アガレス達のいる時代から18年前、稲妻城城下町にある隣同士の家でほぼ同時に子が誕生した。一つは黒川、もう一つは奥之院の名を授かる家であった。両家は先祖代々将軍に武士として仕えてきた過去を持ち、隣同士ということもあり、仲は正しく犬猿の仲と呼ぶに相応しい仲であった。
しかし、三代前から友人同士となり、良き隣人として過ごすようになっている。切磋琢磨しあい、両家の力はかなり大きくなった。そしてその仲は子に受け継がれ、受け継がれ、黒川と奥之院の次期当主が誕生した。それぞれ名を菫、鋼樹と言い、黒川家に生まれたのは女児、奥之院家に生まれたのは男児とあって、親の間で両家の結束をより強めるべく政略結婚と称して二人を許嫁にした。幼い頃から共に育った二人は勿論、仲も良かった。黒川家、奥之院家双方も大層喜び、毎日が幸せな日々だったとか。
さて、二人が15歳になった時、突然稲妻とスネージナヤが戦争状態に突入、勿論武家である黒川家も奥之院家も戦争に参加、結果として二人を残して両家の血筋は絶えてしまった。哀しみに打ち拉がれる二人の下にファデュイの兵士が攻め込んで来る。一度だけ、稲妻城城下町までファデュイの侵攻を許してしまった際の出来事である。
デットエージェントから逃げるように、黒川は走っていた。手に持っている刀は中程で折れており先が無くなっている。そして彼女自信、少なくない傷を負っていた。
「ハァッ…ハァッ…ッ!」
「逃げ場は、無いぞ…」
デットエージェントは袋小路に彼女を追い詰め、手に持つ刀を振るった。
「ッ…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
腰を抜かし、涙を浮かべながら目を瞑る黒川だったが、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。恐る恐る黒川が目を開けると、そこに颯爽と現れたのは奥之院だった。奥之院は巧みな刀捌きでデットエージェントの刀をなんとか防ぎ続けていた。
だが、人間というものはどうしてか、極限状態はそう長くは続かない。精神、肉体共に疲弊していくのだ。そしてその奥之院の状態に呼応するかのように刀がポッキリと折れた。その隙を突き、デットエージェントの刀が深く奥之院の腹に突き刺さった。
「ッ!!」
涙を浮かべながら駆け寄ろうとした黒川が止まった。奥之院の手には、先程折れて地面に落ちたもう半分の刀が握られていた。デットエージェントが刀を腹から引き抜こうとした瞬間、奥之院はデットエージェントの頭に刀を突き刺し、そのまま双方が力尽き、倒れ込んだ。
「鋼樹!!」
「すみ…れ…?」
黒川が奥之院に駆け寄り、腹に突き刺さったままの刀を恨めしそうに見やる。奥之院は血を吐きながらも、確かに黒川の名前を読んだ。
「ええ、そうよ!貴方の許嫁の菫よ!!だから…お願いだから死なないで!!───」
医師たちの懸命の治療活動によって何とか一命を取り留めた奥之院だったが、菫は弱かった自分自身のせいで奥之院が怪我をしてしまったと思い込み、彼との交流と絶って強くなるために何でもするようになった。奥之院は菫にも何か事情があるのかもしれない、と思ったが、それでももしかしたら…という疑念は拭えず、リハビリには余り精が出ない様子だった。
それから三年間、黒川は強くなるために間接的にファデュイに協力し、奥之院はようやく会えた菫に素っ気ない態度をされていたため、かなり落ち込み、そのせいで見た目も完全に三年前とはかけ離れていた。あまりご飯が喉を通らないようになっていたのである。それでも、武士は続けていた。
そんな時だった。他国から救援に来た男が隊長になっている遊撃隊に二人は配属された。
「……こう…奥之院。アンタも此処に来たのね」
一瞬、昔の呼び方をしそうになった黒川は慌てて名字で呼んだ。奥之院は少し驚いたような視線を黒川に向けた。
「な、なに?僕に何か用?」
「用って程でもないわ。なんでアンタが此処にいるのか、それを聞いてるだけよ」
「それってさ、君に関係あるの?」
ドス黒い感情の渦巻く声に、黒川は思わずたじろぐ。奥之院は自分が思ったより傷ついていたんだな、と感じつつも続けようとした。
「おい、貴様ら、私語は慎め」
只野という男に止められてしまったため、奥之院も黒川も押し黙った。だが、黒川の耳に奥之院の言葉がこびりついて離れることはなかった。
黒川は気が立っていたのもあって、配属されたという隊長の言葉に一々反応し、反発してしまった。
「───戦争なんて、そのための道具でしかないのよ!!」
言ってから、黒川は失言をしたことに気が付いた。先程までの飄々とした雰囲気から一転し、まるで何千人もの軍隊を相手取っているかのような圧迫感に駆られた。そしてその圧迫感の発生源は、つい先程罵ってしまった相手だった。黒川は無意識の内に一歩後退った。
「───気が変わった。如何に自分の考えが傲慢で、愚かしいか…それを叩き込んでやる」
黒川とて、プライドはある。だが、それ以上に、とある目的のために負けるわけにはいかなかった。
結果は、惨敗。そして二年間も自分を利用してきた相手がトラウマの相手、デットエージェントだったことで足が竦み逃げることも出来ずにただ、自分を軽々と屠った相手に護られた。蹲る黒川にそっと歩み寄ったのは奥之院だった。
「…何よ」
蹲ったまま、黒川は奥之院へ言った。奥之院は何も言わず、隣りに座った。
「…私を笑いに来たのね」
自嘲気味に黒川自身が笑い、語り始めた。
「…三年前、アンタが死ぬかも知れないって思って…私は弱くて…だから、強くなろうとして…必死になって…でも、結局私は…わたしは…ッ!」
涙声になり、遂には啜り泣く黒川の話が終わったのを見計らって奥之院が口を開いた。
「…菫は、弱くなんかなかったよ」
「…え?」
奥之院は立ち上がると、「ここじゃなんだし、天幕の中で話そっか」と言って天幕の中へ入った。黒川は呆気にとられていたが、やがて意を決したように立ち上がると中に入った。
「それじゃあ…菫、僕の言いたかったことを説明するね」
奥之院は若干恥ずかしそうにしていたが話を始めた。
「昔から、菫は体の弱い僕とは違って力が強かったから…憧れだったんだ。僕にとっては、菫が、菫こそが『強い人』だったんだ」
「そ、そんな…私なんてただ力が強いだけで…剣術とかはからっきしで…」
黒川の言葉に奥之院は首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ。剣術の基礎はしっかりとできていたし…今でも君には勝てる気がしないや…」
それでね、と奥之院は告げる。
「三年前にファデュイに追われている君を見つけて、助けたかったんだけど、やっぱり僕弱くて…格好悪いところ見せちゃったよね。だから…菫は僕の前からいなくなったんだな、って思ってたんだ…」
「そんなことない…そんなことないよ!」
黒川は大声で奥之院の考えを否定した。面食らう奥之院に対し、黒川は瞳に涙を浮かべながら告げる。
「私にとっても…鋼樹は憧れだよ。舞ってるみたいな剣捌きはどう頑張っても真似できなくて…尊敬してたし…その…大好きだったの」
でも、と黒川は伏し目がちに続けた。
「あの日、私は大好きな鋼樹が辛い思いをしているのに、なんにも出来なかった。だから私が隣りにいるのは相応しくないんじゃないかな、って思って…強くなるために鋼樹から離れたの」
「そう、だったんだ…」
二人の間を気不味い沈黙が駆け抜けた。
「え、えっとさ…菫、さっき隊長に言ってた『戦争は道具』ってどういう意味なの?」
黒川はその問に痛いところを突かれたとばかりに仰け反った。
「そ、その…鋼樹を傷つけたくないから、私が戦争で武勲を立てて鋼樹を安全な場所に送りたかったの。わ、悪い?」
奥之院は全ての謎が解けた、とばかりに「そっか…そっかぁ…」と安堵したように崩れ落ちた。かと思うと奥之院は黒川を抱き締めた。
「ふぇ!?ち、ちょっと鋼樹!?」
「…ごめん、菫…辛い思いをさせて…」
黒川から奥之院の表情は見えなかった。だが、奥之院の声は震えていた。黒川も釣られて涙を浮かべ、流す。
「本当よ…私が…一体どれだけ心配したと思ってるの…?でも…私もごめん…なんにも言わずにいなくなっちゃって…」
黒川の言葉を最後にして暫く二人の間を沈黙が支配したが、やがて奥之院が黒川の肩に手を置いて正面から向き合う形になった。
「…菫はさ、元々の関係に戻りたい?」
奥之院が黒川の顔を真っ直ぐ見据えながら言った。黒川は、というと、首を横に振った。
「…そっか、そうだよね…」
「何を勘違いしたのか知らないけど…あなたが許してくれるのなら、私はそれ以上になりたい」
一度は目を伏せた奥之院の目が見開かれる。
「それって…」
奥之院が顔を上げたタイミングで黒川の顔が奥之院の顔に密着した。
「い、今の…!?」
「これで、わかってくれた?私の気持ち…」
奥之院とて、キスをされれば流石に気がつく。やがて黒川は決心したように呟いた。
「私、強くなるから…今度こそ、あなたを護れるように」
黒川の言葉に、奥之院は困ったように笑った。
「…お互い、頑張ろっか」
「…ええ!」
奥之院の顔を見て黒川も同じように笑った。やがて再び二人の顔が近付き───
『只───折角───こっち───』
外から突然声が聞こえたため二人の顔は一瞬で離れた。やがて恐る恐る外を確認すると、誰もいなかった。遠くに彼等の隊長、アガレスと只野が一緒に歩いているのを見た。アガレスは一瞬だけ天幕の方を確認し、奥之院と黒川が自分を見ていることに気が付くと、少し笑って片手を上げた。
「…見られてたっぽいね」
「ほんと、後で罵倒したこと、謝らなきゃね」
今度こそ、二人は顔を近付けて密着させた。
〜〜〜〜
おまけ
只野「隊長、天幕内から二人がこちらを覗いている様子ですが?」
アガレス「ん?本当だな。ちょっと手を振ってみるか!」
というのが真相だったとか、そうじゃないとか。
というわけでこれからも色々とやってもらう黒川と奥之院の過去の話と天幕内で何があったのか、何を考えていたのか、というお話でした。次回は只野ですね。名前考えなきゃなぁ…という。