エヴァンスとオークレイがキスしないと出られない部屋に閉じ込められます
楽しんでいただけたら幸いです
(他所のサイトで掲載していたものをこちらに移しました。すでに見たことがある方がいましたら申し訳ありません。内容は一切書き換えていませんので読み飛ばしていただいて大丈夫です)
エヴァンスはランプを掲げ自分が閉じ込められている部屋をゆっくり見回す。出口らしきものは見当たらず、装飾品と言えば中央に置かれたソファーだけだ。そこでオークレイが静かに眠っている。その後ろの壁をエヴァンスはランプで照らす。
(向こうの壁に何か書いてあるな)
保安官は慎重にオークレイの横を通り過ぎ壁に近づきながら今日の記憶をたどる。
オークレイと共に資産家の護衛をし、帰りに二人で汽車に乗ったところまで覚えている。
「汽車で何が起こった?」
一人で呟いてみるが、そこがどうしても思い出せない。
エヴァンスが反対側の壁に近づくと、そこに書かれた一文がランプで照らされた。
『キスしないと出られない部屋』
思わず背後のソファーで眠っている女賞金稼ぎを見る。
「何が起こったとかどうでもいいな」
そう言いながら彼は小さくガッツポーズをした。
この物語は…
囚われた際の記憶から脱出の鍵を探る冒険活劇ではない。細かいところは気にせずおいしい設定に乗っかる男の二次小説だ。
『キスしないと出られない部屋』
そう書かれた壁を拳でコツコツ叩く。
(どこかに出口があるんじゃないか)
二人はどこかからこの部屋に運び込まれた。そして、壁にはキスすれば出られると書いてある。その文章を信じるならばどこかに二人を開放するための扉が隠されているのかもしれない。
エヴァンスは何度か壁を叩き音の違いを探ると
「キスしかなさそうだな」
すぐに諦めた。
「まったく。厄介な部屋に閉じ込められたな」
そう言いながらも、嬉しそうに頬が緩んでしまう。
「出口を探すのはキスしてからでも遅くないからな」
もはやキスの方が目的だった。
「オークレ…」
ソファーに座ったまま動かない彼女に近づいたエヴァンスは、声をかけるのを途中で止めた。
(起こしても、良いのか?)
キスをするためには彼女を起こさなければならない。だが、
(オークレイはキスをしてくれるのか?)
そんな疑問が頭に浮かんだ。そして、キスを断られる自分の姿を想像し顔が青ざめていく。
それならいっそ寝ているすきにした方が良いのかもしれない。だが寝ている相手に勝手にキスをするなど非紳士的行為ではないだろうか?いや、ここから脱出するためにキスをしなければいけないのだから仕方ないだろう。だが、脱出を言い訳にしてオークレイの意思を無視しても良いのだろうか?
あれこれ悩むエヴァンスの脳裏に父からの教えがよぎった。
『息子よ。ガンマンたるもの、相手の油断につけこむことも必要だ』
ガンマンを目指し練習をする子供時代のエヴァンスにカートはそう言ったことがある。
『でもそれは卑怯者のすることじゃないの?』
そう答えたエヴァンスに父は頷きつつ、
『だが、相手が隙を見せたときにはよく観察するチャンスが生まれる。それを逃すな。いいか?』
カートの声が大きくなる。
『女の無防備な寝顔はマジヤバイ。ずっと見ていられるぞ』
(これのことか親父…!!)
ソファーの前にしゃがみ込み彼女の顔をじっと見つめ、父の教えの正しさを実感した。
床に置いたランプの仄かな灯りが斜めに傾けられたオークレイの顔を浮かび上がらせている。
頭頂部に留められた赤いリボンと綺麗な金髪が鮮やかなコントラストを構成している。絹のように滑から髪は顔の傾きに合わせ綺麗な孤を描いて彼女の柔らかそうな頬を覆い、髪の間から一輪の花のように耳が覗く。良い夢でも見ているのだろうか。小さな口が三日月のように曲がり両端にえくぼを作っている。
エヴァンスはさらに顔を近づける。
中央に添えられた小さな鼻から寝息が間近に聞こえる。碧い瞳を覆うまぶたの下に整ったまつげが並び、上には前髪の隙間から細い眉が見え隠れしている。
化粧っ気のないその顔を「色気のないイモ」と称す悪党もいるが、エヴァンスに言わせればそいつの目が節穴なのだ。オークレイは今のままで十分
「綺麗だ」
思わず声が漏れた。
オークレイの肩がピクンと跳ね、顔がたちまちにして朱に染まる。彼女の眼がパチリと開いた。
エヴァンスは慌てて立ち上がりオークレイに背中を向ける。帽子を深くかぶりにやけ顔を隠す。
「キスしなきゃ出られないんでしょ」
後ろからオークレイが声をかけてきた。
エヴァンスはその声を聞いて振り返る。
(妙だ。オークレイはさっきまで寝ていたはず。もしや…)
もしや彼女は自分より先に目を覚ましていたのでは。そして自分がキスをするのを待って
「寝たふりをしていたのか?」
彼が考えていたことを口にすると彼女の顔は耳まで真っ赤に染まる。
「違っ…」
そこで黙り込む彼女にエヴァンスは淡い期待をかける。
(オレに唇を奪われることを期待していたんだな!?)
だが彼女は自分の背後の壁を指さした。
「あの文を今読んだだけよ」
「…そうだな」
エヴァンスは自意識過剰な妄想を恥じた。
オークレイが立ち上がりランプをまたいでこちらに近づいてくる。
「ほら、早く済ませるわよ」
「いいのか?」
「出られないなら仕方ないじゃない」
ランプの影になり女賞金稼ぎの表情は読めない。
「嫌じゃないのか?」
彼女は顔を横に向け
「い、嫌じゃない」
そう答えた後、またこちらを見上げる。
「早くここから出て、私達を閉じ込めた奴を捕まえたいだけよ」
この千載一遇のチャンスにエヴァンスは
「オレとキスをしたいのか?」
余計な欲を出した。
「ち、違うわよ」
オークレイが慌てた様子で距離を取る。
「待て」
エヴァンスは彼女の腕を思わず掴み強く引き寄せ抱きついた。
「ランプが床に置いてある。動くと危ないぞ」
それは抱きつく理由にはならない。
だが、エヴァンスの腕の中でオークレイは素直に頷く。彼女がこちらを見上げる。こちらを見つめている丸い碧眼が次第に大きくなっている。いや、エヴァンスの顔がオークレイの顔に近づいているのだ。彼女が目を閉じるのに合わせ、自分も目をつむる。
唇に柔らかな感触があった。
汽車が大きく揺れ、エヴァンスは目を覚ます。向かいの席を見ると、オークレイは大きく伸びをしている。どうやら二人とも眠っていたようだ。
目をこする彼女を見ていると夢の情景が現実のように思い起こされる。
(悪くない夢だったな)
エヴァンスは夢の続きを見ようともう一度目を閉じた。
汽車に揺られながらオークレイは外を眺めている。そっと自分の唇を触る。夢での感触を思い起こしながら彼女は笑みを浮かべた。