今話はやや際どい展開ですが本作はR-18小説ではないのでそういった描写はありません。
「まだ体力も有り余ってるし御行先輩達とどこか出かけようよ!」
伏見光夜の一言。彼のその言葉によってあらゆる計画が失敗に終わった事をかぐやは悟った。「一緒に(誰もいない)夕焼けの外を二人きりで散歩する計画」「二人で外の観光に出かける計画」「二人で──Etc」
少なくとも昼から夕方までにかけてかぐやが立てた計画は水疱に帰した。いつものかぐやであればこの段階で藤原を内心罵倒するところか早坂に愚痴り始めているところだが──かぐやの顔に絶望の色はない。
「楽しかったねかぐ姉!」
「そうね光夜」
「(今日の私は少し違うのですよ)」
今日のためにどれだけかぐやが金銭と時間と労力を費やしたと思っている。これっぽっちの問題、今日のかぐやにとっては想定内。
「(夕方までは皆さんで観光地を巡る、夕食も既に食べてるのでプランCとプランH-2は難しそうですね......。プランS10でいきましょう)」
プラン
かぐやは旅行が決定してから今日まで、ありとあらゆる可能性と展開を予想し数多のモデルルートを作成してきた。その数、実に千に及ぶ。
千に近い手段を用意したところで当日にはその中の一つしか使わない。それ以外の手段は必然的に無駄となる訳だが──
「(千の備えで一使えれば上等です。可能性のあるものは一つ残らず用意しておきます。それが私のやり方です。それに......せっかくの機会です! 無駄にはできません!)」
かぐやの執念は凄まじいものだった。
「夕食も美味しかったですね光夜」
さっきまで白銀達と共に夕食を食べていた。二人の腹はまだ膨れており、光夜は客室備え付けの長椅子に腰掛けて食休みをとっている。かぐやは不自然さを一切出さないようにして光夜の隣に腰掛けた。
「(かぐ姉、ちょっと近くない?)」
普段よりも近い距離にかぐやは腰掛けた。光夜は長椅子の端に座っているためかぐやから距離をとる事はできない。
二人の距離はまさしく、かぐやが攻略を開始した時、光夜がかぐやの真意を図りかねて早坂に助けを求めたあの日と同じかそれ以上に縮まっていた。無論全てかぐやの策略である。
「ちょっと狭いから少し──」
「明日はどうするの光夜? 明日の計画を固めたんでしょ?」
光夜の抗議を遮りかぐやは矢継ぎ早に話題を転換する。現在光夜が見ていた観光雑誌に視点を誘導する。
「光夜は明日の予定、今のところどこに行くつもりなの?」
広げていた観光雑誌をかぐやは光夜の肩口から覗き込むようにして見る。必然的にかぐやと光夜の肩が密着する形となる。
「(ちょっとこれは、流石に姉弟でも距離が近いんじゃ......)」
「ねえかぐ姉、ちょっとこれ近──」
「光夜と旅行するのも初めてですからね。私、今とてもいい気分なんですよ。これが藤原さんが以前言っていた「旅の雰囲気」というものなのでしょうね」
「旅の雰囲気」。それは旅行先にて感じる非日常感。いつもよりテンションは高揚し、日常ではあまり採らない行動もとってしまう非日常イベントの宝庫となる空気感である。
「(かぐ姉も楽しんでくれてるんだ!)」
そしてかぐやが楽しんでいる、という事は恋愛感情抜きにしてもシスコン気味である光夜にとっては喜ぶべき事である。かぐやと密着する事は光夜にとって嫌な事ではない。かぐやの雰囲気を台無しにするほどの優先順位ではないと光夜は判断した。
「(それなら、別にいいのかな)」
光夜はかぐやに対してその距離感について何も言わなくなった。
かぐやは光夜のその様子を見て、光夜から見えないよう右手でガッツポーズをした。
──────
かぐやが予約したこの旅館は全室に源泉掛け流しの露天風呂が併設されている。そしてかぐやと光夜の客室はVIPルームであるため周りに他の客室はなく、人目を全く気にする事もなく絶好のロケーションを独占する事ができる。
「じゃあ光夜。先に入ってきなさい」
二人長椅子の上に並んで談笑を楽しんだ後、かぐやの作戦は次のステップに移行した。
「分かったよかぐ姉」
そしてそんな事など知らない光夜は素直に答えて、浴場に向かった。
「うわぁ、凄いな」
扉を開けると生卵が腐ったような、しかし不快感を感じない硫黄の匂いが鼻腔に広がっていく。
既に日は落ち、月光に照らされた雄大な大自然を背に光夜は身体を洗っていく。そして泡を流してから岩で形作られた湯船に入る。自分が大自然の恵みを一身に受けていると実感する。
客室の光はここまで届いておらず浴場の光源は月光と、事故防止のためか通路には明度を抑えた間接照明が施されている。暗すぎず、そして明るすぎない環境が光夜の心を落ち着かせていた。
「(今日のかぐ姉、何だかいつもとちょっと違ったな)」
かぐやの「異性として見られる事」についてはともかく、「光夜に意識される事」という観点においてかぐやの目的は達成されていた。
光夜とて健全な男子高校生である。姉弟だからという心理的ブレーキこそあるが絶世の美女と称されるかぐやがいつもより近くにいた事で......思うところはあったらしい。
かぐやは同じ部活動に属する藤原の胸部をよく殺意の波動の目で見ていたが──対光夜に限ってはその心配は杞憂であった。
伏見光夜は貧乳好きだったから。──貧乳はステータス──だと本気で思っていたから。
かぐやのお可愛い胸部は光夜にとってはパーフェクトだったのだから。
「(何てね。さっきから変な事考えてる。疲れてるからかな)」
今日は朝が早く、そして前日まで今回の工程の準備をしていた光夜。肉体的にも疲労は溜まっている。
「(違うな。それも勿論あるけど......分かってるんだ。もう猶予なんてない事を)」
数ヶ月前、かぐや達が羞恥淫学園を繰り広げていた時に突然電話で告げられた提案。その期日がもう迫っている事に光夜は精神的な疲労を抱えていた。
「(ダメだダメ。もう決めたんだ。あいつらと戦うんだって。──英気を養うために休まないと)」
改めて肩まで湯に浸かり息を大きく吐く。全身を包み込む暖かさが光夜の疲労を溶かしていく。
「(光夜は入ったようね)」
光夜が浴室に向かって数分。身体を洗い終えて彼が露天の岩風呂に入った音をかぐやは確認した。かぐやはしゅるりと紐を解いて自らの身体を纏っていた布を脱ぎ去っていく。この女、偶然を装って弟の浴室に突入する算段である。
かぐやの目的とはこれまで何度も述べてきたが、光夜に異性として見られる事である。そして異性として見られるためには性の違いを認識させる必要がある。
一緒の風呂に入る事、混浴。そんな事、現在同じ屋根の下で暮らしているといえやったはずもない。
二人が育ったのは「四宮家」である。第二次性徴期を迎える以前でさえ二人仲良く湯に入った事はない。すなわちこれが初めて。
「(流石に、タオルがないと私の方が緊張で固まりそうね)」
そしてこれは仕掛ける側のかぐやにとっても相当な緊張が走る。しかし途中で恥ずかしさのあまり逃げ出すなどしてしまえば全てが水の泡。かぐやはバスタオルを纏ってから浴室に繋がる扉を開いた。
ガチャリと扉が開く音がする。
「え? ガチャリ?」
浴場の暗さのせいでドアの方をはっきりと見る事はできない。ピチャピチャと濡れた地面を歩く足音が数回した後に光夜がようやく見る事ができたのは──月光に照らされたかぐやの姿だった。
「か、かぐ姉!? さっき先に入ってるって言ったじゃん!? まだ入ってるよ!?」
「そういえばそんな事も言っていたわね。ごめんなさい、すっかり忘れてたわ」
嘘である。
「とりあえず! さっさと出るから! かぐ姉は目をつぶって──」
「待って光夜」
慌てて浴場から出ようとする光夜の腕をかぐやは掴んだ。
「まだ湯船に浸かって短いでしょう? せっかくの温泉ですから満足するまで浸かっていなさい」
「いや、でも──」
「何か問題でもありますか光夜? まさか姉弟なのに照れているの? ふふふ、お可愛い事。確かに家じゃあこんな事しないけど──ここは旅先よ?」
言葉のマジック。現在光夜はかぐやによって「旅の雰囲気」と「姉弟だから」という言葉の鎖によって脳を侵食されていた。加えて湯船に浸かっていた事から光夜の理性も普段のように働く事はない。次第に......
「(自分の方がおかしかったのかな?)」
といった錯覚まで引き起こされた。
「私もこれからまた服を着てまた脱ぐという作業は煩雑ですからね。光夜、少し浸かっていなさい」
かぐやは光夜にそう言ってから自らは洗い場に向かう。光夜は未だ状況を完全に把握しているといった様子はなく、姉に言われたようにただ茫然と湯船に浸かっている状態だ。そんな光夜を見てかぐやは満足げにしていた。
「(一体これはどんな状況で......)」
かぐやは身体を洗った後、光夜と同じ湯船に身体を浸からせた。光夜は視線を向ける先に困っているのかかぐやと反対側、入口の反対側の風景を見て自らの動揺を悟らせないようにしている。ただ耳の先まで真っ赤になっており、全く隠せていなかった。
「(光夜が私に照れてる〜〜!!)」
姉弟としては完全にアウトな発言だが、しかしかぐやは光夜のそんな様子に口元を緩ませる。
桶狭間の織田信長が如く、浴室を奇襲したかぐやがこの場の主導権を完全に握っていた。
いつもの光夜であればかぐやが身体を洗っている間に温泉を満喫したなどと理由をつけてこの場から撤退する事もできたが主導権を握られているからかその手段に思考が到達していない。
「さっきからどこ見てるの光夜? ──あら、綺麗ね」
光夜がかぐやの反対側の方向を見ている理由をかぐやは知っているのだが敢えて惚け、光夜の肩に手を置き、彼の見ている先をかぐやは後ろから見る。
必然的に湯船の中で光夜とかぐやは密着する形となる。
「そ、外が綺麗だなぁ......って!」
「(落ち着け! 落ち着くんだ!)」
当たり前だが光夜は網膜に映る景色の事など見えてはいなかった。
一見攻守は明らかに思える。しかし......
「(きゃーっっ!! 光夜が! 頬を赤くしてるわ!! で、でもこっち見られたらどうしよう!?)」
湯船に浸かる際にかぐやはバスタオルを外している。現在は光夜が目を逸らしているために攻守関係が鮮明に別れているだけ。
ひとたび光夜が意を決して姉の方を振り返れば戦況は一瞬にして変化する事をかぐやは悟っていた。
傍目には見えないが激しい戦闘がかぐやの脳内では繰り広げられている。
「(きゃーっっ!! 恥ずかしいわ!!)」(弁護人かぐや)
「(耐えなさい! この瞬間を! どれだけ待ち望んだと思っているのですか!?)」(検察かぐや)
「(で、でも! これ以上このままだと私の方が!!)」(弁護人かぐや)
「(もう少し! もう少しだから! あなただって光夜に女として見られたいでしょ!?)」(検察官かぐや)
「(見られたい!!)」(弁護人かぐや&裁判長かぐや)
脳内議論の熱気と共に無意識にかぐやは光夜を強く抱きしめていって......
「え、光夜......光夜!?」
その状況に光夜は耐えられる訳もなく顔を赤くしたまま沈んでいった。
──────
「う、うぅ......」
「こ、光夜!? 良かった! 目が覚めて!」
光夜が浴室で意識を失ってから数分後、光夜は意識を取り戻した。
「軽くのぼせたみたいね。......ごめんなさい、私のせいね......」
光夜が倒れてから数分後、彼は目を覚ました──かぐやの膝の上で。
光夜が倒れた時、かぐやはパニックに陥りかけたが冷静を取り戻し光夜の簡易的な診察を行う。
かぐやは四宮家の天才である。基本的な医学の知識も持っている。光夜の症状が軽い熱中症に似た「のぼせ」である事をかぐやは見抜いたため彼の身体を的確に冷やした上で安静に寝かせてあるのである。
「(確かに私は光夜に赤面させたかったですが私は──)」
光夜を傷つけたくなどなかった。かぐやは自己嫌悪に陥っていた。
「(私はいつもやり過ぎる......)」
かぐやのそんな様子に──光夜は気づいた。確かに浴場の中での出来事に動揺した光夜だが──彼も姉には傷ついてほしくない。
「旅の雰囲気、だよね。分かってるよ。......ほら、平気だから気にしないで」
少しふらつきながらも立ち上がり、かぐやに自らの無事をアピールする。少しでも彼女の罪悪感を削るために。
「............」
ただ光夜の行動はかぐやを傷つけた。光夜が立ち上がる、それはつまり膝枕の終了を意味していたから。かぐやが予定していたプランS10も最後まで進める事ができていない。しかしこれ以上光夜に無理をさせる訳にもいかない。
「(今回も失敗、ね......)」
自嘲気味にかぐやは微笑んだ。しかし今回は藤原も誰も悪くない。完全なる自業自得。
「んー、もうちょっと休もうかな」
一方光夜はかぐやを安心させるために立ち上がったが──まだ立ちくらみが生じていた。思考はまだ正常には程遠い。光夜は、光夜の本能は彼が最も心が休まる場所への帰還を望んだ。
「え?」
それは言うまでもなく──先ほどまでいたかぐやの膝の上。
「(光夜は優しいわね。それに......私は光夜に酷い事をしたというのに──胸が暖かくなる)」
恋心とはある種人間を単純にさせるもので、光夜との一時がかぐやの悩みを全て洗い流してくれる。
「......か、ぐ姉......」
そしてかぐやはもう一つ、大きな誤解をしている。かぐやは自分の作戦を最後まで完遂できなかったからこそ、光夜に女として見られる事は今回も失敗したと思っている。──しかしそれは違う。
かぐやが気づかないのも無理はないだろう。
光夜のその紅潮しきった頬を見てないからである。
これでひとまず恐山編終了です。原作にないお話だった事、そして更新の間隔が空いた事で分かりにくいところもあったかと思いますが読んで頂きありがとうございました。
次回から本編に戻るか、夏休みにもう1話追加するか、まだ決まってはいませんが次話も読んで頂けたらと思います。
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