「(それならもう、答えは決まっているじゃない)」
長い脳内裁判、たくさんの
「(光夜に会いたい......光夜と話したい......!)」
あれだけ光夜の顔を気まずいと思っていたかぐやだったが今、まさに正反対の想いがかぐやの胸に宿っていた。
一刻も早く光夜の顔が見たい。かぐやは自らの決心の赴くままに自室の扉を開いて廊下に出る。
日中とは異なり静けさを持った廊下。家中の使用人も本日の業務を終わらせ自室に留まっている。人の気配のない道をかぐやは進み──目的地に到着した。無論、光夜の部屋の前だ。
「(勢いそのままで出てきてしまったけれど......何て言えばいいかしら。そもそも私が勝手に一人で気にして、光夜を避けてきただけなのだけど......)」
かぐやは数時間前に早坂が言った事を思い出す。
「そうよ。このチケットで光夜を映画に誘うのよ! 光夜は私の暴走を受け入れてくれた。手を差し伸べてくれた。それなら......! 今度は勇気を出すのは私の番よ!」
かぐやは覚悟を固めて光夜の部屋の扉をノックする。
「............」
しかし中からの返答はない。
「(聞こえなかったのかしら?)」
かぐやはもう一度扉を三度叩いた。
「............」
しかしやはり返事はなかった。
「(もう寝たのかしら......?)」
確かに夕食は既に終わり、人によってはもう眠りに入っている時間帯だ。
「(でも光夜の就寝時間はまだ先のはず......)」
かぐやは光夜の就寝時間から平均起床時間までの全てを把握している。光夜の事を知り尽くした彼女が──まだ光夜が寝るには早すぎると断定する。
「早坂! ちょっと早坂!」
ともすればかぐやが次に訪れるのは近侍の早坂の部屋。先ほどの光夜の部屋と同じように扉を三回叩くが──光夜の時と同様に返事はない。
「早坂? 早坂!」
部屋にいないのならばと、トイレ、風呂場など早坂がいそうなところを徹底的に探すが......
「い、いない......」
早坂を見つける事はできなかった。
「お嬢様、どうかなされたのですか?」
流石に静かと言ってもかぐやが使用人の名前を呼びながら家中を歩き回れば何事かと気づく者もいたようで、かぐやは早坂以外の使用人には会う事ができたのだが......
「ねえ、光夜と早坂がどこにいるか知らないかしら?」
「部屋にいないのでしたら分かりかねます」
誰一人光夜と早坂の居場所を知る者はいなかった。
「(家にいないのは光夜と早坂だけ......。そして光夜達がどこに行ったのかをどの使用人も知らない。流石にこの数の使用人全員が光夜達の姿を見ていないのはおかしいわ。つまり......光夜達には身を隠さなければならなかった理由があったという事......)」
家の中の全ての部屋を探し尽くしたかぐやが導き出した結論、それはかぐやの中で最悪な想像を掻き立てるには十分なものだった。
「(こんな時間に二人きりで外出なんて、そんな......)」
もう子どもと呼ぶには成長しすぎた男女が深夜に二人きりで外出。主と使用人の秘密の逢瀬。信頼していた近侍の最悪の裏切り。
かぐやの中でぐるぐると悪い想像は進み、次第に顔は俯いていく。涙は......止まってはくれなかった。
「早坂......どうしてよ早坂......っ!」
「私がどうかされましたかかぐや様」
「早坂は私の気持ちを知っていたはずよ。それなのに──って早坂ァ!?」
振り返ってそこにいたのは──いつも通り、メイドの服装をした早坂だった。
「えっとその早坂......? 今までどこに......?」
「すみませんかぐや様。少し外に出ておりました」
「外にってあなたね......」
「(べ、別に私は本気であなたが私を裏切ったなんて思っていた訳じゃないのよ?)」
かぐやは心の中で必死に言い訳をしながらも、溢れ出す安堵に口元を抑える事ができていない。
「(どうせ何か理由があったんでしょう?)」
「それで? 光夜は?」
辺りを見渡してみるが──そこにいるのは早坂だけ。彼女と外出していたと思われる光夜の姿はない。早坂が光夜を置いて先に屋敷に戻る事も考えられないのでかぐやはおかしいな? と思いながらも早坂に尋ねる。
「流石ですかぐや様。既に光夜様の不在にも気づかれていましたか」
光夜との外出は緊急事態からくる想定外だった。そして
故に光夜と早坂は秘密裏に屋敷を抜け出したのだが......まさかかぐやに気づかれているとは思わなかった。
「ええ。家にいないのはあなたと光夜だけだわ。それで? 光夜はどこにいるの?」
「(早坂! 早く光夜を出して!)」
かぐやには時間的猶予がもうあまり残されていない。
かぐやにはややロングスリーパーの傾向がある。広い家の中、早坂と光夜を探し回った結果──もうすぐ時計は就寝予定の23時を迎える。
規則正しい生活を送っているかぐやにとって、この時間を越えた瞬間自らの思考力がどんどん落ちていく事を肌で分かっており、ボロを出さないために、姉としてカッコ良く決めるためにも一刻も早く光夜との決着を望んでいた。
「すみませんかぐや様......」
「......え?」
が、そんなかぐやの願いは通らない。光夜はどこ? とのかぐやの問いに、早坂は謝罪で答えた。
「(......どうして謝るの早坂。......まさか本当に!?)」
早坂の言葉によって、先ほどまで考えていた最悪の想像がかぐやの脳内で現実味を帯びてくる。よりリアルで実写化に近い映像──つまり最悪な代物がかぐやの脳裏に流れる。
「先ほどまで光夜様と車で出ておりました」
「(車で......まさかドライブデート!?)」
かぐやの顔はみるみる青くなっていく。しかし天はかぐやを見捨ててはいなかった。
「光夜様。突然会社から呼び出されたようで、私も同行していたんです」
「え?」
真実はかぐやの想像を良い意味で裏切るものだった。
「(早坂。最初から私はあなたの事を信じていましたよ? あなたがそんな薄汚い泥棒猫──藤原さんのような真似をするだなんてちっとも思っていませんでした)」
嘘である。この女、途中から脳内で早坂愛を完全に藤原千花のように思い始めていた。
そんな明らかに安堵した表情を見せるかぐやに対して本人の知らぬところで藤原の烙印を押された早坂は──悪戯心を抱いた。
「かぐや様、先ほどまで何を考えられていたのですか? 恐山であれだけ大胆な事をなされたというのによくもまあ今更になって不安になって──」
「う、うるさいわね! っていうか何でその事知っているのよ! 光夜ね? 光夜に聞いたのよね!? 覚えてなさい光夜! 帰ってきたら色々と聞くんだから!」
しかしその後、夏休みが終わる直前までの約1ヶ月の間、伏見光夜が四宮家別邸に帰る事はなかった。
──────
かぐやは自分の部屋を飛び出すより少し前。光夜はかぐやの部屋の前にいた。
「かぐ姉の悩みを何とかしてあげたい」
早坂からかぐやの悩みを聞き出した光夜は、自らの中で解けた封印もあいまりかぐやと話をしたくここまで来ていた。深く深呼吸をし、扉を三度叩く決意を固める。だが......
「(こんな時に......)」
光夜のポケットに入っていたスマホが、主に対する着信が入った事を知らせるために振動する。せっかくの覚悟が遮られたとして光夜は溜息を漏らすが着信の主を見て自然と気持ちが切り替わる。
「......分かった」
着信の主は光夜の腹心たる石川。彼は些細な連絡や緊急性の低い出来事ならメッセージで済ませる配慮を持っている。そんな彼がメッセージではなくわざわざ電話で連絡してきたという事は......。
「早坂、いるか」
「はい、光夜様」
石川からの連絡を受け、光夜は即座に早坂を呼ぶ。光夜の様子を見て、早坂も今朝の「早えもん〜」と言っていた光夜とは完全に別人として対応を改める。
「運転手の手配を頼めるか。それから帰りが分からない。すぐに帰る事も想定して着いてきて欲しい」
「承知致しました」
早坂の指示通り、即座に運転手が用意され光夜は早坂と並んで後部座席に乗り込む。座席の中で石川から送られた資料を読みながら──光夜の表情は苗字変わりのアンタッチャブル、「伏見光夜」の顔に変わっていった。
早坂の労働条件に対して少し伏線を置いておきましたが......答えは本編完結後の早坂ifストーリーで描きたいなと思っています。
早坂以外もifストーリーの伏線を置きながら描いていますので、もしよければそちらにも注目しながら読んで頂けると幸いです。
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