Daybreak/Children   作:雪椿@狐の人

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Sunset

「明けない夜はない」

 

 夜になっても待ち続けていれば朝が来るように悪い状況はずっと続くわけでもないし、耐えれば必ずいい状況になる。遠い昔、誰かがそう言ったらしい。

 どこの誰が言ったのかは資料が残っていなくてわからないし、残っていたとしても知る気もない。ただ、何かの本にそう書いてあったのを覚えていただけだ。確かに待っていればいつかは太陽が昇って夜は明けるだろう。

 

 なら、朝を連れてくる存在――太陽が消えてしまった場合は?

 

 太陽のいない世界でも、いつもと同じように朝はやってくるのだろうか。

 ――いや、そもそも光をもたらす存在がいないのだから、前と同じように夜が明けることはない。太陽を失ってしまった僕の心にも、二度と「朝」が来ることはないだろう。

 

 太陽を奪ったのと同じ存在を消してしまえば、またいつものように朝を迎えられるのだろうか。

 

――Sunset――

 

 始まりは、そう。僕がいつものように目覚ましが大音量で睡魔を追い払おうとするのを聞きながら、もう少し寝ていたいと布団の中に引きこもっていた時だった。

 

「テオ、いつまで寝ているの? レンがもう待ちきれなくて、今にも調査に行きそうで困っているの!」

「がう、がうう!」

 

 階段下から二つのどたばた音が響き渡る。姉さんとそのパートナー、レンのものだ。頭まですっぽり布団を被っている状態でも聞こえるのだから、その大きさは相当なものだろう。それでもまだ消えようとしない僕の睡魔もかなりのものだけど。

 忍び寄る睡魔に負けて声が聞こえてももぞもぞしていると、扉が壊れる勢いで開かれた音がした。具体的に言うと「ばん!」とかよくあるような音じゃなくて「どごぉん!」だった。捨て身タックルでも使ったのかな?

 あの扉、絶対どこか壊れた。そう確信しながら布団から顔を覗かせると、窓から差し込む光に反射して輝く赤みがかった金色と二つの緑が見えた。いつの間にそこまで来ていたんだ。そしてどうやって無音でカーテンを開いたんだ。

 毎朝のように湧き上がる疑問を胸に、落ちようとするまぶたを必死にこする。まだぼやけている視界の端で二つの赤が楽しそうに細められているのが見えた。気のせいじゃなかったら頭の鎌もリズミカルに揺れている。

 彼はまだ何も言っていないしポケモンだからこちらが理解できる言葉を発せないけど、付き合いの長い僕にはわかる。これは「こんな時間なのにまだ寝たいのか。全く、テオはまだまだ子どもだな」の目じゃない。

 「こんな時間なのにまだ寝ているとは……。また私直伝のお仕置きを喰らいたいようだな。もう少し待っても起きないようなら容赦なく行くぞ?」の目だ。間違いない。過去に何度もこの目を見ている僕だからこそ断言できる。

 レンのお仕置きは何というか、もふもふだ。お仕置きの時、彼は体全体を使って全力でのしかかってくる。……顔に。お腹とかならまだいい。でも顔はダメだ。鼻も口も銀色のもふもふに覆われて何も見えないし、何より息ができない。もふもふに殺されてしまう。

 でも、レンの毛は他のアブソルと比べてかなりもふもふだから、それでも別にいいかな……と思いそうになる。問題はレン以外のアブソルと会ったことがないから、本当はどのくらいもふもふなのかわからないことだけ。一番重要な問題な気がする。

 今ので何回もふもふって言ったのかな。頭の端でそんなことを考えながら、現実にお仕置きをされないうちに起き上がる。カーテンなしに容赦なく差し込んでくる光が目に痛い。手で簡単に前髪を直していると、隙間から何か言いたげな視線が突き刺さった。

 彼女達の言いたいことはわかる。わかっているけど、こればかりはどうしようもない。何年経っても、いや時間が経てば経つほどあの時の記憶は僕の心に深く強く絡みついてくる。今なら周りの人たちも受け入れてくれる、なんて話は夢のまた夢だ。

 刺さる視線を無視しつつ、準備が終わったらすぐに行くと告げてベッドから降りる。部屋から出ていく彼女達の背中を見送ると同時に、ちらりと扉の方に目を向けてみる。

 そこには予想通り、見事なまでに蝶番がぶっ壊れた扉が寂しげに壁に寄りかかっていた。……父さん、修理費を考えてまた泣きそうだな。

 

 

 僕はテオ・エルム。アーヴェント地方のベリエタウンに住んでいる十四歳だ。普通なら十歳の時にジム巡りのため、パートナーとなるポケモンと一緒に旅に出る。この地方は他の地方とは違い博士からポケモンが貰えない。親に貰うか一緒に捕まえるシステムだ。

 ……僕は色々あってパートナーと呼べるポケモンを持っていないし、旅にも出ていない。その代わり博士の手伝いとして調査や資料の整理などをしている。調査に関してはポケモンを持っていないので、荷物持ちとか周辺の状況確認とかしかやらせて貰えないけど。

 本来なら僕も十歳の時に旅に出ていたはずだった。でも、十歳の誕生日にある事件が起こり、僕が旅に出る機会は半永久的に失われた。とはいっても本当に失われたわけじゃなくて、実際は出ようと思えば出られる。単に僕が行きたくないだけだ。

 そんな僕を近くで支えているのが父さんと、今朝部屋に突撃してきたカラント博士ことアヤ・スグリ。僕にとっては姉のような存在だ。ストロベリーブロンドと呼ばれる色の髪と緑の目が特徴だけど、本人曰く本物ではないらしい。

 彼女は二十代前半というかなりの若さで博士となり、今は父さんことエルム博士の元で仕事を手伝っている。二十代で博士になったように、姉さんは頭がいい。きっとすぐに一人でも活動できるようになるのだろう。

 そのことをすごいと思いつつ、素直に喜べない自分がいる。そんな自分が嫌でぎゅっと目をつむると、横から声が聞こえた。姉さんだ。僕が下に来たのを確認したら、レンと一緒に風のように外に行ったと思ったのに。

 

「テオ? どうしたの?」

 

 目を閉じているから顔はわからない。でも声に心配の色が滲んでいるのはわかる。ああ、また心配させてしまった。いつまで経っても姉さんを心配させてばかりで、ちっとも成長していない。

 心の奥に黒いもやもやが渦巻くのに気が付かないフリをして、目を開く。隙間から見える目からは僕に対する気持ちがありありと読み取れて、また黒いもやもやが増えた。溢れそうになるもやもやに蓋をして、口を開く。

 

「……何でもないよ、姉さん。それより今日はどこに行くの?」

 

 一瞬目に悲しみを宿した姉さんは瞬きで感情を覆い隠すと、僕に合わせて何でもなさそうに答えを返す。

 

「今日はヴィエルシティとピスケタウン周辺の調査かな。どっちもここからだとちょっと……いや、かなり距離が遠いけど、頑張ろうね!」

 

 うん、確かに遠い。ヴィエルシティはここから町四つか五つ分は離れているし、ピスケタウンに至ってはジムの最後に選ばれるくらい遠い。正直空を飛べるポケモンに乗らないと今日中に帰って来られないだろう。

 姉さんの手持ちはレンだけだし、僕はそもそも手持ちがいないのだから論外だ。空を飛べるポケモンを持っているのは父さんくらいだけど――、あ。

 まさか、と思いつつ姉さんに顔を向けると、視線が合ったと思うタイミングでゆっくりと顔を逸らされる。どうやら僕の予想は大当たりしてしまったらしい。父さんの涙腺が休暇を取るのはいつになるのだろう。

 

 

 父さんのパートナー、ウォーグルが大活躍したお陰で何とか今日中に調査を終えることができた。ちょうどいい感じの角度から見える綺麗な夕焼けが、より達成感を後押ししてくれている。今日は昨日以上によく眠れそうだ。

 明らかに疲労困憊なウォーグルに抱きついて労いの言葉をかける父さんを他所に、姉さんはどこかいつもとは違う目で僕に声をかけてきた。

 

「テオ。テオがわたし達の手伝いを始めるようになってから、もう四年経つよね」

「……そう、だね」

 

 思いもよらなかった人からの思いもよらない言葉に一瞬反応が遅れる。姉さんが、貴方がそれを言うのか。僕に「旅には出ず、彼女達の手伝いをする」道を指し示したのは、他でもない姉さんなのに。

 このまま聞いていたら何かとんでもないことを言われる気がして、自然と足を下がらせる。僕の行動を予想していたのか、小さく鳴いたレンが黒いまなざしを向けてきた。逸らそうとしても逸らせなくて、僕の足は地面にくっついたように動かなくなる。

 

「ごめんなさい。……でも、お願い。最後まで聞いて。あなたがここにいるきっかけとなったのは、間違いなくわたしの言葉。それはわたし自身がよくわかっている。

 テオは今日までずっとわたし達の傍にいた。だからこそ、テオの『トレーナーとしての才能』がわかるの。わかってしまったの。未来あるあなたが今の状況のままでいるのは、きっとよくないことだから――」

 

 少しずつ、少しずつでいいから。また自分のパートナーを探してみない?

 

 姉さんの言葉に、僕は目の前の光が急激に沈んでいくのを感じた。

 

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