突如告げられた姉さんの言葉。拒絶の気持ちは何度も口から出ていこうとするのに、直前になって乾いては喉元にへばりついていく。点滅する脳裏によぎるのは、四年前に起きた「あの日」の出来事だった。
――Nightmare/Shallow――
四年前。奇しくも僕の誕生日。僕がトレーナーになるはずだった日。これからも、ずっとあの子と一緒にいられると思っていた日。どこをどう考えても明るい未来しか見えなかった日に、それは起こった。
ある場所では数分前までは笑っていた恋人が。ある場所では元気に今日の予定を話していた子どもが。ある場所では先ほどまでバトルをしていた手持ちのポケモン達が――。
ある時を境に突然。そう。本当に突然としか言えないタイミングで、まるで「人形」のようになってしまったのだ。
どれだけ名前を呼ぼうとも体を揺すろうとも、相手がそれに答えることはない。目を開けることも、口を動かすこともない。ただ生きているだけの人形。そう言っても過言ではない状態だった。一般的には植物状態と呼ばれる状態になるのだろう。
最初に情報が公開された時、原因は不明のままで終わっていた。専門家達も必死で原因を突き止めようとしているものの、もしかすると未知の病気か何かで現代の医学ではわからない可能性もある、とも。
それでも何とか原因を特定しようと、真実を求める者達は様々な分野の人間に話を聞いた。普通は聞かないと思われる分野にまで範囲を広げたところ、オカルトに詳しく実際に「視える」人の一人が反応したらしい。
本来あるべき魂が存在していない。これはただ生きているだけの人形だ。見た人ははっきりとそう言ったらしい。こちらも何が原因かまではわかっていない。わかっていたらもうとっくに解決策が発表されて、皆が皆目を覚ましているだろう。
今のところ一番有力な説は、「魂に干渉する力を持つポケモンが関わっている」というものだった。
確かに魂を抜き取るなんて所業は人では不可能だ。その道に長けた人なら可能かもしれないけど、そんな人達がごろごろいるとは思わないし誰にも見られずに犯行に及ぶのは不可能に近い。
共通点から犯人を割り出そうにも、被害に遭った人やポケモンがいた場所も、時間も、種族でさえもバラバラ。共通しているのは全員が「人形」になってしまった事実。それだけだった。
ベリエタウンも被害に遭い、夫婦でジムリーダーをしていた近所のお姉さんやおじさんを始め、多くの人が人形のようになってしまった。幸いにも僕の身近な人は無事だったけど、逆にそれがよくなかったのかもしれない。
ニュースで皆が陥った状態について流れ始めると同時に、僕や「彼ら」を見る目付きが変わっていった。それもいい方じゃなくて悪い方で、放っておけばおくほど悪化していくタイプのものだった。
廃墟の比較的綺麗なソファに腰かけ、ここに来るまでに聞こえてきた内容を振り返る。
「被害者は皆、魂を抜かれていたらしい」
「ニュースを見る限り犯人は魂に干渉できるポケモン、もしくはそのポケモンを持っている人ってことよね?」
「ポケモンだけじゃ、あれだけ大規模な犯行はできないものな」
「そういえば、近所にヒトモシやシャンデラと仲良くしている子がいなかった?」
「ああ、エルム博士のところの……」
「言われてみれば確かにそうだ! あいつはいつも、町はずれの廃墟でやつらと遊んでいた」
「あの子はいつもポケモンと一緒で、一人も人間の友達がいなかったからな……」
「有名な博士の子どもだから、何かしらプレッシャーでも感じていたのかしら」
「ストレス発散でこんなことをしでかしたのか」
「いや、ストレス発散でここまでするか?」
「特別ストレスが溜まっていたんだろ」
「博士の子どもなら、シャンデラ達の恐ろしさも知っていたはずだ」
「どうなるか知っていたうえでやったというの?」
「子どもだからやっても許されるとでも思っているんだろう」
「あいつはポケモンとしか仲良くないから、自分がやったことで皆がどうなるかわからないんだ」
「あの子の周りの人達が無事なのは、無意識に候補から外したからか?」
「あり得るな」
「もうそれ以外考えようがないでしょ」
「決定だな」
「そうか。それなら犯人は――」
『ヒトモシ』
『シャンデラ』
『それと、やつらを利用したテオ・エルムだ!』
振り返って早々、声の内容にため息を吐きたくなる。どれもこれも僕やヒトモシ達を犯人と決めつけていて、他の人が犯人だったり原因だったりする可能性を全く考えていない。
この頃の僕は確かに町外れの廃墟に行っていて、そこに住み着いていたシャンデラ達と仲良くしていた。緑に溢れ、ゴーストとは無縁そうな町の外れにぽつんといた彼らを何だか放っておけなくて、気が付くと何度も彼らの元に足を運んでいた。
ヒトモシとはそうしている間にとても仲良くなり、十歳の誕生日を迎えたら一緒に旅に出る約束までしていた。まだゲットはしていなかったけど、その日のためのモンスターボールもこっそり用意していた。
シャンデラの方も仕方がないな、という雰囲気を出しつつ、自分もついて行きたそう空気を出していた。だから、実際その時になったら一緒に行くポケモンは二匹になっているかもしれない。そんなことも考えていた。
彼らは自らのタイプと町の特性を理解し、どのような敵が来ようとも一度も炎技を使おうとはしなかった。帰っても不自然な疲れを感じなかったのを考えると、生命力もそれほど吸い取っていなかったのだろう。今思えば、二匹の炎はいつ見ても不安定だった。
ポケモンと遊んでばかりで人間の友達がいなかったのは、単に周りに友達になれそうな人がいなかっただけだ。目を見る度にからかってきたり、ひそひそ話をしたりするような子と友達にはなりたくない。
その段階を乗り越えればなれるはずだという声もあったけど、こちらが一方的に辛い思いをし続けてまで作りたくない。だったらポケモン達と一緒にいた方が何倍も、何十倍も居心地がよかった。
少し考えただけであの時の言動が脳裏をよぎる。今は不要な記憶に蓋をしようとしていると、抱きしめていたヒトモシが心配そうに「もしもし……?」と鳴いた。顔に出しているつもりはなかったけど、どうやら無意識のうちに出していたらしい。
心配をなくそうと微笑みかけるも表情は変わらない。傍にいたシャンデラも似たような表情をしていて、やっぱり親子なんだなと思った。彼らから申告があったわけでも、誰かに聞いて確かめたわけでもない。雰囲気から僕が勝手にそう考えているだけだ。
表情だけではなく込められるだけの気持ちを込めた言葉を使い、彼らを安心させる。体をすり寄せてくるヒトモシに癒されつつ、町の人々の声について少し考えてみる。瞬間、ため息が零れ落ちた。
仮に犯人が彼らの予想通りだとして、僕とヒトモシ、シャンデラだけでどれだけのことができるというのだろう。こちらが片手に収まる数なのに対して、被害者は両手をどれだけ使えばいいのかわからないほど大勢いる。事件に時間差があるとはいえ、少し無理がある。
魂を抜き取る手段にしてもそうだ。シャンデラは確かに魂に干渉する力を持っているけど、それは自らの炎で燃やすというもの。ニュースで見た限り被害者が炎に包まれたという情報は出ていないし、町中でも聞こえてこない。
時間をかけて生命力を吸い取り続ける方法なら、炎を目撃されることなくできるかもしれない。でも、そのためには四六時中対象に張り付いている必要があるだろう。例え張り付かなくても傍にいる必要は出てくる。これだと怪しすぎてすぐに犯人だとバレる。
考えればすぐにわかるのに、どうして誰も考えないのかな。心の底から不思議に思い首を傾げていると、扉が乱暴に開かれる音が聞こえてきた。ヒトモシ達が戦闘態勢に入っていないから敵じゃない。
なら、一体誰が来たのだろう。わざわざここに来るのは僕やたまに様子を見に来る父さん、姉さんくらいなのに。
今度は別の意味で首を傾げていると、複数の足音がどたどたと聞こえてきた。足音の調子からして、僕達にとっていいことではなさそうだ。流れ始める不穏な空気に、ヒトモシ達が戦闘姿勢に入ろうかどうか迷っている。
とりあえず来た人と話の内容を聞くまでは何もしないように告げ、ソファに座り直した。ヒトモシも真似をしてもしもしと膝に座り直す。
途端に外れかけていた扉が完全に外れ落ち、音の主達が顔を見せた。知っている顔もあればあまり記憶にない顔もいる。共通しているのはどの顔も激しい「怒り」に支配されていることだった。
集団のリーダーらしき男が赤黒い顔で叫ぶ。
「おい、テオ・エルム! 今すぐオレの妻や町の人々の魂を返せ!!」
リーダーらしき男の声をきっかけに、彼についてきた人々からも声が溢れ出す。
「私の息子を返して!」「ぼくのヒバニーも!」「あたくしのドレディアちゃんを返しなさい!」「おれの大切な弟を返せ!!」「父さんと母さんを返して!」「さっさと儂の孫を返さんか!」「すぐにあの人達の魂を返して!」
「返せ」 「返せ」
「返せ」
「返せ」 「返せ」 「返せ」
「返せ」「返せ」
「返せ」 「返せ」
「返せ」 「返せ」 「返せ」 「返せ」
「返せ」 「返せ」 「返せ」 「返せ」
「返せ」「返せ」
「返せ」
「返せ」「返せ」 「返せ」 「返せ」
「返せ」
「返せ」 「返せ」
「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」「返せ」
「うるさい、僕は何もしていない!!」
イラつきが最高潮に達し、思わずそう叫んだ瞬間。怒りに包まれていた部屋の空気が一変した。冷たく、こちらを容赦なく突き刺すような空気にびくりと体が震える。どこからか小さな嗤い声が漏れた。
僕を守ろうとしてか、ヒトモシがぴょんとソファから降りた。シャンデラもずいっと前に出て、こちらを守るように漂っている。途端に耳が痛いほどの沈黙が部屋を支配し、相手もこちらも動きを止める。
一体どのくらいそうしていただろうか。きちんと息をしているのかどうかもわからなくなってきた頃、リーダーらしき男が口を開く。気のせいか、顔色は最初に見た時と比べるとかなり落ち着いていた。……それも、少し不気味に思えるくらいに。
「これだけ言っても認めないのか。認めようと、しないのか。なら、もう二度とこんなことが起こらないよう、俺達と同じ思いをする人達が出てこないよう。お前を、お前達を」
『 』
最後の言葉が耳に届くか、届かないか。その絶妙なタイミングに被せるように、あちらこちらからボールを開いたり何かを取り出したりする音が聞こえ出した。
そこから始まったのは、あまりにも一方的な――。