結果、すべては初めから『なかった』事となり、戦いで散っていった者も、生き残った者も、等しく平和な時を過ごしていた。〈プレケース〉という脅威が現れず、『こんなはずじゃなかった』世界が実現したのだ。
一連の事件の中心にいた少女――ツバキ・タカチホ。
唯一、改変前の記憶を不完全ながら持っていた彼女は、〈エグゼキューター〉と名乗るファフロウ姉妹によって状況説明を受ける。改変前の世界の記憶を取り戻したツバキは、彼女等と共に地球へ行き、気がかりであったカナコ・シングウジの安否を確認。ゼヘナに戻り、新たな日常へと帰っていった。
とはいえ――すべてが丸く収まった訳ではない。
本編はこちら↓
https://kyokutisenya.x.2nt.com/01_ASSAULT-form/14.07.15_ZOIYAMI/zoiyami.html
一応、今回は『ゾイド』と『メガミデバイス』の二次創作としていますが、ほぼ内容はオリジナルです。
試験的に投稿してみたので、削除する可能性もあります。
東方大陸の首都――オオミヤ・シティ。
区画整理された土地には近代化されたビルや施設が立ち並び、商店が集中する大通りは、平日でも道行く人々で賑わいを見せていた。
平和な時代だ。国民性によるものか、東方大陸は他国と比べても圧倒的に治安が良いとされている。家族連れ、カップル、友人同士など、老若男女問わず、様々な人が、何の不安も抱くことなく行き交(か)っている。
その誰もが通りすがり。いちいちすれ違う他人を気に留める者はいない。
しかし――例外がいた。
とある通りを進んでいた少女である。年齢は十七、八歳頃だろうか。肩に届かないくらいのボブカットの髪をハーフアップにしている。
派手ではない。しかし、男女問わず誰もが彼女を振り返ってしまう。
黒髪が多いこの国では、彼女の絹(きぬ)糸のような白い髪は珍しいだろう。だがそれは表面的な理由にすぎない。彼女の持つ静謐(せいひつ)な美しさは視界に映った瞬間では理解が追い付かず、それでいて再確認せずにはいられないほど強烈に印象付けられてしまうのだ。自己主張など皆無(かいむ)のはずなのに、どうしようもなく目を惹(ひ)かれてしまう。
理由は他にもある。通行人が白髪(はくはつ)の少女に対して覚える違和感だ。なにかおかしいと感じるが、正体が判らない。それもまた、彼女を振り返らずにはいられない理由だろう。
少女は――盲目だった。
目が見えていない。そのはずなのに、瞼(まぶた)を閉じたままでも、まるで見えているかのように足取りに危なげがない。手に杖(つえ)は持っているが、それに頼っている様子もないため、すぐには目が不自由なのだと気付かないのだ。
とはいえ、しょせんはすれ違うだけの他人である。白髪の少女がどれだけ美しかろうと、ミステリアスであろうと、通り過ぎてしまえばそれまでだ。不必要に他人に関わらないというのもまた、東方大陸人の気質だった。
そんな普段通りに賑わう大通りに、別の喧騒が生まれた。
「――誰か、ひったくりだ!」
道に倒れている初老の婦人と、彼女に手を貸している同年代の男性。叫んだのは彼の方だ。
見れば、手に女性もののバッグを持ったいかつい(・・・・)男が逃走し、近くにいた者は巻き込まれまいと距離を取っている。取り押さえようという者はいない。仕方がない、他人のとばっちりは御免だろうから。
この通りを抜け、男が人ごみに紛れてしまえば、追跡は不可能だろう。誰もがそう思ったであろうその時、ひったくり犯の進路上に、件(くだん)の白髪の少女の姿があった。
「……っち。どけ!」
進路は開けている。わざわざ少女を押しのける必要などなかったが、気が立っていた男には彼女を避(よ)けるという発想が出来なかった。
「あっ……」
乱暴に押しのけられた少女が声を漏らすのが聞えた。
「邪魔だって言っただ――へ?」
振り返り、悪態をついた男が間の抜けた声を漏らす。押しのけた少女の手に、見覚えのあるバッグが握られていたのだ。偶々(たまたま)同じデザインのバッグを少女が持っていたのかとも思ったが、奪ったはずのバッグが男の手元にはない。
つまり――
「てめ、返しやがれ!」
「はい。本来の持ち主にお返しします」
男の怒鳴る声に顔色ひとつ変えない少女は、彼に背を向け、来た道を戻っていく。
「待てゴルァ!」
頭に血が上った男が、少女の背後から手を伸ばす。少女が振り返り、逃れようと半歩身(み)を引いた――直後、男は盛大につんのめり、飲み物の自販機に頭から突っ込んだ。鈍い音が聞こえ、ざわついていた周囲が静まり返る。
遠巻きに見ていた者達には、男が勝手に足を滑らせて自爆したように映っただろう――が、実際には違う。男の突進する勢いを利用し、足を引っかけ、頭をぶつける先まで計算して少女は動いていた。
「どうぞ。大事はありませんか?」
宣言通りにバッグを婦人に渡す少女。杖(つえ)を持ち、瞼(まぶた)は閉じられたまま、なによりも穏やかな物腰の少女に対し、誰が意図して悪漢を撃退したなどと思うだろう。その場の誰もが、この少女に怪我(けが)がなかったことを安堵(あんど)するだけだった。
「――くそがぁぁぁっ!?」
騒ぎが収まったかと思いきや、再び怒声が響き渡る。倒れていたはずの男が、手にナイフを持って立ち上がっていた。頭から流血し、目は血走っている。
「ふざけやがって! この女、ぶっ殺してやる……!!」
かなりの興奮状態なのが一目で判る。今の彼なら本当にやりかねないだろう。
「ああ……」
「逃げなさい、お嬢さん! 早く!」
危険を感じた老夫婦に対し、少女は男に背を向けたまま動かない。
すると――
「――はい、確保!」
少女の背後から聞こえた声に、老夫婦が顔を見合わせる。少女と共にそちらを見ると、男を地面に組み伏せている、白と淡(あわ)藤(ふじ)色の装備を纏(まと)った〈機獣少女〉の姿があった。
● ● ●
ライカ・ユズキとバニラ・イカルガは〈機獣少女〉だ。
二人はただ休日に買い物に繰り出していただけだったが、近くの騒ぎを聞きつけ、こうして駆けつけた次第だった。〈機獣少女〉の仕事はあくまで〈ジェネレーター〉の防衛だが、有事の際に治安維持を目的とした力の行使は認められている。今回のように。
「バニラ~。機嫌直してくれよ」
「怒っていません。ライカのせいではないんですから」
不機嫌な友人を宥(なだ)めるライカ。バニラを置いて、相談もなく騒ぎの現場に向かった事を怒っている訳ではないらしい。
「せっかくの休日なのに……」
バニラはショッピングを邪魔された事に腹を立てていたようだ。察したライカは、俯(うつむ)く友人の顎(あご)を指でくいっと上げさせ、互いの鼻先がぶつかりそうな距離で言う。
「時間はまだあるんだ。そんな顔するなよ」
「~~っ!?」
顔を真っ赤にしてあたふたするバニラを見て、ライカは楽しそうに笑った。
「――仲がよろしいんですね」
と、不意にかかった声の方を向くと、白髪の少女がいた。被害に遭(あ)った老夫婦の話によると、彼女が奪われたバッグを取り戻してくれたらしい。盲目のようだが、まるで見えているような言動から、この少女ならそれも可能に思えてくる。
「まあね。それより、人助けしてくれたのに、待たせて悪かったね」
駆けつけた警官に暴漢を引き渡し、被害者の老夫婦も事情聴取のために同行していったところだった。
「いいえ。こちらこそ、危ないところを助けていただきましたから」
ライカが駆けつけると、ナイフを持った興奮状態の男が、盲目の少女の背後に迫っている状況だった。その事を言っているのだろう。
「…………」
恐らく、彼女はライカとバニラの接近に気付いていた。二人が来ずとも、自力でなんとかしていただろう。ライカにはそう思えてならないのだ。
「ん、そっか」
だが、少女自身がそう言うのであれば、そういう事(・・・・・)にしておくべきだろう。
「それで、あたし達に訊(き)きたい事って?」
気持ちの切り替えが早いのがライカの美点だ。引きずっても仕方がないと、バニラも友人に倣(なら)う事にしたらしく、追及はしなかった。
「ツバキ・タカチホという少女について教えていただきたいのです」
盲目の少女の言うツバキ・タカチホといえば〈オフィス・タカマガハラ〉所属の〈機獣少女〉である。小学生にして〈難攻不落〉の『二つ名』持ちでありながら、積極的にメディアには出ないため、知名度の割りには同業者でも親交がある者は少ない。ライカ達も同様だ。
「ひょっとして、観光の目的はタカチホさんですか?」
「ええ。彼女のファンでして」
平常運転に戻ったバニラの問いに、少女はごく自然にそう答えた。
確かにツバキは此処(ここ)オオミヤ・シティに住んでいる。アイドルとしての側面を持つ〈機獣少女〉の『追っかけ』は珍しくない。一般に公開されているレベルの情報であれば問題ないと判断し、ライカは少女の質問に答える事にした。
機獣少女ゾイカルやみひめ
番外編 機獣少女VS来訪者
ゼヘナ歴二〇一七年四月二十八日。
あの世界改編から半年が過ぎ、事件の中心にいた少女は小学六年生になっていた。
ツバキ・タカチホ。
この世界で唯一、改変前の記憶を所持しているのが彼女だ。
外見は年齢相応。性格はかなり大人びているが、それも周囲の人間にとってはすでに驚く事ではない。〈機獣少女〉という存在も、どの学校にも学年ごとに数人はいる。
けしてツバキが特別な人間という訳ではない。
だからこそ、課された責任を重く感じる。
現代社会の根幹を支えている高効率発電システム――〈ジェネレーター〉。その動力である機獣のコアを開放する事こそ、真実を知ったツバキの使命であった。
しかし、この半年での成果は実質ゼロ。〈ジェネレーター〉にほぼすべての電力供給を依存している以上、半年そこらで稼働を停止させる事など不可能だ。仮に代替案が出たとして、実現は数十年単位で先だろう。
仕方がない事ではある。誰も〈プレケース〉襲来による被害を知らない――なかった事になってしまった。〈機獣少女システム〉により、すでに〈カタストロ〉が脅威でない以上、〈ジェネレーター〉の真実を伝えても――そもそも為政者達は真実を知っているらしい――問題を棚(たな)上(あ)げするのが人間だ。ツバキが一人で騒いだところで、誇大妄想としか受け取られないだろう。だからこそ発言力のあるロゼット・コダールを通じて各所に働きかけてもらっているが、成果は前述の通りだった。
「…………」
溜息(ためいき)を吐(つ)きそうになり、直前で堪(こら)える。教室で暗い顔をすると、クラスメイトに心配させるだけだ。自然と俯(うつむ)いてしまっていた顔を上げると、教室内の様子がよく判る。ほとんどが仲の良い者数人で集まって談笑している。クラス替えがあったばかりだが、最高学年ともなると知った顔ばかりなので、馴染(なじ)むのも早い。
「――おはよう、タカチホさん」
ちょっとした疎外感を覚えていたツバキに声をかける者がいた。クラス委員長のスミレ・ヒノカゲだ。ツバキも小柄な方だが、彼女は更に小さい。ランドセルを背負った姿は、まさに小学生である。
「おはようございます。ヒノカゲさんを見ると、なんだか安心します」
ツバキは〈機獣少女〉としては有名な方で、彼女自身の大人びた雰囲気もあり、同級生からはやや遠慮されている節がある。対等に接してくれるのはスミレくらいだ。
「前にもそんなこと言ってたわね……いいけど」
平静を装おうとしているようだが、口元が緩(ゆる)んでしまっている。ツバキの言葉が照れ臭かったのだろう。スミレ本人は厳格なクラス委員長を気取っているようだが、彼女はとても素直な性格で、感情が表情に出やすい。それもツバキには微笑(ほほえ)ましく感じられる。
「それより! どうなの、噂の新人は? 大人しくしてるの?」
「あー、一応は……といった感じです」
ホームルームが始まるまでの僅(わず)かな時間、ツバキはスミレと雑談に花を咲かせた。学校で友人と過ごす間くらいは、使命の事は忘れても許されるだろうから。
● ● ●
〈L.C.ファクトリー〉。
それはロゼット・コダールが代表を務める、〈機獣少女〉の使うMBデバイスの研究・開発を行う企業である。
「シオリは連休の予定あるの?」
件(くだん)のロゼット・コダールが、思いついたように言った。
長い金髪(ブロンド)の美女である。大学生くらいの容姿だが、こう見えて今年で三十三歳になるというから驚きだ。本名はアリーシャ・グレイシアだが、当代の『ロゼット・コダール』を襲名してからは、本人ですら自分の名前がどちらか判らなくなる時がある。
「特には。出かけても疲れるだけですし。家でダラダラ、彼と過ごします」
「そっかー」
シオリ・ユウキの返事に相槌(あいづち)を打ちつつ、彼女が淹(い)れてくれたコーヒーで喉(のど)を潤(うるお)す。シオリは所員としてはまだ新人だが、だからといってお茶汲(く)みを義務付けられている訳ではない。趣味であるらしく、実際、彼女の淹れたコーヒーは所内でも評判がいい。
「……ねえ。今、『彼』って言った?」
温かい飲み物で心を落ち着け、シオリの言葉に聞き間違いがなかった事は確認した。若いとはいえ二十代、恋人がいて同棲していようが批難される謂(いわ)れはない。職場ではロゼットにも物怖(ものお)じしない有能な部下だが、プライベートではアップに纏(まと)めた長い茶色の髪を下ろし、甘えた声を出したりしているのかもしれない。まったく想像がつかないが。
「はい。今月から一緒に暮らしてます」
「そ、そうなんだ。へえ……」
恥ずかしげもなく、後ろめたい様子もなく、はっきりと明言したシオリに、ロゼットは動揺が抑えられない。どこかでシオリは自分と同じだと思っていた。仕事に生き甲斐を見出し、それ以外の事にはあまり関心がない類(たぐい)の人種だと。それが違っていた。なにより、彼女に対して敗北感のようなものを覚えている自分にショックを受けていた。
「写真ありますけど、見ますか?」
シオリが携帯電話を操作し、画像を表示させる。見せる気満々だ。
「や、やだなぁ。見せつけようっていうの? しょうがないから、そんなに言うなら見せてもらおうかなー……」
見たら負けだと、更なる敗北感に打ちひしがれるだけだと、判っているが好奇心には抗(あらが)えない。なにせシオリの相手だ、想像がつかなすぎて気になる。
「あ、ならいいです」
「嘘、ごめん、見たいです」
躊躇(ちゅうちょ)なく携帯電話を仕舞おうとするシオリに対し、思わず敬語になってしまっていた。
「どうぞ。これが直近の写真です」
表示された画像にはシオリの部屋らしき場所が写っており、『彼』との仲睦(むつ)まじい様子が赤裸々になっていた。ロゼットのイメージ通りというか、主導権はシオリにあり、『彼』の方が甘えているようだ。
「…………」
「可愛いでしょう? 来たばかりの頃はもっと小さかったんですよ」
画像が切り替わると、数日でこんなに成長するものかと驚くくらい、『彼』こと小さな子犬が写っていた。
「うん、そうだよね。あはははは……」
「なんですか、その乾いた笑いは。親戚のペットが子供を産んだので、里親を押し付けられたんです」
「だけど、今じゃ可愛くて仕方ないと」
「否定はしません」
わざわざ写真を見せようとしたくらいだ、飄々(ひょうひょう)とした表情は変わらないが、シオリも満更ではないのだろう。
「可愛いといえば、主任が気にかけている子達が、今日は演習場を使っていますよ。連休前の訓練でしょうか」
「ツバキ達? ああ、もう学校終わった時間か」
すっかり日が長くなり、時間が経つのが遅く感じる季節だ。
「あとで様子見に行こうかな」
「お母さんみたいな顔になっていますよ」
「……そろそろ年齢的に笑えなくなってきたよ」
「……発言に気を付けます」
「冗談だから! 別に気にしてないし! 本当だからね……!?」
珍しくシオリがばつの悪そうな顔をしたため、彼女に対するフォローと、自分に言い聞かせる意味も込めて、ロゼットは高らかに言った。
● ● ●
〈L.C.ファクトリー〉が所有する演習場。
サッカーの試合が可能なほど広大な敷地の一画で、二人の〈機獣少女〉が模擬線を行っていた。
一人はツバキ・タカチホ。赤を基調とした和装のMBジャケットを纏(まと)い、薙刀(なぎなた)を得物(えもの)としている。
それに対するはキリエ・ソウマ。白銀を基調としたドレスアーマー風のMBジャケットに、自身の身の丈ほどもある馬上槍(ランス)を携(たずさ)えている。
一見すると、キリエの猛攻にツバキが防戦一方に見えるが、観戦している別の〈機獣少女〉達の印象は違っていた。
「今日も安定のタカチホさんですね。〈グングニル〉さんを完全にあしらってます」
「本当に学習しないわね、パイセン。ある意味、すごいわ」
モカ・カワイとリツ・ミナト。
二人が言うように、攻めているのはキリエなのだが、ツバキは攻撃のすべてを捌(さば)いており、一度もダメージを受けていない。
「でも、今日のタカチホさん、なんだか変じゃないですか? 心ここにあらずというか……」
「そうね。機械的というか、考え事しながら全自動(オート)で戦ってるように見えるわ。だとしたら本当にすごいけど、まさかね」
二人の観戦者が見守る中、ほどなくして勝敗は決した。キリエの猛攻を捌き続け、見事なまでのカウンターを決めたツバキの完勝である。モカとリツの予想通りに。
● ● ●
模擬線を終え、MBジャケットを解除したキリエは、『大』の字になって地面と一体化していた。やや息を荒げているが、疲れているというより悔しさが勝っているように、彼女を見下ろすツバキには感じられる。
「うー……あーもう! あんた、どんどん戦い方がいやらしくなってるわね!?」
上半身を起こし、指を突き付けて言うキリエに、苦笑で応える。経験上、正論で返しても彼女の機嫌は悪くなるばかりだ。
「そんな風にネチネチと――っふご!?」
「技巧的(テクニカル)って言いなさいよ。だいたい、小学生相手に小学生みたいなイチャモンつけて、パイセン、高校生として恥ずかしくないわけ?」
キリエの口をタオルで塞(ふさ)いだのはリツだった。年齢・経歴(キャリア)共に彼女の方が後輩ではあるが、明らかにその態度は慇懃(いんぎん)無礼である。
「誰が小学生みたいよ! じゃあ、あんたは〈難攻不落〉なんて呼ばれてるそいつを普通の小学生と思えるの!?」
「そいつとか言わない。確かにタカチホさんは色々と小学生離れしてるけど、パイセンよりは、よっぽど可愛げがあるわよ」
矢面(やおもて)に立ってくれたリツと目が合うと、気恥ずかしそうに、すっと視線を逸(そ)らされた。クールなように見えて、意外とシャイなところが彼女にはある。
(ミナトさんは、やっぱりカナコさんに似ている。クールで、意外と面倒見が良くて……シャイなところは違うけど)
カナコ・T・シングウジ。
地球からの転移者だった彼女は、ツバキにとって実の姉のような存在だったが、世界改編によって在(あ)るべき場所へと帰っていった。現在の彼女は地球人の橘(たちばな)カナコであり、ツバキとは出会ってすらいない。
「おつかれさまでした、タカチホさん。これ、使ってください!」
つい物思いに耽(ふけ)ってしまっていると、脇(わき)から声をかけられた。リツと模擬戦を観戦していたモカだ。春から進学して中学生になったが、元々の幼い雰囲気もあり、未だに年上という感じがしない。
「ありがとうございます、カワイさん」
「えへへ……」
タオルを受け取ると、モカは照れ臭そうに笑顔を返してくれた。彼女との初対面は世界改変の前――〈プレケース〉襲来の時だった。改変後の世界でも縁があり、今もこうして懐かれている。繰り返すがツバキより年上である。
「あんたにも、あの十分の一でも可愛げがあればね」
「パイセン、私に可愛げなんて求めてたの? ……え? マジで? うーわ、きっつ。きっしょ。きっも。ないわー。マジないわー。正直、引くわー……」
「求めてないわよ! そこまで言わなくてもいいじゃない!? 腹立つわね、死ねばいいのに……!!」
ツバキとモカのやり取りを見ていたキリエが嫌味を言うが、リツにかかれば数倍になって罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)が返ってくる。判っているはずなのに学習しないのがキリエという少女だった。
「リツ先輩、〈グングニル〉さんをいじめちゃ駄目ですよ」
「モカ、これが高校生のコミュニケーションの取り方なのよ」
「そうだったんですか!?」
「そんなわけないでしょ!? 後輩に嘘教(おし)えてんじゃないわよ!」
「モカは私の言う事だけ信じていればいいのよ」
「ど、どうしましょう、タカチホさん!?」
「あはは……」
この四人が共に訓練をしているのには理由がある――事務所の移籍だ。
リツとモカが所属していた〈87プロデュース〉の社長が不祥事を起こし、引き継ぐ者もおらず倒産し、ツバキのいる〈オフィス・タカマガハラ〉へと移った。
この事件をきっかけに〈機獣少女〉界隈(かいわい)への当たりが強くなり、以前から素行に問題のあったキリエは登録抹消――解雇(クビ)となり、最終的に〈オフィス・タカマガハラ〉が受け入れ先となった。
そう。今や三人は事務所的にはツバキの後輩という立場なのだ。ちなみにリツとモカは元日、キリエは四月からの所属なので、事務所的にはキリエがもっとも下(した)っ端(ぱ)という事になる。
「そうだ、ソウマさん。SNS、やってませんよね?」
ソーシャル・ネットワーク・システム――ネットワーク上で個人でも発信可能な交流手段の総称である。キリエが元の事務所を追われた原因であり、〈オフィス・タカマガハラ〉に所属する際の条件に『SNS禁止令』が彼女には出されている。
「やってないわよ! ここ追い出されたら行くとこないし――」
「パイセンの炎上なんて、以前は名物みたいなものだったのに、世知辛くなったわよね」
「あんたんとこの元社長のせいでしょ!」
「知らないわよ。私達だって被害者なんですけど?」
「やめましょうよ! 今は同じ事務所の仲間じゃないですか……タカチホさ~ん」
普段とは少し違う険悪な空気を察し、モカが救いの手を求めた。
「はい。私はこうして皆さんと一緒に訓練出来(でき)て、とても嬉しいです」
カナコがいなくなり、その友人だったミズキも現役でない今、ツバキには親しい同僚がいない。〈オフィス・タカマガハラ〉に所属しているのは、『あくまで〈機獣少女〉は仕事』と割り切っている者がほとんどで、アイドルのような活動もしていない。普通の日常を送るため、業務上必要な最低限の交流しか事務所内のメンバー同士にはないのだ。
「……ですって、パイセン。このくらいにしておきましょう」
「……まあいいわ。ここは事務所の先輩の顔を立ててやるわよ」
ツバキの心情を察したのか、リツはともかく、キリエもクールダウンしてくれていた。
「あ、じゃあ私も先輩よね。飲み物買ってきて。ほら、ダッシュ」
「ふざけんじゃないわよ! たかが三ヶ月でしょ!」
「〈グングニル〉さん、私はココアで」
「――!? せ、せめて金は出しなさいよ……!?」
モカの初めてとも思える珍しい悪ノリに、ツバキも乗るべきかと悩んでいると――
(……なんだろう、この胸騒ぎみたいな感覚――)
そう思った直後、四人の前に巨大な物体が出現していた。
唐突に。最初から其処(そこ)にいたかのように。それは悠然と佇(たたず)んでいた。
…………。
理解が追い付かない状況に、誰もが言葉を失っていた。何時(いつ)の間に? 何処(どこ)から現れた? 絶句してしまい、それすら言葉にならなかった。
――グゥルルルルルルルルルルル……。
低い唸(うな)り声。
それは四足獣の姿を持ち、その全身は機械で構成されているように見える。
「…………機獣――?」
「はあ!? そんなの、とっくの昔にコアを抜かれて処分されてるはずでしょ!?」
リツの半信半疑といった言葉にキリエが反論する。
どちらの気持ちも判る。まともに義務教育を受けていれば、少なくとも東方大陸の人間ならば知っている知識だ。機獣という存在も、その顛末(てんまつ)も。
(まさか、転移してきた……?)
この場で唯一、ツバキだけがその可能性に至っていた。
● ● ●
「レーダーには引っかからなかったんだね?」
「はい。数分前に突然現(あらわ)れました」
オフィスにいたロゼットが正体不明物体(アンノウン)出現の連絡を受け、演習施設の管制室に到着した直後のやり取りだ。
〈L.C.ファクトリー〉はその業務上、侵入者対策が徹底してある。高精度の警戒網が、あのサイズの移動物体を見逃すはずがない。事実、現在は捕捉出来(でき)ている。つまり、なんらかの未知の隠密(ステルス)技術を有しており、それを解除したのでなければ、本当に突然現れた事になる。
(空間跳躍(ワープ)なんて馬鹿な話はない。なら、これがツバキの言っていた『転移現象』?)
ロゼットを含めた限られた人間にしか知らされていない、ツバキが体験したという『転移』と呼ばれる現象。ゼヘナに戻ってきた際、彼女が連れていた二人の少女が、その実在を証明してみせたのは記憶に新しい。
(だとすると、あの機獣らしきものはゼヘナの外から来た? つまり、ゼヘナ以外にも機獣が存在する? いや、というよりも――)
ロゼットの思考が加速する。機獣と思しき正体不明物体(アンノウン)を見ている、妙に胸がざわつくのだ。作ってもいない自分の作品を、目の前に置かれたような感覚……。
「……主任、変な質問をしてもいいですか?」
一緒に管制室に来たシオリが、モニターに映る正体不明物体(アンノウン)を見つめたまま、神妙な表情で言った。
「……いいよ」
「あれ、主任が造ったんじゃないですよね」
現在のゼヘナに、少なくとも東方大陸に、秘密裏に機獣を建造する施設も技術もない。〈L.C.ファクトリー〉ですら不可能だ。そんな事をシオリが知らないはずもない。
「そう思うよね……」
そう。正体不明物体(アンノウン)のデザインの端々(はしばし)に、ロゼットの手掛けてきた作品に通じる『特色(カラー)』や『主義(イズム)』、いっそ『思想(イデオロギー)』と呼ぶべきものが感じられるのだ。
「でも、断じて私は造ってない」
「ですよね。さすがにそこまで(・・・・)じゃないですよね」
そこまでとはどういう意味か。本当に造って驚かせてやろうかと、ロゼットが半ば本気で考えていると、モニターの向こうの正体不明物体(アンノウン)が咆哮を上げた。
その獅子(しし)の如(ごと)き雄叫びは、外見通りのライオンそのものだった。
● ● ●
咆哮は戦闘開始の鐘(ゴング)だった。
機獣らしきライオンの姿をした正体不明物体(アンノウン)は、野生の獣さながらの動きで駆け出すと、キリエ達に向かってきた。
「――〈拘束(リストレイン)〉!」
キリエは本能的に起動言語(スターティング・ヴォイス)を唱え、MBジャケットを展開する。さすがというべきか、ツバキもすでに戦闘準備を終え、判断が遅れたリツとモカにMBジャケット展開の指示を出している。
「っち!」
ここは自分が行くしかない――身の丈ほどもある馬上槍(ランス)を正面に構え、突進してくる機獣に真っ向から立ち向かう。
「〈オーディン〉!」
『――了解(ヤー)。突撃形態(シュトゥルム・フォーム)』
キリエのMBデバイス〈オーディン〉が、その円錐状の穂先から機力(きりょく)の力場を生成し、彼女自身を巨大な馬上槍(ランス)に変える。そのサイズと突進力は、人間とはスケールが違うライオン型の機獣の足を止める事に成功していた。
「こんのぉぉぉぉぉぉ……ッ!」
見れば、ライオン型の機獣は巨大なブレードを展開し、キリエと鍔迫(つばぜ)り合いのような状態になっている。彼女は突進力が自慢の力押しタイプ(パワーファイター)だが、相手は全高約九メートルの鋼の獣。総エネルギーが違いすぎる。拮抗状態がそう長く続くはずもないのは、キリエも感付いていた。
そこへ――
「――っ!」
「はあああああああああああああ……っ!」
キリエの左右を抜け、ライオン型の機獣へ迫る者がいた。同じ意匠(デザイン)のチャイナ服を纏(まと)い、片や槍(スピア)、片や槌矛(メイス)を掲げ、両サイドから同じタイミングで得物(えもの)を振るう。
リツとモカだ。
二人は〈機獣少女〉としての実力は至って平凡だが、コンビネーションには目を見張るものがある。絶対に口にはしないが、それはキリエも認めていた。
『――ソウマさん、一度後退してください!』
「!」
MBデバイスを介した通信。声はツバキだった。
指示に従うのは癪(しゃく)だったが、限界が近かった事もあり、リツとモカにバトンタッチする形でキリエは後退した。
ポジションを入れ替わった直後、リツは槍(スピア)の特性を活かした連撃を繰り返し、モカは凶器にしか見えない槌矛(メイス)を叩きつける。ライオン型の機獣は、左右の腰から生成されているらしい光るブレードを巧(たく)みに操り、二人の左右からの攻撃に対応していた。
『――スリー・カウントで撃ちます。タイミングを合わせて、射線上からの退避を!』
再びツバキからの通信。リツとモカにも同様の内容が届いているのだろう。
『3(スリー)、2(ツー)――』
カウントダウンが始まった。慌ててツバキの位置を探すキリエ。
「――ちょ……」
見つけた。キリエを挟んでライオン型の機獣と直線で結べる位置。
つまり此処(ここ)は――ツバキの射線上。
『1(ワン)。撃ちます!』
宣言通り、ツバキの砲撃が開始された。慌てて射線上を逃れると、リツとモカも離脱するのが視界の端に見えた。着弾と同時にライオン型の機獣は光と轟音に呑まれ、後には爆煙が立ち込めている。
「終わったの……?」
「判りません」
思わず呟(つぶや)いただけだったので、返事が、しかも肉声で返ってきた事に内心で驚く。ツバキはすぐ隣に来ていたが、着弾地点を警戒しており、キリエの動揺に気付いた様子はない。
(……こいつ、本当に小学なのよね?)
ツバキの横顔は冷静沈着な兵士のようで、いつも以上に小学生とは思えなかった。
加えて、気になる事もある。
「なによ、さっきの攻撃……格好も変わってるし」
ツバキの武器が変化していた。模擬線をしていた時は普段と同じ薙刀(なぎなた)だったが、今は弓のような形状になっており、MBジャケットも袴(はかま)姿となっている。
「これは〈ブラスター・フォーム〉といって、詳細はちょっと……」
『――所謂(いわゆる)、こんな時のための秘密兵器というやつだ。テスト段階の企業機密故(ゆえ)、詮索(せんさく)はするな』
ツバキに代わって答えた機械音声(マシン・ヴォイス)は、彼女のMBデバイス〈カグツチ〉のものだ。会話に割り込んでくる事は稀(まれ)で、キリエもほとんど話した事はない。
「秘密兵器!? なにそれカッコイイじゃない! 詳しく教えなさいよ……!」
〈カグツチ〉の素性はいい。人工知能とかいうやつだろう。それよりもキリエの関心は『秘密兵器』の方だった。なんとも心踊るフレーズではないか。
詮索するなと言われて引き下がるキリエではない。食い下がろうとツバキに詰め寄ると、そこへリツとモカも集まってきた。
「――〈グングニル〉さんっ!」
「え!? ちょ、ちょっとなによ!?」
駆け寄ってきたモカの勢いと距離感に気圧(けお)される。
「さっきの〈グングニル〉さん、格好良かったです! 何も言わずに飛び出して、私達を庇(かば)ってくれたんですよね!?」
「……へ?」
モカの純粋で、これまで向けられた事のなかった尊敬の眼差(まなざ)しに、キリエは呆気(あっけ)にとられていた。
「珍しく……いえ、初めて先輩らしかったわ。少しくらいなら見直してあげてもいいかもね」
「え? え……?」
キリエに対しては常に慇懃(いんぎん)無礼だったリツの言葉からも、そこはかとなく敬意が感じられる。
後輩達からの慣れない対応に、どうしていいか判らずツバキの方を見ると、彼女からも普段の苦笑とは違う、穏やかな笑みを向けられた。
「…………」
なんだろう。とてもむず痒(がゆ)い。
だが、悪くない気分だった。
しかし――
「……まだ終わりではないようです」
緊張をはらんだツバキの声に嫌な予感を覚え、キリエも彼女の視線の先を追う。煙が完全に晴れた其処(そこ)には、黄色く光る障壁を張り巡らせ、屹立(きつりつ)する無傷の獅子の姿があった。
● ● ●
四人の〈機獣少女〉とライオン型の機獣の戦闘が再開された。
管制室から演習場の様子を見守っていたロゼットの判断は『様子見』だった。
「救援要請は必要ないと?」
「うん。恐らくだけど、正体不明機(アンノウン)に害意はないと思う」
根拠を訊(たず)ねるシオリに、ロゼットはライオン型の機獣の静止画像を指して答える。
「腹部の飛び道具らしきもの、一度も撃ってこないでしょ?」
「確かに……」
「爪(ツメ)とブレード、あれにも何か機能があるはずなんだけど、発動させる気配がない」
「機能があるという根拠は?」
ロゼットほどの技術者となれば、見ただけで判ってしまうものなのだろうか。
「――私なら機能を持たせるね!」
「…………なるほど」
まったくもって論理的ではないが、これほど説得力のある答えもない。ライオン型の機獣を造ったのが誰かは知る由(よし)もないが、間違いなくロゼットのような人間だろう。であれば、ロゼットの推測は当たっている。自分ならどうするか考えだけでいい。
「爪と牙(キバ)にはレーザーかな。背中にあるのはジェネレーターとコンデンサーのはずだから、それを併用すればブレードは――」
ぶつぶつと機能の推測を始めたロゼットを尻目に、シオリは改めてライオン型の機獣を観察する。
むき出しの黒い基本構造(フレーム)。白い装甲(アーマー)は最小限で、部分的に青で塗られている。デザインだけでなく色使いも、兵器と呼ぶには似つかわしくないほど洗練されている。
(まるで『青空』のような……)
シオリも技術者だ。優れた作品は見れば判る。兵器という分類上、それが不謹慎だとは承知の上で、もし自分が機獣の開発に関われたならと夢想してしまう。それだけの魅力がライオン型の機獣にはあった。
「――よし。とりあえず、あの正体不明機(アンノウン)は〈ライガー〉と呼ぼう。ライオン型の機獣の総称だったらしいからね」
機能の推測が終わったらしいロゼットが、唐突にそう言った。やはり天才の突飛な思考は凡人には理解しがたいものがある。名前はあった方が便利だが、この状況で気にする事ではないとシオリは思った。
「アニス」
「うむ。我の出番はないと思うがな」
何時(いつ)からいたのか、ロゼットの隣にスーツの女性が立っていた。長い黒髪と紫眼(しがん)。幼くも老齢にも感じられるのは、彼女の纏(まと)っている独特の雰囲気によるものだろう。人ならざる者といってもいい。
だが、間違いなく言えるのは――悪い存在(モノ)ではない。
それは〈L.C.ファクトリー〉内での共通認識でもある。
アニスが言うのであれば、本当に彼女の出番はないのだろう。
● ● ●
〈ライガーゼロ アイレ〉。
それが正体不明機(アンノウン)――ライオン型の機獣の名前だった。
ゾイドと呼ばれる金属生命体の中で、『最強』ではないが『最優』と呼べるのがライガー・タイプである。性能と扱いやすさのバランスを高いレベルで実現し、汎用性にも優れている。〈ライガーゼロ アイレ〉はその特長は残したまま、より格闘戦に特化した機体だった。
「――嬉しそうね」
操縦席(コクピット)に座る白い髪の少女が、我が事のように呟(つぶや)く。
この惑星に来てから相棒(パートナー)の調子が良い。まるで住み慣れた故郷に戻ってきたようにすら感じる。
機体(からだ)が軽い。つい全力を出してしまいたくなる。
この操縦席(コクピット)に座っていると――〈ライガーゼロ アイレ〉と繋がっていると、つい引っ張られてしまいそうになる。出来るだけ自由にさせてやりたいが、乗り手として手綱(たづな)はしっかり握っていなければならない。
とはいえ、やはり普段と違う風景が見えるのは気分が高揚する。初めて見る場所であれば尚更(なおさら)だ。本来であれば一生、見る事は叶わなかっただろう様々な景色。それを見られる喜びを味わう度(たび)、〈ライガーゼロ アイレ〉と出(で)逢(あ)えた事を奇跡に思う。
アリア=ローは盲目だった。
生まれつき視力がなく、しかし〈ライガーゼロ アイレ〉と深くシンクロする事で、その感覚を共有する事が出来た。視覚もそのひとつだ。
「あの子達も、ゾイドの力を使っているようね」
戦場には似つかわしくない煌(きら)びやかな衣装を着た、これまた戦場には似つかわしくない年齢の少女達。彼女等の使っている装備を指してアリアは言った。
(あれが例の子ね……)
四人のうち、赤い衣装を着た黒髪の少女を注視する。
「そろそろ目的に移りましょう。くれぐれもやりすぎないようにね、〈アイレ〉」
アリアの声に相棒(パートナー)は咆哮で応えると、操縦席(コクピット)の出入口(ハッチ)を開放した。
視界から景色が消えていく――だが、これが彼女の領域だ。
● ● ●
突如(とつじょ)、ライオン型の機獣――〈ライガー〉と呼ぶ事に決まったらしい――の頭部が開き、中から人間が飛び出してきた。機獣とは人間が搭乗するものらしいが、改変前の記憶を持つツバキですら、やはりその事実を目(ま)の当たりにすると驚いてしまうのだから、他の三人の反応は推して知るべしだ。
「――っ!」
「不躾(ぶしつけ)ではありますが――推(お)して参ります」
飛び出してきた人物――白い髪の少女がカタナを横一文字に構え、ツバキに向かい突進してきた。キリエのドレスアーマーに通じるファンタジー系の衣装だが、動きやすさを優先した、和風の意匠を感じる。〈ライガー〉と共通の白と青は青空のようで、こんな状況でなければ見惚(みと)れていたかもしれない。
咄嗟(とっさ)に〈カグツチ〉で受けるが、勢いを殺せず後方に押し込まれていく。景色が急速に前方に流れていくのを見ながら、キリエ達と分断されているのに気付く。
「重ねて申し訳ないのですが、このまま私にお付き合い願えませんか?」
戦闘中とは思えないほど落ち着いた物腰の少女に、敵意はまるで感じられない。突然現(あらわ)れて機獣で攻撃してきたが、それには何か目的があるのだろう。
「……判りました」
ツバキの返答に、少女が満足そうに頷(うなづ)く。下手に相手を刺激するより、話す余地があるのであれば、まずは話し合うべきだろう。
少女の勢いが止まると、ツバキは警戒を維持したまま、相手の言葉を待った。数百メートルは離されたらしく、〈ライガー〉に阻(はば)まれている三人の姿が遠い。
「彼女等に危害は加えませんので、ご安心ください」
「!」
視線の動きを読まれたと思った直後、少女に対して感じていた違和感の正体に気付いた。彼女は目が見えていない。ずっと瞼(まぶた)は閉じられたままだが、これまでの動きを盲目の人間が行っていたと誰が思うだろうか。
「ご挨拶が遅れました。アリア=ローと申します」
「……ツバキ・タカチホです」
「警戒するなというのは無理かもしれませんが、私にも〈アイレ〉にも敵意はありません。用件さえ済めば、すぐにお暇(いとま)させていただきます」
〈アイレ〉というのは、あの〈ライガー〉の事だろう。攻撃は受けたが、確かにどちらからも敵意は感じなかった。無論、敵意がなければいいというものではないが……。
「用件というのは?」
「話が早くて助かります。貴女(あなた)は年齢よりもずっと聡明な方(かた)のようですね」
アリアの穏やかな表情と物腰には嫌味がなく、ツバキに対する純粋な敬意が感じられる。
「――貴女には使命がありますね?」
「……!?」
アリアの言葉に、心臓を鷲掴(わしづか)みされたようだった。
「しかし、未(いま)だ果たされていない」
「…………」
アリアの言う使命とは、〈ジェネレーター〉に組み込まれているコアの解放の件だろう。ロゼットを始め、一握りだが知っている者はいる。だがそれを彼女が何故(なぜ)?
「本当に果たすつもりがあるのか――ツバキ・タカチホさん、私はその確認のために来ました」
アリアの言葉は穏やかで、脅(おど)すような意味合い(ニュアンス)は微塵も感じられない。それなのに、閉じられた瞼の奥の瞳にすべてを見透かされているようで、ツバキは断罪されているような気分だった。
● ● ●
「〈難攻不落〉!?」
分断されてしまったツバキの元へ向かおうとするキリエに、〈ライガー〉が立ちはだかる。主(あるじ)――実際の関係性は不明だが――の邪魔はさせないといったところか。
「――邪魔よ!」
重量級の馬上槍(ランス)を掲げ、吶喊(とっかん)する――直前に、穂先を〈ライガー〉の前足で払われた。放物線を描き飛んでいく〈オーディン〉を、キリエは絶句して見送るしかない。
「…………」
得物(えもの)を失ったキリエが棒立ちで固まる。正面を向くと、巨大な鋼鉄の獅子(しし)と目が合った。表情などないはずの〈ライガー〉の目(カメラ・アイ)が、にやと嗤(わら)った気がした。
「〈グングニル〉さん!?」
「……あー、あれは大丈夫でしょ」
キリエを救助しようとしたモカを、リツが押しとどめた。
「なんで止めるんですか!? 早く助けないと……っ」
「よく見て。助ける必要、ある?」
「え……?」
モカが冷静に状況を観察すると、キリエは涙目で悲鳴を上げているのだが、〈ライガー〉に攻撃されている訳ではなかった。
その光景はまるで――
「猫に弄(もてあそ)ばれてる玩具(おもちゃ)の鼠(ねずみ)みたいね」
リツの言う通り、モカにも〈ライガー〉がじゃれて(・・・・)いるだけの巨大な猫に見えてきた。
「ちょっと可愛い……かも」
「でしょ?」
「あんた達! 見てないで助けな――にゃああああああああああああああ……っ!?」
演習場にキリエの悲鳴が高らかに響いた。
● ● ●
見様(みよう)によっては、ほのぼのとした光景が繰り広げられている演習場の一方で、ツバキはアリアと殺伐(さつばつ)とした一騎打ちを繰り広げていた。
使命を果たすつもりがあるのか――その覚悟を見定めるための戦いだとアリアは言い、ツバキもそれを了承した。アリアが何者なのかは不明なままだが、彼女に認められる事で、前進しない現状が変わるかもしれないと思ったのだ。
「――っ!」
「っく……!」
アリアの振るう大太刀(おおたち)を捌(さば)き、カウンターの一撃を放つ――が、ツバキの円舞のような薙(な)ぎ払いは、大きく後方に跳んで躱(かわ)された。
当初、ツバキがカタナだと思っていたものは大太刀(おおたち)だった。冷静に観察するまでもない。その長さは一目瞭然だ。だからこそ懐(ふところ)に飛び込んでみたのだが、もう同じ手は通用しないだろう。
「もう対応してきますか」
アリアの声には驚きと賞賛が込められていた。
数回打(う)ちあっただけだが、大太刀の間合いはかなり掴(つか)めた。だから勝てるというものでもないが。
「――顕われよ(エグゼキュート)」
「…………っ!?」
呟(つぶや)くような声音だったが、強化された〈機獣少女〉の聴覚は捉(とら)えていた。
(ファフロウ姉妹が唱えていたのと同じ呪文……)
聞き間違いではない。だとすると、アリアはファフロウ姉妹と同じ存在――〈エグゼキューター〉なのだろうか。だとしても、ツバキはその名前くらいで、彼女等が何者なのかは最後まで知らないままだった。世界改編後に共に地球に行き、ツバキをゼヘナに連れ帰ると、そこで別れたきりだ。
「次はこちらです」
アリアの手元に直径三十センチほどの『円』――いや、『穴』が出来ていた。そこに大太刀を仕舞うと、代わりに青い鞘(さや)に収まった剣が出現した。
(ベアトリーチェさんも同じように武器を収納していた……)
抜刀されて、それが太刀(たち)だと判る。先の大太刀より当然短(みじか)いが、幅が広く、取り回しは良さそうだ。
「参ります――」
「っ」
律儀(りちぎ)に宣言してからの攻撃だが、試合用のそれではなく、完全に殺(と)りにきていた。一瞬で間合いに踏み込み、両手で振り下ろすような唐竹割り。それをツバキは半身を引いて凌(しの)いだ。
「…………」
ギロチンのように、すぐ真横を刃物が通過する恐怖を感じた。攻撃の合図がなければ、ツバキの身体(からだ)が左右に別れていたかもしれない。
「お見事です」
すぐさま安全圏に離脱していたアリアが、再び『穴』に太刀を納刀して放り込むと、今度は二本の剣が握られていた。どちらもレイピアに似た細身剣(スリムソード)である。
「これは凌(しの)げますか」
左右の剣が交互に、時に同時に振り下ろされる。それだけではない。横薙(な)ぎ、掬(すく)い上げ、そして突き。上下左右から変幻自在の連撃に翻弄(ほんろう)され、対処がだんだんと追い付かなくなっていく。
(だったら――)
今度はツバキが大きく後方に跳んだ。そのまま後退しつつ、常にスリムソードの間合いの外(アウトレンジ)から狙い撃ちする。今の〈カグツチ〉には、機力(きりょく)を弾丸の形に生成し、撃ち出す機能がある。卑怯な気もするが、これは剣術の試合ではない。
すると早々に二本のスリムソードを納刀し、また別の得物(えもの)に持ち替えるアリア。新たに出現したのも剣だ。黒い鞘(さや)を左手で腰の位置に下げ、右手で柄(え)を握り、納刀したまま姿勢を低く構える。
(抜刀術の構え……!)
かつて、カナコに見せてもらった事がある。相手の懐(ふところ)に飛び込み、最速の一撃を叩き込む。それはカタナを使った剣術の到達点のひとつだ。
先の太刀(たち)による踏み込みは躱(かわ)すのでやっとだった。
(あの速さを超えるとしたら……)
ツバキの決断は早かった。迷っている余裕などなかったから。
● ● ●
鞘に納めたままのカタナを構え、アリアは心を研ぎ澄ます。剣(ソード)もいいが、やはり刃物は刀(ブレイド)の方が手に馴染(なじ)む。
「――――」
アリアは生まれつき盲目だったが、それを補って余りある感覚能力があった。幼少期からの訓練もあり、物心がつく頃には、不自由なく日常生活を送れるようになっていた。
彼女が普通の人間であれば、それでよかった。
しかし彼女は〈エグゼキューター〉である。戦う力がなければ存在する意味がない。
そこでアリアが取り入れたのが武術だった。技術ではなく考え方、要は思想や哲学に近い。精神論ととられるかもしれないが、それは違う。抽象的な表現が多く、理解しづらいので仕方がなくはあるのだが……。
「――?」
『水面』が揺らいだ。
アリアを盲目でありながら達人足(た)らしめているのは、超人的な感覚能力によるものだけではない。彼女が会得した〈水の心〉は、自分の心に『水』を映し出す。水は状況によって形を変える。変化する事であらゆる状況に対応する。その動きで周囲の状況や相手の感情を読み取る事も可能となる。
アリアの心の『水面』を揺らすほど、対峙しているツバキの感情が動いたという事だ。なにか決意したのかもしれない。
(自棄(やけ)になったわけではないようですね)
〈ライガーゼロ アイレ〉と共に戦っていた時から感じていた。ツバキの戦闘スタイルは自分に近い。相手や状況を分析し、最適な対処をする、カウンター・タイプだ。だからこそ戦ってみたいと思った。この惑星のゾイドの集合意識に触れ、彼女に接触したが、思わぬ収穫だ。
「――っ!?」
爆音が轟(とどろ)いた。
視覚がない分、他の器官が敏感に反応する。土煙も盛大に上がっているのだろう。埃(ほこり)っぽく、塵(ちり)や空気の動きを感じる。なにかしらの手段で爆発を起こし、発生した情報でアリアの処理能力を削(そ)ぐ算段だ。
(この短時間での分析としては見事ですね)
しかし、アリアの〈水の心〉はそんな単純なものではない。
「――――」
心をコントロールし、余計な情報を排除する。ツバキの位置を補足――
(向かってくる? しかも――速い)
アリアも動く。カウンター狙いだと思ったが、向こうから来るなら迎撃するまでだ。
一瞬で最高速(トップスピード)に到達し、ツバキの懐(ふところ)に飛び込み、抜刀――
「!?」
出来なかった。抜刀する直前、ツバキの得物(えもの)がアリアの握っている柄頭(つかがしら)を押さえたのだ。これではカタナを抜く事が出来ない。抜刀術の対処法は極めてシンプルで、このように抜かせなければいい。無論、それは簡単ではないが。
「なんと」
「…………」
驚嘆の声――彼女にしては――を上げるアリアに対し、ツバキはやや息が上がっている。肉体的な理由より、緊張感によるものだろう。失敗すれば抜刀術の餌食(えじき)だったのだ。
「抜刀術の対処法をご存じとは思いませんでした」
「……以前、カタナを使う知人がいたもので」
今、その知人がどうしているのか少し気になった。ツバキとの関係もだが、それ以上に手合わせしてみたいと思ったのだ。
息を合わせたかのように、二人同時に後方に跳び、距離を取る。やはりツバキとは近しいものを感じずにいられない。
「――顕われよ(エグゼキュート)」
抜刀術に全神経を注ぐため――不発に終わったが――閉じていた〈収納(ストレイジ)〉を開く。鞘(さや)に納めたカタナを収納し、とっておきを取り出す。先に使った〈白夜〉と同じく、蒼(あお)い鞘の太刀(たち)だが、形状も刀身も別物である。
アリアは他にも多くの剣を所持している。他の〈エグゼキューター〉と比べると地味な能力だが、彼女は〈収納(ストレイジ)〉をとても重宝している。
「次はこれで――」
「ストーップ!」
心は平静を保ちつつも、内心で楽しくなっていたアリアの耳に、中断を訴える声が届いた。たしかリツという名前の少女だ。
「もう〈グングニル〉さんが限界です!」
二人目はモカといったか。一人目もだが、だいぶ焦(あせ)っているような声音だ。
意識を向けると、〈ライガーゼロ アイレ〉にじゃれつかれている少女――呼称が統一されていないので覚えていない――がぐったりしていた。見えないため、呼吸や精神状態からの推測だが。
「〈アイレ〉、そのくらいにしておきなさい」
少し強めに叱(しか)ると、相棒(パートナー)は件(くだん)の少女を開放し、その場で待機した。これにはアリアにも責任がある。つい楽しくなって目的を見失っていたかもしれない。
「……ふぅ」
名残惜(なごりお)しいが、出したばかりの太刀を〈収納(ストレイジ)〉に仕舞う。
もう充分だろう。ツバキ・タカチホは使命を投げ出すような人物ではない。戦ってみて、それがよく判った。
● ● ●
リツとモカが駆けつけ、戦闘は中断した。
ツバキの最後の一手の直前の爆発は、不可視の防護膜として展開している機力(きりょく)を外側に爆発させる、反応装甲(リアクティブ・アーマー)という機能だ。本来は近接戦闘時の目(め)晦(くら)ましだが、多少なりとも効果はあったのだろうか。
「…………はぁ――」
まだ心臓が高鳴っている。なんにせよ、抜刀術に対応は出来たのだからよしとしよう。
アリアは出したばかりの剣を早々に仕舞い、すでに戦闘態勢は解かれていた。見定めは済んだという事だろうか。
「心踊る戦いでした。ありがとうございます。そして、お騒がせしてしまった事をお詫(わ)びします」
「あ、いえ……」
アリアの真摯(しんし)な謝罪に、妙に恐縮してしまう。彼女にも事情があったはずなので、誰が悪いという話ではない。
「貴女(あなた)は信用に足る人物であると、ゾイド――機獣の集合意識には報告しておきます」
『集合意識』という言葉で、アリアの大まかな事情を察している自分に冷静に驚くツバキ。それ以上に『ゾイド』という言葉の方が気になっている事もだ。
「私にはこんな事しか言えませんが、使命の重さに潰されないでください。これは貴女一人で抱えるべき問題ではありません」
そう言って、アリアは少し申し訳なさそうに笑った。無責任な事を言っていると、自分でも思っているのだろう。それでも言葉をかけてくれた彼女に、ツバキは感謝した。
「ありがとうございます」
「ごきげんよう。また機会があれば続きをしましょう」
アリアはすぐ隣で待機していた〈ライガー〉の操縦席(コクピット)に乗り込むと、その姿は現れた時と同様、唐突に消えてしまっていた。
「――結局、なんだったのかしらね」
消えた〈ライガー〉とその搭乗者を指して、ツバキに歩み寄りながら、リツはさして興味もなさそうに言った。
「ミナトさん」
「タカチホさん、何か悩んでない? モカがずっと気にしてるわ」
キリエを介抱しているモカの方を眺(なが)めながら、やはり興味はないといった口ぶりだが、そうではないと判る。
「もしかして、今のと関係あるの? ……無理には訊(き)かないけど」
リツはクールに見えるが、少し違う。他人が心配でも、下手に踏み込んで傷付けてしまうのが怖いのだ。だから積極的に他人と関わらない。深入りもしない。
本質的には優しい人なのに。
「……お話、聞いてもらってもいいですか。カワイさんとソウマさんも一緒に」
この半年間で判った事がある。現状のままでは状況は変わらない。
これはこの世界のすべての人間が考えて決めなければならない事だ。〈プレケース〉襲来に端を発する悲劇を、改変後の世界で繰り返してはならない。
だから――
END