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ラニ様メインのエルデンリング現パロ(?)SSです。
ならばこの再会は、むしろ運命ということだ。お前、私に仕えぬか?
――魔女ラニ
半ば飛び降りながら急ブレーキ。自転車置き場に滑り込む。
狭間県立エルデンリング高校に入学して、まだ二日。二日目から遅刻はまずい。焦りながら自転車をロックして立ち上がる。
「……新入生よ」
そのとき、どこからか声が響いた。
「こちらだ。少し、話をさせてもらえないか」
見上げれば、自転車置き場の屋根の上に誰かが座っている。
制服姿の女子生徒。けれどその格好がすこし奇抜だ。
巨大な尖り帽を目深に被り、制服の上からごわごわした毛皮のマントを羽織っている。尖り帽の下からは青白く整った顔が覗く。人形みたいだ、と思う。
「はじめまして、新入生よ。私は魔女、レナ」
目が合った。
透き通るような肌。冷たくて蠱惑的な声。
雪の魔女だ、と思った。
「霊馬を駆る新入生がいると聞いてな。すこし探していたのだが、どうやら、お前のことらしい」
「霊馬?」
「お前は、喚んでいるのだろう? トレントという名の霊馬を」
そう言って魔女は手を広げ、柔らかく指差す。わざわざ両手で、と思って、違和感に気づく。
彼女は
「え、自転車ですけど」
「ああ、良い答えだ」
「は?」
「お前に、預かりものがあってな。トレントの古い主が、私に託したものだ」
「この自転車新品ですけど」
入学祝いに親に買ってもらった自転車だ。あとトレントなんて名前ではない。
緩やかな動きで彼女が何かをこちらに差し出す。魔法で何か出す、のかと思ったら普通に放り投げてきた。紙片がくるくる落ちてくるのをつかまえる。
「それは、霊呼びの鈴でな」
「いや紙ですけど……暗月魔術同好会?」
青白い月影がデザインされている。どうやら部活の勧誘チラシらしい紙。
「まあ、お前の好きに使うがよい」
……え、これ、部活の勧誘なのか?
勧誘の仕方がおかしい。それにこんなところで僕一人に向かって声をかけるというのも変だろう。普通はもっと新入生がいるところでやるはずじゃないか。この時間には自転車置き場には生徒なんて誰もいない。まるで僕を待ち伏せしたみたいな。
と、考えた瞬間、始業のチャイムが鳴り響いた。
「ふむ。……あ。今のが霊呼びの鈴でな」
「いや八時半のチャイムですけど」
鈴というか鐘だ。
「邪魔をしたな、新入生よ。もう会うこともないだろうが、我が校をよく知るがよい」
噛み合わないセリフを残して、魔女は微笑みと共に消えていった。
……かと思ったら、消えたわけではなくて自転車置き場の屋根から普通に飛び降りた、というか墜落した。尻餅をついて、さっと立ち上がった彼女は四本の手で器用にマントの砂埃を払い、尖り帽をぎゅっと直して走り去る。これって魔女というか、自分を魔女だと思い込んでいる系の……。
*
そんな謎の勧誘を受けた僕は、当然ながら、その部活に行ってみようとは思わなかった。自称魔女の女の子も謎だったし、「暗月魔術同好会」とやらの活動内容も全然わからなかった。それに、チラシには活動場所すら書いていない。行きたくったって行けない。だからその日の放課後、僕が目指していたのは暗月魔術同好会ではなくて火山部の見学だったのだけれど、どこからデクタスの昇降口とやらにたどり着けば良いのか分からなくて迷っているうちに、気づいたら深い霧の中にいたのだった。
迷い込んだスリーシスターズの部室塔で、僕はラニ様に再会した。レナは偽名だったらしい。意味が分からない。あと一年先輩だったから、僕からの呼び方がラニ様に決まった。は? ともかく気づいたときには、入部することになっていた。
「しかし、やはりあの再会は運命であったな」
未だにラニ様はそう言う。本当に?
運命に流され、星辰に導かれるまま一学期はあっという間に過ぎ去り、けだるい夏休み。部室は結晶が放つ冷気でひんやりと心地よい。暗月魔術同好会の部員は、ラニ様と僕の他に三人。やたら身体の大きいイジー。やたら態度の大きいセルブス。やたら寒さに弱いブライヴ。
「お前たち、何をくつろいでいる」
ラニ様が部室を見回して言った。部長らしく良い椅子に座っているが、座面に本を積んで高さを稼いでいるのが面白くて、直視するとニヤけそうになってしまうから見てはいけない。一対の腕を膝の上で組み、もう一対を胸の前で合わせる。
「祭りが近いぞ」
そう、夏休みが明けるとすぐにラダーン祭りがある。エル高の、いわゆる体育祭だ。先週からラニ様はずっとそのことを話していて、どうも後夜祭に出場したいらしい。後夜祭ではダンス部が祝祭踊りを披露したり、コウモリ部と祖霊部が歌合戦を披露したり、神肌部が貴種の腹芸を披露したりするらしい。腹芸?
「ラニ様、何をするかは決められたのですかな」
イジーが言った。
「私は、星と月、冷たい夜を見せたい」
ラニ様はゆっくりと言った。その目は期待に輝いていたが、僕は意味がわからなかった。
「なるほど、星や月が降る魔術を披露したい、か」
ブライヴが言った。なんでわかるんだよ。
魔術を披露したいというのは、暗月魔術同好会という部活である以上、当然のことではあった。
けれど。
入部してはっきりしたのだけれど、ラニ様はやっぱり魔法は使えなかった。常に制服の上からマントを羽織り、尖り帽を被り、雪の魔女の格好をしているけれど、魔法は使えない。使える体で振る舞っているけれど、使えない。当たり前だった。魔法が使える高校生なんてファンタジー世界の話じゃないか。
「フン、田舎者の喜びそうなことだ。星の輝きの花火なら調合してやろう」
偉そうにセルブスが言った。めちゃめちゃ偉そうで口が悪いのに一番協力的な部員だ。
「私がその花火を仕込んだ剣を打ちましょう。貴公がブライヴと共に剣舞で星を散らせば」
イジーが言う。二人称が貴公の高校生って実在するんだ。
「フフッ、悪くないな。剣と牙で道を開く。わかりやすくてよい」
ブライヴが鷹揚に頷く。
おわかりいただけただろうか。三人の完璧なコンビネーションによるフォロー。僕も組み込まれてたけど。剣舞? え?
そう、暗月魔術同好会とは、
でもラニ様が魔術について語り、運命について語るとき、僕たちは連帯してしまう。その優美に振るわれる腕を、薄く輝く白い肌を、自信に満ちた瞳を、守りたくなってしまう。
それが演技、おままごと、あるいはお人形遊びであったとしても。
そういうのを、運命というんだろうか?
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迎えたラダーン祭り当日。昼間の熱狂も覚めやらぬまま、後夜祭のキャンプファイヤーが灯された。慟哭砂丘の空を焼く明かりの下、次々と出し物が繰り広げられていく。黄金の聖杯で乾杯する声がそこかしこに響く。何の肉だかよくわからない香辛料の利いた肉塊や、塩気が絶妙のゆでカニに舌鼓を打つ。狂宴を楽しむうち、あっという間に順番が近づいてきた。
「もうすぐ俺たちの番だな」
ブライヴが横で囁いた。結局、セルブスが調合した火薬をイジーが仕込んでくれた剣を使って、ブライヴと僕がちょっとした殺陣をすることになっている。ブライヴはなぜか殺陣が様になっていたが、僕は全然だった。筋力が足りなくて上手く振るえないのだ。イジーのアドバイスで両手持ちして、何とか安定して振るえる始末。緊張してきた僕は柄を握る手の汗を拭いた。手汗で火薬を湿気らせてダメにしてしまったら一大事だ。
「だがこの祭り、なかなか面白いものだな」
ブライヴが鼻を鳴らす。ステージを見ると、今は骸骨に仮装した三年生達がダンスを踊っていた。リーダー格と見える女子が舟に乗り、勢いよくウィリーをかましている。すごい角度だ。あれどうやってるんだろう。呼び舟がザブリと地面に倒れ込む。と、どういう仕掛けかそこは水面に変わっていて、轟轟と水飛沫が吹き上がる。あっというまに僕たち聴衆はずぶ濡れになった。
「おい、お前! 剣を濡らすな!」
全身に水を浴びながらブライヴが言うが無茶な話で、僕たちの剣は水浸しになっている。生徒達の驚きと喜びの歓声がどっと上がる中、一拍遅れて事態のまずさに気づいて、心臓がうねった。
「ど、どうしよう」
ブライヴと顔を見合わせる。無言で互いに一歩引き、剣を軽く打ち合わせる。
……火花は散らない。
もう一度、強めに振りかぶって。
ガキン、と硬い音が響くが、やはり火花は散らない。
完全に仕込み火薬が湿気ってしまっている。
「セルブスにもう一度作ってもらうのは?」
「だめだ、あいつは休んでいる」
「休み!?」
「ああ、部室塔で変なポーズで寝ていた」
こういう姿で、と言ってブライヴは首をあらぬ方向に傾けた。まるで操り糸の切れた傀儡みたいだ。それ、死んでないか?
「でもそれじゃどうしたら」
「考えても仕方がない、俺たちはできることをやるのみだ」
そう言ってブライヴは大剣を担ぐ。
いやできることと言われても。
仕掛け花火がなくても、ブライヴが大剣を振るうのはそれだけで格好が付く。僕も夏休みずっと練習を重ねてきたから、なんとか付いていくことくらいはできる。学園祭の余興と思えば、十分かもしれない。
けれど。けどそれじゃあ、ただの剣舞じゃないか。暗月魔術同好会の、ラニ様の見せたい魔術に、ならないじゃないか。
「ラニのために」
ブライヴが言う。そんなことは分かっている。それでも前に進め。彼は目でそう語った。
「……ラニ様のために!」
*
「私たち暗月魔術同好会は、星と月、冷たい夜の魔術を見せよう」
ラニ様が挨拶し終え、一歩引き下がるのにあわせ、ブライヴと僕は前に飛び出す。
ガキン、と剣を打ち合わせると、電撃が流れたように腕が痺れた。観衆の生徒達が沸く。舞台側から見ると結構な迫力で、僕は極力そちらを見ないように、ブライヴの方に集中する。身体を反転させ、その慣性に体重を乗せて振りかぶる一撃を、両手両脚で踏ん張って受け流す。今度の一撃は気持ちの良い高音を響かせる。また観衆がオオーッと叫ぶ。
だが火花は出ていない。
セルブスが調合した火薬はそれは見事なもので、月はともかく(無理に決まっているだろう田舎者がとセルブスは罵った)、星はかなりの再現度だった。青白い輝きがふわりと宙を舞ってから、帚星のように降り落ちる。本当に魔法みたい。それが、本番のこの場で見せられない。
観衆の端に立つイジーとラニ様が目に入る。イジーは異常に気づいていないらしく普通に楽しそうに手を打っている。お前の目は節穴か? ラニ様は反対だった。何かがおかしいと気づいている。僕とブライヴはそれでも舞い、剣を打ち合わせる。そのたびに歓声が上がる。星は輝かない。ブライヴは歯を食いしばる。ラニ様の目は曇っていく。怪訝、失望、懇願……。力なく下がり、それでもぎゅっと握りしめた四つの手。
そのときだった。
自分の剣が、ブライヴの剣に向かって吸い込まれるように輝くのを見た。それは仕込み火薬とは違う、周囲の空気から力が集結するような輝きだった。青い光はうねり、剣と剣の焦点に球を生じる。まばゆい光の向こうのブライヴの目も大きく見開かれている。生徒達の歓声が一瞬遠ざかり、空中に形作られた暗月が、薄氷を破って現出する。それは青い輝きを放射しながらゆっくりと空を駆け、観衆達を飛び越えていく。
月の魔術だ。暗月の魔術だ!
部活の勧誘チラシに描かれていた、あのラニ様の月だ!
どっと沸く観衆たちの中、ラニ様と目が合う。驚きと喜びの瞳。
その顔のすぐ横に、一瞬だけ、青白いもう一つの顔が浮かんで微笑んだように見えた。
*
「さっきのは、お前がなんとかしてくれたのだろう?」
余興も一通り終わる頃、ラニ様に連れられて会場を抜け出した。
導かれるまま校舎の非常階段を上ると、本物の暗月が見えている。
「お前が魔法を使えるとはな」
ラニ様は感心したように言った。僕が守りたかった、その自信に満ちた瞳が、よりいっそう輝いて見えた。視線がくすぐったかった。もちろん僕は魔法なんて使っていない。どちらかといえば、ラニ様が使ったんじゃないだろうか。ラニ様の顔の横に浮かんだ、あの青白い顔は消えている。僕は誤魔化すように曖昧な返事をする。ラニ様の瞳の中にまで大きな月が輝いていて、まっすぐそれを見るのは難しい。
「少し、昔話をしようか」
ラニ様が言った。心地よく肌を撫でる宵の風。下を向いたまま、ぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。
小さい頃、森で本物の魔女に会ったことがある。最初は母に連れられてな。母と魔女が話すのを横で聞いていたのだ。私は黙っていたし、母と魔女の間でも私の話は出なかったはずだ。だが思えば、私はそのときから運命を感じていた。別れ際に、魔女がこちらを見た。一瞬だけ目が合ったと思った。それで十分だったのだ。次は一人で森を訪れた。星を追ったのだ。その頃はまだ、運命は星と共にあったのだからな。母には嘘をついてな。今から考えれば、きっと、母も分かっていただろうが。雪の魔女は私を迎え、冷たい魔術を見せてくれた。暗い、神秘の月だ。お前のさっきの月を見て思い出したよ。あのとき私はいたく感動して、憧れてしまってな。……この格好も、そのときの魔女の姿の影響なのだ。
ラニ様は尖り帽をぎゅっと押さえてつばを握り、マントを軽く広げて見せる。四本の腕で器用に。月光を浴びて、ラニ様の格好はいつもよりずっと、ほんものの魔女らしく見えた。けれど、魔女を気取らずに自分のことを話してくれるラニ様はいつもより近くに感じられて、僕はそれが嬉しかった。なんだか胸がむずむずしてくる。
「だから、同じ月の魔術が使えるお前との再会も、やはり運命であったな」
またラニ様はそう繰り返す。いつもの口癖だけれど、今夜は噛み締めるように。
けれどそんな彼女の素顔が見えたのも一瞬だけで、ふんと目をそらすとラニ様は言う。
「祭りではしゃぎすぎたか。どうにも気が緩むな。余計なことを喋ってしまった」
――また、私と――
「忘れろ、いいな」
「……え?」
「どうした」
「いま、なんて言いました?」
「忘れろと言ったのだ」
――貴方には、聞こえているのでしょう――
「え、聞こえました?」
「おい、お前、どうしたのだ」
ラニ様の声とは別に、誰かの声がする。周囲を見回しても誰の姿も見えない。けれどその声が、僕を呼んでいることだけは分かる。何故だか、いても立ってもいられなくなった。
「こっちから声が」
ラニ様の手を引いて階段を降りる。
「おい待て」
構わず階段を降りていくと、声の気配は付かず離れず、僕を導くように呼びかける。
――また、私と旅をしてほしい――
旅ってどういうこと?
――私を、連れていってほしい――
どこへ? 君は誰なんだ?
――祝福で、私を呼び出してほしい――
祝福? 全然分からない!
――いいからさっさとくるメリ――
メリ?
「ええい、お前、さっきから誰と話している。何のつもりだ」
ラニ様にバシバシ頭を叩かれながら、けれども足は止まらない。非常階段を駆け下り、そのまま校舎に入って、内階段を降りる。普段は閉ざされていて、用具入れかなにかだと思っていた扉の向こうに、初めて見る下り階段。降りていくうちに階段は石造りになり、木造になり、細く曲がりくねった末、やがて一気に開けた部屋に出る。
エルデンリング高校地下、大祝福。
立ち上る祝福の輝きに触れた瞬間。
記憶が逆巻く怒濤となって流れ込む。
隣のラニも同じらしい。顔の横、青く輝く霊体顔が再び灯り、本体と共に苦笑する。
「すべて、終わったのだな。邪魔が入ったということか」
おそらくは、さっきラニの暗月の魔術を使った際に、世界同士の僅かな繋がりが戻ってしまったのだろう。
「貴方の理解で正しい。だから私が、干渉することができた」
姿が見えなくてももう分かる。メリナの声だ。
「執念深い奴だ。束の間の息抜きすら許してくれないとはな。ごっこ遊びは終わりというわけだ」
ラニはやれやれと肩をすくめる。
相変わらずやることが強引に過ぎたけれど、記憶が戻った今なら、ラニのやりたかったことは分からないでもなかった。律を月に遠ざけ、生と死を本来の当たり前に分かち、取り戻すことができたこの世界。月へと旅立つまでの、束の間のお人形遊び。気恥ずかしさはあるけれど、ずっと暗い孤独の路を歩んできた彼女には、それくらいの権利はあるはずだ。
だから、胸がずんと痛んだ。次にすべきことはもう分かっていたから。
「また、私と旅をしてほしい」
メリナの声が告げる。一つ深呼吸してから、顔を上げてラニに正対する。
「わかっている。お前は、行くのだろう?」
ラニが言う。答えるより先に言葉を続ける。
「良いのだ。私との約束など後に回せ。お前は、世界が求めるとあっては、それを救いに行く。そうせずにはいられない。そうだろう」
二本の右手を差し出す。上の右手の薬指。契りの証。暗月の指輪を示すようにして。
「それでこそ私の王だ。行くがいい。いずれ再び見えるとしよう。ただ一人の、私の王よ」
――2周目の世界をはじめますか?