行っても良かったのだが折角なので船の旅を楽しもう、というわけである。
「やった、ありがとうアガレスさん」
彼女の場合、テンションの増減がわかりにくいが、最近はようやく感じ取れるようになってきた。一応成長した、ということだろう。パイモンは旅人とは対照的に、疲れた表情を見せる。どうしたのかを聞いてみると、げんなりした様子で言った。
「オイラ、船に乗りすぎて船中毒になりそうだぞ…他の移動手段はないのか…?」
なんだ、船中毒って。聞いたこと無いぞ。
俺の困惑とは対照的に旅人はピシャリと言い放つ。
「無い。そうだよねアガレスさん?」
首を傾げて上目遣いでこちらを見てくる。まるで話を合わせろ、とでも言わんばかりの顔だ。いや、まぁその通りなんだが…なんというか解せぬ。俺のその心情を誤魔化すように咳払いをしてから、俺は旅人の言葉に同意した。
「その通りだぞパイモン。稲妻は島国、島から島に移動するのには船という移動手段が必須なんだ。だからパイモンが船に乗りたくないというのなら…そうだな、素敵な空の旅をプレゼントしてやろうか?高度数百mは優に超えると思うが」
ニヤニヤしながらそう言ってやると、手をブンブンと振りながら「乗る、乗るぞ!オイラは船中毒者だからな!!」などと言っていた。重ねて言うが、船中毒ってなんだよ。
「乗船迎え入れの準備が整いました!御三方、乗船を!」
生真面目そうな海祇島の兵士が稲妻幕府の船から出てきて槍を地面に突き立てながら言った。隣には狐色の頭髪を持ち、同じ色の毛を持つ獣の耳と尻尾を持つ元気そうな少年もいる。思わず首を傾げていると、背後から声を掛けられた。声を掛けてきた相手は珊瑚宮心海だった。
「アガレスさん、旅人さん、申し訳ありません。お伝えするのが遅くなってしまって…」
珊瑚宮心海の謝罪の言葉をそれとなく受け流し、先程の少年たちに目を向けて言った。
「いや、気にする必要はない…それで、彼等は?」
「彼等は海祇島軍隊の大将の地位にある、ゴローと言います。そして隣にいるのは此の度ゴローの護衛を任せる、哲平という者です」
珊瑚宮心海は説明が終わったらしく、俺の瞳をジッと見ていた。どうやら、何らかの反応を見せねばならないらしい。そう思って彼等を見ると哲平君は珊瑚宮心海の登場とその右腕とも呼ぶべき存在の護衛という立場に緊張しているようで、萎縮している。一方のゴローは、というと…うん、年相応ではあるのか。無表情で立派な顔付きだが、微かに表情筋がピクピクしているのが見える。彼もどうやら萎縮している…いや、尻尾めっちゃ振ってる。馬鹿みたいに振ってる。視線の先には…珊瑚宮心海…なるほど。
「お二人は優しさの中に強かさを持ち合わせているようだ。なるほど、かの珊瑚宮心海の右腕と部下、というのも首肯ける。それにしても、とてもいい部下を持っているようだ」
勿論、事実と嘘を混ぜたものである。さり気にゴロー達を持ち上げるのも忘れない。
さて、強いかどうか、と言われればわからないが、少なくとも一般兵である哲平君が強いとは思えないな。大将であるゴローが強いかどうかもこれまたわからない。力で優れているわけではなく、兵法で優れているかも知れないのだからな。まぁ、神の目を持っているらしいし、弱くはないのだろう。
ん?なんで彼が神の目を持っているとわかったかって?そりゃあさっき一瞬背中が見えた時にうなじのちょい下辺りにあったからだな。
俺の言葉に、二人は少し緊張が解けたようだ。ま、神とか人間とか関係なく、人からの第一印象というものは大切だからな。取り敢えずはいい印象を与えられたものと思っておきたい。つい先日のように二つの奉行から敵対視されるのは避けたいからな。
俺達はそのまま珊瑚宮心海に軽く挨拶を交わしてから船へと乗り込み、出港となった。
「それで、大将殿は何故稲妻へ?」
「敬語は不要だ。こちらも敬語が苦手故、ご容赦願いたい」
と、前置きしてから。
「俺はこれから、将軍に謁見し、海祇島の近況を報告する任に就く。一ヶ月に一度は稲妻へ向かうんだ。今回は、ちょっと前倒しだがな」
なるほど、前倒しになったのは旅人達を迎えたからだろう。ついでに言うなら兵士は戦場にできるだけ割いておきたい。船なんかは特に、だ。そういう関係で何度も往復させるのは宜しくないのだろう。
しかし稲妻幕府がわざわざ船まで出すのは中々好待遇だな。余程今は海祇島と事を構えたくない、或いは寝返られてファデュイと一緒に攻めてこられては困るのだろう。それ故の対応、というわけか。俺が思っているよりも余裕は無いのかも知れないな。
「なるほど、そっちはそっちで上手くやると良い」
「ああ、助太刀感謝する」
それだけ言うと、ゴローは稲妻幕府の武士に挨拶をしにいった。俺は残されて困惑気味の哲平君に声を掛けた。
「哲平君」
「ひ、ひゃいっ!?な、にゃんでしょうか?」
カミカミじゃないか。大丈夫なのか?と心配になりつつも、俺は少し話を聞くことにした。
「少し聞きたいことがあってな。幾つか質問をしても構わないか?ああ、勿論、答えられないことは答えずとも構わない」
「じ、自分にできることなら…」
哲平君は視線を泳がせながら言った。この分だと、稲妻城に行くのは初めてだろうな。彼が護衛に選ばれた理由を考えるなら、動かせる人材が彼しかいなかった、とか…或いは本当に適任だったりしてな。
ま、それはいいだろう。俺は気を取り直し、幾つか哲平君に質問をした。幾つか答えられない質問もあったようだが、あらかた聞きたいことは聞けたから良しとしよう。
哲平君が海祇島軍隊について語る時はかなり熱が入っていたので多少の脚色があると読んでも、稲妻の武士達と恐らく同程度の実力がある、と読んだ。そうでもなければどちらにせよ海祇島が稲妻幕府によって滅ぼされていたかもしれないしな。まぁ眞や影がそんなことをする必要がないからやらなかった可能性もあるが、彼女達は心優しい。必要に迫られてもやりたがらないだろう。
質問したのは主に海祇島軍隊の訓練方法、そして強いとされている人の動き、とかだ。それから類推するに…と言った感じで大体の強さは把握できたと言っていいだろう。ただ、稲妻幕府の武士達と足並みを揃えられるか、と言ったらそれは微妙なところだろう。なんたって彼等、海祇島軍隊の兵士達は珊瑚宮心海の指揮や大将であるゴローの指揮下でしか動かないだろうからな。指揮官同士で連携は取れるかも知れないが、下々まで行き渡るかと言われればそれは不可能だろう。何処かで必ず綻びが出てそこを敵に突かれるのがオチだろう。なるほど、それで海祇島は西側の戦闘にしか参加していないのか。
「哲平君、色々参考になった。ありがとう」
「いえいえ」
その後は旅人やパイモンと談笑しながら一時間弱で稲妻城付近に到着した。稲妻へ到着すると、意外なことに影が待っていた。一応、周囲に人目は無いとは言え、流石にどうかと思うのだが…。
俺の心配とは裏腹に、俺を見つけて嬉しそうに頬を綻ばせる影は小さく俺に手を振っている。稲妻の武士がいなくてよかったな。旅人とパイモン、ついでにゴローと哲平君もいるけど。
「な、なぁ…アガレス、アレってもしかして…」
アレって言うなパイモン。
「そう、雷電将軍だ…モラクスから話は聞いていると思うが、アレは影の方だな」
そう言うとパイモンは驚いたようにちょっと仰け反る。
「うえぇ…なんか手を振ってるぞ…振り返したほうが良いのか…?」
そう言いながら前に出てパイモンが手を振ろうと手を上げた瞬間、影が物凄い形相になった。どうやら駄目らしい。パイモンは気が付いていないようだが、俺はスッと先んじて手を振る。すると影は嬉しそうにはにかんだ。
なんだ?昔より物腰がすごく柔らかいんだが…。
「アガレスさん…なんで気が付かないの…?」
小声で旅人が何かを言っていたが、よく聞こえなかった。パイモンはついさっき影の形相に気が付いて萎縮していた。第一印象最悪になっちゃったな…どんまいパイモン。
座礁しないギリギリまで船が岸に寄ってからタラップが降ろされた。勿論、稲妻の武士がいる前で影が手を振ったりはしないようだ。どうやらちゃんとTPOは弁えているらしい。
「ようこそ、稲妻へ。このような状況の中、応援に来てくれたことを感謝します。稲妻城へ早速案内しますね」
旅人の強張った表情を見るに、緊張しているようだ。まぁ、三柱目とはいえ、緊張もするか。あ、俺入れれば四柱目だったか?見ればパイモンも心配そうに旅人を見ている。そしてどうにか出来ないのか、とばかりに俺を見た。
仕方ないな。
「旅人、影は悪い奴じゃない。ちゃんと説明すれば、答えられることなら答えてくれるはずだ。だからそんなに気負う必要はないぞ?」
「…アガレスさん、あまり慰めになってないよ」
ジト目でそう言われた。パイモンも若干呆れ気味である。どうやらかなり酷かったようだ。
「仕方ないだろう…慰めるのはあまり得意ではないからな」
ちょっと不機嫌そうな声が出てしまったが、それのお陰で旅人の顔に少し笑みが戻った。
「うん、緊張は解けたかな。アガレスさん、ありがとう」
パイモンの表情を見るに、無理はしていないらしい。旅人と一番一緒にいるのはパイモンだろうし、こういう時にはかなり頼れる存在だ。実際、俺の目から見ても旅人は普通に見えるので、恐らく大丈夫だろう。
俺達はそのまま影について稲妻城へと入城するのだった。
次回の更新は明日か明後日です。3日遅れは流石に無い…はずです。