夏休み。それは普段の日常たる学校がなく、男女で多くのイベントをこなす事ができる潜在能力を持った期間である。
そんな夏休みを有意義に活用するためには──スタートダッシュが肝心だ。
最初に男女でどこかに出かける事ができたならば「次は皆であそこ行こうよ!」など、自然な流れで次なる予定が埋まっていく。
しかし夏休みスタートを同性のグループだけで過ごしたならば......男女混合の心理的ハードルは上がり、同性だけで夏休みを終える事になるだろう。いや、それはそれで楽しい事は間違いないのだが。
その点で言えば、生徒会のメンバーは夏休みスタートダッシュに成功したと言えるだろう。夏休みに入った直後に男女で旅行に出かける事ができたのだから。行き先に疑問はあるものの、生徒会メンバーは理想的なスタートをきる事に成功した。事実、ある男女は現在も順調に仲を深めていっている。そんな中......
「早坂!」
「......何ですかかぐや様」
かぐやは流れに乗り遅れていた。
「かぐや様、恐山では光夜様と二人きりになれたじゃないですか。あれだけ準備をしてきて──結局何もできなかったんですね」
「う、うるさいわね」
早坂は恐山旅行に、かぐやの警護という目的で着いてきていた。ただ早坂の尾行は事前に知っていたかぐやと光夜以外、知る由はない。
「第一あれは! 仕方がなかっただけで!」
かぐやは何かに言い訳するかのように言葉を捻り出す。
夏休み。それは男女において多くのイベントをこなす事ができる潜在能力を持った期間だが──ことかぐやと光夜に限っては例外だ。
かぐやと光夜は既に家族。普段から同じ家で過ごし、食卓を囲む。いわば毎日が他人で言うところの夏休みマジックだ。
そんな環境に身を置いておきながらこれまで何の進展も見出す事ができなかったかぐやに──夏休みマジックなど訪れる訳が無い。
「もう旅行の事は置いておいて、また光夜様をデートに誘われたらどうですか?」
前回の誘いは、光夜が眞妃との先約があり、そして期末テストでかぐやが3位だった事の慰めもあったりして有耶無耶になっていた。
「(と言ってもきっとまた嫌がるんでしょうけど)」
早坂はかぐやからの返答を色々と想定する。
「(仕方ないですね。また私からかぐや様の背中を押しますか)」
「じゃあ私から光夜様を誘ってきます──」
「待って早坂!」
案の定、返ってきた返答に早坂は息を吐く。
「かぐや様。そんな事だといつまで経っても──」
「やめて!」
「かぐや様......?」
しかしかぐやのその返しは早坂が想定していたような、照れからくる拒絶でも天邪鬼からくる拒絶のいずれでもなくそれは──本心からくる拒絶だった。
「(私に光夜の隣に立てる資格なんて......)」
かぐやは自らのせいで光夜を傷つけてしまった事を悔いていた。
「(あー、これは何か精神的に参ってますねー)」
護衛のために尾行したとはいえかぐやがなぜこうも参っているのか、客室の中の様子を知らない早坂がその理由に辿り着く事はない。
「(精神的に参っているかぐや様は何度も見た事がありますが......ここまで弱っているのは随分と久しぶりに......)」
多少弱っている程度なら強引にけしかけるというショック療法も有効ではあるが......
「(ここは、少し様子を見た方がいいのかもしれませんね)」
早坂はそう結論づけ、用意していた映画のペアチケットを懐に仕舞った。
──────
結局、かぐやから何かアクションを起こす事はなかった。普段の日と何も変わらず夜を迎える。
「ありがとう。頂きます」
光夜に対して含むところがありながらもかぐやと光夜は家族であるため食卓を囲んで顔を合わせる。
普段であれば家族での食事は一日の中でかぐやが楽しみにする時間だが、今日ばかりは少し憂鬱だった。
「............」
そして姉のそんな様子に気づかない光夜ではなかった。
「ちょっといい? 早えもん」
やはりこんな時、光夜が頼るのは早坂を置いて他にない。夕食が終わってそれぞれが自室に戻る中、光夜はかぐやの目を盗んで早坂の部屋に辿り着く。
「その呼び方やめて下さいって。でも私も光夜様に聞きたい事があったので丁度良かったです。──かぐや様の事ですよね?」
「さっすが早えもん!」
「だからその呼び名やめて下さいって」
「(なるほど。つまりかぐや様が旅先で暴走して光夜様を気絶させた、と。それでかぐや様は弱っていたのですね)」
光夜は早坂に旅館の中で一体何があったのか、全て話した。無論、この事によって後にかぐやが近侍から全力でイジられる事になるのは言うまでもない。
「もしかして姉さんはまだその事を気にしているのかな? って思って。自分は全く気にしてないって何回も言ったんだけど」
「(おそらくそれもかぐや様に気を遣っての発言だと捉えたのでしょうね。かぐや様、気が弱るととことんネガティブになる方ですから)」
「姉さんはどんな感じかな? しょっちゅう姉さんの部屋に行っている早坂なら何か分かるかなって」
「そうですね。かぐや様はお帰りになられてからずっと、何かを気になされているようでした。光夜様が考えられているように罪悪感を抱かれているのかもしれません。光夜様の言葉もおそらく、自分に気を遣ったものだと考えられているのでしょう」
「そっか......」
光夜は本心から気にしていなかったが──その事を言葉だけではかぐやに伝える事ができない。
「(言葉で足りないのなら......)」
「ねえ早坂、姉さんの予定が知りたいんだけど」
光夜の中の長いモラトリアムは終わりを告げた。
──────
「はぁ......」
「(本当に私、何をやっているのかしら......)」
光夜と早坂が密会している中、かぐやは自室のベッドに顔を埋め、絶賛自己嫌悪の沼に陥っていた。
「(光夜の顔を見て気まずいなんて......)」
そんな経験、これまでなかった。かぐやが初めて光夜と出会った11年前から、そしていつからか初恋を抱いてからもずっと光夜の近くにいて苦しむ事などなかったはず。それなのになぜ......
「(......いいえ。理由は分かっています)」
かぐやが光夜の事を好きになってからもう10年近くが経つが──ここ数ヶ月で大きく変わった事がある。
「恋をする事。そして自分を好きになってもらうように行動する事とは......このように苦しく、辛く、不安を伴うものなのですね」
これまでクラスメイトが意中の相手と恋仲になるために四苦八苦している様子を内心馬鹿にしていたかぐやだったが、今となっては彼ら彼女らに尊敬の念さえ抱いていた。
「私もこれまで頑張ってきたつもりですが、一向に結果が出ないという事は......そういう事なのでしょうね」
「(光夜は私に気がない。私に向けてくれる気持ちはどこまでいっても姉弟のそれ)」
「私と光夜が結ばれる事はない......」
アタックを幾度となく仕掛けながらも失敗し、その中で考えないようにしてきた「諦め」という二文字がかぐやの脳内を支配する。
「(負けを認めず惨めに這いつくばる事ほど醜いものはありません......)」
「わた......しは......」
頭では分かっている。しかし心が全力でその判断を邪魔しにかかってくる。
「(本当に諦められるの? 自分の気持ちを押し殺して、前に進めるの?)」
「それでも......私と光夜が結ばれる事はもうあり得ない。私たちは姉弟です。このまま惨めに挑戦し続けたら──姉弟の関係さえ壊れてしまう」
かぐやと光夜の恋愛は、普通の恋愛ではなく姉弟の関係を失ってしまうかもしれないDead or Love。ただ猪突猛進に突き進むだけでなく引き際も考えなければならない。決して引き際を、間違えてはならない。
「勝算のない勝負にリスクが大きすぎると言っている......だけです。例え恋仲として結ばれなくとも光夜とはこれからも姉弟として近くにいられます」
頭では分かっている。心の内から湧き上がる想いを抑え込むようにかぐやは両の拳を強く握りしめる。
「今のこの関係さえ崩れてしまえば私は......生きていけない!」
分かっている。この事実が、今の関係が崩れてしまうという途方もない恐怖がかぐやの理性で強く渦巻いている。
「それなら私は......光夜と恋仲になる事を諦める事だって......」
「(本当にできるの?)」
「ッ!」
いつものような、秩序が保たれた脳内裁判ですらない。検察官か裁判官か、誰の声とも分からない声がただひたすらかぐやの心の底から湧き上がってくる。それはかぐやの目を自らの本音から逸させないように、自分の本音を伝え続けるように。
「(本当に諦められるの? 光夜と結ばれて、放課後は手を繋いで帰ったり、恐山とは違って正真正銘二人でどこかにお出かけしたり。修学旅行で二人こっそり抜け出して夜の街を歩いたり、高校を卒業して今みたいに毎日会えなくなるようになっても彼の隣に立ち続けていたいと、そんな未来をあなたは、本当に諦められるの?)」
「それは......私は......」
「(確かにお父様はお許しにならないかもしれない。兄様からも妨害を受けるかもしれない。そんな中でも二人なら、光夜となら! 彼と二人手を取り合って、隣並んで生きていって、心を通わせて、どんな苦難があったとしても同じ時を刻んでいく未来を! あなたは諦められるの?)」
「そんなの......そんなの......! 諦められる訳ないじゃないっ!!」
嗚咽をあげながらも捻り出した声は、理性の鎖から解き放たれたかぐやの本音は──最初から分かりきった
「(それならもう、答えは決まっているじゃない)」
かぐや様の部屋は完全防音なので外には聞こえていません。
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